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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
67/80

黙って聴けぇぇぇ!!


船着き場を抜けて造船所地区へたどり着いた私達は、すぐに近くの大きな倉庫のような建物壁に張り付いて周りの様子を伺った。


左側には周りには横一列に同じような大型の倉庫のような建物が並んでいて、右側は私がここへ侵入するときに超えた高いコンクリートの壁が聳え立っている。


だが運がいいことに私達の見えている範囲ではここを警備する兵士の姿は見受けられない。


「ふぅ……とりあえず一安心だな」


この状況に少しホッとしのか藤堂さんは腕に抱えたトレンチコートの内ポケットから煙草を取り出して一服し始めた。


「うん、けど油断は禁物だよ。 それに私達は古都さん達を助け出してここから脱出したわけじゃないからね」


「そうだな」


そういうと彼は咥えた煙草の口からモワっと白い煙を吐き出す。


「ところで彼女たちが囚われている第九造船所っていうのは何処にあるんだ?」


「それならここよりもう少し先だ」


「先? ここは造船所だろう? 彼女たちが捕まっているのはここじゃないのか?」


「じゃぁよ、この中を見てみな」


彼に促されて私達が壁に張り付いている大きな建物の中を静かに顔を出して覗いた。


建物の室内は勤務時間が終わっているらしく作業員もおらず、ライトも落とされて真っ暗だが潮の香りと強烈な魚の匂いが漂っている。


目を凝らして見ているとここにあったのは船は軍関係の特殊船舶ではなく、海岸などの漁村でありそうな漁船が船を固定する台に揚げられていた。


「漁船?」


「ああ、そうだよ」


藤堂さんはそういうと再び口から煙草の煙は吐き出した。


「ここに来るときに説明したと思うが、軍事施設と言っても表向きは民間船舶の修理や造船、荷物の輸入や倉庫管理がここの肩書だからな。 こんな目立つ場所に軍の船なんて置けるわけがねぇだろうし、それにここから見える造船所の数を数えてみな」


「えっ?」


彼に言われて端から建物の数を数えてみる。


「1、2、3………7……8?」


何度数えてもこの地区にある造船所の数は8つしかない。


じゃあ朝倉邸で、制圧部隊の隊長が言っていた”第9造船所”とは何処にあると言うのか?


「まさか……ブラフ?」


そう頭に過った言葉を漏らすが、藤堂さんはそれを否定した。


「いや、奴の言っていたことは本当だよ。 ただそれは目の前に見えないだけだよ」


「目の前に見えない?」


「んじゃま行くか……」


吸い終えた煙草を地面に落として火を踏み消して藤堂さんは造船所地区の奥へと歩き出し、私はそれについてい行った。


「ここだ……」


8つある造船所のすべてを通り過ぎて彼が足を足を止めた場所は、何の変哲もない石でできた記念碑だ。


碑には”大正○○年○月○日設立”と彫られており、私の居る学校でも同じものが確か中庭に設置されている。


藤堂さんはそれを真っ直ぐに見つめている。


記念碑を見つめている藤堂さんの背中には何か心悲しげな雰囲気が流れる。


「……だ」


「え?」


「いや……なんでもない」


藤堂さんが何かつぶやいたが、私には聞こえず、彼はそのまま6番目の倉庫に向かって歩き出して私はその後へ続く。


6番目の倉庫へ入るとそこはクレーンやなどの機会が設置されている輸送船が船を整備する台に揚げられている。


「こっちだ」


そういうと藤堂さんは船の外装の下側を点検するために設置されたコンクリート製の階段を下りていく。


薄暗い倉庫の中に”カツン、カツン”とお互いの革靴の音が静かにゆっくりと響いていき、その足音も止まる。


彼が立ち止まったのは階段と階段の途中の踊り場だ。


そして藤堂さんの目の前にはコンクリート製の壁が聳えている。


彼はコンクリートの壁を右上からトントンと順に叩いていってある場所で”ゴン”と音が変わり、その部分をグッと押し込んだ。


押し込まれた場所は四角く凹み”カチッ”と音がなり激しい機械音が聞こえて、引きづり音を出しながら記念碑が後退して地下へと続く階段が現れた。


「なんでこんな仕掛けが……」


階段の出現に驚いた私はつい言葉を漏らした。


「ここは民間企業だからな。 本来、第9造船所は海から船を使って入るんだが、陸軍のお偉方が船に乗るのを嫌がってな。 連中の為に作った階段だよ。 ただ海軍や国の査察があるから大っぴらに設置できねぇってんで、京都人形の職人やカラクリに詳しい学者などを集めてこんな仕掛けを作ったんだよ」


