私は女給でも物の怪でもない!! 人間だ!!
銃を向けている男は完全に興奮している。
いつ手に持っている銃の引き金を引いて凶弾を老紳士に放つのも時間の問題だ。
「まずいな……」
ここで、私に一つの選択肢が脳裏を過る。
(魔術を使うか? だが、安易に使うわけには……)
そう、魔術は安易に使えない……しかし、迷っている時間もない。
「どいつもこいつも馬鹿にしやがってぇぇ!!」
私から老紳士までの距離はだいたい3メートル、老紳士から無精ひげの距離は1メートル弱と言ったところだ。
「チィ!」
私は軽く舌打ちをして、メイド服の左ポケットに入れてある魔術式の書いた栞を2枚取り出す。
取り出す際に栞と一緒に何かが床に落ちて”チャリン”と金属音が鳴るがそんな物を気にしている余裕はない。
栞をまず1枚目を足に貼り付けて、脚部を強化、そして一気にカウンターを飛び越えて、老紳士の前へと立つ。
同時に無精ひげの男の拳銃が火を吹き、音にに合わせるように2枚目の栞を私の前方に放った。
放った栞の魔術式が発動し、光の盾が発動して発射された弾丸を”キン!”という高い金属音とともに天井へと弾き飛ばす。
「……な」
彼は目の前で完全に弾丸を当てられる距離にいるのに弾が光の何かに弾かれたのを目撃した無精ひげの男は唖然としている。
その後ろで、やせ形の男や、ウィエイトレス、マスターも驚いた顔をして固まっていた。
(不可抗力とは言えど、安易に使ってしまったな)
魔術を使用したこと私は後悔してしたが、後ろからポンと肩を叩かれる。
「ありがとう女給さん助かりました」
肩を叩かれ振り向くと、私が使った魔術に驚きもせずにニコニコとした笑顔した老紳士が、お礼の言葉を私に掛けてくる。
「な、なんだ!! 貴様!! 物の怪の類か!!」
先ほど打って変わって私の光の盾を見た、無精ひげの男はまるで化け物を見たような恐怖の表情を浮かべてこちらに銃を向けている。
(くっ、これだから……)
私が魔術を使用して他人から怖がられるのも初めてではないが、けしていい気分ではない。
本当に魔術を使えばどんなこともできてしまう。
しかし、超常的なことも出来る為が、その反面魔術を知らない人間からすれば私自身が化け物以外に見えて仕方ないのだろう。
そんな化け物染みた力も努力と知識で誰にでも習得できる。
普通の人が知っている知識と、別の知識とやり方を知っているだけなのに、人は自分の知らないものに恐怖や嫌悪感を露わにする。
正直、反吐が出る。
「私は女給でも物の怪でもない!! 人間だ!!」
私が言い放ったこの言葉に店舗全体に一瞬の静寂が訪れるが、それもすぐに消え去る。
「……ふ、ふざけるな!!」
無精ひげの男は恐怖と戸惑いの声で叫び、震える手で銃の標準を私に定めようとするが、手が言うことを聞かないのか右へ左へ拳銃が動き狙いを付けることができない。
「き、貴様のような人の皮を被った化け物など、わ、我々帝国陸軍の、な、名の元に退治してくれる」
「ほぅ? やれるものならやってもうじゃないか?」
私は三枚目の栞を左ポケットから取り出し男に対して構える。
「こ、この!! 舐めやがってぇぇぇ!!」
無精ひげの男が再び引き金を引こうとした瞬間だった。
「なんだ!! この騒ぎは!!」
突如、店内に男の声が響き渡って店舗の入口から男性が入ってくる。
「あ、まずい!」
無精ひげの男の後ろにいたやせ形の男はそう呟くと、男性に対して銃をホルスターに収め敬礼をする。
無精ひげの男も、すぐに気づき同じく銃をホルスターに入れ敬礼をする。
私が入ってきた男性を見ると、年齢は彼らより若く20代くらい、服装は同じ軍服ぽいが、カラーは白でボタンや襟などが、彼らのと違い金色のボタンやピシッと立っている襟や帽子はどこ無く高級なイメージを持たせている。
見た感じ、彼らのような一般兵ではなく将校クラスの人間だと思われる。
それに状況から察するにどうやら彼らの上官のようだ。
「貴様ら! 私は付近の捜索の命は出したが、こんなところで茶をしろなどは命令なんぞしていないぞ!!」
入ってきた若い将校に叱咤され、彼らの態度がピリッとする。
「ハッ!! 申し訳ありません……ですが、この女が……」
無精ひげの男が申し訳なさそうな声で、チラリと私を見て彼の伺いを立てるが、若い将校はそれを一括する。
