哲学の雑学
「やあ!来てやったぞ津楽達也!」
「帰れ!」
「そんな!?」
壊れるような勢いでドアを開ける彼を、津楽は一蹴する。
白髪に制服の上から白衣を着た彼はしょんぼりするが、中のメンバーを見るなり一気に元気になり、
「何!?部員が増えてるだと!」
芯の通ったしっかりとした声を響かせる彼の登場に、一ノ瀬は状況が読み込めずにいた。
「誰?」
一ノ瀬の質問に津楽と霧崎は返答に困る。
「えっと……同級生?」
「知り合い……でもないわね。誰あなた?」
「おい!そこの彼女はともかく、霧崎は顔見知りだろ!」
二人の対応に彼は思わず声を上げる。そして、喉の調子を整えながら、彼は低音で一ノ瀬に言い寄る。
「初めまして。僕は哲司 真也と言います。あなたは?」
「一ノ瀬……楓です」
片膝をつき、手の差し伸ばす哲司に、一ノ瀬は苦笑いを浮かべながら自己紹介する。
そして、哲司は立ち上がって津楽に指を指しながら、
「さあ、勝負だ津楽達也!僕が勝ったら一ノ瀬さんを我が部に頂く!」
哲司の挑戦に津楽は面倒くさそうな顔をする。賭けの対象になった一ノ瀬はますます状況が読み込めずにいた。
そんな状況に痺れを切らしたのか、霧崎が一ノ瀬に説明を加える。
「彼は文芸部……本人は哲学部と名乗っているわ。度々部室の来ては津楽くんにいろいろ勝負を吹っかけているのよ」
「因縁……でもあるのかな」
そんな疑問が一ノ瀬の中によぎったが、津楽と哲司の温度差を察するに、そう思っているのは哲司だけのようだ。
「この前も勝負してやったろ。懲りろよいい加減」
「なんだ怖気付いたのか? まぁ無理もない。古代ギリシャの哲学者、プラトンも“始めは全体の半分”というくらいだしな」
哲司の挑発じみた発言に津楽は苛立つ。
「どういうこと?」
「物事を始めるということは全体の半分まで終わったのと同じというぐらい物事を始めることは難しいということよ」
一ノ瀬の疑問に霧崎は解説を加える。
「彼が前に来たのは確か四月の……」
「四月の二十七日だ!」
哲司が口を挿む。一ノ瀬がそっちに目をやると、どうやら津楽は挑発に乗ってしまったらしい。
「そうだったな……哲学の日に挑んで見事に負けたもんな」
「ま、負けてなどいない!あれは引き分けだ」
「そういうことにしておいてやるよ」
「哲学の日?」
「哲人として有名なソクラテスの命日から四月二十七日は哲学の日と言われているわ。同時にソクラテスの妻、クサンティッペが悪妻であったことから悪妻の日とも言われているわ」
「へぇ~」
一ノ瀬が二人に目やると勝手に話が進んでいた。
「では、明日の放課後に勝負だ!今回は僕の有利な勝負にさせてもらう。勝負内容は……」
どうせ、哲学のクイズ対決だろうと津楽は思った。
哲司は一ノ瀬の方を指し、
「一ノ瀬さんとのデート対決だ!」
「哲学関係ねぇじゃねぇか!!!!」
こうして、津楽対哲司の勝負が始まった。