私は外から階段を覗くと下から低い機械音と真っ暗な階段が続いている。


「藤堂さん。 あなたは一体何者なんだ? ここの事情にやけに詳しいし、貴方は古都さんの新聞社の人間だろう?」


「まぁこれも――」


「昔の詳しい友人に教えてもらったかい? 配置などは人によっては聞いたりはするが、この階段の仕掛けについては、どう見ても軍事機密だろう? そんなことまでペラペラしゃべってしまう軍関連の友人なのか?」


「…………」


私の返した言葉に彼は口を閉ざしてジッと私の顔を見た。


それに対して私も藤堂さんの見返す。


口を閉ざして無表情だが、彼の眼は今までの藤堂さんの感じとは違い、何か悲しさや冷たさなどを感じさせる目で私を見ている。


「すまない……」


そう一言だけ言うと藤堂さんは階段を下りていく。


(まさか……彼も……)


そんな疑問が頭を過った瞬間に階段の奥からそれは唐突に聞こえてきた。


『うわぁぁぁぁー!!』


『パン!! パン!!』


『来るなぁ! 来るなぁ!!』


人の悲鳴に銃声が静かだった倉庫に響き渡る。


「一体何が!?」


私も急いで階段を駆け下りる。


階段の下りた先はコンクリート製の壁に囲まれ、天井からの水銀性のライトが室内に照らされた場所に出た。


私達が居るのは二階部分らしく目の前には金網製のフェンスと左側に木箱と掃除用のモップとバケツ、右側には下へと下りる階段が見える。


さらに一階下の中央部分には今まで見てきた船とは違い真黒な色をした細長い形をした船が陸揚げされていた。


そしてその船の周りには何十人の兵士同士が噛みついたり、銃で撃ったり銃剣で刺したり、刀を振り下ろしたりなどをして殺し合いをしている。


「ちぃ、なんてこった」


先に降りていた藤堂さんが下の様子を見てそう呟く。


『ウォォ……』


『ぎゃぁぁぁ!!』


低い声を上げながら一人の兵士の首に噛みついている姿が見える。


相手の兵士に噛みついた首を引き千切り真っ赤な血飛沫が噛みついた兵士の軍服を赤黒く染めていく。


その噛みついた兵士がゆっくりとこちら側を向くと、目が真っ赤に光っている。


「これは死食鬼グール化している……ここで一体何があったというのか?」


「なぁ須藤よ、今のお前の魔術で何体倒せる?」


「人間相手なら今の憑代と式でどうにかなるけど、死食鬼グールが相手となると威力が足りな過ぎるよ。 精々足止めが背一杯だよ」


「そうか……悔しいな……何もできないのは……」


藤堂さんは苦虫を噛み潰した表情でそう言うと、下の惨状を傍観していた。


「この造船所地区でこの惨状だ。 こいつらが外に飛び出したら帝都は殺戮の夜となるよ。 それに古都さん達は何処に……」


私が見たところこの造船所に他に扉はないし、船の周りにも詰所のような小屋などはない。


「恐らくあそこだろうよ」


藤堂さんが指差したのは中央に揚げられている黒い細長い船を指差した。


「あの船だけど、今まで見て来たものと違うみたいだね」


「あれは船じゃない。 それよりももっと機密性の高い代物だ。 潜水艦だよ」


「潜水艦ってあの海中を進むアレか?」


「おう、第三国から海軍が輸入するものを何で海軍が……」


「そんなことはどうでもいいよ! それでこの船の入口は何処なんだ!?」


上から私がその潜水艦を見た感じだと船内に入る入口らしきものは見当たらない。


「あそことあそこだ」


藤堂さんが指差したのは船の船先から少し奥に見える丸いマンホールのような部分と船の中心にある窓の付いた盛り上がっている部分を示す。


「艦首から甲板の上に見えるのは非常用ハッチとあそこの船橋に入口のハッチがある。 それ以外に入れるところはないな」


