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そして、この不毛な争いを遮ったのは、エリクだった。
こほん、と咳ばらいを一つしたあと、
「不詳の兄が申し訳ございません。弟のエリクです。お詫びにもならないことは承知の上ではございますが、我が国独自のものをヴァ―リアス王国にのみ卸させていただくのはいかがでしょう?」
娘を溺愛しすぎる、という欠点があるものの、そこは国王だ。再び玉座に腰かけ、先ほどまでの表情が嘘のように真面目な顔になる。
「我が国にのみ……。して? 独自のものとはまさか……」
きらん、とエリクの目が光った気がした。
「主に竜のひげ、うろこ、牙です。ご用命がありましたら他にも」
(ひげとうろこに牙?)
それが何になるのだろう、とジャスミンは疑問に思ったが、国王たちには価値のあるものだったらしい。国王や騎士たちが一気に色めき立つ。
ジャスミンは知らなかったが、竜のひげやうろこ、牙は防具や武具などに重宝されるものなのだ。
「よしよかろう! ジャスミンを連れ去ったことは不問にする! ただし、婚約だのなんだのは今のところ保留だ!」
「国王陛下のご温情深く感謝申し上げます」
深々とリュディアスとエリクが礼をする。(正確にはまだ何か言いたそうなリュディアスを、エリクが無理やり頭を抑えつけて礼をさせた)
リュディアスはまだ滞在したそうだったが、エリクに諭され、島に戻ることになった。仕事がかなり溜まっているらしい。
来た時と同じく飛んで帰るそうなので、ジャスミンは見送るために一緒に庭に出る。お目付け役のつもりなのか、ウォーレスもいっしょだ。秘密の花園ではなく、誰にでも立ち入りできる庭だ。
「お前が結婚できるまで、あと二年だな」
「そうですね」
(そのときリュディアス様と結婚するとは思えないけれど)
まぁ二年もすれば他にジャスミンなど足元にも及ばない素敵な女性が現れるかもしれないし、そのことは言わないでおく。
「ジャスミンの髪の色のように美しいな」
リュディアスは、足元に咲いていた花をつみ上げた。大きなピンク色の花びらの可憐なガーベラだ。ジャスミンの左手を手に取ると、薬指にそれを指輪のように巻き付けた。
「二年後、ここに本物の指輪をはめる。待っていてくれ」
ひざまずいてそこに軽く口づけながら、リュディアスはジャスミンを見上げた。
「は、い……」
(しまった。結婚する気なんかなかったのに)
あまりにもリュディアスの目が真っすぐで、思わず熱に浮かされたように頷いてしまった。
「そろそろお別れはいいでしょう。リュディアス殿もお忙しいでしょうから、お帰り下さい」
いい加減いら立ったらしいウォーレスが、ジャスミンをべりっと引きはがして、自らの背中に隠す。額にはぴきぴきと青筋が浮かんでいる。
「残念ですが、これ以上義兄上の心証を悪くしたくないのでおとなしく帰りますよ」
リュディアスはやれやれ、と肩をすくめた。
「私はあなたの兄ではありません!」
リュディアスがばさっと大きく羽を広げる。初めて見る翼を広げた竜の姿におお、と彼に噛みついていたウォーレスや騎士たちが小さく息を飲む。
「ではこれで失礼します。ジャスミン、近いうちに」
(近いうちに?)
二年しないと、結婚できないのに?
あっという間にリュディアスとエリクは空に飛び立ってしまった。そしてその言葉通り、リュディアスはエリクの監視付きではあったが、取引のやり取りという名目で、たびたびジャスミンの前に姿を現したのだった。