君がそんな意思がなくてもすでに君は巻き込まれているのさ!!
待合所の扉を出てから玄関へ向かい2階へと上がる階段を私の前にいる兵士は黙って上がっていく。
コツコツと階段を兵士の軍靴と私の革靴音がコンクリートの壁に反響して建物全体に木魂する。
階段を上りきってT字の廊下を右へ兵士は曲がり私も彼について行く。
廊下は右手側ににいくつも扉が並び、左手側には引き戸のガラス窓が奥まで続いてる。
兵士に案内される中、ふとガラス窓から外を見下ろすと先ほどの兵士達がランニングや格闘技の訓練などをしているのが見える。
(……静かだな)
外と打って変わりこの指令所の静けさに違和感を覚えつつも私は案内役の兵士に導かれるまま後ろを歩いて行く。
そうして階段から数えて5番目の扉の前で兵士は立ち止まりドアをノックする。
「南雲中尉、先ほどお見えになったお客人をお連れしました」
兵士がそう言うとドアの中から”入れ”という声が返ってきて兵士は”失礼します”と掛け声とともに扉を開けた。
兵士と共に部屋の中に入ると、そこには帽子は取っているがあの夜に出会った白い軍服を着た南雲中尉が部屋の奥の木製の高級そうな机で何やら書類整理をしていた。
「栗原一等兵、南雲中尉の命によりお客人をここまでお連れしました!」
兵士はピシッとした敬礼で南雲中尉に報告をし、彼は”ごくろう”と案内役の兵士を労う。
「では!失礼します!!」
私を案内した兵士はそう言って一礼すると、くるりと後ろを向いて部屋を出て行った。
「態々こんなところでお呼び立てして申し訳ない。 見ての通り書類が溜まっていてね仕事を続けながら君の話を聞かなければならないのを許してほしい」
「いや、別にかまわないさ」
「そんな所に立っていてはなんだから、良ければ掛けてくれ」
彼は部屋の中央にある応接室とかにありそうなテーブルにソファーがあり、そのソファーに座るように私に促した。
「では、昨日の話をもう一度詳しく教えてくれないか?」
「ああ」
私はトイレで古都さんのアパートを出ていたこと、アパートの玄関に蹲っていた男が兵士が声をかけた逃亡して追いかけた兵士の悲鳴が聞こえたこと、そしてその兵士が同僚を殺害したことを話した。
「なるほど、じゃあ君はその行方不明だった我軍の兵士が突如として現れて、そして常人では考えられない力で同僚の兵士を殺したというのだね?」
「その通りだ。 あの時の兵士はまるで同僚を殺すのを楽しんでいるように見えたよ」
「そうか。 なら君のそのアパートで蹲っていた男はどうしたんだ?」
「彼なら兵士の首が引きちぎられた時に飛び散った血を浴びて半狂乱で逃げて行ったよ」
私がそう答えると南雲中尉は少し考え事をし始めたが、すぐに質問を私に投げかける。
「やはり疑問だが、そんな状況で何で君は助かったんだ? 見たところ君のような女性が生還できるとはとても思えない」
やっぱりと言うよりも必然と言った方がいいだろう。
確かに彼に話したここまでの話では、あの時に使った魔術の話は一切していない。
故に彼にはこの話に矛盾が生じているはずだ。
何でこのふざけた格好の女が助かったんだと。
「さぁなんでだろうね? 偶々運よく助かっただけだよ」
「はぐらかすな。 話を聞いただけの状況だとただの強運で乗り越えられる様な状況じゃない」
「なら私も聞きたい。 並みの軍人ならこんな格好をしている私の話を与太話と言って聞くことはまずないし、あなたの信じようを見るにまるで私の遭遇した現場を見てきたように思えるけど?」
「……」
私の返し質問に彼は私から視線を逸らして口ごもった。
そしてしばらくの沈黙の後に小さくため息をついた。
「はぁ……確かに私は君があの兵士と戦っている現場に居合わせたよ。 それに君が不思議な力で彼を撃退したのこの目で見た。 あの時君が使った謎の力に興味がわいてここへ呼んだんだよ」
