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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
77/80

やめろ南雲!!


私の後方から銃声が鳴り、指を鳴らして飛翔させた光のサジタリウスは狙い通り、千倉さんの両腕に突き刺さり、そのまま硬い鋼鉄のブロックで囲まれている潜水艦のエンジンの一基に貼り付けにした。


「うがぁぁぁ!!!」


「げほっ! げほっ!」


貼り付けにされた千倉さんは、こう言っては悪いが首輪が繋がれている番犬の様に吠え、菊恵さんの方は、首を絞めつけられていた状態から解放され、その場に崩れゲホゲホと咳をしている。


そして、私は自分の体を見回した。 背中や肩とかに痛みはない。 痛みはないと言うのはすでにいろいろボロボロ過ぎて体中いたのだが、それ以外の追加の痛みはないと言うことだ。


体の無事を確認し、私はゆっくりと後ろを振り向いた。


そこには拳銃を構えたままで硬直している藤堂さんの姿があった。


「馬鹿……な……」


彼はそう呟くとその場に膝から崩れ落ちうつ伏せに、冷たい鉄製の床へと倒れ込んだ。

 

 「先輩!!」


 古都さんの倒れた藤堂さんに向けて発した声が艦内に反響し、藤堂さんは倒れたと同時に、真っ赤な血が彼を中心にゆっくりと広がっていく。


彼のコートを見ると、背中の左辺りに穴が開いてるのが見えた。


(一体誰が!?)


私は咄嗟に周りを見回す。


「舐め追って……」


撃ち終えたばかりの銃口から硝煙の煙を上げ、鬼形相で立っていたのは、死食鬼化グールし、魔道具マジックアイテム過剰摂取オーバードーズで倒れていた南雲中尉だった。


「南雲中尉!」


「やってくれたな! 女給!!」


彼の銃口は今度は藤堂さんから私へと向けられる。


「殺してやる!! 容赦はしない!!」


怒りに狂う南雲中尉の姿は、腕や体は骨と皮だけじゃないかと言うばかりにガリガリにやせ細り、顔も頭蓋骨に皮膚が付いているだけじゃないかと思うくらいにコケ、拳銃を持っている手は、どうやら近くにいた死食兵グールが持っていた物を拝借したらしたらしいが、右手に持っているのがやっとのようで、ブルブルと照準を震わせている。


かと言って私の方も、最後の栞は使い切り、足や体はボロボロ、右手だって次は動くか分からない。 満身創痍なのはお互い様のようだ。


「死ね!」


パンパンと中尉が私に向けて拳銃を発砲するが、3メートルも離れていないと言うのに放たれた弾丸はチュンチュンと音を立てて、私の横の床や上のパイプなどに外れてしまい当たる気配がない。


「当たれ!! クソ! この!!」


まるで子供が喚き散らしているような声を上げながら中尉は、何度も私に向けて引き金を引く。


(藤堂さんに当てたのは偶然か? それにしてもこれなら望月君の方がまだマシだな)


そんなことを私が考えている内に全弾撃ちつくしたようで、彼はトリガーを引くが、空しくカチカチとハンマーの音が艦内に響く。


 「くそ!!」


 弾倉が空になった銃を私に向けて投げつけてくるが、ヘロヘロになっている腕でスローで飛んでいた銃を私は体を少しずらして避ける。


 「中尉、あなたはもう終わりだ。バカな桃源郷はここで終わりなんだ」


 「……なぜ……なぜだぁぁ!!」


 彼は両手を床について大声で叫び、ぺたりと尻を付き無機質で茶色の潜水艦の天井を見るように座り込んだ。


 「私はただ…閣下の夢を……」


 「その考えが……間違って……てんだよ……」


 「藤堂さん!!」


 「先輩!」

 

