蓋の裏にはとある文字が記されていた
陸橋を渡り始めてどのくらい立つだろうか?
後ろに見えていた橋の制御室の建物がどんどん小さくなっていく。
橋の上はライトなどは無かったが、運よく夜空にある満月の光が橋のアスファルト綺麗に照らしてくれているおかげで足元には不住しない。
左側を見ると見渡す限りの海原が広がり漁船やタンカーなどの船舶は居らず、ただ天空に光る月の明かりだけが波に反射されて時折煌めいている。
右側には左側と同じく船舶は無かったが、はるか向こうの陸地に帝都の家やビルの光だろう薄ボンヤリとオレンジ色に光っていた。
「ところで須藤よ?」
私の前を歩いていた藤堂さんが再び不安そうな声を出して顔は前を向いたままこちらに話しかけてきた。
「こんなに勢いよく橋を下ろしちまって大丈夫だったのか? 確かにこれならこのまま歩いて陸軍港まで行けるが、誰もあっちに行く奴が居ない時間帯なのに橋が降りたことで警戒されないか?」
「そんなことはないよ。 恐らくだが、このまま進んで陸軍港に行っても誰にも怪しまれずに古都さん達の所まで行けると思うよ」
私があまりにも自信有り気の口調で話すので彼は立ち止まり振り向いた。
それに伴い私も歩みを止めた。
「ずいぶん自身があるんだな? これから先のことは誰にもわからないのに、なぜそんなことが言える?」
彼が疑問に思うのも仕方がないことだ。
だが、橋を渡る前にあの老紳士が私の目の前に現れたことによって少し前から疑問に思っていたことが、確信に変わったのだ。
けれどそのことを藤堂さんに話して理解してくれるかどうかというところに、今の私の悩みはあった。
仮にも彼にその事実を話して理解したとしよう。
事実を知った彼はこれから先、私と一緒に行動してくれるだろうか?
さらに老紳士の行っていた”藤堂さんの行動はシナリオにはない”という言葉も引っかかっているし、彼が私に今投げかけた問いにはこう答えよう。
「まぁ、ただそんな気がするだけだよ。 単なるカンって奴だ」
「ハァ……そうかい」
彼は私の答えにため息で答えると再び前を向いて歩き始めた。
さっきのこの時代についてだけど、目の前に歩いてる藤堂さん以外の人間にも同じことを言ったとする。
皆口をそろえてこういうと思う。
”そんなバカな”ってね。
そうこうしている内に橋の奥の暗闇がうっすらと人口のライトの光が浮かびかがってきた。
今いるところからまだかなり距離があるが、アレがどうやら私達の目的である”陸軍港”のようだ。
「ふう。 まだまだ先は長いな。 寝不足の老体には堪えるぜ」
藤堂さんがそんなことを漏らして煙草を取り出して歩きながら一服をし始める。
「寝不足なのは私も同じだよ。 ところで藤堂さん、今何時か教えてくれないか?」
「ん? ああ」
彼に時間を尋ねると、立ち止まりコートのポケットから懐中時計を取り出して、ボタンを押して蓋を開ける。
私の居る時代と違ってワンタッチでバックライトの光で時間を確認できるのとは違い、藤堂さんは月明かりで自分の陰で時計の針盤が見無くならない様に体を動かしながら現在時刻を確認してくれた。
「ん~~大体今丁度11時くらいだな。 それがどうした?」
「いやここに着てからそろそろ二日目だなって思ってね」
「なんだ? 自分の時代が恋しくなったのか?」
「そういうわけではないのだけれど、私が居ないと不安な人が居てね」
その言葉にニヤリと藤堂さんの表情が緩んだ。
「なんだぁ? 恋人でもいるのか? そんな変梃りんな格好をしても彼氏の一人はいるってか?」
藤堂さんの言った”彼氏”という単語に、つい私の顔が熱くなる。
「ち、違うよ! 彼はただの後輩だ! それに望月君とはそう言う関係ではないし、これからもそういうことはない!」
「ほほう~」
「ち、違うったら違う! わ、私は先に行くぞ! ふん!」
ツカツカと革靴の音を立てながら私は藤堂さんを追い抜いて先に歩を進める。
彼に時間を聞いたのは、私のいる時代では曜日が火曜日になるからだ。
