彼女のことを思いそんな言葉私の口から洩れた
私が何度も懐中時計を確認するが、そこに掛かれているのは間違いなく私の時代で使われている魔術式だ。
そしてカタカナで殴り書きの様に刻まれている”カミハイナイ”言葉の意味は一体なんなのか?
ただ分かったことは、”これ”を持っていること言うことは藤堂さんは魔術師である可能性が出てきた。
しかし、これまで彼が魔術を使う仕草や魔術光の眩い光は私は見ていない。
もしかしたら、ただ”魔術式の掘られてた懐中時計”を持っているだけかもしれない。
「となると問題は……」
私は振り向いて路地の奥で意識を失っている藤堂さんを見る。
「この人がこれを何処で手に入れたと問い詰めるべきか? それとも……」
私は一時の考えたのち彼に近づいて懐中時計をコートの右ポケットに戻した。
これから古都さん達を助けるのにここで彼と関係を悪くさせるのはトラブルを発生させるのはまずいと私は判断したからだ。
「あれを何処で手に入れたのを聞くのは後回しだな」
まずは古都さん達を助けなければ、そしていつまでも寝息を立てている彼に寝起きの蹴りを腹にお見舞いする。
「ぶべっ!」
”ゴスっ!”という鈍い音ともに足蹴にした腹部を撫でるように両手で押さえながら藤堂さんはむくりと、その大きな体を起こす。
「うぅ……ここは……」
「おはよう。 それともこんばんわと言った方が正しいかな? あなたが静かにしてくれたおかげでうまく基地に入り込めたよ。 ここは倉庫街の一角の細い路地だ」
「なんだ…腹に鈍痛があるが、お前は俺に何かしたか?」
「まぁ目覚めの一発ってやつだよ」
まだダメージが残っているらしく藤堂さんは腹部を摩っている。
私的にはそこまで強く蹴ったつもりはなかったのだが、彼には思いのほかクリーンヒットしてしまったようだった。
「じゃあ俺は気絶してたのか。 それにしてももう少し起こし方ってものがあるだろうが、せめてビンタで起こすとかよぉ」
「ふむ。 ビンタで起こしてもよかったけど、平手だと甲高い音が倉庫街に響き渡って警備している兵士に気づかれる可能性があったし、それにあなたのその無精ひげの生やした顔はさすがに障りたくない」
「傷つくことをいうなぁ。 これでも3日に一度は風呂屋に行っている」
「普通は毎日入る物だよ」
「んな常識を新聞記者の俺に言うなよ」
藤堂さんはそう言っているが新聞記者がそんな毎日風呂に入れないほどの激化なのは分からないが、古都さんを見る限りでは彼女はちゃんと家に買ってお風呂に入っているので、私には彼が単に面倒くさいだけじゃないかと勘繰りそうだ。
「そんなことはどうでもいいんだよ! ここが倉庫街ってことは古都達が捕まっている造船地区は真反対じゃないか!」
話題をすり替えるように彼は唐突にそう叫んだ。
「確かに私がここに落ちた時に上空から一体を見たが、確かにここからだと反対方向だ。 それにしても藤堂さんここにも詳しいね」
「昔、知り合いにここに詳しいやつが居てな。 そいつから聞いたんだよ」
「……そうか」
あの懐中時計と老紳士の言葉を聞くと、彼の口から出る話が私に不信感を煽らせる。
彼がここまでこの施設の場所や設備に詳しいのはなぜだ?
藤堂さんのいうその知り合いとはいったい何者なんだ?
