なんだか不安になってきた……
私が座っているベンチの隣の焼鳥の屋台に現れたのは藤堂さんだった。
そして間髪入れずに彼は私の今状況を見て問いかける。
「おい。 何であんた一人なんだ? 古都はどうしたぁ?」
「……」
私は彼の質問に答えるべきかどうか迷った。
まさか”あなたの後輩は摩訶不思議な奇妙な事件に巻き込まれて帝都軍に捕まりました”なんて言えるわけがない。
しかし、これから行く先が不明な上に帝都の地理にも詳しくない私がここを探索するには無理がある。
ならば答えは一つしかあるまい。
「……実は――」
結局の所、私は彼にこれまで起こったことをすべて話すことにした。
これ以上、邪神や異形種の事件に無関係な人間は巻き込みたくはなかったが、悪事ではないが”一度はままよ、二度はよし”という言葉もあるし、それに正直に話したところで藤堂さんが協力してくれるかどうかは私なりの賭けでもある。
「……」
藤堂さんはウンウンと頷きながら露天の店主から出されたガラスコップに入ったお酒を飲みながら私の話を聞いてくれた。
すべてを話し終わる頃には、メイン通りを往来する多数の人は疎らになり、屋台の赤提灯の光が真黒な土道を赤く照らす。
「……とここまでが、今私と古都さんが陥っている状況なんだ。 私ではこの写真の場所は分からないし、それに古都さんだってこのままだと南雲中尉に何をされるか……。 お願いだ藤堂さん協力してもらえないか?」
「……」
私の懇願を聞いた藤堂さんは口を閉じて沈黙する。
普通にこんな話を聞いたら、変な格好の女が訳の分らぬ古ことを言っていると思われて相手にされないと思われるのは自分でもわかっていた。
もしも彼に協力を断られれば地面を這いずり回ってでも写真に写っている人物を探し出さなければならない。
それはそれで仕方がない。
後は野となれ山となれでやるしかない。
彼は右手に持っているガラスコップの中のお酒をグイッと一気に飲み干す。
そして深くため息を吐いたのちに口答する。
「……いいぜ。 協力してやるよ」
「本当か!? ありがとう! 藤堂さん!」
自分の予想と反して協力を得られる答えを貰った私はつい嬉しくなり彼に抱きついた。
「うぉ! ちょっと離れろ!! 分かったから!! それにあんたなんか臭いぞ!!」
「ありがとう! 藤堂さん!! ありがとう!!」
「いい加減離れろぉ!!」
彼の体に抱き着く私を力づくで引き離して、藤堂さんは自分を落ち着かせる為に軽く咳払いをする。
「ごほん。 それで、あんたが預かった写真とやらは?」
「ああ、これだ」
私はメイド服のポケットから氷室博士から預かった写真を彼に手渡す。
すると藤堂さんは写真の表をジッと眺めた後、裏面へひっくりした時に彼の表情が変わる。
「……ん? これは……」
「藤堂さん? 何か見つけたのか?」
「ここを見てくれ」
「どれどれ……これは……」
写真全体をよく見ると写真上部に小さくだが不均等なギザギザの傷があった。 私が見た限りでは自然に朽ちたわけでなくハサミやナイフなどの刃物で人工的に傷を付けれたものだった。
「さっきは暗くて分からなかったが、なぜこんなものが……」
「まぁメッセージってところだろうよ。 この写真の主に宛てた」
「メッセージ?」
「まっ! とにかくだ!」
藤堂さんは立ち上がり、コートのポケットから小銭を出して屋台のカウンター上に置いた。
「オヤジ! 勘定はここに置いとくぞ!」
「へい毎度」
そう店主に告げると藤堂さんは暖簾を潜りツカツカとメイン通りを歩き始める。
「ちょ、ちょっとまってくれ!」
突然の彼の行動に私も慌てて藤堂さんの後を追う。
「な、何か分かったのか? 藤堂さん?」
「まぁな。 とりあえず写真の主に会いに行くぞ」
「会いに行くってこの人が何処にいるか知っているのか?」
「社に居る時に言っただろ? 宛てがあるって」
「……まさかその宛てって」
「ああ、この朝倉教授だ。 それにな――」
私が藤堂さんの顔見た時、彼のはとても鋭い目つきに変わっていた。
「……」
「どうしたんだ? 藤堂さん?」
私の質問に彼は答えず、貧困街に立ち並ぶ小屋から漏れる光や屋台の提灯の明かりが広がるメイン通りを私達は歩き続けた。
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どのくらいあるいだろうか?
