古の遺跡
湊たちは、結職人の外套を羽織り砂漠を歩き始めた。湊は貰ったコンパスを首から下げて方向を確認する。食料は、男子が持つと申し出てくれたので助かった。
「このマント涼しいなぁ」
「すごい技術ね」
いおりんが涼しいと感動し、西條お嬢も感心している。
熱を阻み、寒さをから守ると親方様は言ったが、湊はこの外套の機能がそれだけじゃないことを知っている。いわゆる防御力アップだ。ナイフや剣などでは切れず、打撃も受けない。レベルの低い魔法からも守ってくれるのだ。
ゲームで言うなら特殊アイテムの一品である。
「じゃあ、行きますか」
いつだってそう言ってくれたのは、あいつだったけど。今はいないから私が言おう。
動けなくなってしまわないように。
前に進み続けられるように。
私自身が負けてしまわないように。
久しぶりに戻ってきた世界は、何一つ変わっていないようで、何もかもが変わっている気がした。
休み休み歩いて、それでもバテバテになってきた頃、古の遺跡を発見した。
まだ日が傾いてきたところだ。十分休息がとれるだろう。
ほっと一息吐き、先に到着してこちらに手を振っているいおりんと南ちゃんに合流した。
「ほら、もう少しよ」
「頑張って」
お嬢さまと先輩に励まされて二人の元に辿りついた私は遺跡を背にしゃがみこんだ。
「ほんと体力ないわね」
「知ってる」
昔は、もうちょっとあった気がするんだけど。手を引かれたり、背中を押されている小学生の頃の自分を思い出し、そうでもないかと苦笑した。
「ピラミッドじゃねぇんだな」
「どちらかと言うならポンペイみたいだね」
「ポンペイってなんすか?」
男子は、遺跡に興味深々らしい。
「あそこの建物の所で休みましょうか」と北里が示した場所で今夜は休むことになった。
あそこって神殿じゃん。ははっ。
神殿の跡地。朽ちてなお神聖さを放つそこに私は一瞬入ることを躊躇った。が、気にした風もなく入っていくみんなに、なんだか馬鹿馬鹿しくなって足を踏み入れた。
ここで、沢山の血が流れたことは黙っておこう。
私はまっすぐ奥に進み、女神像の前に片膝をついた。
「アスガルドの神々よ、お導きに感謝を。今宵この場で体を休ませる我らに許しを」
ふと隣に気配を感じて見ると、横一列に湊にならって四人が片膝をついていた。
思わず笑みが溢れる。まるで、セフィロトの守護者みたいだ。
「砂漠の夜は冷えると言いますが、それを感じないのもこの外套のおかげかな?」
「そうだと思う」
フードを外した北里に湊は頷く。
「暗くなってきたな。ライトなんてねぇよなぁ」
「スマホつける?」
「すぐに充電切れになるからやめときなさい」
スマホを取り出そうとした南を西條が止める。
町に着いたらカンテラも買わなきゃな。その前にギルドに四人を登録させて。てか私の登録証使えんのかな。
「んじゃあ火でも起こすか?」
「どうやってよ?」
「なんか燃やせるもんある?」
「あ、私、ルーズリーフあるよ!」
ジュボッと安いライターを出したいおりんを、お嬢が冷たい視線で見ている。そんな視線は知らんぷりしていおりんは、せっせとその辺に転がってる瓦礫の欠片を集め始めた。
「これも燃やせない?」
北里は、遺跡にまとわりついていた枯れた蔦を持って来た。
「お、いんじゃねっすか?ここ入れて。ルーズリーフもかして」
瓦礫の欠片で作った炉に蔦を入れ、ルーズリーフで火を灯す。ボッと燃えたルーズリーフを近づけて蔦に火を移そうとしたが、あっという間にルーズリーフが燃え尽きてしまいなかなか蔦に燃え移らない。
「もっとルーズリーフ捻ったら?」
貸してみてといおりんからルーズリーフを受け取り、今度は北里が試す。が、やはり難しい。
