Congratulations(おめでとう)
床に落下した手榴弾は、左右にバラバラに転がった。
1つは古都さんの近くに、もう1つは中尉の足もとに転がった。
「はははっ! 死ね!みんな死ね!! 貴様らが悪いのだ! 私の気高く偉大な功績を……理想郷を!!!」
笑いまるでこの世の悪がすべて私達が原因の様に叫ぶ南雲中尉の目はとても正気な目をしていない。
この人は本気で私達と心中するつもりだ。
床に落ちた手榴弾からは”シュー”と導火線の燃える音が聞こえる。
「なんて……ことを……」
再び力なく床へと倒れる藤堂さんに古都さんの声が艦内に木魂する。
「せんぱぁい!!」
週榴弾の爆発まで秒か分からないが、何とかしなければ。
私の頭に真っ先にその言葉が浮かぶが、頼みの魔術式を書いた栞もメモも使い切ってしまったし、かと言って千倉さんに使った光の杭をもう一度飛ばすにも杭単体の魔力はほとんどない。
(何か…何かないか!?)
打開策を見出すために周りを私は周りを見渡し、藤堂さんの姿が目に留まる。
「藤堂さん! 懐中時計を!!」
「懐中……時計……」
力なく返事をした彼は銃弾で受けた傷で血だらけになった左手で自分のロングコートのポケットから千倉さんの奥さんの形見である懐中時計を取り出し、こちらへ放った。
だがかなり出血しているためだろう。 投げられた懐中時計はあまり飛ばず、私の遥か前でカシャンと音を立てて落下する。
「ええい!」
私はとっくに言うことを効かなくなっている身体を強引に床を這いずらせて、懐中時計に手を伸ばした。
しかし懸命に手を伸ばすが、後1,2cm足らず、懐中時計まで手が届かない。
「くっ! もう少しなのに!!」
「ハハハッ!! 消えろ!! 消えろ!! 消えてなくなれ!!」
懐中時計を取るのに必死な私を余所に、半狂乱となっている中尉は訳の分からないことを喚き散らしているのとても耳障りだ。
「もう……ちょい……」
痛みが走る右肩を無視し、一心不乱に指を動かす。
カチャカチャと私の指先で暴れるが、時計の鎖部分を掴むことに成功する。
「後は……」
掴んだ懐中時計を手繰り寄せ、時計の天井部分のボタンを押して”パカン”と蓋を開けた。
「魔術式は若干違うけど、要領は同じなはずだ!」
私は目を閉じてこれから使う魔術のイメージを作り、カッと目を見開く。
「……行け!!」
手に持っている懐中時計を私は潜水艦の床に転がっている手榴弾に向けて滑らせた。
”カラカラ”と床を滑り、時計は狙い通り古都さんの近くにある手榴弾へと辿りつき、私は残っている力で右指を鳴らす。
”パチン”と強引に強く鳴らした指音は、私達にいる機関室に響き、懐中時計に刻まれた魔術式を発動させた。
フラッシュにも似た強烈な一瞬の魔術光は手榴弾を囲むように多方面体が形成された。
魔術を発動しても懐中時計は消滅していない。
やはりこれを作った人はすごいと私は脱帽を覚える。
「後一つ!」
手榴弾はまだ中尉の足もとに一つ残っている。
私は多方面体に囲った手榴弾の近くにある懐中時計へ身体を這いずらせ再び手を伸ばす。
「諦めろ魔女め!! 貴様らはここで死ぬんだよぉ!! 帝都の血となり肉となり灰になってその罪を悔い改め、来世に転生するのだ!!」
「何が転生だ! 何が魔女だ!! ふざけるな!! 魔道具に手を出して混沌を作ろうとした奴に言われる筋合いはない! それに私は諦めない!!」
芋虫の様に懐中時計向けて身体を動かす私を蔑む言葉を中尉は吐くが、そんなことにかまってはいられない。
「須藤……さん」
私の行動を見てか、古都さんも自分の前にある懐中時計へ手を伸ばそうするが、彼女もまた満身創痍の為、なかなか時計まで手は届かない。
「ひゃはははぁ!! さらばだ諸君!! また会おう!!」
中尉がそう叫んだ時だった。
私の後方から”バギン”と音を立てて黒い影と赤い影が私の頭の上を通り過ぎ、中尉の喉元へ噛みついた。
「ガァッ!」
「グルル……」
彼の喉元に牙を立てた黒影の正体は、私の光の杭で磔にした千倉さんだった。
千倉さんは噛みついている中尉の喉にさらに顎に力を入れてその牙を食い込ませる。
