Prequel
僕は生まれつき霊感が強く、友達と行ったお化け屋敷や廃墟探検でも僕だけ毎回幽霊では無い人型の何かが見えてしまう。
嫌とは思わないが、なんと言うか、長年その現象が起きているせいで幽霊では無い人型の何かは、はっきりとしかも度々見かける様になった。
それは、服も着ているし、体も透けていない。足もある。
それは普通に道を歩いていたり、駅にもいる。
しかし、直ぐにそれを忘れてしまう。
確かに、「見た」と言う記憶が有るのに、どんな感じだったか、印象を忘れてしまうのだ。だが、僕はその正体を知ろうとは思わなかった。
そんな、曖昧な僕が体験した唯一つの出来事。そんな何かを書き留めてみた。ただそれだけの話だ。
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今日は珍しく5時に起きた。
まだ外は暗く、新聞配達のバイクの音がする。
15分ほどソファでぼうっとしていると、カタンと玄関の方から音がした。
どうやら新聞が届いたらしい。
僕はそれをテーブルに置き、湯を沸かしコーヒーを淹れた。
時刻は5時15分と言ったところか。
僕は朝食のパンとコーヒーを啜りながら、新聞を眺めていた。
今日の天気は晴れ。
それくらいしか頭に入らなかった。
テレビはつまらないニュースしかやっていない
僕は、着替えてからまたベットに潜り込み、一眠りした。
7時18分、目が覚めた。
顔を洗い歯を磨いて髪を梳かした。
きちっと帽子を被り、ジャケットを羽織った。
僕は部屋の鍵を掛け、駅へと向かった。
延々と青い海が続く車窓は実に退屈で、飽きてくる。
仕方がないので、本をぱらりと捲って、一字一字じっくり読むことにした。
10ページ程読んだところで、アナウンスが流れた。
「次は、京都、京都」
僕は本を鞄に仕舞うと、本の内容を回想しながら大学へ向かった。
ところで、僕の大学には昔、奇妙なサークルが有ったらしい。
今はもう無いが、どうやらその部屋が残っているらしい。
僕は、ノートを取りながら思い出し、行ってみようかと思った。
オカルトは嫌いでは無い。寧ろ、好きな分野だ。
昼食を食べ終えて、記憶を頼りにその場所へと向かった。
がらりと引き戸を開けると、机は埃被り、また部屋は黴臭かった。
もう何十年も使われていないC棟の一室だ、無理もない。
何やら風景のスケッチやら居酒屋の割引券やらが壁にびっしりと貼ってある。
僕は棚に有った「活動日誌」をいくつか手に取り開いた。
日誌らしいものも書いてはあるが、どれも呑み会の割り勘の計算ばかりだ。
しかし、最後に読んだ文は違った。
『秘封倶楽部 某月某日
「こことは違う世界」が、確かな物になって来ている。
「結界」を越えればその世界へと行ける筈なのだが、突破法が分からない。
明日は、この事について研究しよう。』
日誌はここで終わっていた。いや、完結していた。
日誌はまだ12ページ程余っていた。
棚にも、続きらしきものが見当たらない。
僕はそれを棚に戻し、静かに引き戸を閉めた。
僕は、一週間かけて片っ端から日誌を読んだ。
そして僕はこの日誌によって、完全にあの世界に興味を持ってしまった。
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「ねぇ、それってつまりさ、異世界が存在するって言う事なの?」
「いいや、まだそう決まった訳じゃない」僕は少し強い口調で言った。
「だって、確かにそんな所が舞台の本だってあるし、それに影響されてる変なサークルだったんじゃないのか?」友人は最もな答えを出した。
「どうだろう。確かにそうかも知れない。名前が変なだけで、読書サークルだったりする事ってあるしね」
僕はコーヒーを一口飲み、日誌が意味する世界を想像した。
それは午後も、帰りの電車でも、夕食でも、寝る寸前までも続いた。
しかし、結局納得のいく世界は出来なかった。
そして、その日は眠りに着いた。
次の日、日曜日なので図書館へと出向く事にした。
その世界についての本が無いか探しに行くのだ。
僕はいつもの様にコーヒーを淹れ、トーストとハムエッグを作ると、クロスを敷き、その上に皿を置いた。
テレビは大して面白く無いバラエティーだった。
テレビを消して、後ろのコンポからクラシックを流した。
いつのか分からないが、親戚から貰った物である。
もうその人はこの世に居ないが、僕はこれをとても気に入っている。
パンを囓りハムエッグを頬張りコーヒーを啜る。これを数回続けた後、僕は新聞の天気予報だけを確認して、アパートを後にした。
自分の家から5分程の距離にある図書館に着いた。
この地に住み始めて2年経つが、今まで2、3回しか来たことがない。
ゲートを通り抜け、あの日誌の世界に該当しそうな本を探す。
しかし、本棚から見当たるどころか、「オカルト」、「サブカルチャー」、「SF」当てはまりそうなジャンルの本もまるで僕を避ける様にそこには無かった。
検索機でも「該当無し」が連続し、インフォメーションで尋ねても無いと言われた。
しかし、僕はこう言う下らない粘りには自信があるので、また小一時間程探し回った。
しかし、やはり見当たらない。
諦めて休憩所でコーヒーを飲んでいると、ふと思いついた。