「ならグズグズしていられないな」


私が船に向かって走り出そうとした時、藤堂さんがストップをかけた。


「待てこの大乱闘の中をどう抜けていくつもりだ。 さっきみたいにライトを破壊して相手の目を効かなくしてから行くのか?」


「いや、それは人間には通用するけど、闇目が効く死食鬼には効果がないし、いきなり暗くなったとなれば兵士達は手に持っているライフルや銃を乱射することになるよ。 そうなると流れ弾が死食鬼グールだけじゃなくて私達にも当たる可能性が高いよ」


「じゃあ塀を超えたみたいにここから飛び降りて向かうか?」


「それもこの港に入る時は天井の無い夜空だったからできたけど、ここから天井まで大体2メートル強ぐらいだから、やろうとすれば天井にぶつかって乱闘のど真ん中に落っこちることになるよ。 ってことはやることは一つだよ」


私はポケットから6枚のメモを取り出しそれを縦に並べ指でパチンと鳴らして光のサジタリウスを出現させる。


複数枚のメモから現れたのは太さと長さが木刀ほどの光の杭が生成された。


それを私は手に持ちブンブンと軽く振り強度を確かめる。


「本来の憑代ほどではないけど、これぐらいの強度があれば大丈夫だろう」


「……はぁ、何と無くお前さんがやろうとしていることが分かったよ」


藤堂さんは私の考えが読めたらしく薄ら笑いを浮かべヤレヤレと言わんばかりに首を横に振った。


「理解が早くて助かるよ。 よっと」


私はここから左側にあるモップを手に取って藤堂さんに投げ渡す。


モップを受け取った彼は深く深呼吸をする。


「……準備はいい? 行くよ!」


私達は右側の階段を駆け下りて行き、一番最初に目に付いた死食鬼グールに手に持った光のサジタリウスを顔面目掛けて振り抜く。


「はぁぁ!」


「ぐげぇ!」


光の杭をぶち当てられた死食鬼グールは顔の革がベリッと剥がれ首がぐるっと回してその場に倒れるが、すぐに起き上がった。


「くっ、やっぱり威力が足らなかったか」


いつもの栞で生成された光のサジタリウスならば顔に当てた瞬間に首ごと木端微塵なのだけど、やはり慣れないメモでは革一枚と衝撃を与えるのが背一杯のようだ。


「ウゥゥ……」


低い声を鳴らしてじりじりと死食鬼グールが近づいてくる。


その時だ。


「うぉぉぉぉ!!」


私の背後から怒号と共に藤堂さんが死食鬼目掛けて振りかぶったモップを勢いよく振り下ろした。


「プベ」


藤堂さんの一撃を食らった死食鬼グールは”グシャ”と頭を潰される音と情けない声を出してその場に倒れてピクピクと痙攣している。


「へっへ! 俺でもいけるじゃないか!」


「ありがとう、藤堂さん助かったよ。 このまま入口まで向かおう」


「おうよ! うりゃああああ!!」


藤堂さんは雄叫びを上げながら兵士と死食鬼の混在する乱闘へと特攻していく。


「古都さん今いくよ!」


「はぁぁぁ!!!」


「どりゃあああ!!!」


「な、なんだ!? ぐぎゃあ!!」


「ウゥゥ……グボぉ!」


私が人間の兵士を藤堂さんが死食鬼グールをなぎ倒しながら潜水艦向かって激進する。


だが倒せど倒せど兵士はともかく、死食鬼グールが減る様子はなく、それどころか数が増えていく。


「ちぃこれじゃキリがないな! ここから船に上がるにはどうすればいい!?」


「あれだ! あの梯子を上っていけば甲板に上がれる!」


藤堂さんが指差したのは私の居るところから5メートルほど先にある恐らく整備用に兵士の誰かが船に掛けて置いた6メートルぐらいの長さの木で出来た梯子が幾つか設置されている。