貧困街を抜けて帝都へと戻って来た私はただ前を歩く藤堂さんを背中を見つめながら黙って後ろから付いて歩いていた。
沈黙に耐えかねて私は思わず藤堂さんに話しかけた。
「……藤堂さん? これから会いに行く朝倉教授とはどんな人物なんだ?」
「……ん? ああ、一言で言えば変人だな」
「はぁ……変人……?」
「ああ、そうだぁ」
ボリボリと伸ばしっ放しにしている長髪を右手で掻きながら彼はめんどくさそうにそう答えた。
「なんでも、昔は帝都の医学部を首席で卒業した秀才らしいんだが、何がどうなってかは分からんが医学の道をスパッとやめて、今は魔術やら呪いやらを調べるのに凝っているようで、ここしばらくは自室から出てこない。 実際にあんたから預かった銀色をした鍵があったろぉ?」
「そういえばあなたに調べてもらうのに預かってもらったんだったな」
私は路地裏のバトルや小屋での南雲中尉の強襲で、彼に私が持っていた”銀の鍵”のことをすっかり忘れていた。
「俺が鍵のことを調べてもらおうと彼の屋敷を訪ねた時は、彼の執事が応接室まで案内してくれたが、教授は表に顔を出さないで執事が鍵を預かってお引き取りくださいだ。 しかも散々人を待たせておいてだ!」
「そ、そうか。 それはすまなかった」
かなりの時間待たされたのだろう。 藤堂さんは先ほどのめんどくさそうな表情からイライラした顔を私に見せる。
私は彼の態度に少し引き気味な返事をしてしまった。
「けどよ。 本当にあんたの言うとおり”あんた本当に魔術師”とやらなら、オカルトやらに現を抜かしている教授のことだ。 実際に会えるかもしれないな」
「本当か!?」
「あくまで可能性の話だ。 それにもうこんな時間だ。 教授だって寝ているよ」
彼は道に並んでいる街灯の光が当たるところへ立ち、ロングロートのポケットから古ぼけた真鍮色をした懐中時計を取り出しボタンを押して蓋を開いて現在時刻を私に見せた。
時間は夜の9時を回った所だ。
「まだ9時じゃないか。 この時間ならまだ起きているだろう?」
「何言ってんだぁ? もう9時だぞ。 こんな時間まで起きているのは警官か消防士か軍の連中か、後は俺みたいな文屋くらいだぞ。 普通の勤め人だったらもうとっくに寝ちまってるよ。 家に引きこもって変な研究ばかりしている変人に限って、こう言った所は一般人と同じくしたいって願望に駆られているに決まっている」
「それはただのレッテルだろう? あなたがそう思っているだけで寝ているとは限らないじゃないか」
「ふん! そう思いたければそうすればいいさ。 まぁ寝ていたところで古都のことが掛かっているからな。 殴りつけても起きてもらうさ」
「ふふふ。 頼もしい限りだよ 藤堂さん」
藤堂さんはパタリと懐中時計の蓋を閉めてポケットに仕舞おうとした時だ。 少しお酒が入っているせいもあり懐中時計を仕舞い損ねて地面へと落としてしまった。
「おっと」
「いや、私が拾おう」
私が拾い上げて時計をまじまじと見ると、かなり使いこまれているようで所々細かい傷や塗装が剥げて下地が出ているところがある。
裏を見ると”○○年○月 卒業記念 帝都陸軍士官学校”の文字が刻印されている。
「おい! いつまで見てる!」
私の手から強引に懐中時計を奪い取った藤堂さんは捩じり込むように自分のコートの時計を仕舞いこんだ。
「その時計には”陸軍士官学校”って書かれていたが、藤堂さんは陸軍の出身なのか?」
「ふん! ちげぇよ。 これはただの貰い物だ。 変な詮索してないで行くぞ! 時間がねぇんだろぉ!?」
不機嫌になった藤堂さんはそういうとツカツカとぶっきら棒に歩き出した。
「そんなに怒ることないだろ? ちょっと待ってくれよ」
彼に置いてきぼりにならない様に私も藤堂さんの後ろを街灯が灯る道を急いでついてゆく。
