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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
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これが偶然作用したのか? それとも……


 月が雲に隠れてしまった為、あたりはかなり薄暗いが、今玄関の戸にもたれ掛かっている者が先ほどの音の主だろう。

 

 玄関にいる何者は、私が今ている限りではピクリとも動かない。


 「おい、大丈夫か?」


 「………」


 私が話しかけるが反応がない。


 「仕方ないな」


 今自分が立っているところから玄関までだいたい5メートルほど離れている為、私は玄関に近づいて話しかけようとした時だ。


 「……じゃ……ない……」


 「?」


 その何者かはブツブツと何かを呟いていた。


 ただ分かったのは、声からするにどうやら男性のようだった。


 「……おれ………い……」


 「そこの大丈夫か?」


 私が再び男に声を掛けるが、どうやら彼には今かけた言葉は届いている様子はなく、ただただ、ブツブツと小声で何かを呟いていた。


 「このままじゃ中に入れないな……」


 男が戸にもたれ掛かって動かないため、私はアパートの中へ戻ることができない。


 (致し方ない)


 このままでは一晩外に居なければならなくなると感じた私は、彼にそこを退いてもらおうと、男に手を伸ばした時だ。


 「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 私が手を伸ばした瞬間、突然大声を上げて両手を左右に振ってまるで何かを払うように見えた。


 「ちょっと! 私はただそこを退いてもらおうと――」


 「来るな!! 来るなぁぁーー!!」


 「困ったな」


 半狂乱になっている男を見て困っていると、今度は道の方からランプの光が照らされる。


 ランプの光に照らされて、玄関を塞いでいる男の身なりが分かる。


 年齢はだいたい30代くらいで、ボロボロの着物、フケだらけの長髪に、無精ひげを生やし、普段ろくなものを食べていないのかかなりガリガリに痩せている。

 

 「どうかしたのか?」


 アパートの敷地に入って来たのは、帯刀した男の軍人2人がおそらく男の上げた声に何かあったと思い様子を見に来たようだ。


 「いや、この男が玄関を塞いでて中に入れないんだ」


 「なんだ? 貧民街の酔っ払いか? それにしてもあんた変な格好してるな」


 このセリフにもだいぶ耐性が付いてきた私は軍人の突っ込みをスルーする。


 「そんなことよりも、この人を退かすのを手伝ってもらえないか? このままでは風邪を引いてしまう」


 「わかった」


 「うわああああああぁぁぁ!!!」


 軍人2人が彼を玄関から動かそうと手を伸ばした時、男は今度は2人を跳ね除ける。


 「うわ!!」


 「おい! まて!」


 男はそのままアパートから大通りの方へと走っていく、その後を軍人の一人が追いかけていく。


 「まったく……あれは相当飲んでるな」


 ヤレヤレと言う態度で残っている軍人は男と相方の軍人が走っていった方向を見る。


 「すまないが、ここら辺はあの男のような輩は多いのか?」


 「ああ、多分川沿いの貧民街の男だろう。 たまに帝都の方に流れてきては何かしら問題を起こすんだ。 困ったもんだ。 あんたもそんな恰好をしていると変人と間違えられるぞ?」


 「余計なお世話だ」


 私だって好きでこんなメイド服を着ているわけじゃないが、それを説明したところでこの軍人が理解できるとはとても思えなかった。


『うわぁぁぁぁぁーー!!』


 男の走り去った方向から男性の叫び声が辺りに響き渡る。


 「なんだ!?」


 私は普段の探索者としての習慣から、目の前にいた軍人を置いて、男の走っていった方向へと急ぐ。


 「お、おい!」


 男の軍人も私の後を追うように付いてくる。

 

 300メートルほど走ったところで、呆然と地面を見ている先ほどの男と、男を追いかけていた軍人が持っていたランタンが地面へと転がっている。


 「……ああ、…ああああ……」


 私は辺りを見渡すが、何を見たのか何かに怯えるだけの男と、ランタンだけ残して軍人の相方の姿は何処にもない。


 「おい!! あいつは何処へ行った!!」


 男の胸ぐらを掴んで、相方の行方を聞く軍人だが、男は相変わらず怯えて声にならない声を発するだけだった。


 「……あああ。……あああ」


 「おい!! 答えろ!! 俺の相棒は何処へ行った!!」


 「……」


 私が床に転がっているランタンを拾い上げて地面を調べるが、血痕や争ったように地面が抉れている様子はなかった。


 軍人の相方は突如として消えてしまった。


 私が地面を調べ続けていると、”ドサ!”と後方から何が上から落ちてきた音がする。

 男二人もその音に気づいて、その方を向いている。


 私が手に持っているランタンで、音のした方角を照らす。


 そこには棒のような何かが薄暗く映し出されている。


 「なんなんだ!! あれは!!」


 「……あああ……ああああ」


 「……」


 私は近づいてその棒のような物にランタンの光を当てる。


 上から落ちてきた棒のような何かは肩からずたずたに引き裂かれた”人間の腕”だった。


 「ッ!!」


 先ほどまで男の胸ぐらを掴んでいた軍人は、彼を突き飛ばして落下した腕のところまで来てそれを拾上げる。


 軍人が手首のところを見ると、銀色をした腕時計がされている。


 「間違いない。 俺の相棒のだ……」


 「……し……ない。 ……俺は……何も知らない……」


 ブツブツと呟く男に、再び軍人が詰め寄った。


 「そんなことがあるか!! 俺の相棒は何処へ行った!! お前は何を見たんだ!!」


 「……わからない!! わからない!! 分からない!!!」


 鬼形相で詰め寄る軍人に、ただただ怯える男。


 「一体ここで何が起こったというんだ?」

 

