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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
69/80

私は小さく深呼吸をして中尉に言い放つ

兵士達の就寝室の扉を通った先は、今までの部屋とは違い手前の方は右側の木製の板で小部屋に仕切られている場所と奥には少し広くなっている所に出た。


私が注意深くドア近くの小部屋を覗くと、そこには人は居らず、小さな机と椅子があり、机の上には前に骨董店アークライト淳子姉ねぇが何処から落札してきたタイプライターに似ているモノが置かれている。


そのタイプライターを見てみると、箱型の形をしており、上側の方に大小サイズの違う歯車が設置され、下には横二列に並んだキーボードが設置されている。


「タイプライターか? それにしては文字数が少ないな」


骨董店うちに置いてあったタイプライターのキーボードはもっと文字を打つボタンが多かったが、ここにある物は精々ボタンが10個ほどしかない。


ローマ字で文章を作るにも少なすぎると私は思った。


「これは”エニグマ”だよ」


「エニグマ?」


私の様子を見て氷室博士がそう言った。


「研究所時代に第三国で新型の暗号通信機が開発されているとは聞いていたが、まさかこんな所で見るとは思わなかったよ」


「ならこれは重要なものじゃないのか? 何でこんな所に置かれているんだ?」


「本来なら暗号通信兵が肌身離さず持っている者はずだけど、たぶん外のゴタゴタに巻き込まれたんじゃないかな?」


「ふむ。 この小部屋には何も無いようだし次の小部屋を覗いてみよう」


次の小部屋を覗いてみる。 中は最初に見た部屋と同じで机と椅子が置かれていたが、机の上には見覚えのあるバックが置かれていた。


そのバックはアパートや新聞社で見た物、古都さんが持っていた物と同じだ。


「これは、もしかして」


 私はバックの留め具のボタンを外して中身を確認する。


 中にはメモ帳に筆箱、書類、そしてあの日の河川敷で古都さんが持っていたカメラが入ってた。


「間違いないこれは古都さんバックだ」


 バックに中身を仕舞いこんで、私はそれを左肩からかけて持っていく。


 バックのあった小部屋から奥を見ると、左側におそらく船を操舵するためのモノだろうか。


 丸いセンサーや計器やスイッチ、ハンドルなどが取り付けれた装置が置かれ、右側には大小のバルブが付いた配管が設置された壁、中央には外に出るための梯子と、筒のような装置が上からぶら下がっている。


