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卓上花

作者: 野火俊弥



 神経が参っちまうナ、井上はそう思った。使い走りの集団が何を躍起に、金を作ろうとするんだ。夢は儚く露と消え、下請けに身をやつしモノを右から左に動かすだけで小遣いをもらい、女の金を無心するのがこの二万五千円の刑務所でのオツトメだ。鼻で笑った。ツマンネェな、と呟くと拓治が雑誌を差し出し「ワシら何も知らんな」と言った。名前だけしか知らない親父と呼ばれる男が盃を飲んでいる写真だった。自分の肩書きがどういった物か知らないが、ハナクソが付くようなものだ。実に無意味。ハナクソが付いた所で金の回りが善くなることは、まず無い。実に虚しい。この生活があと何年も続くのかと思うと、それだけで逃げ出したくなった。この街に面白い事なんて一つもねぇよ、井上は窓から唾を吐いた。ピシャン、とアスファルトに潰れた。階下の荒れた花壇を手入れする殊勝な人間は居ない。

 飯を食う場所は簡素で在れと思う。腐りかけの花を見ながら飯を食う気にはなれない。

「どないしたんや」昨日までは簡素であったはずのカウンターに誂えられた花を指差すと、飯屋の婆は「誕生日じゃ云うて娘が買うてきた」と言った。続けて「腹も膨れんもん贈りくさって」と云う言葉に確かにな、と井上は笑い椅子に座った。花の匂いが鼻を突いた。

「すまんの、先に云うとくわ」

「何時になったら払うんじゃ」

「その内や」

冷えた白飯と漬物を受け取り、箸を割った。毎日の飯はこんなのでも生きていける。セロテープで補強されたガラス戸が勢い良く開き、拓治が勢い良く転げ込んだ。

「重夫が、重夫が殺られたぁ」

飯を噛んだ。井上が咀嚼する前に立ち上がった拓治が胸ぐらを掴み、椅子から立ち上がるよう乱暴に促した。茶碗が手から落ち、鈍い音を立てた。花瓶が倒れた。


 事務所に集められた所で、ようやく重夫が本当に死んだのだなと思った。「可哀相にのう、運が悪かったんや」重夫は隣町に“荷物”を取りに行った。刺したのは隣町の、チンピラだった。顔を合わせれば喧嘩ばかりしていたから、モノノハズミで殺されたのだろう。既に警察に出頭したそうだ。「それで兄貴、どないするんですか」この世界では何でも金に換える事が出来る。事件であってもだ。

「お前等は何もすな、何もすなよ」

それだけだった。それだけで全てが解決した。

 その夜、重夫の荷物を整理した。見掛けによらず几帳面な男であったので、すぐに終わった。ボストンバッグ一つに納まった。野球選手になりたかったんや、甲子園も行ったんやで、と酒を呑んだ重夫は言っていた。古びたバットが玄関に立て掛けられている。重夫は、それを持ってたまに素振りをしにいく事があった。拓治は頻りに「戦争せんで何がヤクザや」と言った。同意はしなかった。明日、重夫の親が来たら二つのボストンバッグを渡さなければいけない。

重夫はボストンバッグ一つだけではなく飯屋のツケもバッチリ残していった。一万五千円、俺が被った重夫の値段だ。

 数日経って花壇に「ゴミを捨てるな」と云う看板が立てられた。それでも、窓から煙草を投げた。植えられた花を美しいとは思わなかった。

携帯が鳴いて、風もないのに、重夫のバットがカランと音を立て倒れた。


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