これでもっと空がきれいだったよかったんだけどな
「民間人は外出禁止令が出ているはずだ」
若い将校は軍刀に手を掛けてこちらへと歩いて近づいてくる。
「……ん? 君は昼間の茶店での――」
どうやら、私の姿を見て喫茶店でのことを思い出したようで、少し驚いた表情をしたが、すぐに厳しい軍人の表情に戻した。
「こんなところで何をやっているんだ? 民間人の夜間外出は禁止しているはずだが?」
「それは――」
私はここで起きたことを時間が戻ったことを除いてこの若い将校に説明をする。
「――ということなんだ」
「……ふむ」
この人は他の軍人と違い、話を一通り聞き終わると何やら考え事をし始めたが、何やら結論を出したのか、先ほどは違い軍人のような威厳のある態度でなく、友人にでも話しかけるような態度で私に話す。
「それは大変だったね。 見たところかなり召し物が昼間と違ってボロボロだが怪我とはないかい?」
「いいや大丈夫だ。 見た目はだいぶボロイが”自分の肌”のように健全だよ」
まぁ実際は脱ぎたくても脱げないのは現状で、さらに広場とこの死食鬼との戦闘で、ゴミ箱で汚れたメイド服はさらにみすぼらしいナリになっている。
「とにかくだ。 この話は他の誰かに喋ったか?」
「いいや。 この事が起きてから出会った人は君が初めてだよ」
「そうか」
若い将校は自分の軍服の上着の内ポケットから名刺を1枚私に差し出して来た。
「帝都陸軍 ”南雲 一幸”?」
「それが私の名前だ。 階級は中尉になる。 もっと詳しい話を聞きたいので、明日何時でもいいから帝都防衛基地の私の所まで来てくれ」
「それはいいが、私はこの辺の地理には疎くて……」
「心配はしなくて大丈夫だ。 帝防基地と言えば帝都に住んでいる者なら誰でも場所は知っている。 基地に着いたらその名刺を窓口にいる職員に見せれば私の部屋まで案内してくれる」
南雲中尉はそういうと、現場に残っている死食鬼化した軍人の服と装備を拾うと車の中へ入れる。
「では明日、お待ちしている」
「待ってくれ。 私はまだ行くとは――」
彼はそれだけ私に言うと、車に乗ってUターンをしてきた道を戻っていった。
名刺を持ってただそれを見送った私はおそらくも望月君が見れば笑われてしまうだろうな。
「……行くしかないか」
私は頭をボリボリ少し掻いて、古都さんのアパートへと戻っていった。
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翌日
「えっと!! あーあれも!! これも持って!!」
ドタバタと動く足音と古都さんの声で私は目を覚ました。
「…………ん」
「あ! おはようございます!」
騒がしく身支度をしている彼女は畳の上で不細工な表情をしているだろう寝起きの私に挨拶をするが、普段、朝に弱い為まだ頭の中がぼーっとする。
「……おはよう……ございます……」
「ごめんなさい須藤さん騒がしくしてしまって。 私これから出かけないといけないので!」
忙しく彼女はワンショルダーのバックにカメラやフィルム、ペンやメモなどを入れて出かける準備をしていた。
「……何かあったのか?」
「実はアパートの電話に社連絡があって、どうやら須藤さんと会った川で死体が発見されたみたいなんですよ」
「……死体?」
「ええ、それも”首が引き千切られて”死んでいたみたいなんです!!」
「首が……引き千切られ――」
彼女のこの言葉に私は昨日の死食鬼を思い出して霞のかかった頭が一気に晴れていく。
「古都さん。 私もそれに同行してもいいかな? あなたの仕事の邪魔は絶対にしないから」
私のこの提案に彼女は少しキョトンとした表情をしていたが、すぐに承諾してくれた。
「構いませんよ。 ただ、朝ごはん食べられなくなっても知りませんよ!」
「そこら辺は慣れているから大丈夫だ」
「?」
今更、人の死体の1つや2つなど探索者の仕事をしていれば珍しくもないし、普通の学生からすれば死体を見ただけで発狂したり怯えたりするだろうが、そこのところは自分でもだいぶズレテしまっているのを自覚していた。
「では行きましょう!」
「ああ、よろしく頼む」