「言い訳などいい!! さっさと捜索へ戻れ!」
「「ハッ!!」」
無精ひげの男と、やせ形の男は彼の命ぜられるまま駆け足で店を後にした。
その後、将校はカウンターから顔出しているマスターに対して帽子取り頭を下げる。
「この度は、我軍の兵が貴店に対してご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
マスターは彼の態度に両手を振って恐縮そうだ。
「いえいえ、そんなことは――」
「少ないですが、迷惑料です」
若い将校はカウンターに近づいて軍服の左の内ポケットから1枚の紙をマスターに差し出す。
受け取ったマスターはその紙に書かれている金額を見て驚愕した。
「ええ!! 100円も!!」
「申し訳ありません。 今日のところはこれでご勘弁を。 では、私は任務がありますのでこれで――」
その言葉を残して若い将校は歩いて店を出て行った。
「……なんなんだ一体?」
彼らもそうだが、この店も街もすべてが古いというかレトロな感じを出し過ぎている。
私のいた場所と全然違いすぎる。
「ところでお客さん。 お勘定の方……」
そんなことを思考している私の隙を突くようにウェイトレスがさっきのコーヒーの伝票を出してくる。
「……あ、いや、その――」
(マ、マズイ……)
この店では私の持っている金銭では支払いは出来そうにないのは、さっきの彼女らの態度を見れば明らかだ。
私が伝票を見て困惑していると、先ほど助けた老紳士がウェイトレスに話しかけた。
「すみませんが、その伝票の分、私に回してもらえませんか?」
ニコニコとした笑顔で老紳士は、懐から自分の財布を出してそこから小銭を彼女に渡した。
「あ、毎度ありがとうございます」
ウェイトレスは彼からお金を受け取るとレジにある引き出しに小銭を終う。
チラッと老紳士が取り出した硬貨を見たが、大きさ的には私が出した100円玉ぐらいのサイズだが、中心に5円や50円の様に穴が開いておりデザインも私が知らないものが描かれている。
今の光景に呆けていたが、老紳士にご馳走になってしまったことに気づき彼にお礼を言おうとその方向へ顔向ける。
「……あ、ありがとうござ――」
けれど、そこにはすでに老紳士は居らず、店にはウェイトレスと、先ほど将校からもらった紙を手に持って固まっているマスターと私だけになっていた。
「一体いつの間に……」
老紳士はまるで、いきなり消失したように消えてしまった。
私がこの謎に首を傾げているとウェイトレスが私に近づき何やら差し出してきた。
「お客さん。 これカウンターの下に落っこちてましたよ」
「………え!?」
彼女が差し出して来たもの。
それは、鈍い銀色をした大きさが15センチくらいの鍵。
私がアークライトで店番と一緒に預かっていた、魔道具”銀の鍵”だった。
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喫茶店を後にした私はこの都市を散策したが、自分の住んでいた町の痕跡を発見することが出来なかった。
仕方がないので先ほど見つけたこの大きな川の河川敷の中腹あたりの芝生に腰を下ろして銀の鍵を手に取っていた。
「なんで、私のポケットの中に”これ”が入っているんンだ?」
たしか、眠りこける前はアークライトのカウンターの上、それも蓋を閉め忘れたといえ、箱の中に入れておいたものだ。
「何かの拍子で、時空の扉を開いてしまった……とか? ありえないな」
そう、そんなことはまずありえない。
魔道具は使用者がいて初めて使うことができるもので、勝手に発動してしまうことはまず考えにくい。
なら、私が寝ぼけて使ってしまった。
これもない。
なぜなら、私はこの魔道具の使い方を知らないし、魔術が使える私にとって魔道具は、望月君のような魔術が使えない、使わない人間か、魔術は使えるが力が弱く実践に向かない魔術師が使うものだからだ。
それに、”銀の鍵”のような時空の扉を開いてしまうような物など、危なくって使う気もならない。
後は、誰かが私をこの世界に飛ばしてしまったという線だ。
私は”探索者”と立場から、邪神の召喚士や、魔術を使おうとした人間を捕まえたり、退治したりしている。
そんな連中が恨みを持って私を今いる世界に送ったということはどうか?
