夢のマジックバック
お腹が鳴って目が覚めたら、もうお昼の時間だった。こんな時間まで寝過ごすなんてと頭を抱えたのは、もちろん西條お嬢さまである。湊と南は、顔を見合わせて苦笑する。
湊は、休みの日は昼まで寝ることもあるし、そんなこと気にもしない。
三人がそれぞれ顔を洗って、さて食堂に行こうかとしたところでまたお嬢さまである。
「あなたたち、その格好で外に出るつもり?」
その格好とは、借りた部屋着だ。すてーんと着れるワンピース。アラビアンな刺繍がされてて結構おしゃれだ。靴はそれぞれスニーカーと革靴で不恰好だが、まぁそこは仕方ないのではないだろうか。
「これは部屋着よ!」
「いや知ってるけど」
「部屋着で人前になんて出られないわ!」
「えー、じゃあ私たちでご飯もらってこよっか」
南に言えば、うんうんと頷いてくれた。
「だめよ!あなたたちも行かせないわ!」
「じゃあどうしろと?あの汚い汗と砂まみれの制服は私でも着たくないんだけど」
「私だって嫌に決まってるでしょ」
「じゃあどうしろと?」
もう!わがままお嬢さまなんだから!
腕を組んで、パタパタと片足を鳴らす。
お腹が減ってこっちもイライラしているのだ。
どう、丸め込んでやろうか西條と睨み合っていると、ついついと袖口を引っ張られた。
「ん?どうしたの南ちゃん」
「あのぉ、私たちの制服がないようなんですが」
「え?」
湊は自分が寝ていた簡易ベッドを見る。
簡易ベッドの下に適当にまとめて置いてた制服が確かに無くなっている。
お嬢も慌てて自分のベッド下を覗いている。綺麗に畳んで置いていた制服一式が無くなっていたらしく、みるみるうちに顔色を変えた。
宿屋で早速事件だ。女子高生、制服窃盗事件。元の世界ならありそうな事件だが、この世界に女子高生というブランドに価値があるのだろうか。うむ、制服の生地って良い生地使ってるからそっち狙いなら。いやいや、だったら真っ先に糸族の外套が盗まれるんじゃないの?
三人の外套は、今もハンガーに掛けて並べられている。
プルプル震えているお嬢さまが勢いよく顔を挙げた時、控えめなノックが鳴った。
今にも爆発しそうだったお嬢さまの顔が、すごくてプッと小さく噴き出しちゃった。ごまかすように、扉に向かって返事をする。
「は、はーい」
「あら、起きたのね」
「あ、女将さん。おはようございます」
「おはよう」
にこやかに入って来たのは宿屋の女将さん。
「あ、私の制服」
南が女将さんの持っていた籠を指差した。
どれどれと覗き込めば、確かに籠の中には私の制服もあった。綺麗に洗濯されてる。
女将さんを見れば困ったように笑って、ほっぺたに手をついて言った。
「ごめんなさいね。朝起こしにきたらぐっすり眠ってたから。昨日、着るものもないって言ってたの思い出して。洗濯させて貰ったんだけど、余計なお世話だったかしら」
「女将さんが神だった」
「え、神?」
三人は、女将さんに感謝して、久しぶりに綺麗になった制服に袖を通した。
「スカートが短いとか言われるかと思ったわ」
「女の冒険者とか、もっと破廉恥な防具着たりしてるから」
「あ、よくゲームとかアニメでみるやつですね」
「そうそう」
おしゃべりしながら食堂に向かえば、男子二人が丸いテーブル席に着いていた。見たところ一足先に食事を終えてしまったようだ。
「おそよーさん」
「おそよー」
「おはよう。よく眠れたみたいだね。あ、そっちも制服洗って貰ったんだ」
東雲に軽く手をあげて、隣に座る。北里の言葉に男子たちの制服を見れば、綺麗に洗濯されているようだった。
席に着くと給仕の人がすぐに食事を並べてくれた。朝食をとっておいてくれたらしい。ありがたや。
さっそく色々聞かれるかと思っていたが、女子が食べ終わるのを男子二人は他愛ない話をしながら待ってくれた。
「ふぅ、満足」
湊はポンポンとお腹を叩いた。またお嬢さまに叱られるかと思えば、彼女もホッと一息ついているところだった。
セーフ。
南が、そんな湊を見てクスクスと笑った。
「それで、どうする?」
先輩の言葉に湊は少し思案したあと、女子の部屋に男子を招くことにした。
「食堂で話すんじゃ駄目なのか?」
階段を上りながら、東雲が聞いてきた。