「私の魔術を見たのか……」
「魔術?」
私は”あっ”と小さく声に出した。
ついポツリと魔術のことを呟いてしまったのは自分でも間抜け以外何物でもない。
「魔術ということは君は魔術師なのか?」
「……ああ、そうだよ」
ここまで来たら誤魔化すのはほぼ無理だと悟った私は素直に自分が魔術師だということを打ち明けた。
「そうか。 なら話は早い」
彼は机から立ち上がるとゆっくりと私と直線状になる様に2メートルほど距離を取って部屋に立った。
そして、いきなり南雲中尉は腰につけている拳銃を抜いて私に標準を向けた。
「!!」
私が彼の行動に気づいたのと同時に南雲中尉は手に持っている拳銃の引き金を引く。
”ぱーん”っと甲高い音と同時にポケットに手を突っ込み栞を取り出し前にかざす。
かざした栞は魔術式を発行させて光の盾を出現させて、”チュン!”と音が鳴り放たれた弾丸は盾に弾かれて部屋の天井へとめり込んだ。
「中尉!! どうかされましたか!!」
扉を”ドン”と開けて先ほどの案内してくれた兵士が銃片手に部屋に踏み込んでくる。
「いや、済まない。私の不注意で銃が暴発してしまってね。 誰も怪我をしてなくてよかった」
飛び込んできた兵士に南雲中尉は淡々と兵士にそう言った。
「手間をかけてたね。 下がってくれ」
「ハッ!」
兵士は中尉に敬礼すると再び部屋を後にする。
「彼は持ち場に戻ったんじゃないのか?」
「初めて会うんだ。 要人に越したことはない。それに――」
「それに?」
彼は拳銃をホルスターにしまいこう言った。
「君の力を確かめてみたかった。 確かにこれは人知を超えた力のようだ」
「だからっていきなり銃を撃つことはないだろう? 当たってしまったらどうするんだ?」
「昨晩の君を見る限りではそんなヘマはしないと思っていたからね。 これぐらいどうにかするだろうと思っていたさ」
「それは恐縮だ。 なら私に魔術を教えてくれた人はこう言っていたよ。 やられたやり返さないといけないと」
私が南雲中尉の足元に視線を送ると、彼もそれに気づいて視線を落とす。
彼の足もとには魔術式の書かれた栞が一枚落ちている。
「ここで私が指を鳴らしたらどうなるか……わかるよね?」
南雲中尉はキョトンとした表情を見せるが、すぐに腹を抱えて笑い出した。
「……ぷっ! あははははは、これは一本取られたいつの間にこんな仕掛けを?」
「な~に子供でもわかる簡単な方法だよ。 あなたが私の盾に視線が向いている間にポケットからもう1枚栞を出して間抜けな中尉の足元に滑り込ましただけだよ」
「ははは。 なるほど、確かに子供でも分かる仕掛けだ」
私の説明を聞いて彼はさらに笑っていたが、気が済んだのか自分の座っていた机へと戻っていく。
「こんなに笑ったのは久しぶりだ。 やはり君は私の思った通りの人物だよ」
「それはどうも。 ところでもう私に用事がないのならそろそろ帰るが? 人も待たせているしね」
「いや、あと一つだけ」
そういうと彼は机に腸肘をついて顔の前で手を組み真剣な表情で話し始める。
「君はこの帝都で起こっている連続通り魔事件を知っているか?」
私はこの問いに”コクリ”頷く。
「ならこの事件が警察の介入を軍が拒否していることは?」
その問いについても私は頷いて答えた。
「よろしい。 我々陸軍はこの事件の発端の人物を探している」
彼はそう言うと机の引き出しから1枚の白黒写真を取り出し机の上に置いた。
私が彼の座っている机に近づいて写真を手に取ると、それはどこかの集合写真のようで木製の建物の前に6人の年齢がさまざまな白衣を着た男と1人のエプロンを着て蝶の髪飾りをつけた10代後半くらいの女性がそこに写されていた。
「この右から2番目の男だ」
彼の指示したところには、年齢が30代~40代くらいで、丸いメガネを掛けた細身の男性が写っている。
