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虚構原型-プロトタイプ・フィクション-  作者: 山下 式
第2層-意識の在り処-
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無意識の果て

「あっ、おはよーさん・・・」


放課後の部室。いつも騒がしい紗江子が珍しく眉をへの字にして肩を落としていた。


「珍しいな。何かあったのか?」


「うーん・・・まぁな。やっぱり・・・いや、でも・・・」


そしてそんなことを一人で呟き続けている始末だった。


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「あぁもうやめや!やめやめ!」


そうしてとうとういつものように発狂気味に叫んだ。


「ジェイ坊、あんたを見込んで頼みがある」


「急にどうした」


それはいつものおちゃらけた紗江子とは打って変わって真面目なトーンに声が落ちていた。その気迫に若干の戸惑いを感じたが、突拍子もないことを言い出すのは紗江子の専売特許のような一面もあるのであまり気にしてはいられない。


「諒な今日学校休んどるねん。なんか身内に不幸があったとかで・・・」


咄嗟、三崎夏子が頭を過る。まさか生命維持装置を止めたのか。それにしては決断も段取りも早すぎるが。


「諒、あんたのこと気に入ってるから、あんたに側におったってほしいんや」


「そう・・・だな。確かに心配だ」


私は携帯端末を取り出し、エイダに状況の確認を求めるメッセージを打ち込もうとしたそのときだった。タイミングよくエイダから無線電話を着信した。何だろう。さっきから悪い予感がして落ち着かない。この無線はきっとよくないものだ。応答したら、抗いようのない大きな流れに巻き込まれることになる。そんな避けられない運命のような漠然とした壁が押し寄せる危機感に駆られながら、私は応答をタップをした。


「ジェイ!?落ち着いて聞いてちょうだい・・・」


「三崎誠一郎が殺されたわ・・・」


「紗江子、私も諒が心配だ。少し、様子を見に行ってみるよ」


エイダの一言で私は咄嗟に紗栄子に返答していた。焦りを感じさせない完ぺきな返答だった。


「あぁ。側にいてやるだけでええで。多分、今の諒には何を言っても届かんと思うから」


「紗江子、君は諒の良い親友だ。これからも彼女の親友でいてあげてくれ」


「お・・・おう。なんや、急に・・・」


戸惑う紗江子を置いて私は教室から飛び出した。勿論、向かう先は諒のもとへではなかった。所詮、私は諒の敵だ。そんな私なんなかよりも紗江子の方がよほど力になってやれる。


「ジェイ、ひとまずアジトまで戻ってちょうだい・・・ジェイ、聞いてる!?」


無線越しに叫ぶエイダ。私は無線をもシャットダウンし、他の全てには目もくれず目的の場所へと一途に向かった。


目指すは三崎邸。


なぜか、いますぐ私が行かなければならないような気がしてならなかった。



到着した三崎邸にはトラロープが張られていた。現場鑑識は一通り終えたのか、警官の姿はまばらだ。日本の公安の仕事が早いのか、それとも粗末な仕事なのか、あるいはどうしようもない程に迷宮入りなのか。ともあれ、侵入するには絶好の機会だ。そうして流れるようにどこから侵入するかを模索する。私たちの他に三崎誠一郎を狙う者がいた。折れた枝の痕跡は、やはり第三者の介入だったのだ。敵は私やエイダも感知することができなかった相当な手練れだ。そんな敵の貴重な痕跡をみすみす警官にとられるわけにはいかない。


おそらく敵は私たちの存在を認識している。どういうわけか我々にとって邪魔な存在だった三崎を消してくれたが状況は芳しくない。先にアクションを起こされてしまったのだ。次は我々に何かを仕掛けてくる可能性は大いにある。


邸の周辺に目を凝らし、第三者の痕跡がどこにあるかを探ろうとしたときだった。迸る映像の本流が眼前を過ぎ去った。まるで脳に直接プラグを差し込まれたかのような激流で、イメージが鮮やかにまとめ上げられていく。


なんだ?


どう侵入するかを考える必要などなかった。どこから侵入するべきかの答えは、一瞬にして弾き出された。警官の位置から分かる死角、音が届く距離、そして屋内の気配。全てが自明の理だった。気がつくと、私は三崎邸のリビングにいた。そのフローリングには遺体の跡がテープで残されている。ここに至るまでの最適解が、スムーズに私をここまで導いてくれた。侵入するべき場所も、塀の高さも、庭の木の陰も、何もかもが手に取るように理解していた。


部屋の装飾を見渡してみると、じんわりと既視感のようなものが溢れ出す。部屋の間取りは事前に図上で把握していたが、三崎邸に侵入したのは初めてだ。だがしかし、壁の模様も、カーテンの色も、蛍光灯の形も、全てに見覚えがあった。私はこの部屋を知っている?


そして痺れるような頭痛。視界は消え、膝をついて荒れた呼吸を整えようと必死で試みる。なんだ。いったい何が起きている。いや・・・何が起きたか私は知っている?


