とても望月君に見せられる姿じゃないな
「昭和○○年!?」
私は彼女が言った年号を聞いて驚愕した。
昭和○○年と言えば、私が住んでいる時代より50年以上前の時代だ。
それに彼女は”日本”ではなく”大東亜共和国”とこの国を言った。
「ええ、何年か前に前の総統閣下が崩御されて、今は新しい総統が就任した時に年号が変わったのですよ? あの時は、各新聞やラジオが大々的にニュースを流していたから誰でも知っていることですよ?」
なるほど、だからこの都市の住人の格好や喫茶店での騒動も説明が付く。
この人に私は実は別の時代から来た未来人と言って信じて貰えるだろうか?
不思議そうに私の顔見る彼女を見てそう思ったが、この時代の人にまず理解されないと直感的に思った為、私はこう答えた。
「ああ、ありがとう。 実は今日この国に着いたばかりでね。」
我ながら白々しい嘘だ。
普通の人なら、こんな不思議な格好をした人間の言うことなど信じるだろうか?
彼女は私の姿をじろじろ見た後、笑顔でこう答えた。
「そうだったのですね! だからそんな英国の女給のような恰好をしているのですね!」
どうやら彼女は天然のようだ。
「海外を旅するってあなたは相当博識な方なのですね! 今着ている服ってメイド服っていうんですよね! 高かったじゃないんですか?」
「え! ちょっと!」
私の来ているメイド服を手で攫ったり、顔近づけて見たりして観察しているがスカートをめくり上げるのはやめてほしい。
彼女の成すがままにされていると、女性は急にハッとした顔した。
「あああああ!! いけない私ったら!! ごめんなさい! 助けてくれた恩人になんてことを!!」
「いいや。 大丈夫だ、だからそんなに謝らないでくれ」
先ほどと打って変わって、ひたすら頭を下げて謝罪してくる彼女を私は宥める。
「いいえ! 助けていただいたのですから、何かお礼に何かご馳走させてくれませんか?」
「……ご馳走」
その時、自分のお腹から”キュー”っと空腹を知らせる音が鳴った。
考えてみればここに来てからと言うもの、喫茶店でのコーヒー以外何も口にしていない。
私は腹の音が鳴ったのを隠すように両手でお腹を隠すが、彼女はそれを見て笑った。
「ああ、これは失礼」
「あはははは、そう言えば名前をまだ伺ってませんけど?」
「そうだった。 私の名前”須藤 恵美”だ」
「須藤さんですね。 それっじゃ行きましょう!」
これと言って行く宛てのない私は川伝いの道を彼女の後ろへついて行った。
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先ほどの場所から15分ほど歩いていくと、巨大な鉄骨製の橋がある大通りへ出た。
橋には歩道と車道があり、自動車やトラック、バスや歩道を人が行き交っていた。
「はぁ……すごいな……」
橋の大きさは向こう岸までだいたい200メートルぐらいで、鉄骨の高さは優に20メートルはあるだろうか。
「すごいでしょ! こっちですよ!」
「ああ」
西金市にはない、この橋に見とれていると古都さんが私を引っ張るように案内をする。
橋を渡り切って100メートルほど進むと彼女は脇道へ入った。
脇道に入ると先ほどの人の往来が多い大通りと違って、どこか懐かしい雰囲気を感じさせる下町に出る。
そこから少し進んだところで木造建ての家の前に立った。
家は二階建てで、外壁は木を何枚もうろこ状に重ねた感じで、屋根はトタン板が貼られいる。
「どうぞ! 入ってください!」
彼女は家の引き戸を開けて中へ入っていき、私もそれに続いた。
室内は玄関と目の前に廊下、左右にドアが2個ずつ付いており、奥には2階へ上がるための木製の階段と引き戸とドアが見える。
ここはどうやら昔のアパートのようだ。
玄関の右側に小学生時に会った様な木製の6マスを切った下駄箱があり、そこには”伊東”や”鈴木”など名前が書かれていた。
古都さんは自分の名前が書かれている下駄箱に靴を入れる。
「あ、来客用はそこの箱に入れていください」
「箱?」
彼女は来客用の靴を入れる箱を指差した。
下駄箱の右下に何処から拾ってきたのか 木製の箱に”リンゴ”と書かれている。
「来客用ね」
私は自分の革靴をその箱入れて廊下へ上がり、彼女の部屋のある2階へ階段を上っていく。
階段を上ってすぐ左の扉へ彼女は向かった。
「どうぞ、何もない部屋ですが、上がってください」
古都さんは鍵を開ける仕草もなく引き戸を開けて私を部屋へと案内した。
