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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
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……そうだな。信じよう

古都さんは編集部から廊下へ飛び出して対面にある部屋の扉に入っていった。

 私がふっとドアの上についているプレートを見ると”給湯室”と書かれている。


 「ここに古都さんの先輩が?」


 なぜこんな所で仮眠を?っという疑問で首を傾げたが、私も給湯室のドアに開けた。


 部屋に入ると人が一人通れるくらいのスペースとシンクとコンロ、コンロの上には真鍮色のヤカンが乗っている。


 その狭い通路の間に黒茶色のトレンチコートを毛布代わりに長髪で顔には無精ひげを生やし瞑り目顔の年齢が20代後半くらいの男性が横になっている。


 「先輩! こんなところで寝てると風邪ひいちゃいますよ!!」


 古都さんはその人物に駆け寄って体を揺すって声をかける。


 「……ん? あぁ……古都……か……」


 彼女が起こした人物は気怠そうに体を起こして、ボリボリと頭を掻いてコートの内ポケットからマッチと煙草を取り出し、煙草を一本を口に咥えるとマッチを擦って火をつけた。


 「……あぁぁ、今何時だ?」


 「えっとですね」


 古都さんが自分のポケットから時計を取り出し、時間を確認すると彼に伝える。


 「今昼の1時を過ぎたくらいですよ」


 「そうか……寝すぎたな……」


 男性は時間を聞きて自分の周りを確認するように見回していたが、私の姿が目に入った途端ぴたりと動きを止めた。


 「なんだぁ古都? いつからお前は女給なんてもんを連れて歩くようになったんだ?」


 「違いますよ~! 彼女は私の知人ですよ。 ”藤堂先輩”!」


 どうやら私を女給呼ばわりしたこの人物は藤堂と言うらしい。


 「んぁあ、そらぁ悪かったな……」


 「そんなことより先輩! いつ大陸から戻ってきたんですか? それに向こうに言ってから便りの1つもださないで!」


 この藤堂という人物は彼の連絡のしなささに怒る古都さんをめんどくさそうな態度で自分の後頭部をガリガリ掻く。


 「うるせぇな。 今日の朝便で帰ってきたばかりだよ。 それに向こうからこっちまで取材の書類整理をしながら来たらあんまり寝てねぇんだよ」


 「だからって!! 電話の1つくらいしてもいいじゃないですか! 相変わらずズボラなんだから!!」


 「仕方ねぇだろう。 大陸は内戦にテロであっちもこっちも死体と瓦礫だらけだ。 電話なんざ満国の軍隊くらいしか持ってねぇよ」


 彼はかったるそうに古都さんの話を聞き流しながら煙草を吹かしているが、何を思ったのか今度はジッと私の方に顔向ける。


 「ところで古都よぉ? こんなふざけた格好の奴を連れてきてるってことは、お前何か首突っ込んでのか?」


 古都さんは彼にそう言われると私の方に顔向けた。


 「う~ん。 あの時は編集長の手前あんなことを言ってましたけど、本当に今朝の事件のこと何か知っているんですか? 須藤さん」


 「ああ、実は――」


 私は昨晩の出来事を魔術のことを伏せて彼女たちに話をした。


 藤堂という古都さんの先輩は、給湯室の床に転がっていた缶詰の空き缶に煙草を押し付けて消す。


 「んじゃぁ何か? このじょ……」


 「んんっ!!」


 私が”女給”というフレーズを口にする前に咳払いをすると、彼も気が付いたのは少し言葉を詰まらせる。


 「この須藤さんがぁ、今朝起きた軍人の首なし死体は、実は昨晩の時点で死んでいてだ。 しかもその死体がいきなり動き出してあの橋の下で力尽きたってことかぁ?」


 「そんなありえないですよ。 須藤さん、死体が勝手に動き出すなんて」


 私の話が彼女には冗談に聞こえたようだったが、藤堂さんは何か思い当たることがあるのか無精髭の生えた顎に手を当てて考え事をしていた。


 その彼の態度が気になったのか古都さんが声をかける。


 「先輩? 何か思い当たることでもあるんですか?」


 「いやな。 実は向こうで聞いた話なんだが、大陸の方でも半年前くらいに死んだはずの人間が復活して人を襲ったって噂を聞いたんだ」


 「それは本当か? 藤堂さん」


 私が彼に詰め寄って顔を近づけると、藤堂さんは私の顔グイッと手で退ける。


 「ええぃ! 近いんだよ!」

 

