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「竜族でも人間でも、子どもは同じく可愛いですね」
「子どもは好きか?」
「ええ。たまに児童養護施設に行って、子どもと遊びます。城下町の子どもとは、あまり触れ合うことはできませんね」
たまにあるパレードで、馬車の中から手を振るくらいだろうか。城下町でジャスミンが降りてしまえば、混乱が起きてしまうからだ。
「では、三人……いいや、四人は欲しいな。お前はまだ若いし」
嬉しそうなリュディアスに、嫌な予感がする。
「それは何の人数ですか?」
「もちろん、お前が産む子供の数だ」
(結婚も、婚約すらしていないのに、リュディアスさま気が早い!)
「リュディアスさまは? 子どもはお好きですか?」
はぐらかされそうなので、ジャスミンは微妙に話を逸らすことにした。先ほど子どもたちと接する様子から想像はついたが、
「ああ。民はみな子どものようなものだが、子どもは可愛いな。純粋で無垢だ。自分の子どもならば、ことさら可愛いだろう」
(私は……多分、リュディアスさまの子どもを産んであげられないけれど)
しんみりしたジャスミンの手を、そっとリュディアスが握ってきた。
「もし子どもができなくてもかまわない。お前がいればそれで。結婚すれば必ずできるわけではないからな」
「でも、リュディアスさまは竜王ですから、それでは困ってしまいますよね。跡継ぎがいませんから」
竜の寿命ははっきり分からないが、生き物である以上有限であるはずだ。
だがリュディアスはこともなげに答えた。
「エリクの子どもに継がせればいい。エリクにも子どもができなければ、若い優秀な側近に継がせる。王になるのに必要なものは血ではない。統治と外交に必要な能力と、民に寄り添う心だよ。ジャスミン」
「確かに……」
逆に言えば、王族の血を確かに引いていても悪行三昧の国王など確かにいるわけで。王族の血は必ずしも王の資質ではない。
「こんなことをおたずねするのは失礼なのですが、竜族の生態というのはどの文献にも詳しく載っていないので教えてください。竜族の寿命とはどれくらいなのですか?」
「おおよそ五百年くらいだが、もっと長く生きる竜もいるな。竜の成人は百歳。オレは今二百歳を少し超えたところだ」
「二百歳……。やはり人間とは寿命が全く違うのですね」
気が遠くなるような年数だ。人間であるジャスミンはせいぜいあと百年もしないうちに確実に死ぬわけだが、もしも結婚したとして、彼女が亡くなったそのあと、リュディアスはどうするのだろう。他の番を探すのだろうか?
(それは……ちょっと嫌だな)
前世でも配偶者が亡くなったら別の人と再婚する、なんてよくある話ではあったけれども。自分が亡くなった後、夫が別の相手と結婚するなんて寂しい。
何も話していないのに、リュディアスは察したらしい。
「オレが別の相手と番うと思っているのか?」
「それは……。いや、まあ、わたしとリュディアスさまが結婚するかは置いておいて、仕方のないことだと」
二百年もの時間を、一人で過ごすのは寂しい。妻はいなくても友人やエリクなどはいるだろうが。
「恐らくジャスミンより長くオレは生きるだろう。だが、そのあと別の誰かと番うなんてことはしない。大体竜の番とはそんなに簡単なものではないんだ、ジャスミン。確実に出会うかも分からない。出会ったとしても一生に一度だけ。番に二人はない」
「でも、それではあまりにも、寂しくありませんか?」
二人で過ごした何倍もの時間を一人きりで過ごすなど、ジャスミンには考えられなかった。
「だから、二人でいられる時間を大切にする。出会えなかったことを考えれば、なんでもない」
「そういうものでしょうか……」
「番という概念がない人間には、分からない感情かもしれないな。と、ここだ」
リュディアスが足を止める。
「綺麗……」
目の前に広がっているのは、湖だった。周りには花々が色とりどりに咲き誇っていて、そこだけが特別な空間のようだった。澄んだ湖の中には気持ちよさそうに魚が泳いでいる。
ジャスミンは思わず、湖に手を入れてすくいあげてみた。濁りの全くない水は、飲んでも問題なさそうだ。
その様子を微笑みながら見つめたリュディアスは、
「ここが、一番オレの気に入っている場所だ。誰にも教えたことはない」
森の中、というほどではないが、周囲を木に囲まれていて、ここに来るまでに結構入り組んだ道を歩いてきたので、確かに誰もが知る場所ではないだろう。
「秘密の場所を、わたしに教えてしまってよろしいのですか? リュディアスさまだけの秘密ではなくなりますよ?」
「ジャスミンだからだよ」
リュディアスは静かに微笑んだ。
「お前はオレの番。だから特別だ。お前には教えたいんだ」
「リュディアスさま」
ジャスミンはぎゅうっと胸の前で、こぶしを握り締めた。
この人はジャスミンを受け入れてくれている。ずっと大切にしてきた、一人だけの秘密を何のためらいもなく打ち明けてくれるほどに。だから苦しかった。