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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
彼のいない日
42/80

”女給”?

 真っ暗な意識の中に誰かの声が聞こえる。


 「もし……」


 誰かが私に声をかける。


 「もし……」


 私の記憶が正しければ、アークライトの看板は”CLOSED”にして店仕舞いしているはずだ。


 それを見ずにお客でも入ってきたのだろうか。


 「もし……そこの方」


 「ん、ん……」


 私は、寝ていた眼を開けて声のする方を向く、声のしていたところには、身長が170cm前後で、黒のシルクハットに左目にモノクロを付けて、口と顎には整えられた白髭を蓄え、黒のモーニング姿のいかにも、紳士と言った風貌の日本男性の老人が立っていた。


 「すまないが、今日はもう閉店している。 用があるならまた明日来てもらえないか?」


 私の言葉に老紳士は手で顎髭を弄りながら笑い始めた。


 「ははは、何を言っているんだい? 私はそんなところで寝ていたから風邪に罹ってはいけないと思って声をかけたのですよ」


 「……え?」


 私が老紳士の言葉で周りを見渡すと、そこは先ほどまでいた骨董店”アークライト”ではなく、薄暗く土が露出している道に、目の前には木製で出来た塀が立ち並び、私の寝ていたところは幅が1~1.5メートルくらい、高さもほぼ1メートルくらいの立方体の箱だ。


 中が異常に臭いことからおそらく何処かの路地裏のごみ箱のようだ。


 「ははは、どうやら疲れてここで寝てしまったようですね。 では、帰りはお気よ付けて”女給じょきゅう”さん」


 「”女給”?」


 そんな言葉を残して老紳士は私の前を通って路地の奥へと消えて行った。


 「…………」


 私はゴミ箱からは這い出て、老紳士の後追うように路地の奥へと進む。


 何メートルか進んだのちに急に日の照らす場所へと出る。

 

 「う……」


 暗い所から明るいところに出た為、景色が真っ白になって眩しさで目を覆うが、それも徐々に慣れてきて、ゆっくりと、景色がはっきりしてくる。


 「どこなんだ……ここ……」


 私の目に飛び込んできたのは、私自身が知っている西金市ではなく、路面電車や、リヤカー、人力車、昔のボンネットバス、行きかう人々は同じ日本のようだけど、恰好は茶髪や、ミニスカートをしている人はいない。

 皆、スーツや着物、ロングスカートなどを来て道を往来している大通りだ。

 

 今、立っているところから見た景色はビルや百貨店などが立ち並んでいるのを見ると町と言うも都市言った方が正しいのかも知れない。


 ただし、雰囲気的にはかなり古いし子供の頃に見た白黒映画に登場しそうな感じだ。


 唖然としている私を往来してる人らが、私の姿を見て何やら笑っている。


 「……あ」


 突然のことに驚いていたが、私は自分の服装が猫耳メイド姿であることを思い出し自覚した。


 「このままだと、いい笑いものだ」


 私は人々の目線に耐えられなくなって今出てきた路地を逆側へ走って入っていく。


 「一体、どうなっているんだ? たしか、私はカウンターの椅子に座って寝てしまったはずだ。 じゃあ、何か? 実は私は夢遊病で気が付いたらどこかの映画のセットに入り込んでましたと言う落ちか?」


 自問自答する私だけど、考えれば考えるほど混乱は増すばかりだ。


 そうこうしている間に、私は路地裏を抜けきって再びどこかの道に出た。


 こちら側の方はさっきの大通りと違って、路面電車やバスなどはなく人の往来も少ないが、人がいることには変わりなかった。


 「はぁはぁはぁ……だめだ……とりあえず落ち着けるところ探そう……」


 私が周りを見渡すと、逆文字だがおそらく”喫茶店”と書かれた看板が目に付く。


 「あそこだ!」


 看板を見つけた私は、一目散にその店へと走って向かい中へ入った。


 勢いよく扉を開けると”カラン、カラン”とドアに着けられている来客を知らせるベルが店に鳴り響き、それに気が付いた着物の上にエプロンをつけた若い女性が私を見て挨拶をする。


