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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
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”戦友”をこんなことにした報いた。 行け!


闇が一瞬で晴れていき、私の目に飛び込んできたのは、天井の電灯で照らされた艦内に立ち上がり周りをキョロキョロ見渡している南雲中尉の後ろ姿だった。


案の定まだこちらに気づいている感はない。


私は彼に向かって飛びかり、右手に持っている白い粉の入った小瓶をまだギリギリ動ける右腕を振りかぶる。


「おお!!」


狙うは彼の口だ。 私の予想が正しければこの白い粉”死食鬼粉グールパウダーを食らわせればあることが起きるはずだ。


高さはばっちり、後はこいつを叩き込めばいいだけだ。



「食らえ――」


「ナニ!?」


その時、強引に振りかぶった為か、右肩にズキンと鈍痛が走り、一瞬だが振り被った右腕が遅れる。


「ッ!?」


私が鈍痛に気を取られた刹那の差で振り下ろした右手は、振り向いた彼の頬を掠って通り過ぎる。


通り過ぎたと同時に、南雲中尉の左腕が私の腹部を鷲掴みにする。


「ぐぁ!」


「フン! 小賢シイ……」


彼は掴んだ左手で私の腹部に力を入れる。


「カハァ!」


力を入れられた時、痛みで私の右手から白い小瓶が”カラカラ”と音を立てて彼の足元へと落ちた。


音を聞いて南雲中尉が自分の足元に落ちたモノに注目する。


「コレハ、ワタシガ捨テタ”死食鬼粉グールパウダーデハナイカ。 コンナ物デドウニカナルトデモ思ッタノカ?」


私も床に転がった小瓶を見ると運のいいことに小瓶は割れたり、ヒビが入っている感じはない。


「この! えい! この! この!!」


しかし捕まっている状態で、身を乗り出して右手で拾い上げようとするが、まったく届かない。


「マッタク何ヲ無駄ナコト」


それどころか、南雲中尉はさらに左手に力を入れてくる。


「ああああ!!!」


ミシミシと背中の方か音が鳴り始める。


「コノママ一気ニ握リ殺シテモヨカッタガ、私ノ顔ニ傷ヲ付ケタ罰ダ」


南雲中尉は私が貫通させた後頭部を口を開けて右手で指を指す。


「ふん! そんな不細工顔なんて誰が見て悲しむと言うんだ? お笑いだね」


「ヘ・ラ・ズ・グ・チヲ!!」


私の言葉に怒ったのか、さらに左手に力を込めてきた。


 「あああああ!!!」


あまりの圧迫される痛みに私はそれから逃れるように後ろに仰け反る。


「ハハハハッ!! 滑稽ダナ女給!」


前からは中尉の高笑いと何かのドンドンと爆音に似た音が聞こえる。


仰け反った私に映ったのは床に突き刺したままにしている光のサジタリウス見える。


だいぶ時間が経ってしまったためか、心なしかだいぶ杭が細くなったよう。


視線を少しずらすとソレのほかにある物が見えた。


「ふふふ。 ふふふ」


それを見た時、思わず私は笑い声が漏れる。


「フン。 死ヲ覚悟シテ可笑シクナッタカ?」


「いいや……その逆さ…」


残った力を振り絞って体を起こして、私の笑いに不可思議な表情を浮かべている中尉に向けて言い放つ。


「こいつはチャンスってやつだよ。 菊恵さん!!」


「ナンダト!?」


私が叫んだと同時に真紅の影が神速の速さで近づく。


そして彼の足もとにある小瓶を拾って飛び掛かり彼の口奥にそれを突っ込んだ。


「てやぁぁぁ!!」


「ウガ!!!」


飛び掛かったのは菊恵さんだ。 そして続いて私は菊恵さんにこう指示をする。