部屋は広さはだいたい六畳の部屋で、右側にコンロと小さい洗面所と左側に押入れと小さな机と小さな本棚が一つある、真ん中にはちゃぶ台が一つだけで、かなり質素なイメージを私に感じさせる。
「お邪魔します」
私は部屋に入って中央のちゃぶ台の所へ座る。
その間に彼女は下の棚から包丁やタライ、まな板や野菜、調味料を取り出して料理を始める。
私はふと外を見ると辺りはだいぶ薄暗くなっており、表に広がっている下町の光景はさらにレトロな雰囲気を感じさせた。
しばらく外を眺めていると一台の幌を付けたトラックが止まるのが見えて、笛の音ともに喫茶店で会った様な軍服を着た男たちが降りてきた。
「なんだ?」
「よかった。 ”外出禁止時間”前には家に戻ってこれて」
「外出禁止?」
出来てくる料理を並べながら古都さんは今の状況を私に教えてくれる。
「ええ、今、帝都で軍事関係者や民間人を狙った事件が多発しているらしいんですよ。 そこで帝国軍が夕方の6時以降の民間人の外出を禁止したんです」
「だから外に警戒のために軍人が警邏しているのか。 しかし本来は警察の仕事じゃないのか?」
私のこの質問に古都さんは少し難しい顔して答えてくれた。
「ええ、本来ならあなたの言うとおり警察や特高の仕事なのですが、軍関係者が殺されている手前、帝国軍の方で犯人を捕まえるということらしいんですよね。 軍人って顔に泥を塗られて黙っているような人種じゃありませんから」
「ところで、その事件の内容っていうのはどうことなんだ?」
「私もまだ新聞社に入りたてで先輩から聞いた話なんですけど、なんでも、刃物や銃とかは使わないでものすごい力で被害者を捩じり殺したり、体を引き裂いたりして殺してるって話ですよ」
「まるでゴリラだな」
彼女を話を聞いて力が強いものをゴリラと表現するが、古都さんは私の言葉に首を傾げた。
「ゴリラと言うのはよくは知りませんが、人として原型がある方はまだマシな方で、ひどい人になると四つ股を引きちぎられてバラバラになっているそうですよ。 私も社の方で遺体の写真を見たんですけど、それはもう――」
「そうなのか……」
私が手を顎に手を当ててその少し考え事をしていると、彼女は何か気づいたように叫んだ。
「あ、ごめんなさい! 晩御飯の前だというのに! 私ったらつい……」
「いや、いいんだ。 気にしないでくれ」
私は彼女の作ってくれた料理をご馳走になり、私の汚くなってしまった格好を見ると、アパートの共同風呂へ案内してくれた。
「ここのザルに服を入れてください。手ぬぐいはそこにあるので、それで体を洗ってください。 石鹸は風呂場にあるので私の名前の書いてある物を使ってもらって大丈夫です。 後、アパートの男性は私たちが出るまで入ってこない様に言ってありますから」
「わかった。 ありがとう」
古都さんはそういうと服を脱ぎ始める。
脱衣している彼女のいろいろ出っ歯ている体をついついじろじろと見てしまう。
「……勝ったな」
「どうかしました?」
特に彼女のおそらくAカップ程度の胸を見て、私に勝利を感じさせるには十分だった。
「それじゃ、先に入りますね!」
引き戸開けて彼女は風呂場へと入っていく。
私は自分のメイド服の襟を指で引っ張って自分の胸を見る。
「ふふふ。 私はまだ成長期だからな」
そう自分の勝利を感じながら服をメイド服を脱ごうとする。
「あれ? この!」
ここで脱ごうとしたメイド服が肌にぴったり張り付いているかのように脱ぐことができない。
「馬鹿な。 靴はちゃんと脱げたのに……この!」
いくら引っ張ってメイド服が脱げる気配はない。
「……まさか」
私は一抹の不安を感じて頭に着けている猫耳付きカチューシャに手をやるが、予感は的中した。
「これもか!」
やっぱりというか、案の定と言うか、猫耳付きカチューシャも髪の毛にくっ付いた様に取れないため、思い切り引っ張って取ろうとする。
「痛てて!」
まるで、髪の毛を引っ張られるような痛みが私を襲う。
「……参ったな」
私が脱所で困惑していると風呂場の引き戸が少し古都さんが髪の毛を濡らした顔を出した。
「どうかしましたか?」
なかなか風呂場へ入ってこない私を心配して様子を見に来たようだ。
「いや……ちょっと服が……」
「……服?」
彼女は引き戸の隙間から私がまだ服を脱いでいないことに気が付いた。
「ちょっと貸してください!」
彼女に手伝ってもらって服を引きはがそうとするが、2人掛かりでも取れる気が全くない。
「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……ダメだ……」