そして……。
「……い……お……い……」
そして、あの魔術式の書かれた懐中時計の持ち主もまさか……。
「……おい! 聞いてんのかよ須藤!」
「……えっ?」
藤堂さんが私の耳元で大声を出され私はハッと我に返る。
「すまない。 ちょっと考え事をしていた」
「ったくよ。 この辺に警備している兵士はいたのかよ?」
彼の問いに私は首を横に振って答えた。
「いいや、空から見た限りではこの辺りで警備している者は少なかったよ。 ただあれから少し時間が経っているからどうなっているかは分からないけど」
「ちっ! 俺はそんなに寝て――」
藤堂さんはコートの一度、左ポケットに手突っ込んだがすぐに取り出し、右側のポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。
「もう夜中の0時を過ぎたか……急ぐぞ」
そういうと彼はツカツカと路地から足早に歩き始める。
「……」
私は彼の背中を見つめて黙ってその後を同じく足早について行った。
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私達は倉庫街を抜けてその先にある3隻の輸送船が停泊している荷卸し所までやって来た。
私と藤堂さんは荷卸し所入口の布のカバーで覆われた船から降ろされた荷物の影に隠れた。
荷物の影からそっと状況を伺うと、激しい機械音と眩いライトの光の元で、荷卸しの時間らしく数人の船員と兵士が作業をしている。
「くそっ! 遅かったか」
藤堂さんは苦虫を噛み潰したような表情で、フケだらけの長髪を右出てボリボリ掻き始める。
「ずいぶん残念そうだね。 藤堂さん」
彼の悔しそうなそう表情を見てここまで時間が遅れたのは誰のせいだと言わんばかりに嫌味のような声を私は出した。
「後10分早ければ、連中と鉢合わせすることはなかったのに! なんてドジなんだ俺は!」
今にも地団駄をしそうな顔する彼を余所に私はぐるっと、隠れている荷物の影から再び様子を伺う。
人数は兵士が5人、荷物を下ろしている船員が大体10人ほどで、船のデッキに積まれている荷物を、貨物船に設置されているクレーンを使って一つ一つ地面へと下ろしている。
この作業場を昼間の様に照らしている複数の縦に並んだスポットライトが見える。
ライトは電信柱のような10メートルくらいの柱に各々ケーブルで接続され、最初の柱のケーブルの繋がれている先にトラックが一台あり、その奥には造船所と区切りの為に設置されているフェンスが見える。
夜空を見ると先ほどまで明るかった月明かりも濃い雲のお蔭ですっかり隠れてしまっている。
そしてこのうるさいエンジン音のような騒音はあのトラックから出ているようだ。
現場の兵士や船員も大声でお互い指示を出しあっている。
ただここから見る限りでは置かれた荷物はパレットに積まれて縦に3列、横に5列で積まれているので影に隠れながら移動すれば何とかなりそうだが、けれどトラックの所にライフルを携帯している兵士が1人いてその前を通らなければ向こう側に行くことはできそうにない。
しかもこれだけの人数だ。 悠長に2人で移動していたのでは間違いなく見つかるし、うまくトラックの所までたどり着けたとしてもそこから兵士に見つからずに動けばいいやら。
「さて……どうしたものかな……」
魔術を使ってここへ入った時と同じように彼を引っ張って移動するべきか?
けれどいくら向こう側が明るいと言っても、私達が今隠れているところは光の入ってこない物陰だ。
一瞬とは言えど周りに閃光を放つ魔術光を誤魔化すことは難しいし、それにうまく行ったとしても必ずトラックの前を通らなければならず兵士の視線も真直ぐ荷物の方を見ている為、動けば必ず視界に入ってしまう。
「う~ん……」
私が打開策が見つからず唸っていると、ふと私の目の前に黒茶色の何かが通る。
それを目で追っていくとそれは藤堂さんが着ているロングコートの端だ。
「ん? お、おい!」
藤堂さんが何か言ったようだが、何気に私はそれを引っ張るように手に取った。
コートは触っただけでも厚みが1センチほどあり、ちょっとしたカーテンほどの厚みだ。
「おいって!」
藤堂さんはコートの端を掴んでいる私の手を強引に剥がさせる。
そして私は再び兵士達が作業している船着き場を確認して一つの案を思いついた。
「向こう側まではだいたい100メートルくらいか。 これだけ明るいんだし彼らだってその場からすぐに動かないだろうし……」
「よぉ、須藤よ。 何か思いついたのか?」
「ああ、光の杭を使う」
「サジタリウスってあの光ってるアレか? まさかそれでここに居る兵士と船員を全員倒そうって腹か?」