何が起きたかを思い起こそうとしたとき、その全てがコンマ数秒で脳内を駆け抜けた。驚愕の眼差しをこちらに向ける三崎誠一郎。私は右手に片刃のナイフを手に持っていた。三崎が声をあげそうな素振りを見せた瞬間、私は一目散に三崎のパーソナルスペースに詰めていた。そして頸部に刺突、腹部を右から左への斬撃、最後は心臓に一突きと流れるように全ての急所を破壊した。三崎はうめき声を出すことすら叶わずに絶命していた。


全て私がしたことだった。そんな記憶を、他人事のように見ていた。





次の瞬間、私は山の中にいた。三崎邸から逃亡し、どこでもいい、人の目の届かない場所に行きたかった。乱れた呼吸は一向に落ち着かず、汗がシャツに張り付いたまま離れてくれない。


あぁ。なんてことだ。


三崎邸への侵入も何もかも、私が出した答えなどではなかった。私は・・・三崎邸に侵入したことがあった。それを思い出しているだけだった。三崎誠一郎をこの手にかけた。その記憶を、殺人現場であるリビングに訪れることで鮮明に思い出していたのだ。どういうわけか私は自身が三崎邸に侵入したことも、三崎を殺したことも忘れていた。私とエイダも知らない第三者などいなかった。


私が第三者と思っていたのは私自身だったのだ。


「いったい何が起きている・・・」


合うことすらままならない焦点を無理矢理合わせようと地面に転がる石を見つめていたときだった。


「こんなところにいたのか、不死の男」


いうことの聞かない首を後ろへと回すと、そこにはいつしかエイダと話していたMI6の男がいた。男の背後には3人の諜報員たちが付き従っている。


「三崎誠一郎を殺したか・・・いや、それすらも覚えていないか」


「・・・」


男たちは明らかな殺意に満ちていた。4対1だ。まず勝ち目はない。おそらく私はここで殺される。だが、そんなことはもうどうでもよかった。さっきから自分の体が自分のもではないようで仕方がない。この苦痛から早く解放されたい。目の前に横たわる死を受け入れようと私は男たちに対面する。眼鏡の男は懐から拳銃を取り出し、私の眉間へと指向した。


「潔いな。もっと早くに現役を退いて欲しかったが、まぁいい」


情も憐れみも、一切感じさせない無情の弾丸。サプレッサーで消音された炸薬の音が、静かに山にこだました。


そうして辺りは血の海となった。立っているのは私で、横たわっているのは眼鏡の男を含むMI6の諜報員たちだった。


「はは・・・」


そうして力無い笑みが、夜の帳から離れた山間へと吸い込まれる。今度は何があったかつぶさに思い出せる。私は無意識に反撃し、そして彼らを血祭りにあげていた。私の意に反して体は自ずと生存を選択した。この極地を脱出するために私の中の何かが完璧な答えを導き出し、そして選択の余地も与えず結果のみを叩きつけて・・・


同時に諒の言葉を思い出す。


地獄は頭の中にある。私自身・・・


「ジェイ・・・」


いつのまにか、エイダが私の前にいた。辺りを見渡し、何が起きたのかを察してか私の肩に優しく手をかけた。


「教えてくれ・・・いったい私に何が起きているんだ」


「あなたの意識は、消えかかっている・・・」


エイダの言葉が眩暈になる。


意識が消える?なら今の私のこの意識はどう説明ができる?


「・・・よりにもよって意識とは・・・」


記憶障害なら重症だと思っていた私の予想を飛び越える、忌々しい言葉だった。想像よりも酷い回答に耳を閉ざしてしまいたくなる。遂に私はあのオートマタと大きく変わらない存在へとなっていたというのだから。


「記録には、3回目の意識の転写からその兆候はあったと記されているわ。そして4回、5回と繰り返すたびにその兆候は強くなっていった。あなたは長い時を歩み、あまりにも洗練され過ぎてしまった。諜報や暗殺といった複雑な任務でさえ必要最小限の意識で行えるほどに。そしてついには意識の介入など必要なくなってしまったのよ・・・」


動き続けるこの心臓のようにと、エイダは言葉を継ぎ足した。


ピアノを弾く私に意識はない。悠の言葉が脳内で繰り返し響き渡る。諜報する私に意識はない。暗殺する私に意識はない。諜報や暗殺に洗練された私は、悠がピアノを弾くように無我の境地へと至ってしまっていた。長い長い時の流れが、私をそのように変えていった。洗練された私の無意識は三崎誠一郎の失脚は困難だと判断した。


そして邸内に侵入し、無意識下で彼を暗殺した。おそらく、現場に私という人間の痕跡は一切残っていないだろう。完璧な無意識が全てを完璧にこなしてくれているだろうから。


「ジェイ、とにかくここを離れましょう」


「離れてどうする・・・同胞を殺したんだ。もうどうすることもできない」


「最後まで諦めないで。立つのよ!」


「エイダ、どうして君はそこまで・・・」


そう言いかけて唐突な頭痛。視界は暗転し、平衡感覚が崩れて私はその場にひざまづいた。まるで忘れていた記憶が、内側から頭蓋骨を突き破ろうと暴れているかのようだ。


「ジェイ!しっかりして!お願いだから・・・」


エイダの弱々しい声音が珍しく、それを聞けたことがなんだか微笑ましい。そんな淡い幸福のなか、やがて暗転の景色も認知できないくらいに、意識は黒く染まり・・・


そしてもう、何もかもが幻の渦の中へと消えた。

いかがでしたでしょうか。第2層、意識の在り処。楽しんでいただけましたか。長い時の中で洗練され過ぎたジェイムスン・ドウセット。彼の脳はついに意識の介入すら必要がなくなってしまいました。


あなたの意識は、どれだけあなたの現実に寄与していますか?


私たちの社会は豊かになり、ひとえに生活にだけ絞ってみれば、ほとんどのものは複雑な意識など必要としなくなりました。もしかすると、ジェイムスン・ドウセットのように、生きることそのものに意識など必要なくなる時代だって到来するかもしれませんね。


そうなれば、私たちは無意識の幸福へとたどり着くことができるのでしょうか?


ただ単に生きることのみを享受した恍惚の世界とはどういったものなのでしょう?

少しだけ体験してみたいものですね。

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