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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
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この声は……

「人の心の研究?」


「そうだ。 君は戦場と言うものを見たことがあるか」


 私はその問い首を横に振り、同じく彼は視線を古都さんへ送るが同じく首を横に振る。



「女性の君達ならそうだろうね。 なら、先の戦争で沢山の心身的消耗者が帰国したことがあるのを知っているか?」


「心身的消耗者?」


「えっと確か社の過去の掲載で目を通したことがあります。 たしか戦闘の恐怖が心の深層心理まで記憶されて、自宅で何もないのに怯えたり、突然、人を襲ってしまった元兵士達ですよね?」


氷室博士は頷いてベット代わりにしている雨戸に腰を下ろした。


「彼らが戦っていたのは周りには赤土と枯れた草に、冬になれば絶対零度が辺りを襲う過酷な北の大地だ。 兵士たちは敵の怒声、飛び交う銃弾、空から降り注ぐ榴弾が彼らの心に恐怖を植え付けた。 そんな戦場など誰も戦いたくはないが、それでも上官の命令があれば彼らは敵陣の前に立って突撃しなければならなかったんだ。 私も当時は衛生兵として前線にいたがとてもひどいものだったよ」


 私が氷室博士の顔見るととても悲しそうな表情をしている。


 実際に私が生まれた時代では戦争なんて教科書の中の話か、海外で起きている紛争を伝えているニュースなど、自分とは無関係な存在だった。


 彼は軽くため息を吐くと口を開いて話を続きをし始める。


「戦争が始まって何か月かすると上の方で休戦協定が結ばれ、戦場に居た兵士たちは母国への帰路へついた。 しかし心身ともに傷ついた彼らを待っていたのは、終わったはずの戦争だったんだ」


戦争後遺症シェル・ショックか」


「そうだ。 多くの者が志願兵だったが彼らは自宅で職場で心の奥まで刻まれてしまった、居ないはずの敵兵や空から降ってくるはずもない榴弾や爆弾の恐怖の記憶が、兵士たちの日常生活を脅かした。 そこで軍上層部はと陸軍実験部隊にある命令を下した」


「それが人の心の研究?」


 博士は頷きベットから立ち上がり机の引き出しから何かを取り出した。


 彼が取り出したのは1枚の写真だったが、私はその写真に身を覚えがあった。


 (あの写真は何処かで……。 そうだあれは!)


 氷室博士が手に持っていたのは陸防基地で、南雲中尉から見せられたモノと同じものだった。


 (なぜ彼がこれを?)


 私の頭をそんな言葉が通り過ぎた。


「この写真は部隊設立の時に撮られた物だ。 私も戦争が終わり大学へ戻ったが、前線経験者ということで軍に呼び戻された。 まぁ実際に僕自身も惨状は見ていたし、今の国のお役にたてればと息巻いていたよ。 ……けれど、研究はなかなか上手くは行かなかった。 最初は国内の軍の最新設備を使って動物実験をしていたが、どれも今まで結果を出すことが出来なかった。 実験の結果が出ないことに焦りを覚え始めた上司たちは、新しく領地化した大陸にあるある村に研究所を写すことを軍上層部へ提案したんだ。 大陸へ移った僕達が行ったのは医療行為というなの人体実験だった」


「まさか……その……研究所って」


「ああ……多分、古都さんの先輩が大陸で取材した場所だろう」


 古都さんは藤堂さんの話を思い出してショックを受けたのか目を見開いて両手で口を押えている。


 彼女もこの手の話は聞いただけで実際にその行為を行った人物に出会ったのは初めてだったのだろう。


「当初村で流行していた疫病を撲滅したことで、村の人達は部外者である僕達を信頼して協力的だったが、彼らに行った精神操作や薬物投与をしたが結果は国内にいるのと変わらなかった。 そんなある時だ。 海の向こうの本国から1人の新しく着任した将校が数人の罪人を連れて研究所にやって来た」


「その将校っていうのはまさか!」


「”南雲 一幸”中尉だ。 中尉はこれからの実験は彼らを使って行うように研究員である僕達に命令をした。その頃には村のいた人間の殆どは実験済みで”材料”の確保に困難していた」


「……材料」


 氷室博士は確かに村の人々を”材料”と言ったが、彼の顔は悲しみの表情を浮かべていた。


 彼は人を物の様に扱うことに抵抗があるように私は感じ取った。


「中尉は彼らは閣下の兵士を騙し国家の転覆を企てた大罪人。 そして、彼らを処刑するのでは無く、最後の国家の奉仕として研究所ここへ連れて来たとこれは彼らに対する温情であると言っていたよ」


「温情だと? あの軍人は何を抜け抜けと」


「僕もあの時はそう思ったよ。 けれどこれも国の為に国民の為、そして戦争後遺症で苦しんでいる元兵士達の為だと、そう自分に言い聞かせて納得するしかなかった。 そして中尉が研究所に持ってきたのは人だけじゃなかった」