 辺りをパッパッと見渡すが、ここにも兵士の姿は見受けられない。


「ここにも誰もいないようだ。 死食鬼グール撃退に全員外に出て行ったみたいだな」


 そう私が思った時、後ろにいた博士が声を掛けてきた。


「須藤君。 これを見てくれ」


 声に気づき振り返ると、彼の手には大きさがA3用紙ぐらいの紙があり、それを私に見せる。


「これは、この船の見取り図?」


 その用紙にはこの潜水艦の見取り図が描かれ、私達が居るところは丁度船の中心部で指揮所と明記されていた。


「ここが丁度中心になるのか。 古都さん達は何処に?」


 見取り図で私達が居るところから奥の部分を確認すると、この隣が調理室と指揮官室、食堂、その奥に医療室があり、さらに奥は機関室と書かれている。


「古都さん達はもっと奥か……ん?」


 地図をよく見てみると機関室の右下の所に小さく×と書かれている。


「博士、ここに書かれている×って何か分かる?」


 私がその場所を彼に指さす。


「ここは……すまない分からないな。 ただ、この地図を見る限りだとその他は前に知り合いと聞いたのと同じだ」


「分かったありがとう。 とにかくここには何もないみたいだから奥へ進もう」


「ああ……」


 私達は指揮所の奥にある扉のハンドルを回して奥に進もうとした時だった。


『何しやがるこのアマァ!』


『お黙りなさい!』


 聞き覚えのある女性の声。


 間違いない彼女だ。


「古都さん!? 博士はここに居て!」


「え!? ま、待ちなさい!」


 止める博士を無視して、私は急いでハンドルを回して”ドン”と扉を強く開けてドアの中へと飛び込んだ。


 左右に目もくれず部屋の奥に向かって全速力で走り抜けていく。


 走り抜けた先に、私の目に飛びこんできたのは2人の兵士が左腕を手錠で繋がられている古都さんを襲おうとする姿だった。


 「貴様らっ!」


 私は間髪入れずにメイド服のポケットから魔術式を記したメモを2枚取り出して兵士二人に向けて飛ばす。


 そして指を右手で数回鳴らし細い数本の光のサジタリウスを顕現し兵士達に襲い掛かる。


 「ぎゃっ!」


 「ぐぇえ!」


 杭は2人の兵士の服ごと壁に貼り付けにし、壁に当たる際に兵士達が変な声を出したが、気にしている場合じゃない。


 「す、須藤さん!?」


 「大丈夫か!古都さん」


 私はすぐに彼女に近づいてすぐに安否を確認する。


 古都さんは左腕は手錠で後ろの船を通しているパイプに繋がれ、きれいだった肌や顔には小さな子傷や汚れがあり、着ているYシャツやズボンは所々切れていてボロボロだ。


 「すまない。古都さん遅くなってしまった」


 「ほんと……ですよ」


 「本当にすまない……」


 古都さんに頭を下げる私を彼女は次の言葉を掛けてくれた。


 「けどちゃんと来てくれました」


 私が顔を上げると彼女は出会った時と同じように微笑んでいる。 私はそのことに安心した。


 「うん。 今手錠を――」


 メモを取り出して彼女を捕えている手錠へ向けて光のサジタリウスを放つ。


 ”キン”と甲高い金属が鳴ると手錠の鎖を断ち切って古都さんを助け出すことに成功した。


 「はぁはぁはぁはぁ……」


鎖が外れたと同時に、息を切らし始めた古都さんの様子を見ると、やはりかなり体力を消耗しているようだ。


 (早くここから脱出しなければ)


 そう思い私が彼女の体を起こそうとした時だ。


 「どうしたんだ、古都さ……」


 私が彼女の右腕を見た時、出しかけた言葉が消える。


 古都さんの右腕は手首より先が無くなっていた。


 「博士ぇぇぇ!!」


 私はドアの所で立っている博士に怒鳴る様な声で呼んだ。

 

 「どうしたんだ!?」


 私の異常なまでの大声で事の異常さに気づいた彼は急いで私と古都さんの元へと駆けより、すぐに彼女の右腕を見た。


 「これはひどい。 傷を見る限りだと刀か何かだな。 手首を紐で縛って止血しているようだけど、すぐに設備の整った病院に行かせないと、放っておいたら破傷風や他の雑菌が入り込んでしまう」


 博士が冷静に彼女の傷を診察している横で、私は体中の血管と言う血管から血が噴き出しそうになるほど怒りが込み上げてきているのが、自分でも分かった。


 「誰が……誰がこんなことを!!」


 私が怒りの叫びを上げると、聞き覚えのある男の声がその回答に答える。


 「ははは、私だよ」


 睨み付けるようにドアの方を見る。 忘れもしない白い軍服に帽子、そして貧困街であった時よりもさらに人を見下しているような目をした人物がそこには立っていた。


 「くくく…久しぶりと言っても先ほどぶりかな? 須藤女給?」


 「望月中尉!」


 この死食鬼グール騒動を引き起こし、彼女たちを攫った人物。


 帝都陸軍所属望月中尉がそこにいた。


 「き・さ・まぁぁぁーー!!」


 私は怒りにまかせてポケットからメモを1枚取り出して、そこにいる畜生に向かって飛ばす。


 杭は真直ぐに彼の胸目掛けて飛んでいくが、中尉が呟く。


 「庇え」


 そう言った瞬間、彼の後ろからすでに死食鬼グール化した兵士が中尉の前方に盾の様に立ちはだかった。


 光のサジタリウス死食鬼グールの体に突き刺さって止まる。


 「ははは、こいつは効果覿面だ!」


 死食鬼グールの行動を見て中尉は手を叩いて喜んでいる。


 「これならすぐに実戦に出せそうだな」


 「ッ! あなたは…あなたは何をしたんだ!」


 私の攻撃を受けた死食鬼グールの様子を見る限りでは彼の言葉に従っているように見えた。


 私が居た時代の死食鬼グールは本能で血肉を食らいながら朽ちていく存在だ。


 稀に知性を持って言語を話す者もいるが、それでも人の言葉に従うのは私は見たことがない。


 「はは、知りたいか?」


 中尉はそう言うと後ろに合図を送り、彼の後ろからズルズルと何かを引きづりながらもう一体の死食鬼グールが現れた。


 もう一体の死食鬼グールが引きづってきたのもは、見覚えのある白いワンピースを着た女性。


 「菊恵ッ!」

 

