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虚構原型-プロトタイプ・フィクション-  作者: 山下 式
第2層-意識の在り処-
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第三者

午前2時。私は三崎邸の周辺にいる。エイダが夕刻に持ち帰った情報に齟齬がないか調べるためだ。


エイダが寄越した情報資料には警備の態勢や監視カメラの位置が細かに記してあり、これ以上の精査も必要ないといえるものだったが、複数回の下調べは任務遂行に外せない。


「エイダ、目的地に到着。これから偵察を始める」


「了解」


ノイズ混じりの無線を聞いてから、私は民間人を装って歩き、横目と流し目を駆使して三崎邸を観察し始めた。深夜の空気は澄んでいて、月明かりが邸の細部を照らしてくれている。監視カメラの位置、角度、視界の幅。セキュリティの強度。それらをつぶさに見極めて侵入の隙を探る。もちろん侵入は奥の手だが、任務に行き詰まれば、盗聴や工作もやむを得ない。


「エイダ、三崎に何か後ろ暗いところは見つかったか?」


「何も。とても真面目な政治家」


真面目な政治家という言葉にこれほど落胆することもそうないだろう。私を含め、エイダの声も無線越しに落胆の色が見える。


「あなたが学校にいる間に邸に張ってみたけど、三崎誠一郎の他に出入りした者もいないわ。完全に個人の事務所として使っているみたい」


外観から警備員を雇っている様子もない。自身の身辺は徹底的に洗っているのか、そもそも本当に何もないのか。ハニートラップや強制賄賂などの工作の算段を考え始めていたときだった。三崎邸の植木、その枝が一本折れているのを見つけた。


そんなはずはない。そんなことなどあるはずがない。


そう唱えながら、私は努めてスムーズに折れた枝の近くまで寄る。枝は僅かだが、葉が数枚落ちていた。

なんてことだ。私はすぐさま無線でエイダを呼ぶ。


「・・・エイダ。侵入の形跡を見つけた」


「なんですって」


エイダは驚愕の声と共に物音をたてた。ちゃぶ台に足をぶつけているエイダは想像し辛い。


「確かなの?私にはみつけられなかった」


「間違いない。ほんの些細な形跡だったから見逃したんだろう」


それは跡とは呼べないくらいに些細なものかもしれない。しかし私の長年の経験がこれは侵入した跡だと警鐘を鳴らしている。幾度となく不法に侵入を繰り返してきたのだ。今となっては木のある場所を歩けば枝はどのように折れ、土はどのように沈むか手に取るようにわかる。


「エイダ、これはほぼ跡とは呼べないくらいの形跡だ。相当の手練れに違いない」


私の言葉にエイダが唾を飲み込む音が聞こえた。安全なはずの任務が、急に危険を帯び始め、血の気が引いていくのを感じる。


「我々の他にこの任務に就いている者は?」


「いないわ」


エイダの迷いのない想像通りの答えに落胆する。


「ジェイ。もし第3者が侵入しているのならそこは既に監視されているはず。すぐに戻ってきて。とても危険よ」


エイダの指示に私は素直に従うことにした。道中、アジトまで大きく迂回をしながら追尾の気配を入念に探ったが、ついにその気配は感じなかった。






「ありえないわ」


追尾の気配を入念に探りながらアジトへ戻った私は、額に張り付く汗の粒を拭った。


「あぁ、ありえない。だが事実、それは起きた。どうする?本部へ応援を要請するか」


私の提案がまずかったのかエイダの表情は曇ってしまった。


「いいえ。これはあなたと私のみでこなす必要があるわ」


「・・・上から釘を刺されたか?」


「詳しくは言えない・・・」


バツが悪そうなエイダを責める気もしない。それにこれくらいの不安事項はこれまでいくらでもあったし、私にとっては今回も数ある問題の一つに過ぎなかった。ただ気になるのはエイダの過剰な反応だ。それに、第三者の介入は私としても想定外だった。

三崎誠一郎は世界的に見て重要視されている政治家ではない。ただ我々イギリスにとって目の上のタンコブなだけだ。

つまり我々の他に彼に興味がある人間はアメリカくらいなものだが、アメリカを贔屓にしている日本人は多い。だから三崎は森の中の木に過ぎない。


「私としても解せない。なぜ三崎を警戒する人間が他にいるんだ・・・」


どんな可能性がありえるか事前の情報を元に頭の中で精査し始めたときだった。

閃光のように素早い、鋭利な目眩が私を揺らした。立つ脚は既に崩れているのに、脚はまだ立っていると勘違いしているかのように、私の意識の掌握下から外れていく。腰から上が滑り落ちるように傾き、一連の流れが終わって初めて自分が片膝をついていることに気がついた。


「ぐっ・・・」


そして頭痛。額を手で覆い痛みの箇所を探るように眉間を押さえる。


「何が起きたの?」


エイダが私の両肩を手で支えてくれた。次の瞬間には頭痛も目眩も消えていた。それはまるで針で指を刺したときのような瞬間的な痛みに似ていた。


「あぁ。問題ない」


ゆっくりと立ち上がる私にエイダは水を入れたコップを渡してくれたので、一口だけあおった。


「きっと疲労が蓄積しているだけだと思うけど、念のために病院で診てもらった方がいいかもしれないわ」


「そうだな・・・明日は部活を休んで病院に行こう」


時計は既に午前5時を回っていた。

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