 「あ、いらっしゃ……い……ませ」


 私の姿を確認した彼女は動揺したのか、挨拶が途切れ途切れになっている。


 店内は入口近くにレジ、木製の床に、正面には木製のカウンターと椅子、カウンターの上にはコーヒーサイフォンがポコポコと音を立て、これまた木製の古いラジオが店に音楽を流していて、カウンターの左には厨房の入口があり、カウンター右側にはボックス席が2つほどある。



 店の中を見渡してみるが、その若いウェイトレスの女性と40代くらいの白シャツに赤の蝶ネクタイに茶色のチョッキを付けたオールバックの男性マスターがコップを拭いている。

 

 ここは何かのコスプレ喫茶なのだろうか、まぁコスプレと言ったら私も相違ないけれど、店内はどうやらお客は私一人だけのようだったので、カウンターの椅子に座るとウィエイトレスが、変なものを見る目で私の注文を取りに来た。


 「あ、あの~ご注文は~?」


 「……ああ! えっとー」


 カウンタテーブルの上を見るがメニュー表らしきものが見当たらない。


 「と、とりあえず、コーヒーを……」


 「かしこまりました」


 ウェイトレスがササッと手に持っている伝票に注文を書くと、さっさとカウンターの裏へ行ってしまった。


 「はぁ……どうなっているんだ……ここは……」

 

 私が両手で頭を抱えテーブルにうっぷす様に悩んでいると、後頭部から視線を感じて頭を上げる。


 視線を送った犯人は、私の座るカウンターの向こうでコップを拭いていたマスターだ。


 「あの? なにか?」


 私が声をかけると、何か気まずそうに視線を逸らして別のコップを吹き始めた。


 (それもそうだよね)


 たしかに、こんな猫耳とメイド服姿の娘が飛び込んで来れば普通の町であれば誰だって物珍しそうにする。


 「はぁ………」


 深いため息をしたと同時くらいに、先ほど注文したコーヒーをウェイトレスが運んできた。


 「珈琲でございます。 では、ごゆっくり」


 私の目の前のカウンターテーブルに置くとウェイトレスは逃げるように奥へと引っ込んだ。


 「そこまで、怖がらなくてもいいじゃないか……」


 彼女の態度に傷つきつつも、私は運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ。


 (う、うすい)


 豆を相当ケチっているのか、それとも私がこんな格好をしているから早く出ってほしいのか、運ばれてきたコーヒーはいつも自分で淹れてるものよりも遥かに薄味だった。


 (だが、ここで騒ぎを起こすわけにはいかないし黙って飲もう)


 ここでクレームをつけるのは簡単だけど、状況もよく把握できていないのに騒ぎを起こすのは得策ではないと思った私は出されたコーヒーを黙って飲む。


 その時、再びドアのベルが”カラン、カラン”と鳴り響き、男性二人と、先ほどの老紳士が入ってきた。


 「いらっしゃいませー」


 奥から先ほどのウェイトレスが出てきて、男性二人に応対する。


 「なんじゃあ、この店はなんか変な匂いがするのぅ!!」

 

 男性二人を見ると、2人ともカーキー色の昔の日本軍のような軍服を着ていて、サーベルと、望月君が使っているような拳銃をしまう革製のホルスターが左右に付いていた。


 1人は無精ひげを生やした30代くらいの中肉中背の男で、もう一人は同じ年くらいで痩せ型だが、そちらはきちんと髭を剃っていた。


 (また、コスプレか?)


 最近は、ああいう格好が流行っているのかと二人を見ていたが、2人組の片割れの無精ひげを生やした男が声を荒ぶらせる。



 「そうじゃ! なんか乞食こじきでもおるんかぁ!」


 「まさか、滅相もござません。 こ、こちらへ」


 無精ひげの男の怒声をウェイトレスは謝罪しながら、店内の右側にあるボックス席へと二人を案内していった。


 「何かそんなに臭うか」

 

 冷静に周りの匂いを嗅いでみると、確かに何か生ごみのようなにおいが漂っていることに気が付く。


 「まさか……」


 もしやと思って、自分の来ているメイド服の匂いを嗅ぐと、どうやら悪臭の原因は私だ。

 

