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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
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それはね。 私が正義の味方だからだ


もしも、この世にすべての人間が目を逸らしそうになる様な醜悪な姿の化け物とはどんなものだろう?


ドラゴン? 悪魔? ゾンビ? 普通の人ならそんなものを創造するだろう。


だが私の目の前に現れたのは、それよりもひどい。




人間の成れの果て。




いや異種族の成れの果て?



それとも魔術や魔道具マジックアイテムに手を出した者の成れの果てだろうか?



体全体は大きく肥大し、上半身の服は裂け、皮膚を引き千切って黒い筋肉が盛り上がり、口は大きく裂けて鋭く尖った牙が見え隠れし、目は充血して眼球が赤黒く染まり、瞳は反対にルビーの様に赤々と煌めく光を放っている。


今まで様々な異種族や外なる神の使い、魔術師に対峙てきた私だが、ここまで醜悪、まさに醜悪と言う言葉を体現したような化物は見たことはない。


「ハハハハッ! マサニコレゾ”究極の進化”ダ!!」


高々と今自分の体を見て”進化”などと呼んで喜んでいる化け物の姿を、なぜだか私は悲しい気持ちで一杯だ。


「何が進化だ。 あなたの欲の塊が体現した姿じゃないか! そんな醜怪な姿など人の進化なものか!」


思わず私は化け物に、いや……。 南雲中尉に言い放った。


「シュウカイ……ダト?」


南雲中尉は自分の横に壁伝いに伸びている潜水艦のパイプを両手で掴むと、それを小枝でも折るように両端を圧し折った。


「……フン!」


彼は右手に持ったパイプを私の方角に向けて投げつける。


投げられたパイプは、私が使う光のサジタリウスの様に真直ぐ私の横を通り過ぎると、”カーン”と高い金属を後方の方から鳴らす。

 

私と菊恵さんが振り返ると、おそらく硬い鉄ブロックでできている有ろう潜水艦のエンジン部分に綺麗に真直ぐに鉄製のパイプは突き刺さっていた。


「フフフ……ハハハ……!! スバラシイ! スバラシイ”力”ダ! コレコソ、閣下ガノゾマレル王道楽土ヲキリヒラク”力”ダ!」


自分の能力を確認し、南雲中尉は狂ったように笑っていた。


「今なら!」


先に動いたのは菊恵さんだった。


彼女は目にも止まらぬ速さで移動し、南雲中尉の懐へ飛び込んだ。


「ムゥ!?」


笑いに夢中になっていたせいもあって、彼の反応が一瞬遅れ、姿勢を低くし硬く握り込んだ拳が南雲中尉の腹部へと叩き込まれる。




”ドン”と大砲にも似た衝撃音が、艦内に木魂する。



(決まったのか……?)



