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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
60/80

いや……なんか違和感があるんだ


門を超えると煉瓦の石畳と庭を照らすためのガス灯が何本か立っている。


執事と藤堂さんの後ろを付いて歩きながら横目で朝倉教授宅の庭を見ている時だ。


(ん……あれは……)


立ち止まって庭を目を凝らしてみると洋風の庭園に似つかわしくない長方形に切り出された石の柱が何本か経っているのが、ガス灯に照らされているのが見える。


 私はついつい興味から庭に入り石柱をジッと見ると、何やら小さく絵が描かれている。


 (なるほど。 これは確かに教授はかなり研究熱心のようだな)


 この石柱に書かれている絵を見た瞬間、教授の研究に対してかなり熱心に取り組んでいることがすぐに推測できた。


 「おーい、何してる。 早く来い!」


 教授宅の扉の前で藤堂さんが、庭に入って石柱をジッと見ている私に早く来るように急かす。


 「すまない。 今いく」


 私は駆け足で執事と藤堂さんの待つ玄関の扉の前に向かう。


 「ったく、あんまりウロチョロするんじゃない。 ところであんなモン見てたんだ?」


 藤堂さんは私の行動に問いかけてくる。


 「いいや。 ちょっとしたことさ。 ただ、朝倉教授の研究に関しては思ったより信用できそうだよ」


 私は薄らと笑みを浮かべて彼の問いに答える。


「では、お入りください」


 執事が玄関の扉を開け、私達は洋館の中へと入っていく。


 中に入ると赤い絨毯の敷かれたホールと奥に二階へと続くオープン型の階段、左右には木製の扉が1つづつ設置され、天井には蝋燭に火の点けられたシャンデリアが吊るされてホール内を明るく照らしている。


 「まるでサスペンス小説に出て来そうな感じの所だな」


 「ああ……すげぇな」


 「お履物はそのままでお上がり下さい。 教授はこちらです」


 執事は玄関から見て左側の扉の前へと私達を案内する。 そしてドアをノックした。


 「教授。 お客様をお連れしました」


 「入ってもらってくれ」


 扉の向こうからは少しぶっきら棒な口調の中年男性の声で返事が聞こえてくる。


 執事が扉を開け私達は部屋の中へと入っていく。


 案内された部屋は中央に木製の高級そうなテーブルと、ワインレッドの一人掛けのソファーが4つ置かれ、奥には暖炉があり、左右には絵画やこれまた高級そうな木製の腰位の高さのラックが設置されている。


 後、教授の研究材料なのかそれともただの趣味なのか、ラックの上に六芒星の書かれた布や頭蓋骨の上に蝋燭を立てた物などが置かれている。


 そして中央のソファーに少しムッとした表情をした、白髪交じりのちょび髭を生やし、洋風の部屋には合わない和風の寝巻を来た氷室博士から預かった写真に写っている人物が座っていた。


 「君らか。 私の睡眠を妨害してまで話があると言う客人は……」


 機嫌悪そうにソファーから立ち上がり私達の前まで歩いてきた人物が、どうやらこの洋館の主である朝倉教授のようだ。


「就寝中申し訳ございません。 何分、火急の用事でしてこの件に関しては、教授のお知恵を拝借して頂きたいものでして、申し遅れましたがわたくし帝都新聞社の”藤堂 吾郎”と……」


 藤堂さんは深々と教授に頭を下げて、寝ていた彼を起こしてしまったことに対して謝罪をすると、教授は鼻をフンと鳴らす。


 「知っている。 昼間に来た新聞記者ジャーナリストとだろう? こんな遅くに訪ねて来て君らには常識というものがあるのかね? それに君らが言っている”魔術”に関して大したことでなかったら、日中に預かった鍵ごと出てって貰う」