「ゴボォ!」
喉元を圧迫され中尉の口から真っ赤な鮮血が吐き出され、ボタボタと床へと零れ落ちると同時に赤い影が彼の足もとにある手榴弾を拾い上げる。
「こんなものぉ!」
赤い影の正体は、博士の返り血で真っ赤になったワンピースを着た菊恵さんだった。
彼女は拾い上げた手榴弾を機関室のドアから隣の操舵室へとぶん投げ、”カチャン”と小さな金属音が鳴ったと同時に、”ドン”と重低音を響かせて爆発した。
手榴弾の衝撃で潜水艦は大きく揺れ、天井や壁のパイプの幾つが外れ、そこから蒸気が噴き出し、私達の視界を遮った。
蒸気が晴れ、私はもう一つの手榴弾の方を見ると、うまく魔術が機能したようで多面体の中で粉々になった手榴弾の残骸がそこにあった。
「ふぅ……」
なんとか危機を脱した安堵から私はため息を漏らす。
「グルルル」
「…あ…あ…」
再び私が南雲中尉と千倉さんの方を見ると、まだ彼は中尉の喉元に噛みついたまま放そうとしない。
「しかしどうやって枷を…?」
千倉さんをよく見ると、彼には両腕は付いておらず、後ろを振り向くと潜水艦のエンジン部分に突き刺さっている光の杭には、千倉さんの物であろう2本の腕がぶら下がっていた。
どうやら千倉さんは強引に残っていた腕を引き千切り、彼の奥さんの仇である南雲中尉の喉物へと飛び掛かったようだ。
「ガウ!!」
千倉さんはそのまま中尉の首を力任せに噛み切り、身体と泣き別れになった中尉の頭はゴトっと音を立てて潜水艦の冷たい鉄の床へと転げ落ちた。
床を転がる中尉の頭を見ると、その表情は笑ってた。
私はポツリと漏らす。
「追い求めた夢の果てに、なんて顔だ……」
敗戦した現実を受け入れず、こんな所に逃げ込んで、魔道具にまで手を出して、体はボロボロになって、最後はこんな死に方をする。
「……私は御免だ」
思わず私はそう吐いてしまった。
「……そうだな。 こんな死に方は御免だよなぁ」
「……藤堂さん」
私の言った言葉を聞いて藤堂さんがハァハァと吐息を漏らしながら話しかけてくる。
「南雲も結局は、大東亜共栄圏という極右の幻に……踊らされたんだよ。 そんな物……最初から有りはしないのに……それにな」
藤堂さんは、首を動かしある方向を見る。 私もそれに合わせて彼が見ている方向に視線を向けた。
「ガァ……ァァァ……」
そこにはサラサラと体中から白い灰を雪の様に降らしている千倉さんの姿があった。
「これで良かったんだよな……。 ……千倉」
「体の使用限界を超えたのか。 けど、こんな終わり方――」
「良いんだよ須藤……俺もこいつも本来ならとっくに役目を終えていたんだ。 だから……ゴホォ!」
そう言いかけた時、藤堂さんが口から真っ赤な鮮血を吐き出す。
「藤堂さん!!」
「先輩!!」
ズルズルと体を引きづって古都さんが藤堂さんの元へ近づき、彼女ももう限界なはずなのに震える真っ白になった手で彼の手を握る。
「先輩!! 諦めないで!!」
「ハァハァ……クソな人生だったが……まったくクソな人生だ……けど……」
藤堂さんはそっと古都さんの顔に手を当てた。
「……古都……お前に出会えてよかったよ」
「……藤堂……先輩……」
彼は彼女を見て微笑み、彼女は彼を見て大粒の涙を流す。
「……そうだ! 終わらせないぞ!! 藤堂さん!!」
私は痛む体を這いずらせて魔術式を刻んだ懐中時計を取り、彼の元へ急いだ。
「今、回復系の魔術を――」
懐中時計の蓋を開き、指を鳴らそうとした……が、古都さんは涙を流し私に対して首を横に振った。
「……須藤さん……先輩は……先輩は……」
彼女の横にはすでに事切れている彼が横たわっていた。
けれどその顔は静かに穏やかな表情をしていた。
そして、後ろから”ドサ”と音が聞こえ振り向くと、千倉さんが立っていた場所には山になっている白い灰と彼が着ていた汚れボロボロになった衣服だけが残っているだけだった。
「……クソッ!」
怒り? いや怒りにも似た感情が私の中で沸々と湧いてくる。
今回の騒動の原因である南雲中尉を倒したにも関わららず、何ともいえない胸糞が悪くなるような感情が私を支配する。
これが私が日々掲げようとしている正義なのか?
