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二度目の異世界渡り  作者: 723
帰還編
3/15

セフィロトの守護者

 東に向かって歩き始めた湊たちは、すぐに口数も減り今では無言で歩き続けていた。砂漠は砂に足を取られるし、意外と斜面が急になっていて歩きづらい。もはや登山である。ただでさえ今出会ったばかりの私たちの間に信頼関係など微塵もない。何処まで続くか分からない砂漠に皆、体力も気力も容赦なく削りとられていった。

 いつまで、もつだろうか。

 もちろん、湊の体力の話ではない。私のHPゲージは既に瀕死だ。そうじゃない、彼らの話だ。湊は彼らと違ってここが何処だか知っている。目的も期待もある。それに比べて彼らはどうだろうか。考えるまでもない。

 私は大丈夫。

 重たい足をひたすら前に出して変わらない砂景色を見据えた。

 

 「なぁ」


 あぁ、幻聴まで聴こえてきた。水分を摂ろうか。いや、さっき一口飲んだばかりだ。


 「なぁ!」


 もう一度聞こえて、ようやくそれが幻聴ではないと気づいた。随分と暑さにやられているらしい。ちらりと視線だけを声の主に向けた。顔を動かすのもやっとだ。足を止めたら二度と歩けない気がする。

 湊に声を掛けたのは東雲だ。他のみんなは薄向きながらひたすら足だけを動かしてる。


 「いつまで歩くんだよ。てか、どこまで続いてんだよ、この砂漠」


 知らんよ。私が聞きたいぐらいだ。


 「つーか、どこに向かってるわけ?」


 知らんよ。私が聞きたいぐらいだ。


 「黙りなさい。体力を失うだけよ」


 東雲の言葉を遮るように言い放ったのは西條お嬢さまだ。静かな声だった。


 「あなたもしっかり歩きなさい。あなたが北に行くて言ったのでしょう」

 「ごめ」

 「ほら、水を飲んで」

 「でも」

 「でもじゃない。無くなったら私のを分けてあげるから、ほら」

 「ん」


 お嬢さまに促されてペッドボトルのキャップを捻る。捻る。ひね、奪われた。


 「大丈夫?」

 「ありがとう、ござます。先輩」

 「いーえ」


 北里先輩に開けてもらったペッドボトルを口につける。ごくり、ごくり。

 ふぅ、ちょっと生き返る。


 「まったく、あなた体力ないわね」

 「すみません、お嬢さまは元気っすね」

 「毎日10キロ走ってるもの」

 「じゅ」


 バケモノがいる。

 差し出された塩飴を無言で受け取り口に放り込む。

 うまし。


 「なぁ!北に行こうって言ったのはあんただろ!ちゃんとわかってて言ったんだよな!」

 「何を?」

 「何をって、ちゃんと目的地わかって進んでんだろってことだよ!」

 「ここがどこの砂漠かも分からないのに?」

 「な!?だってお前が!」

 「じゃあ反対に進めば?別に私はついて来いなんて言ってないし」

 「ちょ、あんたもやめなさいよ」

 「反対に進んでたら、今頃オアシスだったかもね」

 「てめっ!」


 卑屈に笑えば、東雲がカッと怒った。今にも殴りかかりそうな東雲を北里がサッと羽交い締めにした。西條お嬢さまは、煽るような発言をした湊を睨んでいるし、南に至っては半泣きである。

 どうやら私は、暑さで相当やられているらしい。あぁ、ほら、また幻聴だ。どこからか馬が駆ける足音が聴こえてくる。


 「せ、先輩。な、何か聴こえませんか?」

 「え?」


 一気に現実世界に引き戻された。南の言葉にみんな口を閉ざす。湊は、目をつむり耳を澄ました。

 

 「これは」


 蹄の音。幻聴じゃない!

 素早く顔を挙げた私は、頭に被っていたフードを外し周囲を見渡した。

 どこ?どっちから聞こえる?


 「神山先輩?」


 南に応えることなく、湊は視覚と聴覚を集中させた。そして見つけた影に反射的に身を屈める。


 「みんな下がって!体を低くして、隠れて!」


 なだらかな丘になっていた岩陰にみんなを誘導する。何事かと動揺を見せたみんなは、反射的に身を屈めた。


 「お、おい、いったい何が」

 「シッ」


 東雲の言葉をピシャリと遮った。

 蹄の音が、一つ、二つ。盗賊ならもっと多いはず。行商ならば馬が引く幌の車輪の音も聞こえるはずだけど、それは聴こえない。ならば、旅人か。いずれにしても、人に会えれば行幸。

 次第に近づいてくる蹄の音に、私は決断した。


 「みんなは、ここにいて」


 制止の声に振り返ることもなく、湊は一人蹄の音に向かって飛び出した。

 さて、吉と出るか凶と出るか。上手くいってよと、私は胸元に光る十字架を祈るように握り締めた。


 蹄の音はラクダの駆ける音だった。

 ぼんやりとした影が次第に形を作っていく。敵か味方か。武器の持っていない私は拳に集中した。体内を喜びで迸るそれに震えた。

 

 あぁ、そうだ。

 この感覚だ。

 忘れもしない、この感覚!

 

 場違いな笑みが溢れ、見えないそれらに優しく声を紡ぐ。

 

 「大丈夫、私は片時も忘れたことなんてないよ。いつも想っていたよ。だから、戻ってきて、私の大切な」

 

 二頭のラクダの前に、私は両手を大きく広げ身を投げ出した。そして、ラクダに跨る人を視覚に捉え、私は崩れるように片膝を砂に埋めた。震える右手の拳を左胸に添えて。それは、この世界での敵意無き精一杯の意思である。


 「な!?貴様、何者だ!」

 「我らの道を阻むとは、その方覚悟を持っての行為か」


 後方のラクダに跨った人物が吠えるように声を荒げれば、それとは反対に前方のラクダに跨った御人が静かな声で言葉を放った。

 どうやらこちらの方が、主か。


 「ご無礼お許し下さい。主様が纏う衣の紋様、それは糸族の紋。主様を糸族の結職人様だとお見受け致します。どうか、しばし私の言葉に耳を傾けて頂けないでしょうか」

 「左様、我は誇り高き糸族の結職人。我を知り、汝のその敵意無き姿に免じて、我の道を阻んだこと、名乗る事を許そう」

 「ありがたき幸せ。我が名はミナト、ミズガルド、セフィロトの守護者の一人でございます」

 「な!?セフィロト!?も、戻ってきたのか?いや、そんな、まさか。親方様!騙されてはいけません!此奴、セフィロトの名を語る魔物に違いありません!」

 「ふむ、汝、真にセフィロトの守護者ならば、契約印があるじゃろう」


 契約印を知る、か。この御人、随分の位持ちだ。


 「はい」


 私はシャツのボタンを外し、左胸を晒した。それを目にした御人は感慨深気に目を閉じ、弟子は瞠目した。


 「なるほど、真にセフィロトの守護者とお見受けした。その左手首に光るリングも王家より守護者に与えられし物と聞く」


 手首にある金色のブレスレット。そこには鈍く光る宝石が埋め込まれていた。


 「よくぞ戻られた。ミナト様、我らの無礼許されよ」


 ラクダから降り、私と同じように右手の拳を左胸に添えて頭を下げた御人に、私は慌てて顔を挙げるように言ったのだった。

 この世界に戻ってきて半日。たったの数時間だったが、どっと力が抜けた気がした。どうやら、案外早く道が見えたようだ。湊は、ふわりと安堵の笑みを零したのだった。

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