 教授は執事に向かって軽く手を振ると、それを確認した執事は頭を下げてゆっくりとドアを閉めて部屋を出て行った。


 「まぁ立ち話する趣味はない。 掛け給えよ」


 「失礼します」


 私達は教授に促されて中央にあるソファーへとそれぞれ案内される。


 藤堂さんがソファーに座ろうとした時だ。


 私は彼が腰かけようとしているソファーから何かしらの違和感を感じ取る。


 「藤堂さん。 ちょっと待ってくれ」


 「なんだぁ?」


 腰かけようとしている彼を引き止め要するが、彼は顔を強張らせる。


 「このソファーなんか変だ」


 「なんだよ。 教授が折角座るように言ったのに、別に何も変哲もないソファーじゃないか。 こんなのに何があるっていうんだぁ?」


 「いや……なんか違和感があるんだ」


 「はぁ? なんだそりゃ? 早くしろよ!? ここで教授に機嫌を損ねられたら、あんたの知りたい情報が聞けないかもしれないだろう!? ほら!?」


 藤堂さんが流し目で教授の方を見るように促すと、教授はジッと怖い顔をしてこちらの様子を伺っている。


 「座るのかね? 座らんのかね? それとも君らは立ったまま話をするのがそちらの礼儀というものなのか?」


 「ほらぁ、教授も機嫌がわるくなってんじゃねぇか。 早く座ろう」


 ヒソヒソと小声で問答する中、藤堂さんは私の制止を振り切ってソファーに座ろうとするが、私は必死にそれを止める。


 「何か確認できるものがあれば……」


 私がぐるっと部屋を見渡すと先ほど見かけた蝋燭の立てられた髑髏どくろが目に入る。


 「教授、少しあれをお借りします」


 「なっちょっとおい!」


 私の突然の行動に藤堂さんは声を掛けるが、私はそれを無視してラックの上にある髑髏を手に取る。


 髑髏を手にソファーに戻ってきた私はチラッと朝倉教授の方を見る。


 彼は勝手に髑髏を持ってきた私を責める様子は全くなく、ただこちらの動きを伺っている。


 「おい! 勝手にこんなもの持ってきて何をする気だ!」


 「まぁ見ててくれ」


 私の取った行動に慌てた様子の藤堂さんを抑えて、手に取った髑髏を手前のソファーへと投げ込んだ。


 髑髏がソファーに触れた瞬間。


 青白い光に”バチッ”と電気の小さなショート音が部屋に響き、投げた髑髏を弾き飛ばして床へと落とす。


 「やっぱり……」


 「なんだぁ!? 今のは!?」

 

