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虚構原型-プロトタイプ・フィクション-  作者: 山下 式
第3層-幻視の痛み-
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プロトタイプ・フィクション

母の語りに身を委ね、僕は眠りの底へと降りていく。僕の額には母の手の優しい温もり。なんだか悲劇的で、でもどこか喜劇のようでもあり、だけど優しい物語が僕の思考へと浸透していく。やがて思考は眼にフィルターをかけ、そこに写るものは全て、そのフィルターを通して意味を変えていくのだろう。


母はやがて全てを語り終えて本を閉じた。母の膝には僕の頭。慈しむように僕を見下ろして、吐息の中に馳せる思いが帯同する。


「あなたの物語は今も語り継がれていますよ・・・ジェイ」









夢を見た。文字に見た風景の幻視。朧げな意識の粒が糸になってゆらゆらと繋がっていく。目を開くと、懐かしい本が机の上に横たわっていた。


突っ伏していた頭を上げて微笑んだのは、部屋の整理をしているときに見つけたこの本が、優しい記憶を呼び起こしたからだろう。幼い頃、母に読んで聞かせてもらった物語。母の母。又はその父も読み聞かされて育ったのだと語り伝えられている。幼さゆえに難解だったこの物語も、思春期に読み返すと理解できるようになり、成人した今は内包された哲学がみえている。


私も結婚して親になったとき、いつか我が子にこの本を読み聞かせるのだろう。この物語が今の私を象っている。そんな私の像を照らす、窓から差し込む朱色の光線。


窓ガラスの先には、斜陽の逆光で黒く塗りつぶされた大地を埋める摩天楼。金網の結び目をはしるロウビームの反射。風の通り道を遮るビルの群れがコンデンサーのように配列し、足下の、整備を促す信号機がアスファルトをかき回す。端末の振動が微細な情報の奔流となり、見上げると、空には電子の稲妻。規制のかかったガスが、雲の隙間へと入り込み、やがて降り注ぐ屋根を叩く進歩の代償。


窓ガラスに焦点を戻すと、半透明になった私の瞳。


瞳の中には街がある。


ここは虚構。物語る算盤。


燃える情報の星。その片隅のワイヤード。見渡す景色は群青の文字の中。羅列した題名の隙間を圧迫する、新たに突き刺す自我の産声だ。明るく継ぎ目のない光の群れをなぞる指が、数知れない細かなデータの尾と混ざり合い、やがて一本、大きな流れを歩み出す。この虚構が集う創作塔に降り立つ多くの意識の亡霊たち。内なる声をデータの渦へと投げ込めば、ねじれ、脚色され、解釈の空白を埋める。弾き出された眼に見えない風景が誰かに見られることで機能し、溶け、混じり合う量子的波動。


・・・だからもう、私の意識は私個人に収まらない。


それは織りなす幾百かの光の束であり、電波は虚構の閃光。生成される電気の幻。眼は通過する幻想を追い、選択する偶発こそ爆発的因果の裂け目。光の輪郭が存在へと叩き込まれ、手に取り、捨てられ、数多の意識を反復する。


私はあなたに見られるときを待っている。


あなたは私を見る。


見た。


見ない。


見てない。


見るだろう。


見ないだろう。


まさか見ることになるなんて。


その差分が陽炎のような不鮮明さのままであなたと並列するが、可能性のみに留まらずやがて分岐し、異なる歴史を歩み出す。


今、あなたの中にあるものが宿った。


変革する、統合された情報の大変動であり、新たなる擬似人格の形成。分散結合する記号化された歴史の断片。全ての思考の根に降りて、荒廃する想像の世界を糧にしながら組み換えられ、その差異はやがて過大になり、分岐するそれはあなた自身・・・歴史・・・思考・・・物語・・・


その誕生が生命の如く完璧で・・・


光だ。


光は虚構に満ちている。


あなたの眼は、とうとう私を認識しなくてはならない。


瞬間、私は歴史の中へ


瞬間、私は進化の中へ


瞬間、私はフィクションの中へ


瞬間、私はあなたの中へ


私はあなたへ


私はあなた


私は







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