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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
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あー……やっぱお前バケモンだわ……

「胎盤?」


「まぁ妊娠した際に赤ん坊を体内で支えるための壁みたいなものだ」


「うぇ、色は緑色してやがるのに何ちゅうエグイ物を使っていやがるんだ」


 緑色の小瓶の中身の成分を聞いた藤堂さんは気分が悪そうに胸を摩っている。


「まぁとにかくだ。 人の胎盤自体は古来、大陸の方では漢方として使われていることもあるし、これは治療薬ということだよ」


「ありがとう教授。 これだけわかれば十分です。 後、写真の上の方に人工的に傷がつけられている部分があるのですが、私達には皆目見当もつかないのです」


「傷?」


 朝倉教授が写真を手に取り上部を見ると、そこを指になぞり始める。


「ツー、ツー、トン、ツー、トン、ツー……」


 指をなぞりながらブツブツと教授が呟き始める。


「なんだ……?」


 私は教授が何をしているのか分からなかったが、隣にいた藤堂さんが何か気がついだようで声を出した。


「……モールス信号か」


「モールス信号?」


電鍵でんけんを使って短い電波と長い電波を組み合わせて作る文章のことだ。 なんですぐに気づかなかったんだ俺は……」


 藤堂さんが写真のモールス信号に気づけなかったことに、悔しがるようにガシガシと頭を書いていると、椅子に座って写真のモールス信号を読んでいた氷室教授は立ち上がりラックの引き出しからメモ帳と万年筆を取り出して何やら文字を書き始める。


「朝倉教授、写真のモールス信号は分かったのですか?」


「ああ、奴め。 私達が学生の頃に当時の大学教授からお遊びで教わったものだよ。 よく手紙代わりに使っていた物だ」


 懐かしそうな表情を浮かべながら教授はサラサラと解読した文章をメモ帳に記載していく。


 「……ふむ」


 私が教授がメモ帳に書き終えた文字を見る。


 そこには一蓮托生いちれんたくしょうと書かれていた。


 「一蓮托生? 四文字熟語じゃないか」


 「善しも悪しも人と運命と行動を共にする……か……奴らしい」


 「私はてっきり彼らが連れて行かれた場所を知らせる暗号化と思っていましたよ」


 「俺もだ」


 この場合、何かの暗号的なもので自分たちが連れて行かれる場所を知らせてくれるものだと思い込んでいたが、どうやらそんなことは小説の中の話だけらしい。


 「薬の成分は分かったが、彼らの場所が掴めない」


 「手詰りだな」


 私達が腕を組んで彼らが連れて行かれたところを悩んでいると、激しく扉を叩く音が屋敷の外から木霊し、さらに男の怒号が聞こえてくる。


 『誰かおらんか! 我々は帝都軍である、怪しげな格好の女がこの屋敷に入ったとの通報を受けて参った、速やかに招き入れた女をこちらに引き渡せ!! 誰か、誰かおらんか!!』


