はぁ……なんで、私がこんなことを……
「はぁ……なんで、私がこんなことを……」
私は床用掃除用のモップの柄を支えにして、今自分の行っていることを振り返っていた。
私の名前は”須藤 恵美”、西金高等学校に通う女子高年生だ。
先日、不注意から、ここ”アークライト”という骨董店の店主で、私とは昔から縁のある”白井 淳子”のこと、淳子姉の新しいコレクションのガラス細工を割ってしまい、そこへタイミング悪く出先から帰ってきた彼女に見つかってしまって、私が部長を務める写真部の新入部員”望月 秀一”君を囮に使って私は脱出には成功したが、望月君の奴が言い訳に失敗して、怒り心頭の淳子姉にとっ捕まって、罰として昨日はゴスロリメイド姿で店番をさせられ、今日は猫耳メイド姿で店番をやらされている始末だ。
「はぁ………」
ああ、怒った淳子姉の顔を思い出しただけでため息が出る。
まぁ、今回はお仕置き食らってるのは私だけではない。
現場に一緒にいた望月君も、今は淳子姉の昔の友人の依頼で夜刀浦の方にある陰巣枡とかいう所にお使いに行かされているとのことだ。
「やれやれ、望月君も言い訳ぐらい出来るようになってもらわないとな……」
昨日は、散々淳子姉にゴスロリメイド姿を馬鹿にされた挙句に、写真を取られて望月君へ送信したそうな。
「たぶん、彼も呆れているだろうな……それに――」
今日は、今の姿以外にもう一つ心配事があった。
私はチラリと流し目で店のカウンターの上に置いてある大きさがティッシュ箱ぐらいの木箱を見た。
「なんで、よりによって淳子姉もあんなものを競り落としてくるんだ」
私がガラス細工を割ったその日の夜に、淳子姉はストレス解消とも言わんばかりに、千葉市の方でやっている地下オークションである物を競り落としてきた。
「はぁ……」
私はカウンターに近づき木箱の蓋を開ける。
中には縦15cm、横3cm幅の彫刻と柄の部分に赤い宝石がはめ込まれた銀色をした鍵が一本入っている。
魔道具”銀の鍵”、別名 異次元の鍵ともいわれる物だ。
私は実際に実物を見るのは初めてだが、この鍵を使えば今いる私たちの世界から、他の宇宙や過去や未来、別の平面世界等に移動できる代物らしいが……。
「こんな、世界文化遺産級の魔道具を、いつもの事ながら、なんで相変わらずカウンターの上に置きっぱなしにするかな」
そう本来ならばこの手のものは、私や望月君、淳子姉が所属している魔術協会に、これほど希少価値の高い魔道具は協会によって管理される規則になっている。
私や望月君のような協会に所属している探索者は速やかに魔術協会へ提出しなければならないが、淳子姉は己のコレクションに加えるために”ちょろまかす”に違いない。
そして、淳子姉の癖というか何と言うか、前回のガラス細工もそうだが気に入ったコレクションをカウンターの上に置いてしまうのはどうにかならないものか。
あのガラス細工で3万円ぐらいしたそうだし、今回の銀の鍵だって、地下オークションで競り落とす寸前の所を落札価格の3倍の値段を乗っけて落としてきたそうだ。
淳子姉はスッキリした顔で帰ってきたが、一体いくら掛かったのか想像ができないし、この手の物には当然と言うか必然的に”偽物”が出回っているのが定石だ。
もちろん、淳子姉の目利きを疑っているわけでないけど、競り落とした場所が非合法な地下オークションな上に、ガラス細工を壊されたストレスで頭に血が上っている状態で、正常な判断で買ってきたとは思えない。
「はぁ……それに本人は昨日の昼からオークション周りで帰ってこないしな……」
私はカウンターの左奥の柱に掛かっている柱時計で時間を確認する。
丁度、午前10時を過ぎたところだ。
「そ・れ・に」
時間を確認した私はカウンターに背を向けて、店内を見渡す。
「第一お客がまったく来ないのに店が汚れているわけないじゃないか!」
まさにその通り、淳子姉の経営する骨董品店アークライトは、店こそ開店はしているものの、置いてある商品は淳子姉のコレクションであり、お客が商品を購入しようにも彼女があれこれ理由を付けて販売しないのだ。
ここは、店と言うよりコレクション倉庫のような物で売るつもりなどさらさらないのだ。
ただし、レア度が低い物や自分が気に入らなかったものは、通常の値段の倍以上でオークションに出品したり、魔道具の改造や開発などをして、同業の探索者や魔術師に提供して稼いでいる。
もちろん、法外な値段で。
「あ~あ、面倒だから店を閉めてどこかの図書館で読書でもしに行こうかな」
私がカウンターの前で項垂れていると、”カラン、カラン”と店の入り口のドアに取り付けてあるベルが鳴り来客を知らせる。
「開いてるよー」