 私よりも先に声を上げたのは氷室博士だった。

 

 「あ…ぅ…」


 今にも消えそうな声を出して彼の声に菊恵さんは答えた。


 「その女は用済みだ」


 中尉がそう言うと、死食鬼グールはまるでボールでも投げるように菊恵さんを私達のいるところへ放り投げる。


 投げられた彼女を私と博士で受け止め、すぐに彼は菊恵さんの容体を見る。


 私も彼女の顔を見るが、元々雪の様に肌白い菊恵さんの顔は、白を通り越して真っ青で目も何処を向いているのか分からない状態だ。


 「き、菊恵に何をした!!」


 「あなたと同じさ」


 怒号で問う博士を中尉は冷ややかな声でそう答えた。


 (博士と一緒? 一体どういう)


 中尉が死食鬼グールを従えたことと、菊恵さんを連れて来たと事で私の怒りはいったん落ち着き、冷静になることができた。


 私が横目で隣にいる博士を見ると、動揺を隠せないなのかカタカタと小さく震えている。


 そして中尉の方を見ると彼の視線が一点に注がれているのに気が付く。


 彼が見ているモノ。 それは菊恵さんだった。


 私も中尉と同じく彼女の姿をよく見ると、ワンピースの腹部の辺りから足首身にかけて赤い鮮血が流れている。


 彼女の血をよく見ると、赤い血だけでなく、緑色をした液体も血に交じるように流れているのが分かる。


 「この緑の液体は……まさか!?」


 「そう! そのまさかだよ!」


 中尉は自分の軍服の右ポケットから彼が持っているはずのないものが出てきた。


 彼が軍服から取り出し物は、貧困街で博士に託され、教授に解析をしてもらった。 


 博士が作ったと言う”ワクチン”だった。


 「なぜあんたがソレを!?」


 「誰が研究は大陸だけ進められていると思ったのか? 本土こっちでも同じ研究をしていたんだよ。 ただし使えるのは罪人と兵士だけだったけどな」


 不敵な笑みを浮かべながら中尉は続けてこう言った。

 

 「くくく……支配血清を女の子宮に入れてわざと堕胎させて作り出すとは、さすがに私でも考え付かなかったよ。 さすがは我帝都が誇る研究者だ。 いやいや頭が下がるよ」


 「アンタはそれでも人間か! 何でそんな非人道――」


 「貴様ら愚民に何が分かると言うのだ!!」


 私の声を中尉の大声が掻き消した。


 「これこそが我国家の主であらせられる閣下が望まれた物だ! 命令拒否や病気、怪我などの兵士もこれさえあれば手足の様に操れる。 恐れを知らず、命を惜しまず、閣下に尽くす。 この精神こそが我帝都軍なのだ」


 「何が帝都軍だ! そんなものただの死の部隊じゃないか! 私の居た時代の特攻隊と同じだ! 国の為、日本の為にと死を強要されたの同じだ!」


 「ふん! 戦争を知らぬ女に何が分かる?」


 中尉は自分の前に立っていた死食鬼グールを退かして私達の前に姿を見せてこう言った。


 「これで、これで”今度こそ”アジアを、いや世界を閣下の手に!」


 ”今度こそ”とういう言葉を彼は口にした。


 「南雲中尉、まさかあなたも!?」


 彼はニヤリと笑って私の問いに答える。


 「そうだ。 私も外から来たのだよ! 君と同じようにね!」


 「だから反乱の時にすぐに軍を指揮して英雄になったわけか」


 「出来事は私の時代でも起きていたからな。 あの時は解決まで数日ほどかかってしまった上に、閣下も危険な目に遭わせてしまったが、すでに反乱軍の目的と行動はすでに頭の中に入っていたからな。 ふふふ、私の言っていることが、全て的中していたのを上官たちがハトが豆鉄砲食らったような顔をした時は、腹の中で笑ったよ」


 くくくっと小さく思い出し笑いをする中尉を見て私は彼にこう言ってやろうと思った。


 「それで、今度はここで自分の思い描く世界を作ろうと?」


 「違う私ではない。 閣下が望む世界を私は献上するのだ」


 「そう。 あんたのその言葉を聞いて私はこう言いたいよ」


 「なんだと?」


 私は小さく深呼吸をして中尉に言い放つ。


 「そんな考えだから貴方達は戦争に負けたんだよ」


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