 「ああ。 すまない」


 私が顔を退けると彼は再び懐から煙草を取り出して火をつけて一口吸い込んで話し始めた。


 「まぁこれは俺が満国との間にある村を取材している時に医療施設がある村の話を聞きつけたんだ。 そこの村では軍の医療


施設が村はずれに建てられていて、村の住民は無料でその施設から医療を受けられることだった。 他の町や村の内乱のネタに


飽きていた俺はその医療施設を取材して何かお涙頂戴的な記事を書こうとその村に足を運んだ。 だが、いざその村に着いてみ


ると村人はどいつもこいつも死んだ魚の目をしていやがる。 確かにその村から立派な病院のような施設は見えたけどな。 す


まんが古都、お茶を一杯くれ」


 「分かりました。 須藤さんは?」


 「私も頂こう」


 古都さんはコンロの上のヤカンに水を入れて火をつけて、戸棚から茶葉や急須きゅうすなどを取り出してお茶を入れる準備を始める。


 その間に彼は話を続けた。


 「村では朝一番に幌に赤十字を付けたトラックが施設から来て、村人を何人か乗せて走っていって、夕方には村人を乗せて戻ってくる。 戻ってきた村人は朝は気の抜けた顔をしていたのに戻ってきたときにはニコニコ子供の様に笑っていやがるんだ」


 「治療を受けられたからじゃないのか?」


 「俺も最初そう思ったよ。 でも実際に施設を調べたがうさん臭くてな、実際近くに行って見て回ったが建物の周りを鉄格子で固めて、武装した兵士や機関砲に対空砲まであったよ。 あれじゃまるで病院じゃなくて要塞だ」


 彼は深く煙草を吹かすと話の続きをし始める。


 「そして次の日連れて行かれた連中は今度は泣きながら戻ってきたんだよ。 子供の様にな」


 「泣きながら?」


 「あぁそうだぁ。 次の日も次の日も次の日も連れて行かれて戻ってきた奴らは喜怒哀楽の表情で帰ってきやがる。そうして


いる間、俺は村の村長と名乗る老人に話を聞くことができたんだ。 この老人は他の村人と違って無気力でも感情が極端でも無


くてまさに常人と言った感じだったよ。 なんでもあの施設ができる前までこの村は疫病に犯されていたが軍のある偉い先生が


村の酷い現状を見て病院施設を兼ねた施設を作ったそうだ。 それから疫病は軍から支給された薬や治療によって駆逐されたて


村に平和が戻ったように見えた……が、今度は定期健診と言って軍が村人を施設に連れて行くようになったらしい」


 「……」


 彼が話をしている途中、古都さんがお茶を入れた湯呑を私達に手渡した。


 「先輩、須藤さんどうぞ」


 「おぅ。 すまんな」


 「ありがとう古都さん」


 受け取ったお茶を一啜りするとやっぱりものすごく味が薄い。

 

 どうやらこの時代のお茶は薄く入れるのが通例のようだ。


 私のそんなことが頭に浮かんだが、彼は話を続ける。


 「ふぅ。 まぁ細かい話は端折るが、ある日いつもの様に連れて行かれた村人の一人が夜中に苦しみだして死んだ。 もともと心臓が悪かったらしいが、最後の別れをしに彼の家に来ていた友人やそこに住む家族をベットから突然復活して襲い始めた。 すぐに施設から軍の鎮圧部隊が来て鎮圧されたが、家から連れ出される時に他の家族や友人も腕や首を引き千切られた状態なのに獣の様にもがいていたそうだ」


 「ありえないですよ! だって普通は首が千切れていたら致命傷で死んでますよ!」


 「そうなぁんだけどよ。 俺が村長から聞いた話だとそんな猟奇的怪奇的な事件が起きたんだとよ。 なんでも偶然家の中を覗いてた村人がそいつが目を赤く光らせて襲っているのをみたらしいが、どこまで本当かわからん」


 彼の話に合点がいかないのか古都さんがツッコミを入れたが、藤堂さんは逆に茶化されたと感じ不機嫌そうに煙草を吹かす。


 だが、彼の話した内容を考えるにおそらくだが、特徴的な人食いと赤い目。


 その村人は死食鬼グール化したと見た方がいいだろう。


 「だって、だって、だって! おかしいですよ。 その人は死んだんですよね? ならなんでいきなり蘇ったりするんですか? まずそこからして非科学的だし、第一そんなこと現実問題としてありえないですよ。 どこかの怪奇小説ならとにかく――」


 「ああああ!! うるせぇなぁ!!」


 次々と藤堂さんに質問をぶつけまくる古都さんを彼は一喝する。

 

 「ったく俺もその後すぐそこの村から別の都市に向かっている途中で問題の軍施設が閉鎖になったって話は耳にしたよ。 結局の所村人かれらに何をしていたのかは分からず仕舞いだよ。まったくカストロかサブカルの取材している気分だったよ。 お前ときたら気になることがあるととすぐに熱くなりやがる」


