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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
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すべては神の思召す通りに……


 「くっ!」


 ぶち破られた窓に片足を乗せてあの黒い物体を追いかけようと思い立った時、私の後方から朝倉教授のストップの叫び声が聞こえる。


 「待ちたまえ! 今飛び出して行ってどうする?」


 「しかし、まだ古都さん達が無事なのか分からないじゃないか! 邪魔をしないでくれ!」


 教授の制止を振り切ろうとして窓から身を乗り出しかけた瞬間、今度は藤堂さんが呟いた。


 「”帝都の軍殺し”……」


 「帝都の…じゃああれが……」


 藤堂さんはドアにぶつけた背中を摩りながらゆっくりと立ち上がった。


 「いてて、おそらくアレが今帝都を賑わしている通り魔だ。 あの動きを見る限りじゃにんげんじゃあねぇな」


 彼は懐から煙草とマッチを取り出して一服を始めた。


 今回は教授は”ここは禁煙だ”と注意することは無く、ただ一服している彼の姿をジッと見ていた。


 「それによぉ。 本来の魔術が使えないアンタが飛び出してって太刀打ちできる相手なのか?」


 「うっ……それは……」


 藤堂さんの言っていることは正しかった。 確かに朝倉教授からメモと万年筆を借りて即興で魔術式を書いた簡易的な呪符を使って、南雲中尉の部下たちを撃退したが、それはあくまで”人間”相手での話だ。


 魔術に使う呪符にはそれぞれ使用者である魔術師の相性がある。


 私の場合は栞だし、望月君はゲームのカードに式を書いたものだ。


 まぁ彼の場合はまだ魔術が使えないこともあって暫定的に決めたにすぎないけれど、とにかく、相性の悪いもので術を使えば必然的に威力は脆弱になる。


 今回は人数が多かっただけで、本来の3分の1の力しか出せていないサジタリウスイージスだったが、これが異種族や邪神相手に通用するかと言われると、これは言える。


 間違いなく私が殺されるだろう。


 この威力では精々足止めするのが精一杯だ。


 だから仮に私が先ほどの黒い謎の物体に見つけて対峙したとしても、返り討ちになるのは間違いはない。


 「分かったよ藤堂さん。 あなたも事件のことは知っていたのか?」


 「まぁな、帝都に付いたときにちょっと社の奴に聞いたんだよ」


 「ということは、文屋さんは今まで帝都ここ居なかったのか?」


 「ええ、昨晩の船便で大陸から戻ってきたばかりです」


 「じゃあ、こっちまで戻ってくるのは大変だっただろう?」


 朝倉教授が、大陸の状況を知ろうと藤堂さんにいくつか質問を投げかけている時、表の方から”ドサっ!”と何かが庭に落ちる音がした。


 「なんだ!?」


 「おい! 待て須藤!」


 私が応接を飛び出して物音のした庭へと走り出すと、同じく応接室に居た教授と藤堂さんも私を追いかけて部屋を後にする。


 ホールの玄関から庭に出て周りを見渡すと、ここへ来た時に興味本位で覗いていた石柱の根元に何かが複数落ちている。


 「あれか……」


 私が石柱に近づいて行くにつれて、根元に落ちている物の正体が明らかになる。


 「これは……ひどいな……」


 石柱の根元に落ちていた物、いや者は、見覚えのある軍服と腕章をつけていた。

 

 この人物は先ほど藤堂さんが縛り、私が古都さん達の居場所を聞き出したあの部隊長だった。


 彼は手足と首は引きちぎられ、胴体の腹部は軍服が破られそこから中身が飛び出し胸にはぽっかりと穴が開いている。まるで子供がバラバラにした玩具の人形の様に、文字通り無造作に擦れられていた。


 「うっ、こいつは……」


 「ひどいな……」


 私を追いかけて来た教授と藤堂さんも、彼の亡骸を見て不快と驚愕の表情を隠せない。


 庭に散らばった部隊長のバラバラになった遺体を見ている際にあることに気が付いた。


 「……ん? この遺体、体のパーツが足りない」


 「なんだと?」


 「ああ、首と後はこれだけ体の中身が飛び出しているのに、心臓がないよ」


 藤堂さんが辺りを見回しながらバラバラになった彼の遺体を調べると胸に開いている拳大の貫通している穴を見つける。


 「この胸の所か?」


 「……ちょっと見せてくれ」


 朝倉教授が部隊長だった胴体部分に近づいて、何を思ったか拳大に開いた穴に手を突っ込んだ。


 「…………」


 教授がグチャグチャと右腕をかき回して体の中身を調べ始めた。


 「どうですか、教授?」


 「……なんてこった」


 その様子を見て藤堂さんが声をかけたが、教授は驚愕な表情を見せて部隊長の遺体から血で真っ赤に染まった右腕を引き抜く。

 