「どういうことだ?」


 私がそう質問すると、博士の隣にいた菊恵さんが何を考えているのか、机の下に潜り込んで淳子ねぇがいつも吸っている煙草の箱サイズの木箱を取り出して博士の前に差し出した。


「彼女らにこれを見せてもいいと言うのかい? 菊恵?」


「あー…」


 菊恵さんは小さく頷いた。


「分かったよ」


 博士は木箱を菊恵さんから受け取って上の蓋を取って中身を私達に見せてくれた。


 木箱の中には真っ白な綿が敷き詰められており、箱の中心に真紅の液体の入った親指サイズの小瓶が収められていた。


「わぁ……なんかきれいですね」


 小瓶の中の液体はまるで宝石のような煌めきあったが、透明度はまるでなくまるで真っ赤な血液のようだった。


「これは……」


「これが罪人と一緒に僕達の研究所へ持ってきたものだ。 彼はこれを”血清”と呼んでいたよ。 なんでもある旧友から譲り受けた物らしい。 中尉はこの薬を解析し研究を完成させろと命令をしたんだ。 そこでまずは抜け殻になってしまった村人を実験体にこの薬を投与した。 すると今まで抜け殻だった村人はまるで糸で操っているように僕達の命令道理に行動したんだ。 けれど……」


 急に氷室博士は黙り込んだ。


 私は彼が私達に見せてくれたものは、古都さんは綺麗な赤い液体の入った薬の瓶の様に見ているが、この小瓶の中身に私は見覚えがあった。


 ”支配血清”と呼ばれる秘薬。


 その昔に蛇人間と言われる者達が編み出したとされる物で、心を操り人を意のままに操ることができる妙薬。


私のいた時代でも生成方法は人の間で流通し時折この薬を使った事件が幾つか起きている。


もちろん、私も何度か探索者として事件に参加したことがある。


この薬を使われると投与された人物は操られている間の記憶はなく、使用者の特定にかなりの労力を使う。


なぜなら、この手を相手の意識を支配して犯罪を強要された人間は、投与されて効力が発動すると効果が切れるとそれまでの前後の記憶が欠落してしまう。


自分がいつ、どこで、だれに薬を使われたのかを被害者が覚えていないことで犯人特定が困難となるからだ。


ならば解決するにはどうすればいいか。


それは何度も足を使って情報を取集し、使用の疑いのある魔術師や人間を常に監視して現場を抑えるしか方法がないのだ。


私としてはチマチマした探索は正直苦手だし、何よりも面倒くさいし、あまりこれ系の事件には巻き込まれたくない。


ただし、人を操るこの薬櫃の弱点がある。


少しの沈黙の後、氷室博士は口を重たく開いた。



「けれど、投与されてた人間は10分ほどで元の姿に戻ってしまったんだ。 それは戦場や心の傷ついた兵士たちの役には立たない」



そう今彼が言った通り、この薬の効力が非常に短い。


人の意思を奪い自分の操り人形にするこの薬もそれだけの魔力エーテルをかなり注ぎ込まれて作られている。


故に投与されると、忽ち人間の体内で消化されてしまう。


ならば効力を持続させるために大量に対象の人間に薬を投与すればいいと思うが、薬を大量に投与すると言うことは、大量に自分以外の魔力を体内に入れると言うことになる。


他人の魔力は少量なら体に起こる害は少ない。


その為にこの薬を受けた人間は副作用で記憶が欠如してしまう。


逆に大量に魔力を注がれるとどうなるか?


私が今まで見てきた事例では良くて体の何処かが壊死をして欠落する。


悪くて体の穴という穴から血や体液をまき散らして死に至る。


これから対象を操ろうと言うのに死んでしまっては元も来ない。


その上、薬を投与するにも人によって量が異なるために調整が難しい。


先ほど私が何度か事件に参加したことがあると言ったが、現在ではこの薬を使われた事件は稀だったし、捕まえた時の犯人は半数は相手の体調の情報を知っていた医者が多かった。


薬を使う魔術師も操るつもりが、魔道具マジックアイテムを使って人を殺したとなると、協会からの狩人イェーガーに追われ粛清の対象になる。


それだけ”支配血清”を使うと言うことはかなりのリスクを伴うことなんだ。



「そこで僕達はこの薬を元にありとあらゆる科学物質や漢方などを調合し、効力を伸ばすことには成功したが、それでも1時間が関の山だった。 我々が研究に煮詰まっている時、研究所にある1人の男が訪れてきた」


