♯6と街へ2
日も傾きはじめたころ、私は彼女とオープンカフェの椅子に座りながら西日に照らされていた。
机の上には紅茶。紅い水面に揺れる太陽。機械の乙女は空に浮かぶ太陽と、紅茶に沈む太陽を交互に見つめては、空っぽな表情を携えるだけだった。
そして初めて会ったときと同じように、メッセージを記した紙切れを私へと寄越した。
デート中に新聞紙からスペルを切り抜くことはしていないところをみると、どうやら私と会う前から全て準備済みだったらしい。
“今日は本当にありがとう。まだ私が破壊されていないということは、あなたはやっぱり私が思った通りの紳士だったのね。私の望みは変わらない。グレッグに会わせて。そしてこの手紙を直接わたしたいの。それが叶ったら、あとはどうしてくれても構わない。破壊されてもいい。だから、ね。お願いよ”
彼女はグレッグにわたすための手紙を私へ差し出した。
政治の陰謀、企業の策略。
そんな世界の裏側ばかりを見てきた私にとって、目の前で起きているこれはあまりに摩訶不思議。歯車が織り成す幻想が見せる陽炎でありながら、私は心を揺さぶられていた。
脳裏にチラつくのは、ハイライン家ご令嬢の安寧。つくづくジャケドローの技術が優れていることを思い知らされる。一途な彼女に、私はいつのまにか気持ちを重ねていた。
彼女がジャケドローを想うように、私もまた、クラウの未来を憂いていたから。そんな機械の乙女が少しでも幸福であるように、助力してみてはどうか。かつて持っていたかもしれない青臭い正義感が、栓を吹き飛ばす腐敗したガスのように溢れ出してきた。
くだらない。だが見てみたい。
彼女の最期が、私の最期であるように感じたから。
「分かりました、ミス♯6。確かにこの手紙は、あなたが直接ジャケドロー博士に手渡すべきだ。博士の元へ案内しましょう」
彼女の手を引いて立ち上がったときだった。
4人。いや5人か。エイダが用意してくれた秘密警察の諜報員とは違う人間の監視を感じ取った。
「人気者ですね、ミス。少し急ぎましょう」
おそらく援護してくれている同胞たちも敵に勘づいたはずだ。今頃どこから見ているのか探ってくれているだろう。一層と人が多い通りへと出たが、日が沈み始めたせいか昼間よりも人が少ない。
人混みに紛れてやりすごしたかったのだが。怪しい気配はさっきよりも近くなっていた。徐々に距離を詰められている。
いつ走り出すかを迷っていたとき、背後に1人、男が近づいてきた。
「秘密警察です」
帽子を深めにかぶった男が私の耳元で囁いた。
「合言葉を」
「グレート・ブリテンに栄光を」
味方しか知らない合言葉を確認し、ここまで引いてきた彼女の腕を諜報員に受け渡す。
「腕を引くのが了承のサインだ。ランディングゾーンまでまだ遠い。急いでくれ」
「了解」
諜報員に引っ張っていかれる彼女がこちらを見る眼は不安気に見えたが、信じてくれと言う他ない。
さて、あとはどうやって時間を稼ぐかだが。
しかしそんな思案を振り払う、強力な衝撃が不意に体中を疾った。
数万の微細な衝撃の奔流が脇腹を抉り、背骨を伝って脳天へと駆け、網膜の裏側を沸騰させた。景色の色は白黒に点滅し、筋肉が硬直して立つことさえおぼつかない。
私はその場に膝から崩れ落ち、傾いた街を眺めながら意識を失った。