菊恵さんのパンチを受けて、南雲中尉はピクリとも動かなかった。




……が、次の瞬間に私は背筋が凍る。



「ンフフフ……」



菊恵さんの死食兵グール達を圧倒したパンチを受けたにも関わらず、南雲中尉は薄気味悪く笑っていたのだ。


その姿に驚いていたのは私だけではない。 攻撃を仕掛けた菊恵さんも同様に彼の姿を凝視し固まっている。


「人間ノ姿ダッタラ、上半身ガ吹ッ飛ンデイタ所ダヨ。 ……フン!」


南雲中尉は自分の目の前で固まっている菊恵さんを、まるでコバエでも叩くように左手の甲で叩いた。


「キャッ!」


菊恵さんは短い悲鳴を上げると、そのままボールの様に吹っ飛んで配管が巡らされた潜水艦の鉄製の壁にめり込んで動かなくなった。


「ドウシタ小娘? サッキマデノ威勢ハ何処ニ行ッタ?」


南雲中尉は、菊恵さんに近づいて右手で彼女の頭を鷲掴みにし、メキメキと音を立てながらめり込んでいる鋼鉄製の壁から引きづり出した。


そしてゆっくりと菊恵さんを持ち上げて、掴んでいる右手に少しづつ力を込めていく。


「コノママ握リ潰シテヤロウ。 ザクロノ様ニカチ割レルガイイ!」


ミシミシと彼女の頭蓋骨を圧迫する音が、少し離れている私が居る位置にも聞こえてくる。


かなりの力を彼女の頭部に咥えているのが分かる。 人間ならば1秒と持たずに頭を潰されているだろう。


「ちぃ! 菊恵さん!」


私は残っていた最後の栞を取り出して、指をパチンと鳴らす。


一瞬の眩い魔術光と共に、本来の私が使用ている光のサジタリウスが顕現する。


出現したサジタリウスを飛ばさずに、柄の部分を握って竹刀の様に構えて体制を低くし突撃する。


「狙いは……そこだ!!」


私は彼の右手首に向けてサジタリウスを振り上げた。


「ムゥ!!」


杭が右手首に接触した瞬間、バチッと稲妻のような魔術光が走り南雲中尉も思わず掴んでた菊恵さんを落とす。


「菊恵さん!!」


私は滑り込むように落ちてくる菊恵さんを抱きかかえるが、その時、ズキンと右肩に痛みが走るがそんなこと構ってはいられない。


彼女を抱きかかえたまま私は、南雲中尉から少し距離を取った。


「菊恵さん大丈夫か!!」


「うぅ……え…えぇ……」


彼女の姿は着ていたワンピースはボロボロになり、真っ白だった肌は所々傷だらけになり、南雲中尉に鷲掴みにされた頭部はどこか切ったのか、右目を伝って血が流れている。


「油断…したわ…」


菊恵さんはゆっくりと立ち上がって南雲中尉の方を向く。


私も再び光のサジタリウスを両手で構え同じく彼の方を向いた。


南雲中尉は自分の身に何が起きたのか確かめるように、私が攻撃した右手首を眺めながら目をパチクリしている。


私が見た感じでは、今の攻撃で手首に少し焦げができた程度で、とてもダメージがあったとは思えない。


そしてチラリと流し目で彼女を傷を見るが、貧困街スラムの時と違って、再生している様子はなかった。


「菊恵さん、傷の方は……」


「多分、今の状態だと修復はできないみたい。 それに……ね。 ゴボォ!」


「なっ!」


突然吐血し、元々海水で赤茶びている潜水艦の床を彼女の真っ赤な血が染めていく。


「思ったより……時間ないね」


「そうだね」


「須藤さん……あの化物を倒すのに、その武器だけで何とかなる?」


菊恵さんのその問いに私は首を横に振る。


「悪いが菊恵さん。 多分無理だ。 たまが足りないよ。 前半に無駄遣いしすぎたツケが来たな。 今は飛翔させて一点集中していないから消えていないけど、この状態でも10分くらいが限界だな。 そうしたらお手上げだ」


「……そう。 じゃあ私が彼を抑えるからその間に、彼女を連れてここから逃げて」


菊恵さんは後方に倒れ込んでいる古都さんを目で見て、私に指示をする。




逃げる?



彼女を連れて?



そんなこと出来ないことを私は自分自身で分かっていた。



何故なら……




「菊恵さん。 それはできないよ」


私の答えに菊恵さんは驚いた表情で声を荒げる。


「どうして!? あなたの力なら後方の死食兵グール達を突破して、人の居る場所まで行くことが2人だけならできる。 なのにどうして!?」


「それはね……」



 それは。



「それはね。 私が正義の味方だからだ」



そう私自身が自分を正義の味方であることを誓っているからだ。


昔に出会ったあの人と約束をしたからだ。


だから目の前の悪者を倒さずに、もう仲間を囮にして逃げることなどできない。


私の正義の味方と言う答えに、ポカンとした表情を浮かべた菊恵さんだったが、すぐにフフフッと笑い始めた。


「そんな笑うことはないだろう? 私は至って大真面目だ!」


「フフフ…ごめんなさい。 あまりに真面目に言うからつい……」


彼女の態度に少し腹は立ったが、改めて自分の姿を見ると、メイド服は到る所が破れて肌が露出し、猫耳に至っては左側の耳が折れている。 履いているローファーは見るも無残に傷だけだ。


確かこのコスチューム一色は、それなりにしたって淳子姉が言っていたのを思い出した。


「こりゃ戻ったら大目玉を食らいそうだな」


「えっ? 大目玉って?」


「こっちの話だよ。 今は……」


「ソウダンハオワッタカイ?」


大きく裂けた口をニヤ付かせて南雲中尉は、私達を待っていた。


「なんだ。 襲ってこないのか? ずいぶん余裕だね。 中尉?」


「女史ヲマツノガ、帝国陸軍ノ仕来リデネ。 ソノ伝統ニ乗っ取ったマデダ」


「何が仕来りだよ。 散々奇襲を仕掛けてきてよく言う」


「何カ、作戦デモ立テテイタ様ダガ、無駄ナコトダ」


彼の言葉を、鼻を鳴らして私は返す。


「作戦? いいや、正義の味方が悪党に背を向けるのは一回だけって話だよ。 中尉?」


「正義ノ味方? フハハハ、ツクヅク奇天烈ナコトヲイウ!」


「それで何か勝算はあるの?」


「勝算……ね。 いざとなったら噛みついてやるさ!」


私は杭を水平より少し下げた構えで、南雲中尉に向けて突進する。


「てぁぁ!!」


間合いを詰め、下から中尉の体目掛けて振り上げるが、読まれて居たらしくいとも簡単に彼は右手でガードし、杭が触れている部分がバチバチと反作用でスパークする。


「浅ハカダナ」


「そうでもないさ! 菊恵さん!」


続いて私の背中を踏み台にして菊恵さんが中尉の顔面に拳を叩き込んだ。


”ドン”という音と衝撃が彼の体を伝って私にも響いたが、中尉の体は山の様に動く気配すらなかった。


「無駄ナコトダ!」


中尉は菊枝さんを左手で掴もうとする瞬間、私が菊恵さんのワンピースのスカート部分を掴んで思いっきり引っ張って床へと落とす。


突然、菊恵さんの体が消えたことで、中尉の左手は空を切り、彼の意識が左手に行っている瞬間を私は見逃さず持っている杭を彼の右腕からずらし、垂直に立てて彼の顎目掛けて突き上げる。