 自分が気の付いたゴミ捨て場のゴミの汁などが服に染み込んでいる為、悪臭を放っていた。


 (これは早々に立ち去った方がいいな)


 私がカウンターで背中を小さくしてコーヒーを啜っていると、席を1つあけてゴミ捨て場で出会った老紳士が座った。


 ちらりと老紳士の方を流し見ると、彼もそれに気づいたのか帽子を取って私にニコリと挨拶をして、カウンターの向こうにいるマスターに何やら注文をしている。


 (さて、行くか)


 コーヒーを飲み終えて、入口にあるレジへと向かうと、ウェイトレスは私に気づいてレジへ入っていく。


 「おいくらか?」


 「珈琲一杯ですので、10銭になります」


 「10銭?」


 「はい? 10銭ですが?」


 値段を聞き直した私をウェイトレスが不思議そうな顔でこちらを見るが、私には10銭とはいくら位をさすのかわからなかった。


 (とりあえず、100円出しておくか)


 私は右ポケットから、自分の二つ折りの財布を取り出して中身を開き、小銭の入っているポケットから100円玉を1枚、手に取ってウィエイトレスに渡した。


 「?」


 100円玉を受け取ったウィエイトレスが不思議そうな顔で手渡した100円を見ている。


 (あれ? 足らなかったかな?)


 金額が不足してるのかな?と感じた私はさらに10円玉1枚をウェイトレスに手渡す。


 「あの~お客さん? 何かのお戯れですか?」


 お金を渡したウィエイトレスが、少し機嫌悪そうに私にそう言った。


 「お戯れ? 何を言っているんだ?」


 この言葉に反応して、カウンターで黙ってコップを吹いていたマスターが声を上げる。


 「ちょっと、お客さん。 もしかしてお金持ってないのか?」


 その強い口調で言われた私は、少し戸惑ったが反論をする。


 「いやこちらとしては、ちゃんとお金を渡したんだけどね。 このウェイトレスがお戯れというものでね」


 「あのこれなんですけど……」


 レジにいたウィエイトレスが、カウンターのにいるマスターのところまで先ほど渡した110円を彼に手渡す。


 「なんじゃこりゃ」


 マスターはまるでお金を初めて見るかのように硬貨を凝視ている。

 