じゃあ、なんで私の左ポケットに自分の世界へ帰れることができる”銀の鍵”を入れておいたのかと言う疑問が残る。
「……だめだ。 わからん」
考えれば考えるほど結論にたどり着かない。
ただ、分かっていることはこのままでは自分の世界に帰ることができないからだ。
「とにかく、今はここは一体どこなのかってことだ。 町の人たちを見るに同じ日本人のようだし、言葉も通じるから異世界ってことはなさそうだな。 なら、別の時間軸となるな」
私がブツブツ考え事を呟いていると、河川敷の上の道から女性の叫び声が聞こえる。
「誰かーー!! その子を捕まえてぇぇーー!!」
「今度はなんだ?」
私が河川敷の上の道へ戻ると、100メートルの先から、誰かがこちらに向かって走ってくる。
だんだん、相手の分かる距離で見るとどうやら二人のようだ。
前を服がボロボロで不潔な格好をした6歳くらいの男の子と、後ろからブラウンのズボンに革靴、Yシャツに赤のネクタイ、チェックのチョッキを着てチェック柄のキャップを着けている女性が走ってくる。
男の子の手には古いカメラが握られている。
「まてぇぇぇーー!!」
「っ!!」
女性は必死な表情で男の子を追いかけているし、男の子も彼女から必死に逃げている。
「やれやれ」
私はメイド服の左ポケットから栞を1枚出して、右腕に張り付ける。
そして、男の子が私の脇を通り抜ける瞬間、彼の後ろの襟首をヒョイッと掴みあげる。
「んぁぁあ!! はぁぁなぁぁせぁぁぁ!!」
男の子は私の手から逃れようとじたばたしていたが、その間に女性が追いついた。
余程、長い距離を走ってきたのか、顔には汗がにじみ息を切らす。
「はぁはぁはぁはぁ……さぁ! 観念して私のカメラを返しなさい!」
「いぃぃぃやぁぁぁだぁぁ!! これはオラのだい!!」
「何言ってるのよ!! あなたが私のカメラを置き引きしたのでしょう!? 私がちゃんと見たんだから!」
「違うやい!! これはオラのカメラだい!! オネェちゃんがいきなり追いかけて来たんだい!!」
私が掴みあげている男の子と女性の口論は20分近くに及んだ。
お互いの意見が食い違っていて埒が明かないと感じた私は2人に対して1つ提案をした。
「君たち、このままだと今でも話が終わらないから、何かお互いこのカメラの持ち主だって証拠はあるのか?」
「ええ!! ありますとも!!」
私の提案に女性が自信たっぷりな声でカメラの指差す。
「このカメラの底には私の名前が彫ってあります! それが証拠です!!」
「どれどれ、僕、ちょっといいかな?」
私は男の子からカメラを受け取ると、彼女の指摘した底の部分をチェックした。
「ああ、これか」
カメラの三脚を立てるねじ穴の横に小さく”)”コト ミドリ”とカタカナで彫られている。
「確かに名前は彫られていたけど、あなたがこの名前だって証拠は?」
「えっと」
女性はチョッキの胸ポケットから1枚の名刺を私に手渡す。
「”帝都新聞社 記者部所属 古都 緑”?」
「これが私の名前です!」
彼女は勝ったと言わんばかりに腰に両手を当てて鼻息を荒くし、胸を張る。
「まぁ、とにもかくにもこれでこのカメラの持ち主が彼女であることが証明されたわけだし、僕――」
私が男の子の方に目をやると、すぐ目の前に居たはずなのにもはやこれまでと思ったのかすでに道の100メートル先まで逃げおおせていた。
「あ! 待て――」
私が追いかけようとした時、突然、先ほどの女性から肩を掴まれてしまい制止する。
「追いかけなくていいのか?」
私が彼女の方を向いて問いかけると、女性は首を左右に振った。
「いいんです。 とりあえず、私のカメラが無事に帰ってきましたから、それにあの子はおそらく、この先にある貧困街の子供ですから、彼も生きていくのに必死ですから」
「……そうか」
カメラを盗難しかけたのに、さっきの男の子を庇うような説得だった為、私はそれに同意した。
「それより、ありがとうございました。 これがないと私の仕事ができないところでしたから」
「いや、いいよ。 そんな大したことをしたわけじゃない。 ところで一つ聞きたいのだけれど、今は何年でここは何処なんだ?」
「はい?」
私の質問に不思議そうな顔を彼女はしたが、すぐに回答してくれる。
「今は昭和○○年で、ここは大東亜共和国ですよ?」