「小瓶を握り潰して!!」


菊恵さんは頷きはしなかったが、すぐさま残っている右手に力を入れる。


すると中尉の口の奥からパリンと音が聞こえる。


「ぐ、グェェェ!!!」


菊恵さんはすぐに手を引き抜くと同時に、私の体を捕まえている中尉の左手から力抜かれ、私はドシャリ!っとお尻から床へ落ちる。


「い、いたた……」


勢いよく尻餅を着いたので、つい右手でメイド服のスカートの上からお尻を労わる様に摩る。


その姿を見てか、菊恵さんがすぐに声を掛けてくる。


「須藤さん! 大丈夫ですか?」


「な、なんとかね」


私も菊恵さんの安堵の声を出すが、前から苦しそうな声を出している人物の方へ眼をやる。


「お、オェェェ!!!」


それは黄色の吐瀉物を吐き散らしながら床に転がって苦しもがいている死食鬼グール化した中尉の姿だった。


「これは一体……」


中尉の姿に困惑する菊恵さんだが、今彼に起こっている症状は私はよく知っていた。


過剰摂取オーバードーズだよ」


「それじゃまた進化するんじゃ……」


「いや緑の薬を飲んだ時は倒れはしたが、コップ水のギリギリのところで踏み止まっていたけど、あの白い粉……つまりは死食鬼粉グールパウダーも魔術的なアイテムだからね。 入りきらない器に強引に詰め込めば過剰反応が起きるよ」


 「があああぁぁ!!!」


のた打ち回る中尉の体に変化が現れ始める。 


黒く張り出した筋肉や体は縮小を始め、目は充血した赤から白い眼球の色に、裂けた口もゆっくりと塞がって普通の人間の体を形成していく。


そして口から出すものは全部出たのだろう。 彼はそのままうつ伏せになりピクピクと痙攣させながら動かなくなった。


「死んだのでしょうか?」


心配そうな顔する菊恵さんに私は彼の首筋に指を当てて脈を診る。


その間に彼の姿を見ると、体も顔もそして私が穴を開けた後頭部も綺麗に塞がり完全な人間の姿になっている。


肝心の脈波と言うとゆっくりと小さくだが動いている。 一命は取り留めているようだ。


「いいや生きているよ。 普通なら人間でも異種族でも無い物体になるのに元に戻るなんてね」


「……」


「あの苦しみ様だと、元に戻ったとしても何かしらの後遺症は残るだろうな。 まぁ魔術さえも人間が扱うのがギリギリな代物なのに、人を超えようと進化した彼の自業自得だよ」


「本当に……そうでしょうか……」


菊恵さんは悲しそうな表情で中尉を見つめて話し始める。


「彼は言いましたよね。 国に戻ったら焼野原になってたって……もしかしたら彼はただ単に自分の守ろうとした帝都を、責務を果たそうとしていただけ無様に私は感じます」


「……」


菊恵さんの言葉に私は言葉を詰まらせた。


「んな綺麗なもんじゃねぇよ」


突然聞こえてきた声に私と菊恵さんは声のしたドアの奥を2人で見た。


視線を送った先にはドアの向こうに居た死食鬼兵グール達の姿は無く、ただの肉片がいたるところに散らばっていた。


「やれやれだ」


コツコツと甲高い靴音を鳴らしながら何者かがこちらへ向かってくる。


「須藤さん!」


「ああ!」


菊恵さんの合図で彼女は身替え、私は細くなってしまった光のサジタリウスを床から引き抜き、向かってくる何者かに対して構える……が、機関室の電灯に照らされて現れた人物はあの人だった。


「おいおい。 んなに射に構えてんじゃねぇよ」


「と、藤堂さん!?」


「えっ? 知り合いですか?」


潜水艦の機関室の電灯の明かりの元に現れたのは、私と共にここへ乗り込み、潜水艦の梯子から死食鬼グールの波の中に消えて行った、古都さんの新聞社の先輩である藤堂さんその人だった。