 「お客さん? こんなものどこで手に入れた知らないが、ちゃんと払ってもらわないとこっちは警察を呼ぶことになるよ?」


 「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私は110円を渡しただろう?」


 「110円ねぇ?」


 マスターはカウンター越しから私の姿をじろじろと眺めて、呆れた表情をする。


 「あんたねぇ? 110円って言ったら大金だよ? あんたみたいな汚い女給が持っているわけないだろう?」


 「女給、女給って私は女給ではない!」


 私の言葉にマスターは?マークが浮かんだ表情をした後、反笑で答える。


 「女給じゃないって、あんたのその恰好はどう見ても女給だろ? ただ頭に変な耳とやら短いスカートだけどね」


 猫耳とミニスカートはどちらかと言えば淳子姉の趣味で、私の趣味ではないが、このマスターにそのことを説明しても無駄だろうと感じた。


 「いや……だから私は――」


 私が言いかけた時、店内を怒号が響く。


 「おい! まだ注文取りに来んのか!!」


 喫茶店のボックス席方からウェイトレスが、いつまでも注文を取りに来ないことにイラついて無精ひげの男性が声を上げる。


 「なんじゃ! もめ事か!!」


 先ほどウェイトレスが案内した2人組が、私の方へとツカツカと軍靴を鳴らしながら歩いてきた。


 「どうした? マスター?」


 「いえね、ちょっとお客さんがお金持っていないっていうもんでね」


 兵隊の格好をした男の一人がマスターに話しかけ、その後、私を姿を見た。


 「おい! ねーちゃんよ! あんたが注文をしたモンに金を払わないってどういった了見だ?」


 無精ひげの男の態度はとても高圧的で、まるで私をゴミでも見るような目で怒鳴る。


 「それによぉ? なんだぁ? そのキタネェ恰好は乞食こじきか?」


 「まったく、人を女給だの乞食こじきなど、あんたらにそこまで言われる筋合いはないのだけどね」


 乞食こじきと言う言葉に頭に来た私はつい反論をしてしまうが、そのことが男の逆鱗に触れた。


 「なんだとぉ!! 貴様ァァ!!」


 無精ひげの男は、右手を振り上げて私に向かって殴り掛かる。


 「おっと」


 普段、モンスターや他の魔術師連中を相手にしているせいか、男のパンチはとても遅く私に簡単に避けられてしまう。


 「貴様ぁ!! 避けるな!!」


 「避けるも何もこちらがまだ弁解していないのに殴り掛かってくる方がいけないだろう?」


 この言葉がさらに男を怒らせてしまったようで、彼の顔は火にかけ過ぎたヤカンの様に真っ赤になり、さらに殴り掛かってきた。


 「この! おら! この!!」


 私は無精ひげの男の脆弱な攻撃を避ける。


 「よっと! ほっと!」


 まったく、人の話を聞かずにいきなり暴力に訴えるとは男しては最低の分類だな。

 後輩の望月君にはこうならない様に、今度、部室にきたら教えておかなければ。


 何度か避けているうちに、無精ひげの男の体力がなくなってきたのか、息が荒くなり拳のスピードも遅くなっていく。


 「はぁはぁはぁ……この! 女の分際で!!」


 最後の拳を避けた時に、無精ひげの男は足がもつれてしまい床へと垂れこむ。

 

 「キュゥゥ……」


 無精ひげの男は倒れた時に当たり所が悪かったのか情けない声を出して動かなくなる。


 「なんだ? もう御終いか?」


 倒れ込む男を上から見下ろしながら私は嘲笑した。

 その時、”カチャリ”と言う金属音が鳴ったの気づき、音の方向をみると、もう一人の痩せている男が私に腰のホルスターに収まっていた銃を取り出してこちらに向けていた。


 「あんたが、何かの体術を学んでいるのは分かった。 しかし、このままコケにされたのでは帝国軍人の沽券にかかわる! 今ならまだ謝罪するだけで許そう……これ以上続けるなら!」


 痩せた男は、獣の様に目つきを鋭くしこちらを睨んでいる。

 私は両手の平を見せてヤレヤレのポーズを取る。


 「沽券? あなた達のプライドの問題だろう? それにその手に持っている拳銃だってどうせ偽物――」


 瞬間、”パン”と高い音が鳴り、私の顔横を”チュン”と何かが高速で横切っていく。


 それが、店の壁に当たり穴を開ける。


 「……え?」


 「……貴様ぁぁ!! どこまでも馬鹿にするか!!」


 やせ形の男は怒りに任せて引き金を引いて私を狙ってくる。

 

 私は、カウンター飛び越えて陰に隠れる。

 

 「何であれは、まるで本物の銃みたいじゃないか!」

 男の撃った弾がカップやコップ、サイホンなどを破壊していき、破片がパラパラとカウンタの上から私に降り注ぐ。


 「本物みたいじゃなくて本物なんですよ!!」

 

 騒音の中、一緒に隠れているウェイトレスが私にそう言った。


 「あんた! どうしてくれるんだ!! 帝国軍怒らせちまって、このままじゃ店が壊されちまう!」


 頭を伏せているマスターも、先ほどと打って変わって涙目で私に訴える。

 

 「くそぉ!! あのアマ!! ぶっ殺してやる!!」


 無精ひげの男も気が付いたらしく、怒声は発しながら拳銃を発砲しているようだ。


 その時、カウンター越しから先ほどの老紳士の声が聞こえ、銃声が止む。


 私とマスター、ウェイトレスはカウンターから首だけ出して外の様子を伺う。


 「まぁまぁ、軍人さん。 そうカッカせずにね、ここは穏便に――」


 老紳士は男達に静止するように呼びかけて彼らに近づく。


 「やかましいぃぃぃ!!」


 怒り心頭の無精ひげの男は、近づいてきた老紳士の顔を殴った。


 「ぐほぉ!」


 男のパンチは相当力んでいたようで、老紳士はボックス席の方まで殴り飛ばされた。


 「ジジイ!! 貴様も我々を侮辱するか!!」


 無精ひげの男は拳銃を老紳士に向けた。



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