「んー、駄目ってことはないけど。どこで誰が聞いてるかわからないしね。アザラン風に言えば、悪い人もいるからってところかな」
「なーる」
さて、何から話そうか。
「じゃあ、みんな札を出して」
西條と南は自分のベッドに腰掛け、湊は南のベッドにお邪魔している。男子二人は、湊が使った簡易ベッドの上に座った。
みんなが首元から札を取り出したのを確認して湊は、話を始めた。
「ライフカードについては、教会で。ギルドカードを発行できた二人はギルドカードについて冒険者ギルドで説明受けたよね」
「えぇ、生体情報が刻まれているって聞いたわ。私たちの世界のマイナンバーカードとは明らかに質が違うわね」
「まぁ、そこは剣と魔法の世界仕様だから」
「でも、ステータスオープン!とかやってみたけど無理だった」
北里先輩が、しょんぼりしている。あは、それ私たちも小学生の時やった。一度はやってみたいやつだよな。
「先輩、ゲームじゃないんだから」
「ちょっと夢だったんだよ」
「夢と言えば、ことマジックバックすげぇよな」
東雲が無地の肩掛け鞄を叩いた。昨日ギルドでもらったマジックバック。さっそく愛用しているらしい。
マジックバックについても話したいけど、まだ先に話すことがあるこだ。
湊は、パンパンと手を打って話を戻した。
「札に名前が刻まれてるでしょ?読める?」
「えぇ、もちろん読めるわ。それがいったい」
「あ、読める。ということは、言語翻訳機能が付いてるのか」
訝しげな自分の札を見つめる西條。反対に、北里は閃いたと顔を挙げた。
「その通り、私たちはこの世界の言葉は種族や地域、関係なく読めるし聞ける。そして喋れてるし、書くこともできる」
「すごいわね」
西條は、確認したいのか文字を探してきょろきょろし始めた。
「そうなの。すごい便利だから問題なの」
「問題?」
南が首を傾げる。東雲もわからないって顔をしている。むしろ既に話についていけていないのではと、不安になる。
「なるほど、便利だから利用されやすいのか」
「そういうこと。先輩、さすが。まぁ、そうそう気づかれることないけど、前に注意されたことあるから念のため。それよりもメインの話はこっち。この世界は、向こうの世界の外国みたいに名前、苗字の順番になってるから。自己紹介するときは、私だったらミナト・コウヤマってなるんだけど。この世界は苗字って概念があんまりなくて、というか苗字ある人は大抵貴族だったりするから、名乗るときは名前だけで良いよ」
「なるほど。日本も大昔は苗字が無かったしね」
先輩が頷き、みんなも分かったと頷いた。
みんなに札をしまってもらい、次の話にいく。
「ライフカードは銀行口座代わりにもなってるって聞いたかな?」
「聞いた聞いた。でも俺ら仮免だけどギルドで口座使えんのか?」
「仮免でも大丈夫、使えるよ。お嬢が昨日言ってたお金の値だけど、こっちの世界はエーンっていうの」
それから私は簡単にお金の説明をした。高校生だから、お金の勘定の仕方はすぐに理解してくれた。まぁ、実際に買い物してみるのが一番だろう。
「で、マジックバックだけど」
そこで湊は、ハッとした。
「私、マジックバックないじゃん!」
夢のマジックバック。容量拡大、重量軽減、時間停止。そう、その名はマジックバック。
ギルド登録すると貰えるマジックバック。初期装備として貰えるそれは、旅の始まりには欠かせないアイテムだ。
「前使ってたのはどうしたのよ?」
「いや、さすがに持って帰れなかったから、たぶん誰かが保管してくれてるはずだけど、今欲しい!」
「なら買ったらいいじゃない」
お嬢さまの意見はごもっとも。でも、あのマジックバックには色々アイテムとか入ってたのに。そうかぁ、武器も防具も初期装備に戻るパターンかぁ。
「なんかそんなラノベ読んだことある」
へへっ、最近は色んな異世界物があるんですね先輩。
がっくしと項垂れている湊を余所に、四人は話を進める。
「とりあえず僕とお嬢さまは、ギルドに行きますか」
「待ってその前に服を買わなきゃ」
「あぁ、そういえばそうですね」
仮免組と冒険者組で行動が分かれるようだ。うむ、良いのではないか。まぁ、その前にみんなで行こう!服屋へ!
あぁ、私のマジックバックー!!!