 今にも表の門の扉を壊すくらいの勢いの音は”ドンドン”と夜中の高級住宅街に響き渡る。


 「どうやら見つかったようだな。 あんたがそんな目立つ格好をしているから」


 「私だって着替えられるものなら着替えたいさ。 なぜか脱げないから仕方がないだろう」


 藤堂さんに言われてしみじみ自分がしている格好を見てみると、所々穴だからけの染みだらけ、頭に着けている猫耳も片耳がヘタレてしまってお辞儀する様に半分折れている。


 「とにかくこのままでは周りの住民に迷惑だ。 君たちは隠れていなさい」


 そういうと教授は彼の対応をするべく外の門へ向かおうと、部屋のドアへと足を運ぼうとした時、私はあることを思いついた。


 「教授。 少し待ってくれないか?」


 「どうしたのだ? まさか素直に彼らに捕まるとでもいうのかね?」


 「……いいや、そういうことじゃないが、申し訳ないが、そこのメモ帳と万年筆を貸してくれないか?」


 「それは構わないが……何をする気だ?」


 「おいおいおい……まさか奴らを皆殺しにする気じゃないだろうな? あんたの”魔術”を使って」


 藤堂さんと教授が私の考えに不安のある顔をするが、思いついたことをこれからしようと思うと笑いが込み上げてきた。


 「ふふふ……なぁにそんなことはしないよ。 教授こちらが準備出来るまで少しの間彼らを足止め出来ますか?」


 「ああ……何とかして見るが……」


 「ふふふ……さて! 取り掛かるとするか! 教授、私の魔術をお見せしますよ」


 私はテーブルにあるメモ帳と万年筆を手に取ると、駆け足で外へ出て行った。







 屋敷の外の扉からは未だに、扉を叩く音と兵士の怒声が響き割ったっていた。


 「誰かおらんか!! ええぃ!! これではらちが明かない!! おい!」


 先頭切って扉を叩いていた隊長らしき兵士は、誰も出てこないことにイライラが頂点に達し、4名の彼の部下に径30センチ、長さは1メートルくらいの丸太を持ってこさせる。


 「天下の帝都軍をコケにしおって、誰も出てこんなら強制的に中に入るまでだ。 よーい!!」


 隊長の掛け声とともに丸太を持った部下たちが勢いをつけるため扉から距離を取る。


 「いけぇ!!!」


 突撃の合図とともにわぁーと叫びながら木製の扉に向かって突進する。


 ”どーん”と丸太が扉に当たると門の後ろに着けてある木製のかんぬきがミシミシと音を立てる。


 「まだまだぁ!! いけぇ!!」


 2回、3回と扉をこじ開ける為に丸太を使って突撃をする兵士達。 扉のかんぬきも丸太を叩きつけられるたびにメキメキと音を立てながら折れ始める。


 そして衝撃に耐えられなくなり、かんぬきが”ベキっ!”と音を立てて折れ、扉が開かれる。


 「突撃ぃ!!」


 隊長は腰につけているホルスターから拳銃を取り出して号令をかけると雄叫びを上げながら15,6人の兵士が敷地内へと侵入してきた。


 庭の中ごろに来た時に屋敷玄関のドアが開けられる。


 「なんだね? 騒々しい……」


 朝倉教授はかなり不機嫌そうな表情で彼らの対応をする。


 「”朝倉 喜久雄”教授だな!!」


 部隊の隊長は軍靴で庭の石畳をカツカツ音を立てながら彼に近づいて1枚の紙を教授に突きつけた。


 「これはこの屋敷の捜索令状である!! 貴公が招き入れた怪しい女をひっ捕らえよとの閣下のご命令である!! 素直に差し出すならばよし、さもなくば屋敷の中を引掻きまわされても文句は言わせん!」


 朝倉教授が、隊長が付きだした”捜索令状”なる物を手に取りマジマジと眺めた後、何と彼はその令状でチーンと鼻をかんだ。


 「なっ!! 貴様!! 何をするか!!」


 どうやら隊長にとっては予想しなかった行動のようだったようで、鼻をかんでポイッと令状だった紙を床へ放り投げた教授に怒り心頭で手に持っている拳銃を彼に突きつけた。


 朝倉教授は銃を突きつけられているにも関わららず、怯えるそぶりも見せずにしれっとした態度で隊長に話しかける。


 「こんなもんなくても、屋敷うちの捜索なんぞいくらでも穴が開くほどさせてやる。 ただ君らが言うその女とやらには覚えがないがね」


 「ウソをつくな!! 近隣住民から貴様の屋敷に女と男が入っていったとの複数の通報があったのだ!! 今更そんなデマカセ誰が信じる者か!!」


 「ほぉう? 貴君が私が言うことを嘘だと思うなら気が済むまで屋敷を探すがよい。 さぁ」


 教授は彼らを招き入れるように玄関のドアを開いて手で中へ入るように促した。


 「後悔するなよ朝倉、行けぇ!」


 隊長は教授に毒を吐いて、捜索の号令を彼の部下に命令をする。


 命令を受けた兵士達は次々に屋敷の室内へと突入してきた。


 そして各所の部屋の開ける音やガラスの破壊音に戸棚を開ける音、棚などを倒す音が私の耳に入ってくる。


 しばらくの騒音の後、見つけられ無かったのか何人か兵士が報告に玄関ホールの中心にいる隊長に報告へやってくる。


 「寝室、かわや、調理場などを捜索しましたが、女の姿はありません!」


 「こちらもです!!」


 「ぐぬぬぬぅぅ……」


 私を見つけられない隊長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、彼の隣にいる澄ました顔をした朝倉教授に食って掛かった。


 「貴様ぁ!! さては逃がしたな!!」


 「さぁ? 貴君が何を言っているか私にはさっぱり分からんなぁ」


 彼の怒りの問いかけに恍けた表情で答えた教授は、ますます隊長の怒りを買う。


 「指名手配犯を逃がすのは国家反逆罪に値するぞ!! いくら帝都大の教授と言えど死罪は免れんぞ!!」


 「言いがかりだ。 私はそんな女を招き入れた――」


 「うるさぁい!! 御託を並べるな!!」


 隊長は教授の眉間に拳銃を突きつけ、捜索を終えた兵士達が玄関ホールへと集まる。


 (そろそろかな……)