 擦れるような声を出し、撃たれて床に倒れた藤堂さんはゆっくりと体を起こし、中尉の方に彼は顔を向ける。


 「なんだと…?」


 「貴様の逮捕を……俺の上司に命令したのは……その閣下様だぞ……」


 「ば、馬鹿な!! そ、そんなわけがあるか!!」


 南雲中尉は明らか動揺し、細くなった首を必死に振って藤堂さんの言ったことを振り切ろうとするが、彼はさらに続けてこう言った。


 「あの時には……上も下も閣下も、戦争に勝てないことは……もう知ってたんだよ。 第三国が落ち、南方が取られた時には誰もが悟ってたんだよ。 ただ陸軍の継続派がそんな意見を握りつぶしているだけにすぎなかった。 閣下も近衛の連中も、声の大きな奴らに逆らえなかっただけなんだよ。 お前の大好きな閣下様はその時には戦争なんざ望んじゃない無かったのさ…ゲホォ!」


 藤堂さんは突然、口から赤黒い血を吐く。 恐らく中尉に撃たれた個所から血液が肺入り、無理に話したせいで、それが逆流したようだ。


 「藤堂さん、無理に話しちゃいけない! このままじゃあなたが……」


 「ハァハァ……さっきまで銃をお前に向けていたのに優しいな……須藤……」


 藤堂さんの表情は先ほどとは違いに、冷徹な雰囲気は消え、和らいだ顔を私と古都さんに見せ、再び中尉の方に顔向けた。

 

 「それにな、この潜水艦ふねを第三国から持ち出すときに、お前、現地の特務管を殺したろう?」


 「……当然だ。 奴はこの戦争は負けるから無理に戻らなくてもいいと私に言った敗北主義者だ。 そんなやからは粛清されてしかるべきなんだ」


 「だからだよ。 閣下も味方を殺してまで戦争に勝とうなんてする狂人に、帝都の今後をやれないと思ったんだよ。 でなけりゃ下っ端の俺や千倉にてめぇの確保なんか命がくるわけがねぇ。 それに仮に艦をうまく持ち込んだとしても、主な工業施設を爆撃されちまった帝都に、高性能なふねが作れるものかよ」