「彼は”氷室 義男”博士。 隣の大陸である研究をしていた人物だ」
「ある研究?」
「そうだ」
彼は徐に席を立って後ろの窓辺に立ち外を見ながら話を続ける。
「だが、実験は成功しいくつかの試験体を作ったが、突然氷室博士は同僚の研究員と視察に来ていた将校を殺害して研究所から姿を消した」
「なぜ彼はそんなことを?」
この問いに彼は顔を左右に振った。
「それは分からない。 ただ分かっているのは彼らを殺して大陸からこの共和国行きの船に乗ったと言うことだけだ」
「それで? 私にこの話を聞かせてどうしようというんだ?」
「君にはその不思議な力を使って彼の”捕縛”の手伝いをしてほしい。 もし拒否するようなら……」
南雲中尉は指をパチンと鳴らすと、部屋の扉が乱暴に開けられて武装した数人の兵士が私を取り囲みライフルや拳銃を私に突きつけた。
私はぐるりと視線を回し軽くため息をついた。
「拒否権はないってことか? いいのか? 私が術を使って強引にでもここから脱出するって方法も取れるかも知れないのに?」
「そのことに関しては問題はない。 あなたは術を無闇に使ったりすることはない。 むしろ術が使えることを隠そうとする気合いがある」
どうやら私との会話で私自身が魔術を使うのを隠すのを感じ取ったようだ。
昨日の喫茶店での兵士達とは違い、彼は多少頭が切れるようだ。
南雲中尉は窓辺から取り囲んでいる兵士たちのところへ向かい兵士たちもそれを認識したのか彼の為に道を開けて私の前に南雲中尉が立つ。
「氷室博士は全国を逃げ回り、2週間前からこの帝都に潜伏しているという情報が入ってきている。 何人かの兵士が彼の姿を見つけることが来たが追跡した彼らは無残な死体で見つかっている。 我々は彼に対抗する手段を持たないのだよ」
「だから? 私に力を貸せ……と?」
「何、悪いようにはしないさ。 彼を捕縛した謝礼も出すつもりだ。 ただ先ほど話したことは軍事機密だ。 まだ新聞社にも公開していない」
「じゃあ、このことは誰にも話さずに1人で調査をしろと? 無理だろう? 私はまだこの帝都に来たばかりで右も左も分からないのだから」
「そこはうまく考えたまえよ。 さぁお客様がお帰りだ」
そう言うと私を囲んでいた兵士の一人が左脇から私の肩を掴んで外へ出そうとする。
私は掴んだ兵士を横目で睨み指をパチンと指を鳴らす。
指を鳴らしたことで先ほどの床に放っておいた栞に魔術式が発動し、光の杭が出現する。
「うががぁぁぁぁ!!」
顕現した杭は床から弾丸以上の速さで兵士の肩に食い込んで兵士ごとドアの右横の壁に突き刺さる。
「あああああ!! 肩が!! 俺の肩が!!」
杭に貫かれた激痛に子供の様に泣きじゃくる兵士。
その彼の姿を見た兵士たちは皆恐怖の表情を出し動揺が感染する。
「私は承諾はしていないし、するつもりもない」
強引に物事を進めようする彼らに怒りの眼差しを送るが、この状況に飲まれていない人物が1人だけいた。
「さすがだ。この人数で考も仕掛けてくるとは」
南雲中尉は自分の部下が攻撃されたにもかかわらず、冷ややかに冷静に沈着な態度を示した。
「ふん! 悪いがこちらから出て行かせてもらうよ。 送りは結構だ」
振り返りドアの方へ向かう途中、兵士たちは得体のしれない力を使った恐ろしい化物でも見るような目で私を見た。
(だから人間は……)
ドアの前についてチラリと右を見ると私が吹っ飛ばした兵士がまだギャアギャア叫んでいる。
「ふん!」
もう一度指をパチンと鳴らし杭を消滅させる。
突き刺さっていた杭が無くなり兵士はドスンと力なく床へと落ち負傷した肩を抑えながら小さく蹲る。
「では、失礼する」
私が部屋を出て扉を閉める瞬間、南雲中尉は大声で叫ぶ。
「君がそんな意思がなくてもすでに君は巻き込まれているのさ!!」
「……」
私は無言でそのままドアを閉めて古都さんの待つ待合所へ足を運んだ。