こ、こんのぉ!!変態!!!
食人鬼の事件から数日がたった。
俺は、今、朝の通勤ラッシュで混雑している電車の中で、ここ何日かを振り返った。
アークライトで、先輩のサポートするため、魔術の特訓をする日々が続いたが、あの時のように、魔術が発動することができなかった。
須藤先輩と淳子さんは、魔術式が間違っていないかだの、イメージ不足じゃないかだの、いろいろアドバイスを貰ってはいるが……。 上達の兆しが見えない。
「…………はぁ」
ついついため息が出てしまうのは、魔術がうまくいかないとか、この朝のラッシュがきついとかそういうことではない。
それはゲームのプレイ時間が、今まで以上に少なくなってしまったからだ。
「やりたいことできないとストレス溜まるな……」
まったくだ、本来ならば、幽霊部員として、3年間ゲーム三昧の高校生活を送る予定であったのに、これでは―――。
俺の憂鬱とは関係なく電車は、西金駅へと到着をする。 車両の扉が開き、改札のある反対側のプラットホームへ向かうため人混みの中陸橋を上る。
「今日は、いつもより混んでるな」
普段なら、混雑を避けるため学校へはかなり余裕を持って登校するのだが、ゲームの誘惑に勝てず、連日、深夜までプレイしているため、起きる時間が遅刻ギリギリになってしまっている。
あと2段で階段を降り切るというところで、このところの疲れも出たのか、1段踏み外してしまった
「あ……」
油断したせいもあってか、受身を取れない形でズデンと前のりに倒れこんでしまった。
「いちちちちち……」
まったくツイてない、あの日からろくな事がない、そう考えて上を向いて立ち上がろうとすると、白と青のストライプの柄が目の前に広がっていて、ブロンドの髪を2つに分け、目の色はブルー、白い肌、そして、顔を真っ赤にした、俺と同じ年くらいの女子高生が前に立っていた。
「え………」
「な! こ、こんのぉ!!変態!!!」
不可抗力とはいえ、彼女のパンツを見てしまったとは言え、いきなり変態扱いはないだろ。
このままでは、プレイ時間どころか俺の人生がゲームオーバーになってしまう。
「待ってくれ! ご、誤解だ! 不可抗力だ!!」
「何が不可抗力や!! あんた!! 今うちのパンツ見たやろが!!」
金髪の女子高生は、その外国人ぽい顔立ちに似合わぬほど、達者な関西弁で怒号を俺にぶつけて来る。
「本当だ!! 俺は、ただ階段を踏み外して――」
「しみったれた言い訳なんか知るか!! このあほーー!!」
そう叫んだ瞬間、彼女の持っていた鞄が振り上げられ、俺の脳天を直撃する。
「うげっ!!」
「ふん!! 死ねやボケナス!!」
駅のプラットホームのコンクリートに倒れこむ俺に、そう叫び、女子高生は陸橋を上がっていった。
時間が経ち、放課後、今朝、女子高生にやられた箇所が癒えぬまま、俺は須藤先輩のいる写真部部室へと向かう。
「くそ~、まだ頭がズキズキする、あんなに強く殴らなくてもいいのに……」
ああ、ツイてないと思いつつも部室に到着し、ドアを開ける。
「こんちわ~」
「ああ、望月君……って、どうしたんだねその顔!」
ドア開けると、須藤先輩はいつものように、中央の椅子に座りコーヒー片手に、小説を読んでいたが、俺の顔見るなり、案の定、腹を抱えて
爆笑している。
とりあえず、俺は、中央のテーブルに荷物を置き、今朝起きた出来事を先輩に話すが……。
「あははははは!!! それはツイてなかったね望月君、いや、それともツイてたのかな、それにしても………ぷっ! あははははははは」
「そんなに笑わなくていいじゃないですか!! こっちは大変だったんですよ!!」
先輩は激怒する俺に、涙目になりながら笑いを落ち着かせていく。
「いやいや、すまない、だが、女子高生のパンツを朝から見れるってことはそうそうないぞ、望月君」
「俺だって好きでみたわけじゃないです」
この人は一体何を言っているんだ?まるで考え方が親父の先輩の発言に呆れていると、彼女は、カップの俺の前に差し出してきた。
「まぁまぁ、これでも飲んで落ち着きたまえよ」
そういえば、先輩の入れているコーヒーを飲むのは初めてだったな
せっかく入れて貰った物だし俺はいただくことにした。
「……いただきます……」
口に含むと、強烈なコーヒーの苦味と痺れが舌を襲う、インスタントがどうとか、ドリップがどうたらという根本的なところで表現できない味が口いっぱいに広がっていく。
一体どんな入れ方すればこんな物ができあがるのだ?
これはもはや、コーヒーと呼べず、黒い泥水といった代物だ、もちろん俺はこれを飲み込むことが出来ず、カップへと吐き出す。
「ぶぼぉぉお!! み、水!!」
早くこの苦味地獄から逃れようと、部室に備え付けてある手洗い場の蛇口へとすっ飛んでいく。
「おや? 望月君には、まだコーヒーは早かったかな?」
先輩は涼しい顔して、俺と同じコーヒーを美味しそうに飲んでいる。
俺は水道の水で口を濯ぎながら確信した。 間違いないこの人は ”バカ舌”だ。
口の中もひと段落し、自分の座っていた椅子へと戻る。
「須藤先輩、一体、どんな入れ方したこんなひどい味なるんですか?」
「ん? 普通に入れてるつもりだが?あっそだ」
普通? 普通といいましたねこの人は、普通に入れたら、口の中が痺れる味にはならないはずなんだけどな、俺がこう考えていると、先輩は、1枚のプリントを差し出して来る。
「なんです? これ?」
「剣道大会のプリントだよ」
剣道?そんなものが写真部に関係あるのだろうか? まさか、青春煌く汗を掻いている剣道女子を盗撮して来いなど言うつもりなのか? いや、しかし、この人ならありえる、そんな疑問を持っていたが答えはすぐに解けた。
「実はね、望月君、ちょっと新聞部の応援に行ってほしいんだ」
「新聞部ですか?」
先輩の話を、要約すると、うちの学校の剣道部がこの大会に出場するのだが、それを取材しようとはいろいろ準していた新聞部だったが、本来、撮影係を担当する部員が、機材を運ぶ際に怪我をしてしまい参加できなくなってしまったそうだ。 大会まで日数もないかといって、他のところから割ける人員もいない、そこで、新聞部の部長が、須藤先輩と知り合いであったため、代役を頼んできたそうだ。
「へぇ~剣道ですか」
俺はマジマジとプリントを眺めると、日にちは今度のゴールデンウィークの2日目、5月4日、場所は、西金市の中央に位置する ”西金アリーナ” で開催されるようだ、ところで、応援といっていたが先輩は行くのだろうか?
「須藤先輩はもちろん、部長として行くんですよね?」
俺の質問に、先輩は案の定の答えを返す。
「ん? 私は行かないよ、めんどくさいし、汗臭いし、うるさいし」
うん、とりえあえず、全国でスポーツに青春をかけている部員たちに謝ってほしくなる台詞を吐き捨てた。
「ま、とりあえず、アリーナに行けば、新聞部の連中がいるから、後の指示はそいつらに聞いてくれ」
相変わらず面倒くさいのか適当な言葉を返してくるが、先輩は席を立ち、俺の方をポンと叩く。
「部長命令ですか?」
「そうだ!部長命令だ!」
満面の笑みで言うさまは、女子でなければ張り倒している。
「はぁ……行くしかないか……」
どうやら、ゴールデンウィークも、俺にゲームをする時間は与えてくれないようだった。