教会でライフカードをもらおう
とりあえず門番に口止めして私たちは、ようやく町の中に入った。
「あー、ミナト様?これからどちらへ?」
「いや、普通に呼んでくださいよ。アザランさん」
「いや、普通て」
見事、私たちの案内役になったアザランさん。不運とも言えるけど。
「うぉーすっげえ!外国みてぇ!」
「これは、まるでテレビの中に来たみたいだ」
男子だけならず、女子二人も目をキラキラさせて周りを見渡している。今にも駆け出しそうな東雲の首根っこを掴んでいるのはアザランだ。腕っ節に自信があってもアザランの二の腕には敵わないだろうよ。
「ギルドに報告はしなくて良いんですか?」
「門番から話はいってるだろうし、後回しでも大丈夫だ」
「じゃあ、とりあえず教会に。ライフカードを作らないと宿屋にも泊まれないし」
それもそうかと頷いて、アザランは教会はあっちだと真っ直ぐ前方を指した。
教会は、大体町の中心または奥にある。四方からたどり着きやすい場所り場合によっては避難場所になるため護りやすい場所に造られるそうだ。
「そのライフカードっていうのは何なの?」
「よく言うステータスが見られるものだと思うよ」
西條お嬢の疑問に北里先輩が、うきうき答える。
まぁ、そんなもんだ。
「日本でいう戸籍みたいなものかな。身分証ともいう」
「マイナンバーカードみたいなものね」
「あ、それそれ。まぁ、それよりもだいぶ画期的だけどね。たしか犯罪歴とかも分かるようになってるから、町に入る時に確認されるらしいよ」
「へぇ、それは素晴らしいわね」
お嬢が感心している傍で、南がビクビクしながら周りを見ている。どうしたんだろう。
「南ちゃん?」
「あ、なんか私たち見られてるなって」
「ははっ、そりゃそんな外套着てればな」
アザランが笑い飛ばした。
「この辺で糸族の外套を着てれば、職人本人ぐらいだからな」
「あ、親方様か!」
「おっ、お前らも会ったか!あのお人に」
閃いた東雲に、アザランが嬉しそうに笑った。
「親方様に頂いたんです。この外套」
「俺たちは弟子だったけどな!でもこれすっげぇんだぜ!」
「そりゃそうだろうよ」
アザランは、両手を広げて見せる東雲の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。やめろよ!と手を払ってるが嬉しそうだ。
「ライフカードをもらったら、それは脱いでおけ。悪いことを考える奴らもいるからな」
「なるほど。じゃあ、ライフカードもらって、ギルドカード作ったらとりあえず宿とって服を買いに行こうか。流石に制服は、目立つだろうし」
「そうね。それに三日も同じ服とか、ありえないわ」
南が同意するように、うんうんと強く頷いてた。
確かに、汗臭いよなぁ。
思わず脇をくんくんしたら、お嬢にやめなさいと叩かれた。
「ほら、着いたぞ」
「うわぁ!綺麗!」
南と西條が明るい声を上げた。ねぇ、と顔を見合わせている二人。うん、だいぶ二人も落ち着いたようだ。
アラブの景色の中に突然現れた水晶のような空の色を映したキラキラした建物。とんがった三角の屋根が美しく空を突き上げている。ほっと、湊も息を吐いた。
「綺麗」
教会に入ると中は暑さが嘘のように、冷えた空気だった。
「アザランさん、あなたがここに来るのは珍しいですね」
「俺は付き添いだ」
床にまで引き摺りそうな長く白いローブを身に纏った壮年の男性が教会の奥からやってきた。
付き添いだと親指で示した私たちを不思議そうに聖職者は見た。そして、私を目にした聖職者の男は目を見開いた。
「あなた様は」
跪きそうな聖職者に、湊は慌てて待ったをかけた。聖職者に膝付かせるとか何もんだよ。神か!