 「必死な思いでこの艦を持ち帰り、天を回し戦局を大きく逆転させ、米帝の侵略からこの国を、アジアを開放し、閣下の望む東亜共栄圏を確立するために……私は……私は……」


 藤堂さんの話を聞いて南雲中尉は落胆し頭を落とす。


 「一つ聞かせてくれ……戦後、何で俺達を狙った?」


 彼の問いに中尉は魂の抜けたような声で答える。


 「第三国でも、潜水艦内でも、逃げた帝都でも、何所も彼処も敗北主義者だらけだった。 そんな中で、私を捕まえようと命を受けた奴の顔を見たくなった……ただそれだけだ」


 「そうか……」


 中尉の答えを聞き、藤堂さんはポツリとそう漏らした。


「ウガァァァ!!!」


彼らが話をしている時に、私の後方から唸り声とガチャガチャと暴れる音が聞こえる。


振り向くと、音の主は私の光のサジタリウスで両腕を貼り付けにされた千倉さんが何とか拘束を逃れようと両腕を必死に動かしている。


彼の両腕を突き刺し拘束している光のサジタリウスは、やはり使用時間が長すぎたようで、いつも異形の者達に使っている時よりもかなり細くなっている。


これではいつ外れ暴れだすかも知れない。


「菊恵さん……彼の頭を潰して終わらせてやってくれ……」


千倉さんのすぐ近くで腰を落とし、呆然としている菊恵さんに私はそうお願いするが、彼女は悲しそうな声で拒否した。


「い…いやです……」


「菊恵さん、お願いだ。 もう私は魔術を使えないし、古都さんも見ての通り重体だ。 今彼が暴れたらもう止める手段がない」


「それでも……いやです……」


菊恵さんは俯き震えるような小声でそう言った。


「そうだよな……千倉が死んだら、もう研究ができねぇもんな……」


ハァハァと吐息を漏らしながら私達の会話を聞いていた藤堂さんが皮肉の声を出す。


「藤堂さん!!」


「須藤……そう大声を出すなよ……そら見て見ろ……」


彼がチラリと千倉さんの方に視線を送り、私も同じく彼方角を向いた。


「ガァァァ!!」


彼の咆哮と共にブチリと、まるで粘土を引っ張って千切れるように、彼の右腕が取れる。


「……なぁ見ての通りだ。今までは何とか南雲やつの兵士の心臓を食わして体を維持させたが……陸軍港ここに入ってから何も食わせてないからな。 アイツも限界が近いんだよ」


藤堂さんはハァハァと苦しそうに息をしながらロングコートのポケットから煙草とマッチを取り出して、煙草を一本取り出してそれに火を付けた。


「だから……俺達は時間切タイムオーバーれでお前らの勝ちなんだよ。 俺はとにかく千倉は報われねぇ。 かみさんを殺され、自身も実験体じゃ、そりゃどこの地獄だよ」


藤堂さんが続けて皮肉に似た言葉を吐くのと、同時に菊恵さんが声を上げる。


「いいえ、彼は軍の犠牲となって試験体になったわけじゃありません。 彼は彼自身の意思で危険な実験に志願してくれたのです」


「なんだって……」


彼女の言葉に藤堂さんは驚き、咥えていた煙草をポトリと落としてしまう。


「確かに千倉さんは、罪人として研究所にやってきました。 南雲中尉が人体実験にと連れて来たのです。 いくら軍の命令とは言え、私達も彼らの言うような非人道的なことなどできません。 命令を拒否すれば私達に待っているのは彼らの銃弾と刀です。 そんな時に名乗りを上げてくれたのが千倉さんでした。 彼は南雲中尉が持っている薬に対抗できるなら自分の体を使ってくれと……」


彼女は俯いてそう言うと、ポツリポツリと床に涙を流しながら続けて話を続ける。


「けれど、そんなの言い訳ですよね。 現実に私達は彼が言うワクチンを作ることができなかった……。 私達が彼を殺したくないと言うのは……わがままですよね……」


菊恵さんの問いに藤堂さんはポツリと呟き天井に顔を向けた。


「そうか……千倉は千倉で戦っていたんだな……なのに…俺は……」


「……先輩」


まるで天を仰ぐように天井を見ている藤堂さんに古都さんは心配そうな声で話しかける。


「やり直せばいいんですよ」


「やり直す?」


「そうです……今こんな散々な結果になってしまいましたけど、もう一度みんなでやり直せばいいんですよ。 私も片腕無くなっちゃいましたけど、大丈夫です。 もう一本の腕が有れば記者は続けられます……だから……先輩……」


古都さんは青白くなった顔をで必死に笑顔を作って藤堂さんにそう提案をし、そのことを聞いた藤堂さんはポカンとした表情をしたのちすぐに笑みを浮かべる。


「古都……お前ってやつは……」


「千倉さんも大丈夫ですよ。 今はあんな状態かも知れませんが、いつか特効薬ワクチンを作れればいいんですよ」


「……ああ、そう……だな……」


彼女の言葉に藤堂さんの目からは涙が溢れ落ちていくのが見える。


「まぁ、一見落着かな……」


私はフゥと小さなため息を付いた時だ。


「やり直し? そんなものはもう無いのだよ!」


「なっ!?」


油断大敵とはよく言ったものだ。 私達の目の前に両手に手榴弾を持った南雲中尉が機関室ドア手前に立っていた。


「ハァハァ……貴様らに二度三度の人生のやり直しなどある物か……我王道を潰してくれたのだ。 貴様らには勿体ないがこの艦と共に吹き飛ぶんだな!!」


「やめろ南雲!!」


藤堂さんが叫んだと同時に、南雲中尉はプルプルと震える両手に持っている手榴弾のピンを口で外し、機関室の床へと落とした。


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