 私がいろいろと推察していると、1メートル先で今度は”ドシャ!!”っと先ほどより大きな何かが落ちてくる。


 「えっ?」


 そして落ちてきた何かは、まるで風の様に私の横を通り抜ける。


 「ぐあぁぁぁ!!」


 「ひゃぁぁあああ!!」


 その時、月を覆っていた雲が晴れて月明かりが周りを照らし、私の横を通り抜けた者の正体が明らかになる


 それは、突如として行方が分からなくなっていた軍人の相方が、男の軍人の首を右腕で締め上げている。


 怯えていた男はその光景に驚いて尻餅をついて失禁してしまっている。


 「や、やめっ……」


 「ぬふふふぅぅぅ!!」


 相方の軍人は、目は赤く狂喜に光り、無くなった左肩から血を噴出させながらも、顔はまるで相棒だった軍人の首を締め上げるのを楽しんでいるように笑っていた。

 

 「ごぉ……ぁ……」


 「はぁ………ふん!」


 ”ゴキッ”と鈍い音が響き、軍人はピクピク少し痙攣したのち動かなくなる。


 「くくく……あははははぁぁ!!」


 相方の軍人は、男が死んだことを確認すると狂ったように笑った。


 「あはははははははぁぁぁあ!!」


 そして、胴体を地面にたたきつけて片足で押さえつけて軍人の首を引っ張る。


 「んぎぎぎぃぃぃ!!」


 ”ミチミチ”と筋肉が切断する音が聞こえ、最後には”ブチっ!”音ともに首が切断される。


 切断された胴体からは血が噴水の様に噴出して、近くにいる男にも血が降りかかる。


 「……ああ。 ああああああ!!!」


 精神的に限界を迎えたのだろう。


 男は一目散に大通りの方へと全速力で走って逃げだす。


 「あははははぁぁぁ!!」


 相方の軍人は逃げる男に目もくれず引きちぎった首の目に指を突っ込んで潰したり、鼻を引きちぎったりして、まるで子供が砂場で砂のお城を壊しているように楽しそうに笑いながら相棒だった軍人の顔を文字通り壊してる。


 「こいつはまるで人間じゃない」


 人を超えた身体能力、凶暴な殺人衝動、これじゃまるで――。

 

 「んふぅうう」


 軍人を壊すのに飽きたのだろう。


 今度は私の方に、赤く光る眼の視線を送って、子供が新しい玩具を見つけたように狂喜に満ちた笑みを浮かべている。


 「今度は私が狙いか……」


 「ハァハァハァハァ………」


 そいつは腕が一本無いが、犬の様に四つん這いになって攻撃のチャンスをうかがっている。


 「まさか、こんなところで探索者の仕事をするとは思わなかったよ」


 私はメイド服のポケットから栞を4枚取り出し、2枚づつ両手に持ち直して構える。


 「ウルルルァァァァァ!!!」


 私とそいつの距離は3メートルほどあったが、黒い獣となって真っ直ぐ、私に飛び掛かる。


 「ふん!」


 私はそいつに対して栞を1枚放って、光のイージスを発動させる。


 「はぅう!」


 そいつは、案の定、私の展開したイージスに”バチバチ”と雷の様に走る魔法の光を発しながら5メートルほど弾かれる。


 「やれやれ、これで終い」


 私は右手の栞をそいつに向けて、左手で指を”パチン”と鳴らす。


 指を鳴らすと栞は光の粒子を発しながら消滅し、代わりに光のサジタリウスが出現する。


 「……貫け!」


 私の掛け声とともにサジタリウスは真直ぐにそいつに向かって飛翔する。


 「ぐぎぎぎぃぃ」


 軍人だったそいつは体勢を立て直してこちらを向いた瞬間に、顔面に私の放った杭が突き刺さって顔の半分が吹っ飛んでいく。


 「プベェ!」


 情けない声を出して、ピクピクと少し痙攣した後、バタリとその場に倒れ込む。


 「ふむ、案外呆気ないなだが、今の赤く光る眼、殺人衝動、人体を超えた身体能力、まるで死食鬼グールだ」


 死食鬼を見ると一昨日の探索者の仕事を思い出す。


 確かあの時は、魔術を間違って覚えた馬鹿が、召喚獣を呼び出したのを私に討伐されて自らが死食鬼グールになって襲ってきたんだっけな。


 まぁ、体中穴だらけにしてやったけど。


 「それにしても、死食鬼グールにしては脆いな。 後、2,3発は打ち込まないとダメかと思ったが――」


 私は倒したそいつに近づいて容姿を調べる。


 「見た目は死食鬼グールだが、じゃあなんでこいつは死食鬼グールになった?」

 