「ゴフゥ!!」


杭は彼の顎下から脳天目掛けて垂直に、いつもの威力で豆腐を箸で刺す感覚で突き刺さる。


瞬間、今度は菊恵さんが中尉に足払いを仕掛けて彼のバランスが崩れた。


私は全体重を前に入れて中尉に体当たりを敢行する。


「た・お・れ・ろぉぉぉ!!」


だが所詮は人間の女の子の体重では足りず、中尉は少し仰け反っただけで倒れない。


「ハァァァァ!!」


今度は菊恵さんが同じように中尉向けて突進する。


「ウォォ!!」


”ドン”と鈍い音を立て彼は倒れ込んだ。


中尉が倒れた瞬間、顔に突き刺している杭を引き抜いて、彼の大きく裂けた口目掛けて杭を突き立てた。


「ハァハァ……これで……」


杭は彼の口の中を通り、後頭部を突き抜けて潜水艦の硬い鉄製の床に深々と串刺しにした。


勢いよく後頭部から倒れ込んだのだ。 幾ら頑丈な体を手に入れたとしても脳が機能していなければ動けるわけがないし魔力の時間は少ないが、床へと串刺しにおかげで彼の動きは制限できる。


「後は奥に控えている死食兵グール達を菊恵さんが薙ぎ払ってくれれば……」


そうそれは相手が動けないと言う一瞬の油断だ。


「オヒィ(おしい)」


「キャッ!」


先に飛ばされたのは菊恵さんだった。


彼女は背中を掴まれて5メートルほど飛ばされ床へと落ちた。


そしてその光景を愕然と見ていた私に彼の右腕が襲い掛かる。


「しま――」


私の左腕を中尉の大きな右手が掴んだ。


「ああああああ!!!」


捕まれた瞬間、 メキメキと音を立て左腕の筋肉と骨が軋み、限界を超える。


”バキィ!”と鈍い音と激痛が私を襲い、意識が飛びそうになるが、寸でのところで踏みとどまる。


「……くっ!! このっ!!」


私は右手で掴んでいる杭をグリグリと動かして中尉の傷を広げていく。


「無駄ダ。 今ノ私ノ痛覚ハ薄イ。 コノママ、ソノ左腕ヲ引キ千切ルッテクレル」


(まずい!)


私は菊恵さんと違って魔術で強化していなければただの人間だ。


私の左腕など一枚の紙を手で裂く様に簡単だろうし、そんなことになれば私が絶命するのは必然だ。


そう思った瞬間、 扉の奥にいる死食兵グール達の更に奥から黒い霧のようなものが噴き出してくる。



「これは……あの時の!?」


その霧には覚えがあった。


最初は古都さんのアパート近くで、そして朝倉教授の屋敷で見たあの黒い闇だ。


「今だ!」


私は光のサジタリウスを中尉の口から引き抜き、掴まれている彼の右腕に杭を振る。


「ぐぉ!」


さすがに魔術で作られたスパークは効果があるらしく、彼の掴んでいる右手は緩み、私はすぐに左腕を引き抜いてバックステップで中尉と距離を取った。


ドアから噴き出してきた真黒な闇が機関室全体を包んでいき、私は床に突き刺した光のサジタリウスだけが煌々と私の周囲だけを照らしている。


「須藤さん! どこ!!」


私の後ろから菊恵さんの声が聞こえる。 彼女との距離は5メートルほどしか離れていないはずなのにこちらを見つけられていないようだ。


(この闇は光を吸収しているのか?)


艦内の電灯の光もこの闇に包まれ、いや吸収されてしまって真黒だ。


かと言って光のサジタリウスの光でさえも周囲50cmにも満たない範囲を照らすだけに弱まっている。


(これは魔術の闇? けどいったい誰が?)


だがそんな推測もある音で掻き消された。


暗闇で方角は分からないが、”ドン”と大砲のような音と”ぐちゃ!びちゃ!”と何かが潰れる音が聞こえてくる。


「な、何だ!?」


私が疑問の声を上げると同時に何処からか叫ぶ声が聞こえる。


『こいつを使え!』


闇の奥から私に向けて何か飛んできた。 床に刺さった光のサジタリウスの光がきらりとそれを光らせる。


右手でキャッチしたそれは、私が知っている物だった。


「これは、白い粉の――」


そう南雲中尉が取り出し、投げ捨てた白い粉、 死食鬼粉グールパウダーだ。


「こんなのものどう使え……いや待てよ」


 ここで私はあることを思いついたが、成功する確証は正直ない。 けれど上手く行けばこの絶望的な状況を変えられるかも知れない。


 続けてさらに誰かの声が木霊する。


 『いいか! 一度だけ闇を解く! その時がチャンスだ!』


 「ああ、分かっているよ」


 左腕はボロボロ、体力ももうあまり残ってはいない。


 おそらくチャンスは一度きりだ。


 私は大きく息を吸い、止めた。


 『行くぞ!』


 何者かの掛け声とともに、機関室全体を包んでいた闇が解かれ、私は走り出した。


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