 藤堂さんは今起きた出来事に目を丸くしている。


 「藤堂さん。 もう大丈夫だからこのソファーをひっくり返して貰えないか?」


 「…ああ」


 彼にお願いをしてソファーをひっくり返して底部を見ると、そこには半紙に墨汁で書かれた呪符が貼られている。


 「おい、これは……」


 「トラップみたいだな。 ただ威力は悪戯程度のようだけど。 ずいぶん面白いことをしてくれますね。 これが夜分遅くとは言え客人に対する対応ですか? 教授?」


 私は教授の方を向いてそう言い放つと、彼は堪えていた物を吐き出すように大声で笑い始めた。


 「くくく……。 はははっ! いやいやお見事。 まさか君が見抜くとは思わなかったな」


 教授は少し笑い続けた後、私にこう質問してきた。


「はははっ 御嬢さん。 なんでこのソファーにトラップがあると分かったんだ? 私に教えてくれないか?」


 彼の表情は部屋に入って来た当初と違い、機嫌が良さそうな表情をしている。


 「簡単なことですよ。 この4つのソファーの内、案内された2つから”匂い”がしたものですから、もちろん教授”あなた”からもですけど」


 「はははっ、なるほど匂いか! これは恐れ入った。 そう言えば御嬢さんの名前を聞いていなかったな」


 教授は上機嫌で私の名前を尋ね、それに対し最近情けない役ばかりだった私は自信満々に答える。


 「私の名前は”須藤 恵美” 今はこんな格好をしているが、麗しき女子高生だ」


 「あれ? 須藤さんあんた女給じゃなかったのか?」


 間髪入れずに藤堂さんの入れたツッコミが、カッコ良く決めた自己紹介も茶番へと落とされる。


 「はぁ……藤堂さん。 あなたもそう思っていたのか……」


 「そりゃぁ、その恰好はどう見ても女給だろう?」


 「これにはいろいろ訳があるんだ」


 私が頭に手をやってヤレヤレと言う態度を取ると、教授はその姿を見て再び笑い始める。


 気を取り直しもう一つのソファーに仕掛けられている呪符を取り外して私達はやっとソファーに腰かけることができた。


 そして早速、私は教授に本題を話す。


 「朝倉教授。 実はあなたに調べて頂きたいものはこれです」


 私はメイド服のポケットから氷室博士から預かった2つの小瓶をテーブルの上に出した。


 「……ふむ」


 彼は右手で片方の緑色の液体の入った小瓶を手に取りマジマジと観察をすると、テーブルの上へ戻した。


 「変わった物が入っているね。 これを何処で?」


 私は続けて氷室博士と朝倉教授が写っている写真を彼に手渡して、受け取った彼は写真の表をジッと眺める。


 「これは懐かしいな。 書生時代の私達ではないか。 つまりはこの瓶の元の持ち主は……氷室か? たしか彼は軍門に入り大陸へ行ったと聞いているが?」


 「はい。 今は日本に戻ってきている。 そして彼が所属しているはずの軍に彼は追われていました。 妙なことから私は氷室博士に出会い、この二つの瓶をあなたに託すよう言われてここまで来ました。 これは一体何のか分析してもらえませんか? 教授!」


 私の言葉を聞いた朝倉教授は難しい顔して腕を組んでこちらをジッと見つめ、重たい空気が部屋全体を包み込む。


 その時、部屋全体の雰囲気に耐えかねてだろう。 藤堂さんがおもむろにコートのポケットから煙草の箱を取り出して一本口に咥えた。


 「おっと、済まないが……」


 間髪入れずに向こう側の席で難しい顔していた朝倉教授は立ち上がって彼の元へ近づき、口に咥えた煙草を取り上げた。


 「この屋内は禁煙だ。 吸うなら表に灰皿を用意させるからそこで吸いなさい」


 そういうと教授はパンパンと手を二回叩く。 するとすぐに部屋の扉からノック音が聞こえて私達を案内した執事が室内に入ってきた。


 「旦那様、お呼びでしょうか?」


 「すまないが、客人が煙草を吸いたいそうだ。 玄関の先のテラスに灰皿を用意してくれ」


 「かしこまりました」


 「いやぁ、申し訳ない。 職業柄こう言ったものがなかなか我慢できなくて……」


 藤堂さんは朝倉教授に軽く頭を下げた。 教授は彼のその様子を見てニコッと笑う。


 「なぁに、欲求を我慢できないなんて誰にでもあることだよ。 それに私など欲望を我慢したことなどないよ。 だから私の研究が君達の役に立つかもしれないのだよ」


 「そう言っていただけると恐縮です。 ではすぐに戻りますので……」


 藤堂さんは執事の人に連れられて煙草を吸うために部屋を後にする。


 「しかし……氷室は一体何を研究していたんだ? たしか奴の選考は医療心理のはずだ。 こんな薬品を使う部署でないはずだが?」


 朝倉教授は再び緑色の液体の入った小瓶を手に取ってそう呟いた。


 「どうやら当初は国内にいる戦争後遺症に悩む元兵士達の為に研究していたようなのですが、彼の部隊の上官である南雲中尉が村人を死食鬼グールにする薬の研究にすり替えられたようなのです」


 「ほぅ? 死食鬼グール……ね」


 「そして氷室博……いや大陸に渡った研究者達は、中尉が望むような薬の錬成を続けたようですが、その薬の毒性に気づいた博士は投与してしまった実験体や村人の治療の為にできたのが」