「枯れ枝じゃないと難しいんじゃない?蔦って」
「先輩。ライターをそのまま蔦に近づけてくれる?」
「そのままはさすがに難しいんじゃない?」
「いーからいーから」
ポッと点いたライタの小さな火に被せるように片手を当てる。手のひらにチリチリと熱が伝わってきた。
「地獄の業火を身に纏いし火の精サラマンドラ、我に汝の理を授け給え」
湊がゆっくりと言霊を噛み締めるように唱えた瞬間、ライターの火は炎となって立ち上がり、そのまま蔦を燃やしはじめた。
「おぉ、久しぶりだけど意外とできるもんだ。ありがとう、サラマンドラ」
パチパチと弾ける炎を追うように、火の精にお礼を告げてにこりと笑う。
精霊呪文が使えたことで、自分の力がそのままであることを知り嬉しくなった。
「な、なんだよ!今の!?魔法か!?お前、魔女なのか!?」
「いや、違うし。私、どっちかというなら騎士だし」
「呪文とか、ラノベだ」
「最近アニメでそういうの流行ってますよね」
ふと「私は魔術師じゃない!魔女よ!」と口癖だった彼女のことを思い出した。もはや彼女は魔女という括りさえ小さ過ぎた気もするが。
「今のは精霊呪文。この世界の大概の人間は使えるものだよ。精霊の理をほんの少し授けてもらって生活をしているの。その道を極めた人を所謂精霊使いともいうんだけど、そうゆう人たちは、うん、次元がちがうから。精霊とか普通見えないし」
精霊使いが、空に向かって語りかけてる姿はホラーである。
「あなた、自分が何喋ってるか分かってんの?」
お嬢の訝しむ視線に湊は苦笑した。
さて、昨日の夜は突然のことに話す暇もなくぐっすり眠ってしまったし、今日は話すか。親方様にも「ちゃんと話し合わないと駄目ですよ」的なこと言われたしね。
「まぁ、とりあえず火もできたし、食べながら話そうか」
この世界について、全てを語るのは難しい。一夜にして語れてしまうほど、この世界は単純ではないし、何より。揺らぐ炎を見つめながら、懐かしいあの頃に思いを馳せて、ゆっくりと唇を開く。
「この世界の名を、『ユグドラシル』という」
全ては、そう、人間が統治する一つの国の王の、我儘から始まったのだ。
「みんな、ようこそ。異世界へ」
歓迎しよう、我が同輩よ。
「異世界、そうかラノベか!」
オッケーわかった、北里先輩、ヲタクですね。
「異世界転生したんだね。僕たちは!」
「先輩、転生じゃなくて転移です」
「異世界転移か!しかし、女神には会ってないし、ハッ、スキルは!?僕のスキルはいったい」
「先輩、落ち着けっす」
「あ、す、すまない。僕としたことが、つい」
ふふ、いや話しが早くて何より。
「異世界転移て、最近流行ってる漫画とかアニメのですか?」
「南ちゃんその通り」
「でも、神山先輩が何でそれを」
「ハッ、君はもしかして、生還者か!」
「惜しい、帰還者です」
「帰還者。そうか、帰還者か」
感慨深げにブツブツつぶやいている北里先輩、うける。一方、お嬢さまはチンプンカンプンそうだ。
「お嬢、漫画とかアニメとか見なそうっすもんね」
「本は読むわ。テレビはニュースぐらいね」
うわぁ、お嬢さまぁ。四人の心の中が一致した。
湊はぼつりぽつりと現状について説明した。ただし、なぜ喚ばれたのかは分からないため話すことはできない。ここが違う世界であり、私たちか当たり前だと信じていた理とは全く違う理で形成されているということを、ざっくりと説明した。
一通り話終えた後、湊は、立ち上がり火の周りから席を外すことにした。いつの間にが外は、どっぷりと闇に沈んでいた。誰も止めはしなかった。みんな聞いた話しを飲み込むのに必死なのだろう。
湊はひとり、神殿の奥へ続く闇の中へと足を進めた。