「男?」


「ああ、夏手前だと言うに、彼はハット帽を深々と被り、ロングコートで顔までは良くは見えなかったが上から下まで真黒な服装をしていたよ。 男は南雲中尉の古い友人と名乗って一つの瓶を僕達の前に取り出した。 それは雪の様に白く所々キラキラした光を発する粉だった。 彼はこれで研究が完成するだけ言い残すとこれを置いて研究所を立ち去った」


「白い……粉……」


「その粉を”支配血清”に調合すると忽ち効力は今までの10倍以上に飛躍的に倍増したよ。 しかし副作用もあった投与された最初の村人は効力が切れると手の付けられないほどの鬼に変貌して村の自分の家族に襲い掛かった。 通報を受けた研究所を護衛している兵士が五人がかりで取り押さえたが、力が強く押さえつけられず、緊急処置として拳銃を使ったが急所や頭に命中したにも関わらず村人は暴れ続けた。そしてしばらく暴れたのちに投与された人間は死んだ」


博士の話を聞いて私は1つのことを彼に聞いた。


「博士。 その時に村人は目を赤く光らせたりしていなかったか?」


私の投げかけたこの質問に博士は即答した。


「ああ、血に飢えた獣の様に目はギラギラ光っていたよ」


「実際に現場は見たのか?」


「いや僕は研究員だからね。 こういったことは兵士達の仕事だし、僕はただその後の話を聞いただけだよ」


どうやらその男が研究所に持ち込んだと言うのは、何かしらの魔力エーテル効果を促進させる物質だろう。


しかし、私のいる時代では魔力エーテルの効果を増大させるには日々の鍛練を積むか、もしくはリスク承知で魔術書を読むしかない。


私の知らない失われた魔術ロストマジックだと言うのだろうか。


こんな時に淳子ねぇが居れば何かしら助言がもらえるのだけれど、彼女のいないこの時代で無いもの強請りをしても仕方ない。


「博士もう一つ質問なのだけれど、村人が襲った家族も同様に暴れだしたんじゃないのか?」


「その通りだ。 村人が死んで間もなく彼によって殺された家族も同じように鬼となって暴れたが、兵士の応戦によって死んでいったらしい」


「死んだ家族もですか?」


古都さんも不思議そうな顔して博士に話しかけた。


 「そうだ。 ただ最初の村人と違って銃の効力があったおかげでその場で倒れ込んで動かなくなったそうだ。 けれど彼らを倒すのに小銃では火力が足らずに機関銃を使用したようだけどね」


 「待ってくれ! 死体は”白い粉末”になって死んだんじゃないのか?」


 私の言葉に彼は首を横に振った。


 「いいや。 そんなことはなかったよ。 事件の後で死体を見たが機関銃が使われたことで、体の至る所が欠損して肉の塊になっていたよ。 今思い出しても気分が悪くなる」


 「………」


 この事例は私が昨晩襲った兵士と同じだが、前にも話をしたと思うけど私の知っている死食鬼グールの情報と異なる。


 けれど、この国で起きている事件はその薬が原因だと言うのは明白だ。


 「この薬では使い物にならないと考えた僕は何とか副作用を取り除く研究を始めたんだ。 そして幾日かのち副作用を薄めることには成功してそれを自分の上司に報告をしたんだ。 しかし彼は自分の研究所の私室で首を吊って死んでいた」


 「死んでいた? 私は南雲中尉からあなたが研究所の人間を皆殺しにしたって聞いたよ?」


 「僕が殺しただって!?」


 「違うのか? じゃあ彼はそんなことを私に言ったんだ?」


 「それは分からない。 あの時は僕は兵士に促されて研究データと薬を鞄に詰めて、菊恵を連れて逃げて来たんだ。 賊が侵入したって」


 分からない。


 何で彼の上司は首を吊っていたのだ。


 賊が侵入したらな兵士に保護してもらえば良いだけの話で自分が死ぬ必要はない。


 それにどうして南雲中尉は私に彼が研究所の研究員を皆殺しにしたと私に伝えたんだ。


 分からない。


 分からない。


 彼の話を聞いて色々な憶測が頭を巡った時だ。


 『突入!!』


 突然の号令と共に入口の暖簾をかき分けて何人かの武装した兵士が私達が居る小屋へと押し寄せた。


 「わっ!」


 「きゃー!」


 「くっ!」


 博士は驚いて壁に張り付き、古都さんも驚きのあまり悲鳴を上げる。


 「あー…」


 菊恵さんは状況が理解しているのかしていないのか、相変わらずの態度でボーっとしている。


 こっちの状況などお構いなしに兵士たちは私達を囲むようにライフルの銃口をこちらに向ける。


 「やれやれ、”スパイ”を付けて置いて正解だったよ」


 「この声は……」


 聞き覚えのある男性の声に私は入口から入ってきた人物をキッと睨み付ける。


 白い軍帽に白い軍服。


 そして忘れもしないあの顔の若い将校がそこに立っていた。


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