「その案も悪くはないと思うけど、今の媒体じゃ本来の威力3分の1くらいだし、何よりもこれから先に古都さんを助けるのに、できるだけストックの消費は避けたいから使うのは1枚だけだ」
「ったく、一体に何を考えているだよ」
私の考えが読めずにイライラを募らせる彼だったが、ここに居ても兵士や船員に見つかるのは明らかだ。
「いいから早くコートを脱いで!」
私が強引に彼のコートを脱がそうとすると、藤堂さんは分かった分かったとばかりに大人しくコートを脱いでしゃがんだ私の頭の上からすっぽりと被せる。
藤堂さんのコートは一体何日洗っていないのだろう。
男性特有の濃い汗の匂いが染みついている。
例えるなら夏の日に練習を終えた運動部の部室のような、ものすごく酸っぱい匂いだ。
(うう、なんか気持ち悪くなってきた。 これは早めに片付けてしまおう)
あまりにキツイ匂いに頭がクラクラしてきたが、被されたコートは私の予想通り真っ暗だ。
私は自分の着ているメイド服の左のポケットから魔術式の書いたメモを地面に置く。
「んで、これをどうし――」
コートを被せてもらった藤堂さんの左手をギュッと握ると彼は言葉をなぜか詰まらせた。
「藤堂さん。 私が合図するまで目を閉じていてくれ」
「えっ!? 合図がどうって!?」
「大丈夫すぐ終わるよ」
私は右手で指をパチンと鳴らす。
”バッ”っと眩い魔術光がコートの内側を照らして、ホンノリ光を帯びた箸サイズの光の杭を出現させる。
「威力は本来の3分の1……、けどあれを壊すだけなら十分な速度と威力は出る筈だ」
私は右手でコートを少し捲って外の様子を見た。
兵士や船員たちがこちらん気づいた感じはなかったので再びコートを被る。
「弾は一発だけだ……集中しろ……」
被っている悪臭漂うコートの内側で私は息を深く吸い止める。
(場所は確認した。 後は杭が飛んでいく弾道を……)
私の頭の中にこれから命中させる目標への道筋がイメージが浮かぶ。
(…………いけ!!)
そう強く念じ光の杭は”ビュッ”と風切音を鳴らしてコートを突き抜けて素っ飛んでいった。
2秒ほど経って私はコートを脱いで藤堂さんに投げて渡す。
「今だ! 走れ!」
合図を出し彼の手を引いて走り出した。
藤堂さんは目を見開いて私に引かれ走り出す。
目の前にはライトで眩しかった作業場が真っ暗になってしまい兵士や船員たちが動揺している姿が、目を瞑って暗闇に慣れてた彼の眼には写っているはずだ。
「な、なんだ!!」
「どうした!!」
「馬鹿野郎! クレーンを動かすな! 事故になるぞ!!」
輸送船や荷卸しされた荷物のあちらこちらから、彼らの怒声が聞こえる。
そして私達は先ほどまで難関だった兵士が警備するトラックの方角へと走る。
「そうか。 暗室効果か!」
私の後ろから藤堂さんが、魔術光が外へ漏れなかったことに気づいて声を出した。
「そうだよ。 前に部室の暗室のドアが壊れてしまった時に、映画研究部の人らから遮光性の暗幕を借りて、それを暗室代わりにしていたのを思い出したんだ。 藤堂さんの着ていたコートもかなり厚手の生地で作られていたからもしかしたら同じ効果が得られると思ったんだよ。 まぁあそこのスポットライトの敗戦に関しては今の杭で貫通できるかは賭けだったけどね」
私は流し目で彼のを見てそう答えた。
「だが賭けに勝ったおかげで俺達はこうして先へ進めるわけだな!」
「ああ、けどゆっくりと進んでいられないよ。 こうして暗闇に目が慣れてくるのは私達だけじゃないからね」
私達がそうであるように、この場にいる兵士や船員たちも同じように目が慣れてくる。
そんなことになれば、スポットライトが復旧されて私達は立ち往生だし、最悪の場合は彼らの目の前に私達の姿を晒すことになる。
私達の姿を見た彼らは全力で捕獲しようとするに違いない。
そうなったら古都さん達を助けるのが遥かに難しくなってしまう。
「ああ、急ごう!」
私の言葉の意図が藤堂さんに伝わったようで彼はキッと顔を引き締めて走るスピードを上げ、私もその行動に合わせる。
「あそこさえ抜けてしまえば!」
ほんの数メートル先に造船所地区への入口と、突然のことに右往左往しているトラックを警備している兵士が薄暗い情景で見える。
「う、うわぁ!」
私達が彼の横を通り抜ける際に距離も近かったせいもあって、何かが風を切って通り過ぎたと思い驚いて尻餅を着いている姿をトラックから数メートル先の場所から後ろに顔向けて見えた。
そしてフェンスを通り過ぎて私達は船着き場から造船所地区へと進んだ。
「頼む。 古都さん無事でいてくれよ。 もうすぐ助けえてあげられるから」
彼女のことを思いそんな言葉私の口から洩れた。