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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
80/80

私が待っているあの部室に行くために。




「……う……ん……」


意識を取戻し私は周りを見渡した。


周りには木製のカウンターに、”カチカチ”と大きな音を立てて柱時計が時間知らせ、奥にはどこかの原住民の仮面やアンティークな家具やその他もろもろが置かれている。


間違いないここは私が探索者として、根城している骨董品店”アークライト”だ。


「……戻ってきたのか」


どうやら老紳士の言うとおり”元”の現実世界へ還ってきたようだ。


そして自分の着ている物に視線を落とすと、あの世界へ言った時と違い、新品だったメイド服は所々破れや汚れてボロボロ、猫耳に限っては片耳が落ちてしまい、すでに猫耳で無くなっている。


「あ~あ、これ淳子姉にどうやって言い訳しよう」


言い訳を考える暇もなく、外の方から爆音のバイク音が店の前に止まり、店のドアを開けて人が入ってきた。


”カラン、カラン”とドアに付いているベルを鳴らして入って来たのは、両手にまた何処かのオークションで競り落としたのであろう戦利品の大きな紙袋を両手に抱えた淳子姉その人だ。


「なんだい? 表の看板が”close”になっているじゃないか! 恵美! あんた勝手に店を閉めて――」


彼女が表の看板のことで文句を言っていたが、私の姿を見るなり言葉を失ってしまった。


「な、なんだい!? その格好は!? 虎とでも喧嘩したのかい!?」


紙袋を床に落として慌てた様子で私に淳子姉は駆け寄ってきた。


「あー! メイド服もボロボロじゃない! コレ高かったのに……」


私自身の心配よりも、彼女が大枚を叩いたメイド服がボロ雑巾になっていることに落ち込み何かブツブツ呟き始める。


そんな淳子姉を無視してカウンターの上を見ると、銀の鍵が入っている木箱とその隣に真帆が持ってきた赤茶色の布のカバーの本が置かれている。


「……まさかな」


私はカウンターの本を手に取りパラパラとページを捲ると、そこには初めて見た時と違い、びっしりと文字が刻まれている。


内容は私が体験した通りに、ゴミ捨てで目覚め、喫茶店で一悶着、古都さんとの出会い、藤堂さんの登場、陸軍基地での騒動……そして最後の潜水艦での戦い。


最後のページまでパラパラと捲ってい行くと、最後の1ページに中心に”congratulationsおめでとう”の文字が書かれていた。


「……はぁ」


最後のページを読み、本を閉じた私は小さくため息を付いた。


そこへブツブツ私への文句を言っていた淳子姉が突っかかってくる。


「ちょっと! 恵美聞いているの!!」


「……ああ、何だっけ?」


「ッ――」


私の気の抜けた答えに淳子姉は言葉にならない怒りの言葉でギャーギャー騒ぎ始めた。


あまりの五月蠅い声に私はつい指を耳の穴に突っ込んで怒りが収まるの待つつもりだったが一向に収まる気配がない、そこで私は彼女にあることを聞いた。


「怒っている所悪いのだけれど淳子姉さ。 今何時?」


「はぁ!? そんなの自分の携帯を見なさいよ!!」


それもそうだと思い私はメイド服のポケットから携帯電話を取り出そうとした時に、一緒に何かが床へと”カシャン”と音を立てて落ちる。


「……これは?」


ポケットから落ちたのは銀色の懐中時計だった。


千倉さんの奥さんの形見であり、藤堂さんが魔術を使うのに使っていた”魔術式を刻んだ懐中時計”だった。


私は懐中時計を無言で拾い上げて、天井のボタンを押して”カシャン”と音を立てて蓋を開けた。


時計の針は”コツコツ”と音を立てて刻み、蓋の裏にはあの時と同じように魔方式が彫られている。