 そう彼に言われると古都さんはヒートアップした感情をまるで氷水でも掛けられたようにシュンっと落ち込む。


 「あぅ……すみません……」


 「まったくお前の悪い癖だ。 まぁ話はこんなところだ。 どうしたんだ須藤さん?」


 彼の話を聞いて考え事をしていた私を見透かしたように藤堂さんは言葉を投げかける。


 「……貴方の話を聞いているとまるで軍が村人を使って人体実験をしているように聞こえるのだけれど?」


 「聞こえるじゃなくて実際そうだろうなぁ」


 彼は少し難しい表情をして軽くため息を吐いた。


 「共和国うち大陸となりと戦争していたからな。 勝った国がその国を占領したらな住んでいる奴らなんざ好き勝手にできるのが世の中ってやつだよ」


 「それじゃ人道的に国際批判を受けるだろう?」


 「んなもん。 前の戦争の時の条約であって平和になったら鼻紙同然で知ったこっちゃない。 それにどんなにそこで残虐で冷酷で非人道的なことでも連中に利益や損害を与えなきゃ見て見ぬふりしているのさ」


 「そんなの私は納得できません」


 古都さんはまだ納得しないようで、頬を膨らませて不機嫌そうだ。


 「それにこんな格好のネタ他の記者たちが黙っているわけがないじゃないですか! なぜみんなそれを記事にしないんですか!」


 藤堂さんはヤレヤレと言う感じで後頭部を2.3回掻くと彼女にこう答えた。


 「そんなこと御上の方からストップが掛かるのは分かりきっているだろうがぁ、それに国家レベルのスキャンダルを書いた日にゃ憲兵が素っ飛んでくるぞ。 自分の命が幾つあっても足りねーよ。 お前はそこまでの覚悟があるのか?」


 「ありますよ!! たとえこの命が尽きようとも真実を白日の元へ出すのが新聞記者ジャーナリストです!」


 命が関わるとはいえ、彼女の仕事への情熱は本物の様に感じ取れた。


 だけどその様な記事を書いただけで命の危険に晒されるなんて、時代のズレを感じている私も不可解な気持ちになる。


 「まぁそれでもサブカルの連中に情報渡してやろうと思ったのに、デスクにいやがらねーからここでふて寝してたのもあるけどな」


 「えっ! 岡村さんいないんですか!?」


 彼女の驚愕の顔に私はまた面倒なことになりそうだと予感した。


 「古都さんその人が?」


 「はい。 さっき話してた先輩に紹介してもらうと思っていたオカルト関連の記者です。 えっと岡村さん何処に行ったか知りませんか?」


 「ああ、それなら」


 藤堂さんは少し上を向いてその人の行方を思い出す。


 「確か欧州魔術の取材に独国に出張してるみたいだぞ。 しばらくは帰ってこないってサブカルの編集長が話していたからな」


 「そ、そんな」


 折角”銀の鍵”の使い方についてわかると少しは帰る手掛かりがつかめると思ったのに。


 当てが外れてしまい私はガクッと肩を落とした。


 「なんだそこのねぇちゃんが用事があったのか」


 「いや居なければ仕方がないさ。 他を当たることにするよ」


 「俺はそこら辺はさっぱりだが、オカルトなんて非科学的なことであんた何を調べてるんだ?」


 「……」


 私はポケットから銀の鍵を彼に差し出した。

 鍵を受け取り藤堂さんは頭をボリボリ掻きながら、古都さんは目を輝かせながらそれを凝視する。


 「綺麗な鍵ですね!!」


 「ふ~ん、これがあんたが調べてるものかぁ?」


 彼の質問に私は静かに頷く。


 「事情は言えないが、私はこれの使い方について調べているんだ」


 「これって家の鍵じゃないんですか?」


 頭の上に?マークが浮かんでいる古都さんを余所に、じろじろ鍵を見ていた藤堂さんが口を開ける。


 「まぁ確かにこいつは俺の専門外だが、この鍵預かれるなら別の知り合いにもっと詳しいのがいるからそいつに聞いてみるけどよ? どうするよ?」


 この質問に私はすぐに答えを出さなかった。

 

 彼が手にしている銀の鍵は私が自分の時代へ帰るための大事な魔道具マジックアイテムだ。


 ここで彼を信用して預けてよいものだろうか?


 しかし、この時代に魔術関連の知り合いも、ましてや自力で鍵を使うことなどほぼ絶望的だ。


 「…………」

 

 「須藤さん、須藤さん」


 私が悩んでいると古都さんが小さな声で耳打ちをしてきた。


 「藤堂先輩は見た目はああですけど、人からの約束は絶対に破ったことがない人なんです。 それは私が保証しますよ」


 「……古都さん。 わかったよ」


 「じゃあ決まりだ」


 そう言うと藤堂さんは銀の鍵を自分のトレンチコートの右ポケットに仕舞う。


 「今日は無理だが、明日の夕方には何かしらの回答は貰ってくるよ」


 「初対面ですまないけどお願いします」


 「なぁに、うちの後輩が世話になったんだ。 なら先輩としては当然だろ。 さてと」


 彼は立ち上がると給湯室の扉から外へと出ていく。


 「大丈夫ですよ!! 先輩なら絶対何か掴んできますから!!」


 「……そうだな。信じよう」


 

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