学校の部室に毎日入り浸っている私が居ないとなると望月君もさすがに心配するだろうと思っただけだ。
けして、決して深い意味は絶対にない。
「まっ、こんな彼女を持ってその望月君とやらも大変だな」
「聞こえているよ藤堂さん? あまりおちょこると服ごと海に放り投げて頭を冷やしてみるかい?」
彼が呟いた声を私は聞き逃さず、ポケットから魔術式の書いたメモ帳を左手で持ちながら笑顔で彼の方を向く。
「おっと、怖い怖い。 こんな夜の海で泳ぐのは勘弁だよ。 悪かった」
「分かればよろしい」
私は取り出したメモをポケットに仕舞いこんで足を進め、その跡を藤堂さんが付いてくる形で陸軍港へと向かった。
しばらく両サイドを海で囲まれた橋の上を歩き続けると、途中で橋が繋っていない場所まで来た私の目の前に周りをコンクリートの壁で覆われた島が現れた。
「あれが……陸軍港……」
「そうだ。 面積51万㎡、周りは高さ10メートルのコンクリート壁が聳え、爆弾の直撃でも壊れない強固の守りだ。 下の海は常に荒れてて泳いで向こうに行くのは難しいし、上にはネズミ返しが付いているから陸上から壁をよじ登っての侵入は不可能だ」
「けれど、武装は一切してないのだろう?」
「ああ、そうらしいが、これは公にされている情報だけどな」
途切れた橋の先端まで行くと、ここからは向こうの陸軍港側から橋を下ろさないと渡れない仕組みになっているようだ。
そして端っこから顔下に向けると、真っ暗な海がゴーッと唸っているような音と、激しい水しぶきの音が聞こえてくる。
確かに彼の言うとおり泳いで向こうに行くのは難しいようだ。
私が立っている場所から向こう側まで目測で約100メートルくらいだ。
「どうするよ? 須藤、まさか橋がこんな仕組みになっていたなんて思わなかったよ。 いったん陸まで戻って船とかを用意する算段でもするか?」
「いいや。 そんなものは必要ないよ」
私はメイド服のポケットから魔術式を記したメモを約5メートルほど前に放りる。
ヒラヒラと海風の影響を受けることなく、ゆっくりとメモは落ちていく。
私はメモが今立っている橋と同じくらいの高さまでくると指をパチンと鳴らす。
魔術式を発動させる動作を受けたメモは、一瞬だけ眩い魔術光を放つとその場で長方形の盾が空中に敷かれた絨毯の様に出現する。
「うん、まぁまぁかな」
私が生み出した盾に対して感想を述べていると、私の一連の動作を見ていた藤堂さんが話しかけてきた。
「須藤よ。 こんなところで”光の盾”を使ってどうすんだぁ? 屋敷で見たが、あれは盾にぶつかった奴を反射用で吹っ飛ばす魔術だろ」
「ああ、そうだよ」
「こんな敵の何もない海の上で使ってどういう――」
話の途中で彼はハッとして口を止めた。
どうやらこれから私がやろうとしていることが、察しが付いたようだ。
「後は…」
続いてポケットからメモを両足と両腕に張り付けて指をパチンと鳴らす。
すると腕や足に張り付けられたメモは魔術光を再び一瞬光らせて、私の肌に吸い込まれるように消えていく。
「愛用している栞に比べると、威力は三分の一ってところか」
腕をグルグル回したり、両足で軽くジャンプしながら今使った魔術の効果を確認する私を見て、そろりそろりと目的地と反対側に私より大きな体を小さくして忍び足で移動している藤堂さんが視界に入る。
「藤堂さん?」
「!!」
私に声を掛けられて小さくなった彼の背中がビクッと大きく揺れる。
「す、須藤よ。 まさか、まさかと思うが……」
彼の顔は引き攣りダラダラと冷や汗が額や頬などから噴き出ている。
そんな藤堂さんの問いに私はにこやかな笑顔で答えた。
「そのまさかだよ」
「ちぃ!」
動くのは藤堂さんが一瞬早く、反対側の陸地に向かって走り出したが、こちらはすでに愛用している栞ではないとは言え、強化された脚部で人間が逃げ切れるわけはない。
私が軽く地面を蹴るとロケット花火のようなスピードで走って逃げる彼の背中に向かって飛んでいく。
射程距離に捕えた藤堂さんの来ているトレンチコートを着地すると同時に左手で掴む。
「あ? さ、先に進めない!?」