「え? なにそれ? 恵美、そんな物持っていたっけ?」


私が拾い上げた時計に興味を示して、先ほどの怒りは何処へやらと言う感じで、お宝でも見る様に目を輝かせて淳子姉が覗き込んできた。


「これは年代物だね。 ただ量産品だからそれほど価値はないかもしれないね……」


まったく頼んでもいないのに勝手に時計の鑑定を始める淳子姉を無視して、携帯で時間を確認する。


日付は月曜日の午前10時と携帯電話の液晶画面に表示されていた。


あの世界には2、3日居た気がしたのだけれど、こちらの世界とは時間の進みが違うようだ。


ちょっとした”浦島 太郎”になった気分になる。


「ごめん。 淳子姉、ちょっと外の空気吸いたいから……」


「……あ」


私は”パタリ”と懐中時計の蓋を締めると、カウンターの上に置いてある本を持って店の扉の方に足を向けた。


ドアノブを回し”カラン、カラン”とドアに取り付けてあるベルを鳴らして私は店の外へと出た。


「……眩しい」


店の外は私が陸軍港に入った時は真っ暗な夜だったのに、現実であるこっちの世界は燦々とした太陽が私の周りの景色を照らしている。


「……結局何も救えなかった」


表に出た私は急にあの時の事を思い出し憤慨する。


氷室博士が死に、藤堂さんが死に、千倉さんが死に、菊恵さんが死んだ。


もっと別な方法があったかも知れない。


もしかしたら南雲中尉と話し合い彼らが分かり合える解決もあったかも知れない。


誰も死ななくて済む終わり方があったのかも知れない。


けどすべては終わってしまったこと。


「……くそ!!」


行き場のない怒りに私は”ダン”と強く地面のアスファルト踏みつけた。


「結局何もできなかったじゃないか! 私自身も! 魔術も! 何も何も意味なかったじゃないか!!」


私はただ叫んだ。


叫ぶことしかできなかった。


そして私の叫びを聞いてか店の中に居た淳子姉が飛び出してくる。


「なんだい!? 今度は!? 恵美あんたどうしたっていうの!?」


「淳子姉……私は――」


私が彼女の方を向いてそう言いかけた時だ。


「あらあらずいぶん大きな声ですね?」


私の後ろの方から年老いた老婆のしゃがれた声が聞こえた。


しかしその声はゆっくりだけど、とても優しさに溢れている。


私は声を聴いて後ろを振り返った。


そこには白髪のショートヘアーで、赤紫のケープと白いセーターに灰色のズボンを履き、左手で杖を突いた老婆がそこに立っていた。


「お若い方、そんなに大きな声を出すもんじゃないですよ? ご近所の皆様にご迷惑になるでしょう?」


「す、すみません!」


老婆の姿を見て淳子姉が慌てて彼女の元へと駆け寄ってきた。


「この子、ちょっとなんか感情のコントロールができなくて……ほら! あんたも頭下げさい!」


「なっ! ちょっと!」


淳子姉は右手で私の後頭部を掴み強引に老婆に頭を下げさせた。


その姿を見た老婆はニコリと笑みを見せる。


「いやいや、若い方はその位が威勢が有っていいですよ。 ただ大きな声を出すときは周りを見てからね」


「いやいや、申し訳ありません」


そう言うとニコニコと笑いながら老婆はゆっくりとした歩みで道の向こうへと歩き始めた。


最後までペコペコと頭を下げていた淳子姉にさっきの老婆のことを聞いてみる。


「淳子姉、今の人誰?」


「はぁ!? 恵美、あの人を知らないのかい!? あの人は”アークライト”の地主だよ! そんなことも知らないの!?」


「知らないも何も、淳子姉はそんなこと私には話をしないじゃないか」


「そりゃ、土地の権利関係の事なんか高校生のあんたに話をしたって分からないと思ったからだよ んなことよりもアンタはさっさと学校に行きな! とっくに授業は始まっているだろう!」


