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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
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古都…俺は……俺は!!


 後方で千倉さんと菊恵さんが戦っている人の音が、私達だけになった潜水艦内に木魂す。


 これから大陸で起こったことを話そうとする藤堂さんの表情は曇っている。


 彼はあの忌まわしき国で何を見たと言うのだろうか?


 「大陸に言った経緯は社で話した通りだ。 俺はいつも通りに村人に取材してた。 そして騒動のあった夜、泊まっていた宿場から悲鳴が聞こえて俺は部屋を飛び出した。 ドアを開けて外に出た俺の目に飛び込んできたのは、現実世界の戦争末期にあの独国の潜水艦に現れた鬼どもだったよ。 逃げ惑う村人、そこら中から聞こえる悲鳴、鼻を突く死臭に血の匂い……。 目の前には地獄が広がっていた。 程なくして事態収拾の為に、陸軍の部隊が村に到着した……が、連中は死に掛けている村人に”アレ”を振りかけていやがった」


 「まさか……死食鬼粉グールパウダー!?」


 「白い粉を掛けられた村人は体中を痙攣させながら息絶えて蘇った。 蘇った村人は目が赤く光って、逃げ惑う村の仲間に襲い掛かった。 その時に俺はなぜ千倉が自分の嫁さんにあんなことをしたのかを悟った。 死食鬼化グールした村人が同じ村人を襲い、死食鬼化グールした村人を兵士が撃ち殺して戦車で轢き、死にそうな村人は兵士が死食鬼粉グールパウダー死食鬼グールにする。 そんな死屍累々の惨状の中で俺は聞き覚えのある声に気づいた。 制圧部隊の中央の戦車の司令塔からアイツが……南雲がそこに居やがった」

 

 惨状を語る藤堂さんは奥歯をギリギリと鳴らす。


 「奴を見つけた俺は死食鬼グールとなった村人と兵士をかき分けて、戦車に上り司令塔で偉そうに檄を飛ばしているクソ南雲の胸ぐらを掴んだ。 そん時、奴は旧友でも懐かしむ顔をしてこう言ったよ。 ”ここまで来たか。 これからが我が国の再生の時だ”そうほざきやがった。 奴の言葉に動揺した俺は周りにいた兵士にとっ捕まり、南雲に千草の嫁さんと同じように死食鬼粉グールパウダーで、俺も同じようにしようとした時だ。 俺を捕まえている兵士を振りほどこうとして体を動かした。 着ていたコートから千倉の嫁さんの形見の懐中時計が地面に落ちた。 俺はこいつらの目を隠せれば何とかなるのに……そう願ったんだ。 瞬間、世界が目の前が灰色の世界に包まれた」



 「イメージと発動……」


 私はポツリとそう呟いた。 藤堂さんのしたことは、私が魔術を使うの同じだ。 使用したい魔術をイメージし、動作をし、憑代にて発動する。


 あくまで私の推測だけど、千倉さんの奥さんはおそらく魔術師かその一族だったのだろう。

 祖先が魔術師で代を重ねるごとに、その存在意味が失われて憑代だけが使用方法も知らずに代々引き継がれると言うのは、魔術師の世界はよくある話だ。


 ただ私と違い魔術を使用しても憑代が消えないと言うことは、私が使用している魔術式よりもかなり高度な式が刻まれていることになる。


 千倉さんの奥さんの形見であると言う、その懐中時計に式を書き込んだ人物はかなり熟練された達人と言うことになる。


 「そこで藤堂さんはその魔術を使えるようになったってことか?」

 