 彼が腕を引き抜くと同じときに彼の執事が真っ白なタオルを差し出して、彼は血で染まった右腕をきれいに吹き始める。


 「何か分かりましたか、教授?」


 「……ああ、この遺体は心臓だけじゃなくてその周りにある肺と肝臓、胃が無くなっている」


 「なぜアレはそんなことを?」


 「さぁそれは私にも分からんよ」


 朝倉教授は手を拭い終わって白から真っ赤になったタオルを執事に渡した。


 「とにかくだ。 その南雲中尉が私の家の場所を掴んでいるのならば、文屋さん達はいつまでも長い出来んだろう。 須藤さん、あなたは特にだ」


 「そうですね」


 朝倉教授に促されて、私と藤堂さんはいったん屋敷に戻り、簡単に身支度を済ませて、教授と彼の執事に玄関の門前まで送ってもらった。


 「お世話になりました。 教授」


 「いや、私は特に何もしていないよ」


 藤堂さんが朝倉教授にお礼を言うと彼は軽く手を振ってそれを返して、そのまま私の方に顔向けて声を掛けてきた。


 「南雲中尉は私が大学で噂を聞く限りでは、かなりの国家主義者で頭が切れ、冷酷な男だそうだ。 気を付けたまえよ」


 「大丈夫ですよ、教授。 そのことは”十分”知っています」


 「そうか。 あ、あとこれを渡すのを忘れていた」


 教授は寝巻の着物の懐に右手を突っ込んでガサゴソ漁って、ある物を取り出した。


 「これは君のだろう?」


 彼が取り出したのは、この時代に来た時に私のポケットに入っていた物。


 藤堂さんに調べてもらうようにお願いをした”銀の鍵”だった。


 それを彼が私に差し出すと、私はそれを受け取った。


 「私の魔術を使って調べてみたが、これは素材こそは純銀製だが、それ以外の物は何もなかった。 文字通り”銀を素材として制作された鍵”だ」


 「ありがとう教授。 それだけ分かれば十分だ」


 受け取った銀の鍵を私はメイド服の右ポケットに突っ込んだ。


 (ちょっと待て、なぜ時間の遡行現象が起きたんだ?)


 「……おい、須藤」


 (これがただの銀製の鍵だとするなら、私はどうやってこの時代に来たんだ? それに死食鬼グールの戦闘の時や新聞社での逆行現象は一体……)


 「おいって!」


 「えっ?」


 私の思考を遮るように、藤堂さんが声をあげる。


 「何ボーっとしてるんだぁ? いくぞ!」


 どうやら彼は門から何メートル歩いたのち、私が後ろを付いて来ないことに気が付いて声を掛けたようだった。


 「すまない、すぐ行くよ。 それでは教授お世話になりました」


 「幸運を祈るよ」


 私はお世話になった教授と執事さんにお礼を言うと駆け足で藤堂さんの居るところまで駆け足で向かう。


 その時、朝倉教授の声が後ろからポツリと聞こえる。


 「すべては神の思召す通りに……」


 「?」


 彼の言った一言は私の脳内に引っかかったが、それを志向する隙を与えないまま藤堂さんが話しかけてきた。


 「一体何を考えていたんだ?」


 「いや、また分からないことが増えただけだよ」


 「?」


 藤堂さんは不可解な表情を見せたが、私は彼を追い抜いて古都さん達が連れて行かれたと言う帝都湾に向かって歩き出した。












 私は藤堂さんの案内の元、教授の自宅のある高級住宅街から帝都市内へ戻ってきたが、やはり別れ際に朝倉教授の言った言葉が私の頭から離れない。


 ただ何となく、そう何と無くなのだけれど、朝倉教授の言ったあの言葉がなぜか重要なことのような気がしてならない。


 なんでそう思い込んでいる根拠は、今の私にはなかった。


 ただ気になるのだ。


 そこで私の前を歩く藤堂さんに私が抱いている疑問を投げかけてみた。


 「藤堂さん、神様っていると思うかい?」


 「はぁ? 神様?」


 いきなりの変な質問を受けて立ち止まって、私の方に振り返った彼はハトが豆鉄砲食らった様な表所をしている。


 「いやね。 屋敷を出るときに朝倉教授が呟いたんだ」


 「呟いたって、何をだよ?」


 「”すべては神の思召す通りに”って」


 「…………」


 藤堂さんは何言ってんだお前は言わんばかりの顔で私を見ていたが、すぐにクルっと反対側を向くと再び歩き始める。


 (なんだ。 無視か)