 呆れた態度で淳子姉がそう言うと、店方へと戻るため歩き始め、私も後へ続く。


「地主ね。 あの人の名前はなんて言うの?」


 淳子姉はドアノブに手を掛けて彼女の名前を言う。


「あの人はここの地主の”古都 緑”さんだよ」


 私はその名前を聞いてハッとして老婆の歩いて行った方向へ走り出していた。


「あっ! ちょっと恵美!!」


 後方で淳子姉が何か言っているが、気にしている暇は無い。


 全力で走り5分としないうちに、老婆の背中が見えてきた。


「ちょっと! ちょっと待って!!」


 私の声掛けを聞いてゆっくりとした歩みを彼女は止め、私の方へ顔を向けた。


「おや? どうしたんだい? そんなに慌てて?」


「はぁ、はぁ、えっとあの……」


 息を切らして私は彼女の外見を目し、ある場所で目の動きが止まった。


 彼女に右手が無かった。


「はぁ、はぁ、あの……その右手どうしたんですか?」


「え? ああこれ? これはね、若い時に交通事故に遭ってね。 病院のベットで気が付いた時には無くなってしまったのよ」


 私は息を整えて続けて彼女に聞いた。


「その事故をした時なんですけど、本を読んでいたんじゃないんですか?」


「良く知っているわね。 あの時、私もついついウッカリしていたのだけど、買ったばかりの古書を読んでいる時に横断歩道の真ん中で意識を失ったみたいなのよね。 けど不思議なことに私が見つかったのは事故が起こった3日後だったわ。 あの時周りの人たちが助けてくれなければ、私は今頃出血多量で死んでいたかもしれないわね」


 ゆっくりとした口調で話す老婆は、間違いなく私が本のあの世界で出会った”新米新聞記者の古都 緑さん”その人だった。


 私は堪らなくなり彼女を抱きしめ、古都さんは驚いた様子で目を丸くする。


「……よかった。 あなたはやっぱり実在したんだ」


「あっちょっと――」


「救えなかったわけじゃなかったんだ……本当に良かった……」


 誰も救えなかったわけじゃなかった。


 彼女は古都さんだけはあの世界からこっちの世界へ連れて帰ることができた。


 私はその喜びに涙がボロボロと溢れてくる。


「……うふふ」


 古都さんは驚いた様子だったが、何かに気づき私の背中に手を回してギュッと私を抱きしめて、こう言った。


「何が有ったのかは分からないけれど、貴方は全てを助けていけるわけじゃないわ。 貴方は貴方のできる範囲で人々を助ければいいのよ」


「……古都さん」


 その後、古都さんからいろいろと話をしたけれど、私と彼女が体験したあの本の中の出来事は彼女の記憶から消え去っているようだった。


 けれど彼女が私に見せてくれた笑顔だけは、あの時と出会った時と同じ誰の心も救ってくれる笑顔だった。


 そして別れの際に、私はメイド服のポケットから千倉さんの奥さんの、いや藤堂さんの懐中時計を古都さんに差し出した。


「これはあなたが持っていてください」


「……この時計は何か見覚えが……」


 懐中時計を手に取り、何か思い出しそうだったが、すぐに首を横に振る。


「ダメだわ。 思い出せない。 けれどとても大切なことだった気がするわ」


「そうです。 ですからあなたが持っていなければならないものなんです」


「けれどこれは貴方にも大切な物ではないの?」


 私は彼女の問いに首を大きく横に振って答えた。


「いいえ。 これは私では無く。 あなたにこそ相応しいものです。 ですから大切に、大切に持ていてください」


 私の態度を見てか、古都さんはニッコリと笑って懐中時計の鎖に頭を通して首から下げた。


「分かった。 これは大事に使わせて貰うわ」


 そう彼女は言い残すと、微笑んだ表情で会釈をし再び道の向こうへと歩みを進み始め、私は彼女の背中が見えなくなるまでその場に佇んでいた。


 古都さんの姿が見えなくなると、つい彼女の言った言葉が私の口から漏れる。


「私が私のできる範囲で人々を助ければいい……か。 そうだな」


 どうやら荒んでいる私の心は最後にまた彼女に助けられたようだ。


 先ほどのような怒りは消え去り、心が晴れたような気がした。


 そして私はある人物のことを思い出した。


 「そう言えば、もう望月君は学校で授業を受けているころだな……よし!」


 私は携帯を取り出して、カメラアプリを起動し自画撮りモードへ切り替えて自分を撮影し、それをメールに添付して彼に送信する。


 「まぁ格好はボロボロだけど、これでも猫耳メイドさんだからな」


 彼がこう言った趣向が好みかは分からないが、何と無く、気まぐれにこの姿を望月君に送りたくなったのだ。


 「さぁて、着替えて学校へ行くか!」


 また学校であの部室で未熟な魔術の彼を手助けしよう。


 私は制服へ着替える為に、くるっと背を向けてアークライトに向けて歩き出した。


 私が待っているあの部室に行くために。




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