「分かった!」


近くにいた数人の人間の兵士を薙ぎ払い私は梯子を上り潜水艦の甲板へとたどり着く。


「藤堂さんも早く!!」


「おう!」


藤堂さんも梯子へ取りつき上り始めるが、その後を追うように何体かの死食鬼グールが器用にも梯子を上り始める。


「もう少しだ!! 藤堂さん!」


「んなくそ!!」


下から死食鬼グール追われていることに気づいた彼は急いで梯子を駆けるように上る。


「……ふぅ」


そして梯子から彼の上半身が見えその右手が木製の甲板の上に着いた時に安堵の吐息を漏らす。


「……ほっ」


私もつい同じく安堵の吐息を漏らした時だ。


「う、うぉ!」


急に彼の体が下へとガクンと下がった。


私が梯子に近寄りそこから下の様子を見るとなんと彼の着ているロングコートに一体の死食義グールが、引きづり降ろさんばかりにグイグイと分厚いコートの端を引っ張っていた。


「くそ! 放せぇ!!」


藤堂さんは右手で梯子を掴み、足で死食鬼グールを蹴って落とそうと奮闘している。


「藤堂さん!!」


私がメイド服のポケットから魔術式の書かれたメモを取り出してコートを掴んでいる死食鬼グールに狙いを付けた時だ。


”ギシギシ、メキメキ”という音が彼が掴んでいる木製の梯子から聞こえてくる。


梯子には藤堂さん以外に死食鬼グールが4,5体梯子を上ってきている。


恐らく梯子の耐久できる体重がもう超えそうなのだろう。


何時梯子が決壊してもおかしくはない。


藤堂さんもそれに気づいたらしく激しく死食鬼グールを蹴るの止める。


そして私にゆっくりとした口調で話し始める。


「……須藤、良く聞けよ、お前からすぐ見える非常用のハッチの上にハンドルがあるそれを回せば施錠が外れて中に入れる、中に入ったら内側のハンドルを回して必ず施錠をしろよ」


「藤堂さん! 何を――」


「黙って聴けぇぇぇ!!」


私が喋り掛けたした時、それを遮るように彼の怒号が鳴り響き、私の口が閉じる。


「このままじゃ、俺は間に合わない。 それにぐずぐずしていると他の梯子から連中グールが上って来ちまう」


「それぐらい私が何とかして――」


「さっき自分で確かめたろうが、お前は人間相手ならその武器は使えるが死食鬼グール相手だと倒すのは無理だ。 それにな俺もまさかここまで来れるとは思わなかったんだよ」


「藤堂さん、やっぱりあなたは――」


「まぁこれ以上は野暮ってもんだよ。 じゃあ古都をよろしくな」


彼はそう言い足で潜水艦の船体を蹴って梯子を倒した。


「!? 藤堂さん!!」


私の目には彼が落ちていく姿がゆっくりと写っていく。


藤堂さんの顔を見ると笑みを浮かべ瞳は真直ぐに私を見ていた。


そして彼の体は梯子ごと死食鬼グールが密集している場所へと落ち藤堂さんの姿が見えなくなった。


「くっ……藤堂さんあなたは……」


「ウゥゥゥ」


私が彼の犠牲を悔やんでいる暇もなく、他の梯子から次々に潜水艦の甲板に死食鬼グールが上がってくる。


「……っ!!」


私は急いで甲板上にある非常用のハッチのハンドルを回すが、所詮は女の腕な上に負傷している右肩のせいでビクともしない。


「くっ!!」


「ウゥゥゥゥ」


こうももたついている間にも死食鬼グール達はジリジリと私との距離を詰めてくる。


「この!!!」


私は自分のメイド服のポケットから魔術式を記したメモを2枚取り出してそれを両腕に張り付けて指をパチンと鳴らして筋力増加魔術を発動させる。


「はぁぁぁ!! まぁぁぁぁわぁぁぁぁれぇぇぇっ!!!」


強化を施した両腕に力を込めてハンドルを思いっきり回す。


すると”ギッギ”と鈍い金属音を鳴らしながら少しづつハンドルが回り始め、あるところで一気に回転し”カチャ”と音が鳴りハッチが開けられる。


「っ!!」


私は飛び込むように開いた入口に入り、ハッチの蓋を閉めてハンドルを回して施錠した。


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