いやこんなものが正義であるものか。
(それが正義だというなら……私は……。 いや私は何を考えているんだ!)
私は頭を横に振って今浮かんだ考えを吹き飛ばした。
そして千倉さんと藤堂さんの形見である懐中時計を使って古都さんと自分の怪我を治癒するため魔術を使う。
元々、私の魔術は攻撃に特化しすぎている為、回復や索敵と言った物には向いていないし、それに本来の相性の良い憑代ではないため、効力も元の半分ぐらいだ。
「……よし。 何とかこれで動けるな」
自分の体を動かせるようにした後、今度は古都さんの右腕に向けて魔術を使うため懐中時計の蓋を開けてパチンと指を鳴らす。
指をパチンと鳴らすと、緑色の小さな光が彼女の右腕を包み込み始める。
「便利な物ですね。 魔術って……」
私の様子を見ていた菊恵さんがそう漏らす。
「やり方を覚えれば誰でも使えるよ。 けれど使い方を間違えれば南雲中尉のように、乱用し副作用が体を蝕む」
「それでもこの力があればみんなを救えたのでしょうか?」
私は彼女の問いに即答せずに、一呼吸を置いて答えた。
「……それは本人次第だよ」
魔術の緑色の光がゆっくりと消えて行き、私はパチンと懐中時計の蓋を締める。
「何とか止血はできたと思うけど、元々回復系の魔術は苦手だ。 早く医者に見せないと――」
私は古都さんに肩を貸してヨイショと立ち上がる。
「すみません……須藤さん」
「古都さん気にしないでくれ」
私達が機関室の出口へと向かうが、後ろから菊恵さんが付いてくる様子がない。
「……菊恵さん?」
私が振り返ると彼女はある場所に立ってこちらを見ていた。
「すみません。 先……行っててもらっていいですか?」
そう言う彼女の足もとには血まみれで真っ赤になったYシャツが有った。
彼女と私達を救う為、そして己の罪を償う為に、自らの体を差し出した氷室博士が着ていたYシャツだ。
「私は少しこの人と話をしてから行きます。 お二人は先に進んでいてください」
菊恵さんは微笑んで私達にそう言った。
「……分かったよ。 じゃあ先に行っている」
再び機関室の出入り口に方向へ私達は体を向けて一歩踏み出そうとした時だ。
(ありがとう……)
菊恵さんの方角から聞こえ、私は後ろを振り向いた。
彼女が立っていた場所には、白い灰と赤くなったワンピースと同じく赤くなったYシャツがあるだけだった。
「…………」
彼女も体を維持できる時間は限られていた。
そんなことは分かっていた。 分かっていたんだ。
いろいろな思いを飲み込んでは私は古都さんと機関室から一歩踏み出した。
機関室を抜けるとそこは操舵室のはずなのだが、そこには何もない真っ暗な空間が広がっている。
「ここは?」
振り向くと今し方通ってきたはずの機関室の出入り口も無くなっている。
狭いはずの潜水艦の艦内のはずなのにここはとても広く感じる。
「一体どうなっているんだ? 古都さん?」
だが私の横にいる筈の古都さんから返事がない。
「古都さん!?」
私は慌てて彼女の体に触ろうとするが、彼女がいる筈なのに手探りしている右腕は空を切るばかりだ。
「……古都さん。 古都さぁぁぁん!!」
大声で彼女の名を叫ぶが、その声は木霊することはなく、この空間と同じく真っ暗な闇へと溶け込んでいく。
その時、突然、前方5メートルほどの場所に真上からスポットライトを当てているような光が照らされ、白くて丸いテーブルと同じく白いインテリアチェアーが2脚現れたのだ。
私がその光の元へ近づくと、2脚ある椅子の1つに彼が腰かけていた。
「Congratulations」
手を叩き私を向けたのはあの老紳士だった。