私たちはアパートから死体の発見された河川敷へと急いで向かった。
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大橋に着くと、すでに警察とかではなく軍用のトラックやジープなどが道を塞ぐように止めてあり、武装した軍人がその警備に当たっていた。
そして軍人と少し間を開けてパトカーと警官、スーツを着た刑事たちがその軍人たちと睨み合っていた。
「物々しいな」
「今回は軍関係者ですからね。 陸軍としては身内が殺されたから自分らでカタをつけたいようですし、警察も殺人事件ですから自分たちの領分を邪魔されてると感じてこんな対立がこの所起きているんですよ」
古都さんは警備している兵士に腕の腕章を見せるとすんなりと一緒に入ることができた。
河川敷に向かう途中、ふと思った疑問を古都さんに聞いてみた。
「ずいぶん緩いな。 軍が現場を仕切っているなら情報統制とかも厳しいんじゃないのか?」
「そこら辺は大丈夫です。 私が勤めている帝都新聞社は軍所属の広報なので」
「じゃあ、古都さんは軍属なのか?」
私のこの質問に古都さんは苦笑いしながら答える。
「軍属と言った軍属にはなるんですけど、一般公募もあったので私はそっちで入ったんですよ。 まぁ編集長や所長とは軍人ですけどね。 私のような一般記者は一般人が多いですよ」
「私も一緒に入ることができたけど」
古都さんはニコッと笑って
大橋から坂を下りた橋げたのところに兵士が集まっているどうやらここが現場のようだ。
現場には白い紐で封鎖しており、軍服を着た一般兵や将校、後それに似つかわしくない白衣を着た連中が調査をしていた。
「すみませーん!!」
古都さんはバックからカメラを出して近くにいた兵士に話しかけて白い紐を潜り抜けて死体や周りの写真を撮っていく。
死体を見ると、あの引き千切ったような首の傷跡見間違い出なければ、昨晩に相方に殺された軍人だ。
(死食鬼化したはずなのに何でここで死んでいるんだ?)
人間が死食鬼化すれば彼らは基本的には不死であるため、生命活動に必要な食事を取らなければ動けなくなるだけで死ぬことはない。
例え死んだならば死体が原型を留めて残ることは無く、白く粉状になって形は崩れてしまうものなのだが、ここにある死体は昨日みた軍人の死体そのままだった。
「ちょっと!! その人邪魔です!!」
「ああ、すみません」
”パシャパシャ”と死体の前に立っている兵士に撮影の邪魔なのか大声で退かす。
「さすが、新聞記者すごい勢いだ」
アパートの時と違って古都さんは一心不乱に写真を撮影したり、現場をメモしたりを抜く手もみせずに動いている。
彼女が撮影をしている中、白衣を来た男2人が死体をタンカーに乗せて私の横を通り抜けて河川敷の坂を上っていった。
「お待たせしました」
一通り仕事を終えた古都さんが私の元へ戻ってきた。
「お疲れ様。 ところで今私の前を通っていた連中は何者だ? 見た感じ軍人というわけじゃなさそうだけど?」
「防疫部隊ですよ」
「防疫部隊? だいたいそれは?」
「防疫部隊は陸軍における戦場での医療セットや泥水を飲み水にしたりする研究や細菌や病気などの特効薬の開発を行う機関なんです。 今回は警察と協力するわけにはいきませんから、鑑識役で研究所から出っ張ってきたんだと思いますよ」
「なるほど、防疫部隊ね……」
私が見た限りだが、白衣を着た防疫部隊の連中は現場の周辺はあまり調べず、体毛をピンセットで採取したり、血液を瓶に詰めたり、爪や肌の色を記録したりと、鑑識役と言うよりも実験体の観察に近い印象を私は受けた。
「あーー!!」
古都さんが自分のチョッキの左ポケットから懐中時計を取り出して大声を上げる。
「古都さんどうしたんですか?」
「いけない!! 写真館に今日現像するフィルムを持っていく約束をしてたんだ!!」
古都さんの時計を覗き見るといつの間にか午前10時過ぎを短針が刺している。
「どうしよーー!! 明日の朝市で印刷所に持っていかないといけないのにーー!!」
頭を抱えて涙目でその場に蹲る古都さん。
「ふむ。 その写真館とやらはここから遠いのか?」
「ふぇ?」