 「この緑色りょくしょくした液状のものが入ったこれだと?」


 私は彼の問いにコクンと頷く。 私の頷きの返答を見た彼は少し小瓶を眺めた後、彼が来ている寝巻の和服の懐からいくつかの道具をテーブルの中央に置く。


 彼が取り出した者は、木綿に墨汁で六芒星で描かれた布と、青、赤、緑、黄、白、黒と着色された石だった。


 私が魔方陣に書かれている文字を見るとあることに気が付いた。


 「エクノ語ですか?」


 「分かるかね? さすがは私のいたずらを見破った人物だけあるな」


 「ええですが、前に文献で見たことがあります」


 エクノ語は16世紀の魔術師ディーが、大天使ウリエルによってもたらされた言語だと言われている。


 この魔術言語自体がとても古く、魔術発動の補助の為に魔力の入った宝石や演唱などを必要とする。


 私が魔術に用いている栞に描かれた魔術式は、エクノ語や他の魔術言語を統合進化させたもので、魔術師用の際は使用者の練度と魔術式の完成度が発動の威力を左右する。


 後、魔術式は一度に飛散する魔力エーテルが多いため、媒体に使用したものは消滅するか、破損してしまい再び使用が出来なくなるのが特徴だ。


 それに対しエクノ語などの使用した単体魔術は、個々の魔力エーテル使用料が少ないため媒体を消費せず何度も繰り返し使えるのが特徴だ。


 現在において魔術教会が新規の魔術師の教育に魔術式を用いた教育を施しているため、エクノ語などの古い魔術言語は協会が所持している辞典などに乗っている程度のものだ。


 以前に淳子姉が魔術教会の依頼で魔術書のページを解読にその辞書を使っていたのを思い出す。


 術式は大がかりだし威力は小さいので、古参の魔術師が使用するぐらいだ、どうやらこの時代ではまだエクノ語などの単体の魔術言語は現役のようだ。


 「さてと……」


 朝倉教授は魔方陣の中央に二つの小瓶を置き、魔方陣の四方に先ほどの石を置き始めた。


 「北の太陽、北東の水、南東の火、南の月、南西の土、北西の風……」


 演唱をしながら各所に色の着いた石を置いて行く。


 「光と影、火と水、土と風の精霊において我に真実を伝えよ……」


 バチッと部屋の電灯がショートして明かりが落とされ、その代りテーブルに置かれた木綿の魔方陣から薄らと青白い魔法光が輝きだす。


 「これが魔術言語式か、私の使っている魔術式型よりもきれいじゃないか」


 魔術式の魔術は拳銃の様に発砲光を一瞬フラッシュさせて発動するが、魔術言語式はユラユラと蝋燭が揺れるようにゆっくり広がりながら発動していく。


 私はこの光が今まで使っていた魔術式の光よりもかなり幻想的に見えて感動すら覚えてしまう。


 魔術光が部屋全体に広がりきり真っ白な光の光景が広がる。 そして静かに光源が消えていき、消えていた照明も元通りに明るく部屋を照らし始める。


 部屋全体が電灯が広がる頃と同時に部屋の扉を開けて藤堂さんが一服から戻ってくる。


 「なんかこの部屋の窓から青白い光が漏れていたが、いったいこの部屋で何を行ったんです? まさか魔術というやつですか?」


 どうやら一服していた藤堂さんは外からでも気づくほどの窓から漏れる光に驚いて戻ってきたようだ。


 「ふう……」


 軽く息を付いた朝倉教授は六芒星の中心から小瓶二つを退かして私の前に置いた。


 「どうですか? 何か分かりましたか?」


 分析の結果を急かす私の問いに教授はゆっくりとした口調で答える。


 「まずはこの白い粉なのだが、ヒルヒナン、ベンジルイソキノリン、ルベリンなどの化合物……つまりは麻薬だ。 ただ私の知識のない物質も使われていた。 何かは分からないが……分析している最中、宇宙と月に森のイメージが私を包み、底なしの恐怖を感じる者だったよ」


 「恐怖……ですか?」


 「ああ、この粉を作った人物は人など……いやこの地球ほしに生きる全ての生物を愉悦で殺戮できる狂気を感じ取ったよ」


 彼言うことが本当ならば私は人類以外の種族、異種族や旧神、外なる神の使いがこれを作ったと言うことか?


 しかし何のために彼らは人類にこれをもたらしたのは謎だ。


 「分かりました。 それでもう一つの緑の液体の正体は何ですか」


 「これには人の血、先ほどの白い粉にプランタ……つまりは――」


 「つまりは?」



 「プランタ。 つまり、人の胎盤が使われているんだ」



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