 そして、私は彼に思っていた疑問をぶつける。


 「あの状況で助かったことは、あなたはやっぱり魔術師だったのですね」


 「ああ、そうだ」


 藤堂さんは着ている茶色のロングコートの左ポケットから真鍮製の懐中時計を取り出して開く。


 「俺は元帝国軍情報戦特務六課 ”藤堂 吾郎”だ。 まぁ魔術を知ったのはつい最近だけどな」


 そう言うと彼は懐中時計の蓋を掛けて蓋を閉じる。


 すると一瞬の魔術光と共に彼の手を包むよう黒い塊、つまり”闇”が形成される。


 「なんでも、これを教えてくれた人が言うには”シャドー”と言う魔術らしい。 攻撃力は無い。 ただ自分と対象物を相手から隠す」


 「じゃあ、今までの私が出会ってきた闇はあなたが?」


 「まぁ、そういうことだ」


 「でも攻撃力が無いのならどうやってあの死食鬼兵グール達の群れを?」


 「それもこいつだよ。 出てこい」


 藤堂さんが叫ぶと彼の下、電灯から照らされた文字通り陰から黒い山が形成され、ゆっくりと晴れていく。


 「これは……」


 私達の前に現れたのは、肌の色は灰色、顔は目まで長く伸びた前髪のせいで良くわからないが、口は耳まで裂け、目は髪の毛の間からチラチラと赤く光っている。


 それは今まで私達が戦って来た死食鬼グールそのものだったが、格好の方が到る所が黒く血に汚れているが、上下が白いパジャマのような恰好をしていた。


 「この服は……」


 死食鬼グールの格好を見て菊恵さんがとても驚いてるように私は感じた。


 「菊恵さん? この服に見覚えが?」


 「はい、この服は大陸の研究所のでの被験者が着る物です。 けど彼がなぜこれをあそこにいた被験者は全員処分されたと確か博士が……」


 藤堂さんはポケットから煙草を手に取り一本取って一服を付けた。


 「そうだな。 研究所は極秘だったし、特にあんた達は追われる身だ。 あの博士が何処でそんなことを聞いたかは知らないが、南雲の奴はあそこにいた被験者を日本に連れて来たんだよ。 もちろん極秘にな。 けど今はこいつだけ残して後は死食鬼グールの餌だ」


 菊恵さんは落胆して”そうですか…”と小さく呟いた。


 私は何と無くその死食鬼グールを見ていると、胸のあたりに何か振ら下がっている。


 それは灰色に薄汚れているがカタカナで”チクラ”と書かれているように見える。


 (名札? それにチクラ……たしか氷室博士がそんな名前を叫んでいたいたような……)


 「菊恵さん。 あの死食鬼グールの名前に聞き覚えはないかい?」


 私は死食鬼グールの胸の名札を指差す。


 死食鬼グールの名札を見た瞬間、菊恵さんの表情が凍る。


 「ちく…らさん!? そ、そんな彼はたしか――」


 「そうだよ。 あんたらが散々玩具にされた挙句におっちんだ。 元帝国陸軍第5歩兵大隊所属、”千倉ちくら 和利かずとし上等兵だ」


 そう言うと、軽く指を菊恵さんに翳す。


 「グルルルルル……」


 すると、先ほどまで大人しくしていた死食鬼グール、いや千倉さんは威嚇する犬の様に菊恵さんに向けて殺気を放つ。


 「ああ……ああ……」


 菊恵さんは彼の放つ殺気のせいか、それともこの死食鬼グールに出会ったためか、菊恵さんは構えるわけでもなく、その場にへたり込んだ。


 「この研究を指示した南雲も許せないが、それを実行していたあんた達も同罪だ……」


 藤堂さんの目はまるでゴミでも見る様に菊恵さんに視線を送る。


 「”戦友”をこんなことにした報いた。 行け!」


 彼の掛け声とともに千倉さんが、菊恵さんに向かって飛び掛かった。


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