 「言え! 女を何処へやった!? 裁判せずに貴様をここで裁いても構わないのだぞ!!」


 「ふぅ……やれやれ、相変わらず軍人は短気だから嫌いだよ」


 「なにぃ!?」


 怒りのゲージが限界に近づいている隊長は、教授に突きつけている拳銃の引き金をギリギリと少しづつ引いて行く。


 『やれやれ……うるさい連中だ……』


 突如として玄関ホールに響き渡った私の声にその場にいた全員の動きが止まる。


 そして”コツコツ”とメイド服のローファーを鳴らしながら屋敷の階段を下りながら私は彼らの前に姿を現す。


 「まったく。 こんな夜中だと言うに貴方たちは近所迷惑というものを考えないのかな?」


 階段の中ほどまで歩いた私が姿を見せたことで、呆気に取られていた隊長が気を取り戻す。


 「い、居たぞ!! 南雲中尉が捕えよと言った女は!! 確保ぉぉぉ!!」


 隊長の号令と共に兵士達がドッと階段の方へ押し寄せてきた。


 「貴様の処遇は後でたっぷりとしてやる!!」


 そう吐いた隊長も兵士達と一緒に私の方へ走り出した。


 「ふぅ……まったく」


 突きつけられていた拳銃から解放された教授は小さくそう呟いたのが見えた。


 「さ・て・と……」


 私は追っかけてくる兵士達に背を向けて下りた階段を再び駆け足で上がり、上がりきった2階の廊下で階段を上りきろうとしている兵士の一人に蹴りを入れる。


 「ぐほぉ!」


 腹部に命中した私の蹴りを食らった兵士は、4人の兵士を巻き込んで1階へと転がり落ちていく。


 「味な真似を……怯むな!! 捕まえろ!!」


 残っている隊長とその部下たちは果敢にも私を捕まえる為に階段を上り2階へとたどり着く。


 2階は左右に廊下があるが、明かりが落とされているため奥が暗く彼らは私の姿を見つけることができない。


 「くそ! どこ行った!!」


 2階の廊下に出た彼らは見失った私の姿を探してキョロキョロと周りを見渡す。


 「まったくこんな目立つ姿をした私を君たちは見つけられ無いのかな? やれやれ、南雲中尉が訓練した君らの練度がしれるな」


 「あっちだ!!」


 左側の廊下の奥から私の声が聞こえた彼らは一斉に左に走り出した。


 (今だ)