藤堂さんについて歩いて行くと、周りの景色が移り変わり古都さんの住んでいるアパートのある下町風の景色とは違い何か高級そうな洋風の家が立ち並ぶ住宅街ある道へと私達は入っていく。
「なにやら高級そうな家ばかりだな」
「ここは軍の高官や政治家、大病院の院長なんかが暮らす宅地だよ」
「ということはここは基本金持ちが暮らしている家々が多いのか。 これから会う教授とやらも結構な資産家なのだろう?」
「いいや」
彼は首を横に振るとコートの内ポケットから煙草とマッチを取り出して、煙草の箱から一本取り出して口に咥え火を付けた。
「元々彼の親がこの辺の地主らしくてな。 終戦の時の土地開発で曾々孫の代まで食っていける資産を得たそうだ。 朝倉教授も教授と名乗っているが、大学に10年居座って成り行きでなったに過ぎないらしい。 彼が教鞭に立つのは気分の乗った時らしいが……」
「なんだか不安になってきた……」
藤堂さんが教授の話をすればするほど、本当に頼っていいのか如何わしくなる材料ばかりで私の気持ちを一層懸念させる。
そして彼は一軒の洋風の家の門の前で歩みを止めた。
「着いたぞ。 ここだ」
「ここが……朝倉教授の家……」
私の目の前に煉瓦造りの黒いトンガリ屋根をした洋風の家というよりも洋館に近い建物がそこにはあった。
教授宅の門は赤い煉瓦作りの塀に木製の大きな扉と隣にここに勤める使用人達が使うのだろう。 小さな木製の扉が設置されている。
藤堂さんは左右の赤い煉瓦で作られた塀の柱の天辺に設置されているガス灯の仄明るい光に照らされた木製の大きな扉に着けられているノッカーを叩く。
ドンドンと彼が鉄金具のノッカーを叩く音が静寂の高級住宅街の夜に木魂する。
少し経ち、門の奥から扉が開く音が鳴りこちらの方へ歩いてきて木製の門に備え付けられているのぞき窓が開く。
「どちら様でしょう……ああ、あなたは先ほどの新聞記者様ですね? どうなさいましたか?」
私の立っている位置からでは相手の目しか見えないが、声から察するに年齢は60歳以上の男性のようだ。
たぶんだが、ここへ来る途中に話に出てきた教授の執事のようだ。
「夜分遅く申し訳ない。 実は取り急ぎ教授にお話ししたいことがございまして、 つきまして教授はもうお休みでしょうか?」
(へぇ……)
私と会話している時と違って、彼の風貌とは似つかわしくない丁寧語で門の向こうにいる執事へ話す藤堂さんに少し驚いたが、彼は申し訳なさそうな敬語で返答を出した。
「申し訳ありません。 教授はすでにお休みでございます。 御用の方は明朝に私目がお伝えいたしますので、今日の所はお引き取り願えますでしょうか?」
藤堂さんの予想通り、朝倉教授はすでに床に就いているようで、要件は執事が明日の朝伝えるとのことだが、それでは間に合わない。
藤堂さんは執事の言葉に食い下がらず続けてこう言った。
「実は教授の研究目標である”魔術”を使える者を連れてきました。 これで教授にお話しして頂けないでしょう?」
「!? 畏まりました。 少しお待ちください」
執事は驚いたようで、少し目を大きく開いて私達に門の前で少し待つように言うと、ピシャリと門ののぞき窓の扉を閉めた。
「藤堂さん。 あなたは実際に教授に会ったことはあるのか?」
「いんや。 俺は実際に会ったことはねぇよ。 顔だって前に岡村が仕入れてきた記事に使う写真で見ただけだよ。 さぁて、上手く行くか……」
そう言うと藤堂さんはコートの内ポケットから煙草とマッチを取り出して再び吸い始める。
「とにかく待つしかないか」
私は煉瓦の塀に寄りかかって執事が出てくるのを待った。
藤堂さんが何本か煙草を吸い終える頃に、塀の奥から扉の開く音がして慌てた足音ともに門ののぞき窓が開かれる。
「教授がお会いになるそうです。 今、門を開けますので少しお離れください」
そういうと執事は大きな門の隣にある小さな木製の扉を開ける。
私と藤堂さんは開錠した扉を潜って教授宅へと足を踏み入れた。