彼はさぞ驚いていることだろう。
全力で走っていたはずなのに、突然、後ろからフックでも掛けられたごとく前に進めなくなってしまったのだ。
「う~ん。 足の方は大体合格だけど、腕の方は相手の動きを止めることはできるが、こっちに引っ張るまでは無理っぽいな。 けど、これだけ掴めれば落ちることはないだろう」
発動した魔術の分析を終えると私は掴んでいる藤堂さんのトレンチコートを手にぐるっと捩じり込むように握り直す。
「おいおいおいおいおいおいおーーーい!!!」
「せぇ~のっ!」
私は強く地面を蹴って海風が吹く橋げたの上をステップして橋桁の先端に向かっていく。
もちろん左手には先ほどから意味不明な叫びをあげている藤堂さんを掴んだまま。
ついに橋桁の端から走り幅跳びの要領で出現させた”光の盾”目掛けて飛んだ。
「昼間の空も気持ちいいが、海風の夜空も悪くないね。そう思わないか、藤堂さん?」
20メートル上空を滑空しながら藤堂さんに話しかけるが、返ってくるのは意味不明な言葉ばかりだ。
「よっ!」
そして出現させた”光の盾”に私の右足が触れる。
すると、盾は触れた者にぶつかった同じ速度と衝撃が、私の足に跳ね返る。
盾の効果が発動する瞬間に私は体勢を前かがみに変え、発動した反射力は私を目的地である陸軍港の方向へと作用する。
「ふむ、上手く行った」
「うわぁぁぁーー!!」
威力の足らない魔術だったが、私の盾の作用と強化の魔術の効果の組み合わせは計算道理だ。
後ろから聞こえてくる、成人男性の悲鳴を覗けば。
ただというよりもやっぱりと言った方が正しかった。
うまく飛び上がったが、精々20メートルほどが良い所で、単純に距離が足らないのだ。
「よっと!」
私は右手をポケットに突っ込んで再び魔術式の書いたメモを前方に放って指を鳴らして”盾”を発生させ、滑空している自分の体をそこへ目掛けて着地する。
すると盾は再び反射作用で跳びを繰り返す。
「何とか上手く行きそうだよ! ……藤堂さん?」
左手で掴んでいる彼に話しかけるが返事がない。
チラッと藤堂さんの方を見ると、大の大人が口から涎を垂らして気絶している。
「まぁこの方が静かでいいか」
私は何度か盾を出現させては跳び、出現させては跳びを繰り返して、陸軍港の聳えるコンクリート製の壁の前まで近づく。
「後はこれを超えるだけだ!」
私は壁の手前2メートル付近に盾を出現させてそこへと滑空、着地する。
今度は前傾姿勢ではなく、まっすくぐに飛ぶように上に顔向けて盾と直角になる様に体の体制を調整する。
”バチっ”と右足が着地した瞬間、反射作用が私の足へと伝わり読み通り上へと飛び跳ねた。
2メートル前をコンクリート製の壁が上から下へ流れていくが、それもすぐに終わり、目の前に人工島を改造した陸軍港の光景が目の前に広がる。
私が上から見た限りでは稼働橋近くには先ほどと同じく詰所と、左手側には波上のトタンと木材でできた倉庫群があり、中央には港に荷卸しする多ために輸送船らしき船が3隻ほど停泊しているのが見える。
そして右手側には輸送船や工作船が作業所らしきところに陸揚げされているのが見える。
恐らくあそこが古都さん達が捕まっている造船所がある地区のようだ。
「とにかく何処かへ下りないと……」
湾全体は月明かりが明るいおかげで、周囲の状況を知ることができた。
幸いなことに通路などに警備する兵士は数人程度だが、月明かりが明るいと言うことは地上からこちらの姿を確認するのも容易いということでもある。
キョロキョロと首を振ってどこか身を隠せそうなところはないかと探すと、左手側の倉庫群の1区画の倉庫と倉庫の間が極端に狭い場所を見つける。
「あそこの隙間にうまくは入れれば……」
私は狙いを付けるように先ほど見つけた倉庫と倉庫の間目掛けて滑空し始める。
「隙間はおおよそ1メートルぐらいだな。 失敗すればトタンを突き破って倉庫の中へドボンか、それとも明るい道路へ身をさらして兵士達に見つかるか」
ぐんぐんと倉庫同志の隙間が視界に近づいてくる。