 私は彼らがこちらに向かってくるのを確認すると指をパチンと鳴らす。


 「うおおおおおお!!! ぺげぇ!!」


 一瞬の魔術光の後、神々しい光を放ちながら私の十八番おはこ”光のイージス”を発動させる。


 障害物など予想していなかった先頭の3人が勢いよくイージスにぶつかり、魔術の効果で反対側の廊下へと弧を描いて飛んでいく。


 「これが南雲中尉の言っていた魔術というやつか!!」


 どうやら魔術については南雲中尉に聞かされているようだったが、初めて魔術を見た隊長とその部下たちは驚いた表情で私の光のイージスを見ていた。


 そして光りのイージスの光に照らされた左側の廊下で残った彼らは私の姿を確認する。


 魔術の効果が消え、盾が消滅すると再び廊下が漆黒の闇に包まれ、私はある部屋のドアを開けて身を隠す。


 「気をつけろ……あの女、どんな仕掛けをしているか分からんぞ!」


 部屋の壁の向こうから複数の足音がギシギシゆっくりとした歩みでこちらに近づいてくる。


 「まずはこの扉だ……」


 隊長の声が聞こえ、部屋のドアが開けられる。


 「…………あれは!」


 彼らの目にはフリフリのスカート姿の影が写る。


 「隊長!! 今度こそ逃がしませんよ!! 続け!!」


 「おい! 待て――」


 隊長の制止を振り切って血の気の多い若い部下達数人が、陰に向かって飛び掛かった。


 陰に触れた瞬間、”バチバチバチバチ”とショート音が屋敷中に響き渡る。


 「あばばばばば……」


 電撃を受けた兵士達のバタバタと倒れる音が隣の部屋から聞こえてきた。


 「ま、マネキン?」


 電撃の光で部下たちが飛びついたのは私がこの屋敷にある洋服を適当に見繕って作ったマネキンだ。


 しかも魔術式を書いたメモ帳付だ。


 「ふふふ。 教授の悪戯まじゅつを私なりに魔術式にしてみた、ちょっと威力があり過ぎたかな。 愛用の栞ではじゃないとは言え有効範囲はだいたい3メートルくらいだな」


 教授に拝借したメモ帳と万年筆で魔術式を書いた簡易的な憑代を作ったのだ。


 ただし、威力は私が使っている栞に比べるとだいぶ劣る。


 「くそぉ!! なめおって!!」


 部下を次々に倒されて怒り心頭の隊長と部下たちは”ドカドカ”激しい足音をさせながら私の居る隣の部屋の前へとやってくる音が聞こえる。


 「ここか!!」


 勢いよく隊長がドアを蹴り破ると、部屋の奥の窓際に月明かりに照らされた私の姿を確認する。


 「へぇ~、隊長含めて3人は残ったのか。 先ほどの練度が知れると言う言葉は取り消そう」


 ”パンパン”と手を叩きながらここまでやって来た彼らに称賛を送るが、どうやら気に要らなかったようで隊長は真っ赤な顔をして私に向かって怒鳴る。


 「この魔女め!! 変てこな力を使いやがって!! だが、この部屋には逃げ場はない!!」


 兵士達のいる入口からみて私がいる部屋は教授の寝室で、床には真っ赤なカーペットと中央にダブルベットと部屋の奥に本棚、左側にクローゼット、そして部屋の右奥のガラス窓の所が私が立っている場所だ。


 「貴様は南雲中尉が生け捕りにせよと言ったが、ここまでコケにされて黙ってはいられん!! 私が裁いてくれる!! かかれー!!」


 隊長の合図とともに2人の部下が私に向かって走ってくる。


 「ふふふ……」

 

 私がニコッと笑顔を浮かべて、左指で”パチン”と指を鳴らすと床のカーペットを突き破り、細い針サイズの複数の光のサジタリウスが彼らの軍服に刺さり、勢いそのままに反対側のクローゼットへと貼り付けになる。


 「きゅぅ……」


 クローゼットにぶつかった際に、後頭部を強打したようで2人の部下はそのまま気を失ってしまった。


 「ば、化物だ……」


 残された隊長は、どうやら私が化け物に見えるようで怯えた表情を浮かべながらゆっくりと部屋の出口へと後ずさりしていく。


 そして部屋の出口まで移動したとき彼の耳に男性の声が後ろから聞こえてくる。


 「ああ、俺もそう思うよ」


 「えっ?」


 振り向いた瞬間、固めた右拳が隊長の顎に命中し彼は白目を向いてその場にバタリと倒れ込んだ。


 「ほんと、あんたの話には聞いていたが、須藤さん。 あんた本当に人間か?」


 隊長を殴り倒した人物は、ボサボサの長髪、無精ひげの生えた顔、長いトレンチコートを来た帝都新聞社の新聞記者ジャーナリストの藤堂さんだ。


 「失礼だな。 私は歴とした人間だよ! ただ魔術が使えるだけにすぎないよ」


 「そぉか? 俺には十分化け物に見えるぜ。 あれだけいた兵士を1人でやっつけちまうんだからな」


 呆れた表情を浮かべながら藤堂さんは胸ポケットから煙草とマッチを取り出して一服をし始める。


 「おいおい。 ここは禁煙だと言わなかったかな?」


 廊下の方からの声に気づいて彼が振り向くと、藤堂さんの後ろには様子を見に来た朝倉教授が立っていた。


 「まったく、こんなに屋敷を散らかしおって後で片付けが大変だな」


 「それぐらいなら私も手伝いますよ教授。 ところで私が倒した兵士達はどうしました?」


 「あいつ等なら俺と執事さんが手分けしてふん縛って適当な部屋に閉じ込めてあるよ。 しばらくは動けないはずだ」


 そう話した藤堂さんは真直ぐ私の方を向いて質問をする。


 「ところで、古都達の場所はどうするんだ? 動こうにも居場所がわかんねぇんじゃどうにもならねぇぞ?」


 「いいや。 居場所なら聞くよ」


 私は床に気を失って倒れている隊長をちらりと見る。


 「ふふふ……」


 不敵な笑みを浮かべている私を見てか。藤堂さんは引いた表情を私に見せる。


 「あー……やっぱお前バケモンだわ……」



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