「歴史・古典」
僕はカップを捨て、そのコーナーへと走って行った。
そして片っ端から読んで行った。
1ページ1ページ、一字一字………
気がつくと太陽は沈み、閉館の時間になっていた。
僕はその時無意識の域で読んで読んで読みまくっていたので、図書館員の人に数回声を掛けられやっと気が付いた。
僕は渋々ゲートを出て、広い芝生の広場を図書館を背に歩いていた。
しかし、石につまづき、転んだ矢先に予め用意されていたような本を見つけた。
その時も、冒頭で話した様な幽霊では無い人型の何かがそこに居た。
そして、この何かについて一つ分かったことがある。
それは、奇妙な帽子を被っていた事だ。
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僕は先程の本と石を鞄に入れ、とぼとぼと歩いて帰った。
転んだ時、膝を擦ってしまい少しひりひりする。
とても狭い住宅街の道を歩いて、自分のアパートに着いた。
ぱちりと電気を付け、手を洗ってうがいもしてついでに鼻をかんだ。
風呂に湯を溜めて10分ほど浸かった。
そして鞄から石と本を取り出し、テーブルの上に置いてしばらく眺めていた。
石は…何だろう。嫌に黒い。玄武岩か何かだろう。少なくとも僕の図鑑と一致していたのはそれだ。
本は…あれ、本では無い。本型のケースだ。
中には、「幻想郷縁起」と書かれた巻物がいくつか入っていた。
僕はそれをじっくりと一字一字読んで、大まかな意味を捉えることができた。
まず、例のオカルトサークルが記していた世界は恐らく、「幻想郷」と呼ばれ、周りは高エネルギーか電磁波か知らないが、「結界」によって、簡単には入れないこと。
"簡単には"入れない。逆に考えれば入れる、と言うことだ。
例は、この巻物によると、「死ぬ」、全くもって御免だな。次に「誰からも忘れられる」身内も友達も僕の事は知っている。
僕はため息を吐いてから、石と巻物を机の二段目の引き出しに入れてから、時計を確認して眠った。
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ピピピピ… ピピピピ… …カチリ
うるさい目覚ましを止めるとともに、ベットから起きた。
あれ、ベーコンの焼ける匂いがする…
僕は目を擦り、大きな欠伸をしてからキッチンへ歩いた。
「あら、起きたのね」
あの人型の幽霊で無い何かがベーコンを焼いていた。
僕はこの瞬間、曖昧な記憶が完全な記憶に変わった。
「あの…誰ですか?」
「名前なら知っている筈よ」
「えっ…」
「何年か前にね、貴方と会ったわ」
「いつ…ですか」
「生まれる前…前世かしら」
「?」
「貴方はね、生まれる前は幻想郷って所に暮らしていたのよ」
「幻想郷?」
「貴方が拾った巻物は、私が置いておいたのよ」
「…」
「いきなりで申し訳ないわ。だけど、伝えなくてはならない事が有るのよ。朝食を食べながら話すわ」
彼女は手際よく、テーブルにクロスを敷き、その上に皿を置いた。
「椅子、借りるわよ」
「どうぞ」
「ん…名前、思い出せない?」
「はい、全く…」
「私は八雲紫。結界の管理者よ」
「えっ、と言う事は…」
「そう、貴方を迎えに来たの」
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話を要約するとこうだ。
まず僕は、前世の幻想郷において、2番目位の由緒正しい家柄に生まれたらしい。
初めは普通に暮らしていたが、ある日、ある程度の年齢になった僕は、何か正気では無い事をしてしまい、この世に送り飛ばされ現在に至るそうだ。
それで、今日が刑期の最終日何だそうだ。
「と言うわけなの。今日だけなら幻想郷に戻れるわ。でも、もし…貴方が望むならここに居ても良いわ」
「あの、僕が向こうに行ったら、家族は友人はどうなるんですか」
「彼らの記憶から貴方の存在が完全に消えるわ。無かったことになるの」
僕は10秒程黙り込み、考え、そしてこう言った。
「僕はここに残ります。僕は家族も居るし、友達だって居ます」
「…そうね、そう言うと思っていたわ。私は貴方の意見を尊重する。邪魔したわね」
そう言って彼女は食器を洗い家を出た。
僕は今、かなり後悔している。
確かに僕には家族はいるし友達だっている。
でも、そんなに会うことも無いし、家族に至っては僕に対して無関心だ。
ならいっそ、新しく人生を歩みたい。
僕はそう思うと、咄嗟に玄関へ走り、スニーカーを踵を潰して履き、鍵も掛けずに彼女を追い掛けた。
アパートの下の道路をを彼女は歩いていた。
僕は階段を駆け下り、ブレーキを効かせながら数十メートル先の彼女を追った。
「あのー、やっぱり行きたいです!」
落ち着かない鼓動と呼吸のまま、そう言った。
「家族も、友人も、棄てるのね」
「決心着きました。それにそんな世界にも行ってみたいし…」
「そう。そこまで言うなら、取り消しを取り消して、今から行きましょう」
そう言うと彼女は、黒いブラックホールの様な物を出した。
「これで貴方の町とはおさらばね。良く見ておきなさい」
僕は確かにその風景を記憶に刻み、そのブラックホールへと入り込んだ。
「ようこそ、幻想郷へ」
彼女そう、呟いた。
まとめました