 本来、死食鬼グールはさまざまな理由があってなってしまうが、一番多いのは”魔術に失敗したリバウンド”か”先に死食鬼グールに襲われたが食われずに、別個体として復活する”場合だ。


 「あの短期間で魔術を使ったと思えないしなら、別個体がいるのか?」


 私は軍人だったそいつの体を調べるが噛まれたり、爪で引掻かれた跡がない。


 別個体がいるのであれば、必ずと言っていいほどその後が残されているからだ。


 「ちぎれた腕の方か?」


 私は首を引きちぎられた軍人の近くにあったこいつの元の腕を見る。


 「これにもないか…………ん?」


 引きちぎられた左腕にも噛まれたり引掻かれたりした痕跡は見受けられなかったが、二の腕のところに小さく赤い点があることに気が付いた。


 「何だろうこれ?」


 それは直径1ミリくらいの赤い点だったが、私はこれに見覚えがあった。


 「えっと……たしか小学生ぐらいの時に……」



 私が考えを巡らせていると、”ガサっ”っと物音が後ろから聞こえる。


 「っ!」


 振り向くと頭を半分吹き飛ばして動かなくなっていたはずのそいつが這いずってこちらに近づいてくる。


 「やっぱり、あれだけじゃ倒せないか」


 私は再び栞を出して構えるが、その時右足を誰かに捕まれる。


 「っな!」


 それは首を飛ばされた軍人だった者の死体だった。


 「馬鹿な! 噛まれている様子などなかったのに!」


 首のない死食鬼グールは、左腕で私の左足に掴む。


 「キャッ!」


 両足を掴まれバランスを崩して地面へ倒れ込む。


 「この!! 離せ!!」


 死食鬼グールは私に覆いかぶさるように押さえつけてくるが、栞を腕に張り付けて筋力を上げて退かそうとするが、倒れた時に栞が手を離れてしまう。


 その間にももう一匹の死食鬼グールがズリズリと音を立てながら私に近づいてくる。

 

 そして、私の上に乗っている死食鬼グールの首辺りから肉が盛り上がって目や鼻、口や歯などが再生する


 (馬鹿な!! 自己再生だと!?)


 死食鬼グールは、再生した口を大きく開き私の顔へと迫ってくる。



 食われるとそう思った時だ。


 突然、死食鬼グールの顔がスローモーションのようにゆっくりと動き始め、私の鼻っ面の前で停止する。


 「……え?」


 そして、ビデオを逆再生するように景色が動き始めて、目の前が真っ白光に包まれる。

















「ハッ!」


 光が消え去り気が付くと、最初に飛び込んできた視界には片腕の死食鬼グールを倒したところに立っていた。


 「今のは一体……」

 

 5メートル先には、頭を吹き飛ばした死食鬼グールが倒れている。


 「………」


 私はポケットから栞を3枚か取り出す。


 「杞憂だと思いたいけど………な!!」


 栞を構え指をパチンと鳴らして、3本のサジタリウスを倒れている死食鬼グールに叩き込む。


 「!!!???」


 杭が刺さった瞬間、倒れていた死食鬼グールは声無く手や足を断末魔の様にじたばた動かして、最後は肌が白色してサラサラと粉状に変化して体が崩れていく。


 「やっぱり生きていたか………なら!」


 私は残っている軍人の死体に栞を構えて指を鳴らそうした。


 「!!」


 指を鳴らす一瞬早く私の殺気を感じ取ったのか、軍人の死体は飛び起きて家屋の屋根へ跳び乗ってそのまま屋根伝いに逃げて行った。


 「あれも死食鬼グール化している」


 さっきの現象といい、今の2体の死食鬼グールといい、私は夢でも見ていたのか?


 「まさかと思うが……」


 私は確信を得るため右足の靴下を右手の人差し指でずらした。


 「やっぱりだ」


 靴下をずらした右足首には、クッキリとあの時に軍人の死体に捕まれた跡が残っている。


 跡があるということは私はあの場面を一度経験したということになる


 となると今度は何でビデオテープを巻き戻すように時間が戻ったのかということになる。


 「……考えられるとしたら」


 私は左ポケットから銀の鍵を取り出す。


 「これが偶然作用したのか? それとも……」


 様々な推測を自分の頭を巡らせながら銀の鍵を見つめていると、車のエンジン音と共に眩い二つの光が私を照らす。


 「!?」


 突然の光に私は目がくらみ腕で目を守るように光源の方へ顔向ける。


 「君何をしているんだ?」


 レトロ調な車からバタンとドアを閉めて下りてきたのは、明るいときに喫茶店で見たあの若い将校だった。



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