私はするりとうまく体を捻らせて隙間へと滑り込んでいったが、左手から何かの衝撃が伝わり私の体をガクンとストップさせて、地上から5メートル付近で宙ぶらりんになる。
「一体何が……」
私が掴んでいる左手の方角を見ると、原因はすぐに分かった。
藤堂さんが着ている長いトレンチコートの裾が、海風で錆びて所々鉄が逆向いているところに引っかかてしまったようだ。
「これは計算外だったな」
上には私のトラブルを余所に気持ち良さそうに気絶している藤堂さんの表情が私にイライラを感じさせたが、今はそれどころじゃない。
うまく倉庫同士の陰にうまく隠れているが、開けている道路までは約3メートルほどしかない。
夜眼の効く兵士がここを通れば見つかるのは必至だ。
下の方を見ると、運のいいことに身の隠せそうな木箱が道を塞ぐように置かれている。
「藤堂さんには悪いが、このままでは状況が不利になるからね」
私は右手でメイド服のポケットに手を突っ込んだ時に右肩にピリッとした痛みを感じる。
「ちょっと荒く使いすぎたか、けど動くにはまだいける」
ここに来るときに派手に盾の反射作用を使いすぎた為だろう。
治療してもらった右肩にもその衝撃が走り、傷口を悪化させてしまったようだ。
しかしそんなことに構ってはいられない。
私はポケットから魔術式を記したメモを取り出す。
「後はこの辺に兵士の居ないことを祈るだけだ」
こんな宙づりにされている状態など、外で警備している兵士の持っているライフルや拳銃のいい的だ。
そんなことだけは断じて避けたい。
私は祈るように右手でメモを放り、指をパチンと鳴らす。
すると眩い魔術光ともに箸サイズの光の杭が顕現する。
その瞬間、私は3メートル向こう側の通りをじっと見るが運のいいことに誰かが近くにいる感じはなさそうだ。
「ふぅ……さて後は……」
私は顔を上げて藤堂さんの引っかかってしまったトレンチコートの裾の部分目掛けて”光の杭”を飛ばすために再び右手で指を鳴らす。
”パチン”と指を鳴らすと、杭は真直ぐにコートの裾向かって飛んでいき、”キン!”と小さな金属を立てトタンの逆向いている部分ごと撃ち抜いた。
その瞬間、重力が一気に掛かり私達は下へと真直ぐに落ちていく。
「きゃっ!」
”ドシン”と気を抜いていたことあって私はお尻から硬いアスファルトの地面へと落ちてしまい、小さく悲鳴を上げてしまった。
「いたたた……」
私がお尻を摩りながら藤堂さんの方を見ると、あの衝撃だったと言うのにまだ気絶しているようでピクリとも動かない。
「まったくいい気なものだよ」
私はスッと立ち上がり袋小路となっていっる木箱と反対側の通路の様子を見るために壁伝いに移動して、ゆっくりと顔出す。
左右に視線を動かすが、見た限りでは兵士の姿は見受けられない。
その事実を確認した私はホッと胸を撫で下ろす。
「さ・て・と、後は後ろで寝ている寝坊助さんを起こすだけだな」
私が気絶している藤堂さんの元へ歩いている時に”カツン”っという金属音とメイド服のローファーに何か当たった音がする。
「なんだ?」
私が倉庫の影の闇の中を手探りで、足に当たった何かを捜索するとそれはすぐに見つかり拾い上げる。
「暗くて良く見えないな……」
拾い上げた物は手のひらサイズ大で、円型、突起物が一つだけあり、鎖のような感触も感じる。
「これは藤堂さんの懐中時計か?」
私は光のある通路まで移動して拾ったモノの確認をすると、あの落ちた衝撃で彼のポケットから滑り落ちたのだろう真鍮製の懐中時計だった。
「藤堂さんはこれをシミジミ見られるのを嫌がっていたが、いったい何が……」
私があれこれ懐中時計を調べていると、不図したことから時計の天辺にあるボタンを押してしまった。
「あ……」
”パカン”と蓋が開けられてた懐中時計の時計盤には現在を時刻を長身と短針が刺し記している。
そして蓋には……。
「これって……」
蓋の裏にはとある文字が記されていた。
そこには魔術式で使う魔術文字と六芒星、”カミハイナイ”という文字が殴り書きで彫られていた。