そうだった、彼らは神力に聡いのだった。
「ええっと、司教様?司祭様?」
「申し訳ありません。私、スナーバの司祭を任されておりますマハナと申します」
「司祭様、お分かりだと思いますが。私、ミドガルド、セフィロトの守護者ミナトと申します」
「ミナト様、これも神のお導きか。まさかご帰還されているとは」
「えぇ、まぁ、また突然に」
苦笑すれば、司祭様はキョトンとした後、ゆるり唇を緩め「それもまたお導きでございます」と呟き。
「おかえりなさいませ」
と、一礼した。
おかえり。
あぁ、そうだ。そうだよね。やっぱり、私、こっちの世界の人間だよね。
「ふふっ、ただいま戻りました」
おかえりなんて久しぶりに言われたなぁ。おばあちゃんがいなくなって以来だ。嬉しい、嬉しい、なぁ。
「ちょっ、あなた泣いてるわ」
「へへっ、久しぶりに言われたなぁって。感動した」
「あなた、まったく。おかえりぐらい私が言ってあげるわよ」
「えへへ、ありがとう、お嬢」
ツンとした西條お嬢さまが、綺麗なハンカチで私の頬を、ぐいっと拭いた。
事情を話した司祭は、四人のライフカードの発行を早速
手配してくれた。四人は教会の奥の部屋に呼ばれ、湊はアザランと一緒に広間に並ぶ椅子に座って待っている。
ステンドグラスを、口を開けて見上げているとアザランが口を開いた。
「セフィロトの守護者か。七年ぐらい前だったか?」
「そうですね。そんぐらいですね」
「災厄が去り、守護者は消えたと噂で聞いていたが。まさかこんなお嬢さんだったとはな」
「七年前は、もっとガキんちょでしたよ」
「子どもだという噂は、まじだったわけか」
がしがしと頭を掻いたアザランは、当然赤銅色の頭を下げた。
「え、何すか」
「魔物の大発生」
「あ」
「俺も救われた一人だ」
「そんな」
私たちは、あの頃そんな強い気持ちはなかった。ただ魔法を使うのが楽しくて、強くなるのが楽しくて、周りにもてはやされるのが嬉しくて。
きゅっと唇を噛み締める。
そんな、頭を下げられるような人間じゃない。
「ふぅ、アザランさん。顔を上げてください。私は、あの頃十歳の子どもでした」
「十歳、そんな子どもに」
「いいえ、良くも悪くも、子どもだったんです。そして、私たちは、この世界の人間ではなかった。あなたが、あなた達が頭を下げることなんて何一つなかったんですよ」
その証拠に、私は帰された。この世の人間じゃないから、帰された。
「湊せんぱーい!ほら!見て!ライフカード!」
「いや、見せびらかさなくても分かるから」
飛び跳ねる東雲に、やれやれと苦笑し立ち上がる。
「それでも!それでも、感謝する。イヨの命を救ってくれたセフィロト守護者、いや、子どもたちに敬意を込めて、感謝を」
そう言って、アザランは膝を付き、右手の拳を左胸にそっと添えた。それがこの世界での最高礼だと知っている。だから、湊もくしゃりと顔を歪ませて「へへっ、どーいたしまして」と笑ったのだった。
四人は貰ったライフカードを突き合わせて首を傾げている。
「湊先輩のと違う」
「もっとキラキラした色だったよね」
唇を尖らせた東雲に、うんうんと北里が頷く。
そりゃそうだ。誰だって最初はその色らしーし?
「ありゃ、上等なもんだぞ。ほれ、俺だってこんなもんだ」
ひょいっと首元から出したのは銀色のカード。もちろんアザランも冒険者ギルドのギルドカードと融合しているわけで。
「銀色、うぇっ、アザランさんシルバーなの?」
「シルバー?お爺さん?」
「ブハッ」
純粋に首を傾げた南に誰かが噴き出した。もちろん東雲である。腹を抱えてヒーヒー言ってる。
「なんで爺さんになんだよ」
「シルバーシートとかシルバーカーとか言うものね」
お嬢の説明に今度はアザランが首を傾げる番だった。
「まぁまぁ、つまりランクの高い冒険者ってことでしょ?」
ちらっと私を見た北里先輩に、うむ、さすがヲタク。
「そう、ランクAかS級の冒険者だよ」
「Sだよ」
「ほえーなんで申請しないの?ゴールドなれるのに」
「面倒だからだ」
なるほど?まぁ、良い。
「つまり、ランクで色が変わるってこと?」
「うん、まぁ、そんなとこ。ほら、見て。アザランさんのカードの端っこ剣のマーク入ってるでしょ?これが冒険者ギルドのマーク。冒険者で銀色だと、ランクがAかS級の冒険者ってなるの」
「ほうほう、じゃあ神山さんのは?」
「私のは、なんか色々書いてあってよくわかんない。王様がこれ持ってなさいって言ったから、これになった」
「陛下から直々に貰ったのかよ!?」
アザランもビックリだよ。
「うん、でも隣に司教様もいたよ?」
「そりゃいるだろうけどよ。まぁ、そんだけチャーム付いてりゃ驚かねえよ」
「そのチャームっていうのは?」
司祭に手を振り湊たちは冒険者ギルドに向かっている。道すがら話すことは沢山あるのだ。特に北里先輩は、興味津々。
「これは、なんか師事?した人が渡してくるやつ」
「ほほう、スキルの直伝証書みたいなものだね」
適当な言葉で理解してくれるのは、とても楽である。
「ほら、お前らそんなにライフカードは見せびらかすもんじゃねぇぞ。ミナトみたいにしっかりしまっときな」
悪い事を考える人もいるとさっきも聞いた言葉に、みんなは素直にライフカードを胸元にしまったのだった。
さて、次は冒険者ギルドである。