大粒の涙を目に貯めて彼女は私の顔を見上げる。
「はい。ここからだとバスに乗って8個目の停留所ですから大体一時間くらいかかりますよ。 約束の時間まであと15分くらいしかないですし、写真館の親方は昔気質の人で時間にうるさい人なんです。 遅れたら絶対に現像してくれません」
私はそれを聞いて確信してにやりと笑う。
「15分もあれば十分だ。 古都さん!」
「え? あっちょっと!」
私は古都さんの手を強引に引っ張って河川敷の人がいないところへと彼女を誘導する。
「どうするんですか!? もう間に合わないですし、私が編集長に怒られればいいだけの話ですから」
「その必要はないよ」
私は栞を両腕と両足に張り付けるが、古都さんは何が何だか分からない様子だった。
「そんな栞張り付けてどうするんですか!! ああ、後10分しかない!!」
「さ・て・と」
私が指をパチンと鳴らすと、栞は溶けるように私の肌へと消えてゆく。
「な、何ですか!? 今の!? マジック!?」
足を地面に2・3回叩いたり、手を握っては開いたりして感触を確かめる。
「うむ。 上々だ」
「あ、ちょっと何を!」
「古都さん。 写真館はどっちの方向だ?」
「ふぇ!?」
古都さんを軽々と脇に抱えて写真館の方向を聞くが、彼女はまだ頭の中で今起きていることを理解できていないのかキョトンとした顔で反応が曖昧だ。
「時間がないのだろう?」
私のこの一言で彼女はハッとした表情となり方向を指差す。
「確か……あっちです!」
「了解した」
私は助走をつけて河川敷の坂を一気に駆け上ってそれを踏み台に空へと飛ぶ。
「い、いやややぁぁぁぁぁ!!!」
突然のことに悲鳴を上げる彼女だったが、私はそれを余所に風の気持ちよさを感じていた。
「これでもっと空がきれいだったよかったんだけどな」
地上から20メートルほど飛び上がった空は河川敷の先にある工場群の出すスモッグでうす灰色をしている。
「古都さん! 写真館はどの建物なんだ!?」
悲鳴を上げるのに疲れて放心状態の彼女に今度は建物の場所を聞く。
「………えっと、白い洋風の二階建ての建物です」
「洋風で二階建てだな」
私がゆっくりと滑空しながら周りを見渡すと、周囲の旧日本式の建物に交じって白い洋風の建物が目に入ってくる。
「あれか!」
一度建物の屋根に着地をして屋根伝いに5・6軒飛ばして目的地に向かってジャンプして向かう。
「よっと!! ほっと!!」
「なんなのこれ、なんなのこれ、なんなのこれーーーー!!」
現実離れした光景を目の当たりした古都さんが繰り返すように叫んでいたが、私はそれを全部無視して目的である写真館の前と着地する。
「ふぅ。 古都さん時間は?」
「じ、時間?」
古都さんがポケットから懐中時計を取り出すと10時25分を示している。
「とにかく時間がない。 早くフィルムを渡してきた方がいいよ」
「そ、そうですね」
私は古都さんを腕から離すと、彼女は写真館の入口へと向かって走っていく。
「あ、須藤さん!」
突然、古都さんは入口のドアの前で振り返って私に話しかけた。
「あ、ありがとうございました! まるで、魔法みたい!」
彼女お礼に私はこう答えた。
「なぁに、一宿一飯の恩ってやつだよ」
「何言ってるんですか! あなたに助けてもらったのはこれで”2度目”になるでしょ!」
彼女の言葉に不意を突かれたようにキョトンとしたが、すぐに笑いが込み上げてきた。
「ふふふ。 それもそうだな」
「そうですよ! それじゃ行ってきます」
私が彼女に小さく手を振ると、古都さんは写真館へと入っていった。
「やれやれ私は外で待つとするか」
写真館の壁に背を向けて周りを見ると、この建物の周囲にいる人たちが私を凝視している。
それもそうだろう。
突然人が屋根伝いに人1人抱えた上に猫耳メイド服姿の女が降りてきたら、私のいる世界でも注目の的だろう。
「う、うほん!!」
思い出して恥ずかしくなった私はそれを誤魔化すように咳払いをすると、人々は全員視線をそらしてソソクサと写真館の前からいなくなった。
「……今度から時と場合を考えるか」
PTOが出来ていなかった自分を反省しつつ古都さんが写真館から出てくるのを待った。