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虚構原型-プロトタイプ・フィクション-  作者: 山下 式
第3層-幻視の痛み-
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彼岸の橋

黄昏に染まる墓前は、まるでこの世とあの世が唯一繋がっているような不思議がある。ハイライン家が有する墓場の石には、私の肉体となって散った者の名前が刻まれている。かつての私が眠る墓。いつか私がたどり着くであろう彼岸。そして未だにたどり着くことのできない仙郷。刻まれた名前は知らないものばかりで、そこに私の名前はまだない。私の生死に関係なくそんな日は訪れないのかもしれない。誰に知られることもなく朽ち果て、手を合わせてもらえる墓もなく、どこかの荒野のどこかの空の下で永遠の眠りへとつく。


それに恐怖を感じることはなかった。


墓を欲しいと思ったことなどないし、死して誰かに忘れないでいて欲しいとも思わない。そんなものより、今のこの状況の方が何よりも恐怖に感じた。国というなんだか途方もなく巨大な複合的存在が、私という個を全力で消しにかかってくるという現実が。


逃げ場などない。


隠れる場所もない。


これより先に安息はない。


戦い続けなければ、亡霊としてこの世にしがみつくこともできない。


「その方のお知り合いなのですか」


不意に掛けられた声。忘れようもない。今の私が決して会ってはいけない人物・・・夕にぼやける抽象画、赤い瞳の反射は白く。フローレンス・ハイラインの儚い美貌があった。墓前の彼女は死を直前にしたように冷涼で、この彼岸に立つス姿すらも美しい。言い訳などできない。きっと私はどこかで望んでいた。彼女にもう一度会えることができればと・・・


私は意識の転写で以前の姿から大きく異なっている。私がジェイムスン・ドウセット本人であるなど、フレイは知りようも無い。


だから努めてよそよそしく言葉を絞り出した。


「はい。仕事仲間でした」


私の返事にフレイは疑いの眼差しを向けることはなかった。諜報の闇に生きる同志。それより先を聞いてはいけないという圧力を察してくれたようだ。フレイは私が体を乗り換え続けていることを知っている。だが見知らぬ他人に、あなたはジェイムスン・ドウセットですかなど聞けるはずもなく。私はあれからフレイに連絡をしていない。彼女の身に危険が及ぶようなことなどできはしない。おそらく死んだか、それに近い言葉で報告を受けているはずだ。だから私はこうして他人の体で赤の他人のフリをして、近くで彼女を見ることが精一杯だった。彼女の表情もまた、どうにもできないことをどうにかしようとして、結局は何もできずただ焦燥だけがつのるという面持ちだった。


「親しい友人だったのです。話した数はそれほど多くはありませんでしたが、本当に優しい方でした。彼との電話、交わした何気ない言葉の一つ一つにユーモアがあって面白くて。なぜでしょう。こうしてお墓があるのに、なぜか今も生きているような気がして・・・優しい人でしたから、今でも幽霊になって私のことを見てくれているのかもしれませんね」


そうしてフレイは自虐的に目を細めて笑う。


フレイの振る舞いは甘い幻想に囚われた哀れな女のフリをしているようで見るに耐えなかった。


「どうか気を落とさずに。私たちの仕事の特性上、珍しいことではないのです。今は絶望に感じても、時が経てば過去になる。どうか、懸命に生きてください」


励ましのつもりだったが、フレイの暗い雲のような表情は変わらない。


「いつか過去になりますか・・・その言葉があなた自身に向けたものだとしたらそれは、なんだかとても寂しい・・・あなたはまるで・・・」


フレイの返答に私は思わず息を飲む。喋りすぎたか。会話のどこかに私の片鱗があったのかもしれない。じっと沈黙してフレイの言葉を待っていると、彼女は小さくため息をついて身を翻した。


「・・・いいえ。何でもありません」


そう言って墓前から遠ざかっていく。


「またお会いしましょう」


そう言って彼女は帰路へとついた。




「随分飲んでいるわね」


クラブの喧騒の中、酒を転がしていた私の隣にはいつのまにかエイダが座っていた。注文して1時間が経ったウィスキーのボトルは既に空になっている。


「君に従って、酒に溺れてみたんだけどね」


そう言ってショットグラスに注がれた琥珀色のアルコールを一気にあおってみても、もう味はほとんど感じない。


「でも酔いきれない自分がいる・・・そういったところかしら?」


「・・・」


無言を返答にして、磨かれたグラスに映る自身の目を見つめる。そこには知らない色の目をした男がいる。


「本当にこれでよかったの?」


何の事だとはトボけたところで意味はない。よもや私が女性に振り回される日が来ようとは。ジェイムスン・ドウセットの名前が聞いて呆れる。


「フローレンス様もあなたも、一緒にいることを望んでいる。その気持ちに正直に動いてもいいの」


「そんなことをしたら彼女を危険に晒すことになる」


「フローレンス様はそれでもいいと思っているはずよ。あなたなら分かるでしょう。たとえほんのひと時でも、一緒にいられることも幸せなのではないのかしら?」


エイダの甘い囁きをかき消すように安いウィスキーをあおる。これから不死者とその技術を葬り去るという大きな使命があるのに、こんな不安定な状態ではそれも叶いはしない。


「私はあなたの選択に全力で協力するわ。だからあなたも本気で悩んで、あなたが本当に望む選択をして」


そう言うとエイダは袋を私に差し出した。中を覗くと紙に包まれた箱が入っている。


「八つ橋よ。日本のお菓子。あなたに頼まれたから買っておいたわ」


「こんなものを頼んだ覚えはないが」


「あなたが意識を失う前に私に日本のお菓子を買っておいてほしいと頼んでいたのよ。私に頼んだことは覚えていなくても、これを誰に渡すつもりだったのかは覚えているのではなくて?」






「お土産を用意しましょう。せっかく日本に来たのですから、フレイにも日本を感じていただきたい」


「日本のお菓子がいいです」







日本での約束を思い出す。


そうだ。私はまだフレイとの約束を果たしていない。


「ありがとう、エイダ」


そう言いながら私はエイダから袋を受け取った。


「明日の夜イギリスを発つわ。その後のことはそのときに知らせる。それまでにやれるこをやっておいて。ブロワールにはあなたを自由にさせるように頼んであるから、こっちのことは心配しないで」


そう言い残してエイダは席を立った。


何も飲まず、彼女もまたあくまでやるべきことをこなすだけだった。その女性にしては大きな背中がとても頼もしい。明日、彼女はまた墓前に現れるだろうか。


いや、現れなくてもいい。墓の前にこれを置いておくだけでもいいだろう。


私はやるべきことをこなすだけだ。

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