 自分でも変な質問をしたと思ってはいるが、彼は私の質問に回答せず、ただ黙って私の前を歩き続けるが、何も無視することはないだろうし、せめて一言位は何かしら発しても罰は当たらないと思うのだけれど。


 深夜も近くなった街灯が歩道を照らす、誰も居なくなった大通りを私と藤堂さんはお互い黙って歩き続ける。


 そして薄らと潮の香りが私の歩いている前方から漂ってくる。


 「もうすぐ帝都湾だ」


 さっきまで黙って私の前を歩いていた藤堂さんが口を開いた。


 「帝都湾は、本来は帝都防衛用に作られた港だったが、戦争が終わった今は民間船や軍艦が入り混じって停泊しているから、古都達が捕まっている船を探すのは骨が折れると思っていたが、今回は”第9造船所”ということが分かっているからな」


 「それで、その第9造船所は何処にあるか、知っているのか藤堂さん」


 「ああ」


 藤堂さんは街灯に照らされた歩道の土がむき出しになっているところで立ち止まり、近くに捨ててあった箸ぐらいの長さの木の棒を手に取って地面に何か書き始めた。


 私が彼が地面に書いている物を覗いてみると、どうやら帝都湾を上から見た地図のようだ。


 「いいか、ここが今俺達が居るところだ。 現在地から真直ぐに行くと貨物船多数が停泊している商港、左側が輸送船が停泊する工業港、右に軍艦が停泊する軍港だ」


 「じゃあ、古都さん達は軍港に?」


 私の答えに藤堂さんは首を横に振った。


 「軍港は海軍の管轄だ。 南雲は陸軍所属だ、今の軍の性質上陸軍が海軍の管轄する軍港で特殊揚陸艇を発注することはない」


 「それならどこに……」


 「ここだ」


 藤堂さんは地面に書いた三つの港からずっと上に木の棒で場所を示したが、そこはどう見ても陸ではなく海の上だった。


 「陸軍が管理している”第9造船所”は陸軍派の財閥が多い工業港の上に新しく埋め立てて造られた陸軍軍港の造船所だ。 そこへ行くには工業港から行くしかないが……」


 「何か問題でもあるのか?」


 「さっきも言ったが、陸軍軍港は陸から離れた海の上に建てられている。 通常は2つの浮島の上に掛かった稼働橋の上を通っていくのだが、今の時間だと荷物の搬入がないねぇから、橋桁は上げられちまってるだろうし、泳ぐにも湾内は潮流が早えから気が付いたあっと言う間に沖に流される」


 「ふむ……」


 藤堂さんから古都さんが捕えられている陸軍軍港への侵入はかなり難しいようだ。


 彼もどうやって軍港へ向かうかを思案しているようで、地図を見ながらあーじゃない、こーじゃないとブツブツ呟いている。


 「藤堂さん」


 「なんだよ? いまどうやって行くかを考えてんだよ」


 「その陸軍港は、機関銃や見張り台などは設置されているのか?」


 「ああん? 陸軍港は通称で軍港とは言っているが、管轄は民間の工業港と同じだ。軍が土地を買い上げて作ったと言うよりも財閥の連中に頭を下げて、砲台や機関銃などの装備の無い特殊工船を主に製造するところだよ。 それがどうした?」


 彼のその言葉を聞いて私はついつい笑みが漏れる。


 「なんでぇ、ニヤニヤしやがって気持ちわりぃ……」


 「いや藤堂さんの話を聞いた限りじゃ人間じゃそこへ行くのは困難のようだね」


 「だからそうだって言ってんだろぉ」


 「だからさ、確かに人間じゃ無理だ」


 「さっきから何が言いてぇんだ?」


 私の言葉の言い回しにイライラを募らせたのようで、藤堂さんの私への口調が荒くなっていく。


 「藤堂さん、幅跳びは得意?」


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