 「そうだ。 あの時は目の前にいるのに南雲も他の兵士達も俺を見つけられ無いようだったよ。 俺は地面に落ちた懐中時計を拾い上げて、混乱に乗じて拘束している兵士を振りほどいて村の外へと逃げた。 どのくらい走っただろうな……。 息が切れて振り返ると遥か向こうで、小さく聞こえる悲鳴と、燃えている家々の火で村の方向が真っ赤になっていたよ。 追手が居ないことに安堵した俺は一息付こうと、近くの小屋の中に入った。 小屋に入ると家の明かりに照らされて、そこの住人だった人間を咀嚼している死食鬼グールがいた。 あの村のハグレかと思ったよ。 俺が入ってきたことに気づいたそいつは、俺の体に飛び掛かり食おうとしたんだ。 ここまでかと思った時、その死食鬼グールは俺を食うどころから、いきなり俺の体を犬の様に嗅ぎ始めた。 そいつの着ている服の胸元に”チクラ”と書かれていた名札を見て、伸ばしっ放しにしているそいつの前髪を退けて顔を見た時は泣きたくなったよ。 せっかく見つけた、俺の戦友は人間ですらない化け物に成り下がっていたんだから……。 その後、俺は使えるようになったこの力に千倉の姿を隠して帝都に戻った」


 なるほど、藤堂さんの話を聞く限りでは、すべての元凶はそこで半裸で倒れている南雲中尉が現実世界で引き起こし、この世界でその続きをしていたと言うことのようだ。


 ん? じゃあ待て、私はテッキリ氷室博士と菊恵さんを逃がしたのは彼だと思っていたが、彼の話だと村にある研究所には行かず、村の外へ逃げたと言うことは、誰が博士達をその亡者がウロウロする地獄から逃げてきたのだと言うのだろうか?


 私の憶測と同時に”ドン!”と言うと音が、私と彼の遥か後方から聞こえている。


 振り向いてその方角を見ると、死食鬼化グールした千倉さんが、菊恵さんの首を両手で掴み、潜水艦の鉄製の壁に押し付けている姿だった。


 「く…ぁ…」


 「菊恵さん!! 止めてくれ千倉さん!!」


 私の声など菊恵さんの首を掴んでいる千倉さんに届いている感じはない。


 それどころかギリギリと彼女の首に力を入れる音が、少し離れているとはいえ私達が居る場所まで聞こえてきた。


 ものすごい力で首を絞められている菊恵さんは、苦しそうな表情をしながら、残っている彼女の右腕で千倉さんの左腕を掴んで抵抗している。



 「終わりだな。 千倉! そいつ首をそのまま圧し折れ! そうすれば後は南雲だけだ!」


 「くっ! 藤堂さん! 彼を止めてくれ! 彼女は南雲中尉に利用されたにすぎない!」


 「さっき言っただろう。 連中にも罪は――」


 藤堂さんがそう言いかけた時、震える蚊細い女性の声が私達の耳に入ってきた。

 

 「……せ……ん…ぱい……」


 「えっ!」


 私が振り向くと、顔面蒼白で体も起こすのもやっと言う状態の古都さんだったが、彼女の表情はまるで母親が自分の子供見るように笑みを浮かべて藤堂さんの方角に顔を向けた。


 「こ…古都っ!」


 「だ…ダメですよ……須藤……さんに……銃を向け……ちゃ……」


 古都さんの言葉を聞いて、藤堂さんは明らかに動揺し冷徹な表情は崩れ、ピタリと私に合わせていた銃口もブルブルと震えている。


 「古都…俺は……俺は!!」


藤堂さんの視線が私から古都さんへと視線が完全に移る。


 (今だ!)


 私は彼のその一瞬を付いて、指をパチンと一度鳴らす。


 指を鳴らした瞬間、潜水艦の床に細くなって突き刺さっていた光のサジタリウスは飛翔し、私が狙った一点に向かって飛んでいく。


 「ッ!! 須藤!! てめぇ!!」


 私の思わぬ行動に藤堂さんは私の後頭部に銃を突き付けてくる。


 「撃つなら撃つがいいさ。 けれど、私は止めない!!」


 私は顔を少し彼の方に向けてそう言い放った。


 藤堂さんは苦虫でも噛み潰したような表情を見せ、私に突きつけている銃の引き金はプルプルと震えている。


 「……須藤ォォォ!!!」


 「先輩!! だめぇぇ!!!」


 藤堂さんと古都さんの言葉が交差する中、”パン、パン”と乾いた銃声が、冷たい鉄に包まれた潜水艦の中で響いた。


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