「はぁはぁはぁはぁ……そう……ですね……」
メイド服を着た私と全裸の古都さんは、力尽き脱衣所でへたり込む。
おそらく傍から見れば変な光景と思われるのは間違いはない。
「仕方がない……今日はお風呂はあきらめよう」
私がそう言って脱衣所を後にしようとした時、彼女に肩を掴まれる。
「だめですよ!! 淑女たるものちゃんとお風呂に入れるときは入らないと!」
「けど、服が脱げないのにどうやって?」
「私に考えがあります!」
「え! ちょっと!」
私がそう問いかけると、古都さんは私の腕を引っ張って風呂場へと放り込む。
「いったい何を!」
「こうするんです!!」
彼女は風呂桶に、浴槽のお湯を入れてそれを勢いよく私に掛ける。
「わっぷ!」
「つ・ぎ・は!」
次に彼女はメイド服を着たままの私に石鹸を塗りタグって、浴槽の近くに置いてあるデッキブラシを取り出す。
「……まさか」
「では! 行きます!」
そう言い放つと、彼女は勢いよくメイド服ごと私を洗い始める。
「あはははっ! そこは! あはははっ!」
所々チクチクし、むず痒さから逃れようと私は体を動かし抵抗する。
「動かないでください!! うまく洗えないですから!!」
「あはは!! もうやめてくれ!!」
体中泡だらけになってしまった自分の姿が風呂場の鏡に映し出される。
(とても望月君に見せられる姿じゃないな)
「……最後は」
古都さんは止めとばかりに浴槽のお湯を私に浴びせて泡を流れ落とす。
「ふぅ! 完璧です!」
「く、くしゅん!」
やりきって満足そうに達成感に浸る彼女をしり目に、服ごと洗われるという私の人生でそう何度もあることのない体験をしたと考えが頭をよぎった。
その後、どこか寝床を探そうとアパートを出ようとしたが、古都さんのご厚意で今夜は止めてもらえることになった。
私は古都さんが布団を用意してくれたが、風呂場と違ってまだ半渇きのメイド服着たまま寝るわけには往かない為、小さい机の前に敷いてある座布団を枕に横になった。
「いいんですか? 本当に布団で寝なくて?」
「いや、見ず知らずの私に晩御飯だけでなくここまでしてもらっているからね。 それにこんな姿でお布団を濡らすわけにはいかないからね」
私の言葉に彼女は”ふふふ”と笑う。
「それもそうですね」
「ありがとう」
彼女は私のお礼の言葉にニコリと笑う。
「いえいえ、こちらもカメラを取り返してくれましたし、お互い様ですよ」
「そう言ってくれると助かるよ。 それじゃお休み」
「おやすみなさい」
お休みを言うと彼女はそのまま床に就き、私も天井を向いて目を閉じる。
(とにかく、銀の鍵の使い方を見つけてここから私の時代に戻らなくては……)
そう考えて私も眠りについた。
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少しして突然の尿意に目が覚める。
(風呂場の奴で冷えたかな……)
私はトイレの場所を聞こうと、横で気持ちよさそうに寝息を立てている彼女を起こす気になれず、部屋の外へ静かに出ていく。
「こんなことなら、寝る前にトイレの場所を聞いておくべきだったな」
アパートの廊下をうろうろしながらトイレを探すが、2階1階ともにそれらしきものはない。
「もしかして、外にあるのかも」
前に授業中に教師が小さいころは家の中にトイレが無く外にあった話を聞いたのを思い出し、玄関の引き戸を開けて外へと出る。
「……寒いな」
私のいた時代では6月だったが、ここも同じくらいの月のはずなのに外は秋の様に夜は月明かりで明るくなってはいるが、かなり冷え込んでいる。
「トイレはどこだろう……」
私はアパートの建物と塀の間を通りこのアパートの庭に出た、奥を見ると木で作られた小さな小屋が1軒立っている。
「あそこかな」
私はそこの小屋の扉を開けると、周りを木で囲って穴を掘っただけの簡易的なトイレがそこにあった。
「とりあえず……」
私は室内にある電灯のスイッチを捻って明かりをつけ、用を足そうと自分の履いているショーツに手を掛ける。
「まさか、これも脱げないってことはないだろうな」
私の杞憂をしたが、そんなこともなくパンツを脱ぐことができた私は用を足して外へと出る。
「ふう……」
扉を閉めて外へ出ると月が雲に陰ってしまって薄暗くなっている。
「さて、部屋へ戻ろう」
そう思って玄関へ向かおうとすると、アパートの入口の方から”ガタ”という音がする。
「なんだ?」
私が走って向かうと、誰かがアパートの玄関の引き戸にもたれ掛かっていた。