来客のベルに私はぶっきら棒な挨拶をすると、入口から入ってきたのは一人の女子高生
だった。
「こんにちわ~……って、どうしたの、恵美? その恰好?」
来客したのは、栗色のショートカットでうちの学校の制服を動きやすいようにミニスカートにして右腕には腕章を付けて、肩から白のメッセンジャーバックを下げた姿をした新聞部の副部長で私のクラスメートでもある”平 真帆だ。
「ああ、真帆か……聞くな……これにはいろいろ深い事情があるんだ……」
「そ、そうなの」
私の猫耳メイド姿に若干引いているのが、彼女態度から見て取れた。
それもそうだろうさ、秋葉原などのそれ系の店ならいざ知らず、真帆はこの店が、喫茶店ではなく骨董品店なのを知っているうえに、クラスメートがそんな姿をしていれば、真帆じゃなくてもドン引きだ。
「しかし、よくここがわかったね」
「うん、部室に居ないから多分ここかなって。 アークライトの場所は部長から聞いていたし」
彼女の言う部長とは、3年生で新聞部部長の”高橋 淳二”先輩のことだ。
「そうそう、部長から――」
真帆は自分のメッセンジャーバックから一冊の本を取り出した。
「これは?」
「なんでも、どうしても恵美に渡してくれって部室のテーブルの上に置いてあったのよ」
真帆から渡された本は、大きさはB5用紙サイズくらいで、カバーは赤茶色の布のカバーだが、タイトルや著作名は書かれていなかった。
「ふ~んならば直接、私の所へ高橋先輩が来ればいい話だろう?」
この言葉に真帆は”はぁー”と深いため息吐きながら、バックから一枚のメモ用紙を取り出し私に見せた。
メモ用紙には”この本を写真部部長の須藤君に渡しておいてくれ、僕は愛を探す旅に出ますので、平君後はよろしく”と書かれていた。
「あんの馬鹿部長!! 只でさえ、夏休み前の特別企画の下調べや夏の甲子園の特集記事組まなきゃ行けない、この時期に何処をぶらついてんのよ!!」
真帆は部長への怒りの声を顔真っ赤にして上げている。
新聞部の部長の高橋先輩は、うちの学校きっての変人である。
感情が高ぶりヒステリーを起こしている真帆を見て、毎度毎度あの人に振り回させているのかと思うと気の毒に思った。
「ま、まぁ、せっかく来たことだし、良ければお茶で飲んでいかないか?」
「あ、ごめん。 今日の分の校了が終わってないのよ、だからすぐに部に戻らないといけないのよ」
私の掛けた言葉で、怒り心頭中だった真帆は落ち着きを取り戻し、自分の今状況を思い出した。
「そうか。 受け取ったこの本にタイトルとか書かれていないみたいだけど中は見たの?」
私の質問に彼女は首を横に振った。
「まさか、さすがにあの馬鹿部長のお使いだけど、本の中身までは見てないよ」
さすがに、真帆もプライバシーを気はしたのか中身は確認していないみたいだ。
そこで、私は会話を変えようと別の話をした。
「あ~そういえば、また大河ドラマにハマっているのか? この間、廊下に張り出されていた奴に特集組まれていたけど?」
「そう! そうなのよ!!」
彼女は突然目を輝かせて意気揚々と話し始める。
「今ね、3チャンネルでやってる大河ドラマ”暁に燃える”がいいのよ~。 なんたって、そこに出てくる――」
ああ、何と言うか地雷を踏んだ気分だ。
彼女の話を要約すると、ただ今絶賛放送中の大正~昭和ぐらいを舞台に、主人公の海軍中尉が、混沌する時代に翻弄されながらも、笑いあり、涙ありの人生ドラマにハマっているとのことだ。
まぁ、真帆のドラマ好きは今に始まったことではない。
その前は、高校生探偵の推理物や金融を題材にしたもの、異次元に飛ばされてそこから脱出しようというなどなど。
何かのドラマにハマるたびに、毎週張り出される、彼女の新聞に特集記事を組んでいるのだ。
私はテレビはあまり見ることはない為、よくはわかないが、そんなことを余所に真帆はベラベラとそのドラマの内容を饒舌に話し続けた。
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(……2時間後)
「でね~やっぱり石原隊長の部下を助けるために、自身で起こしたクーデターの責任をすべて背負うシーンがいいのよ!!」
「そうか……ところで真帆時間の方はいいのか?」
そう言うと私はアークライトに備え付けれている柱時計を指差す。
「え、時間?」
彼女は私に促されて指差した時計を見る。
時計の針は丁度昼の12時を指したところだ。
「あーーーー!! もうこんな時間!!」
この事態を把握したのか真帆は慌てて床に置いてある自分のバックを肩に掛けると店の入口へ走って向かっていく。
「じゃあね、恵美また今度!!」
「ああ、またね」
カランカランとドアのベルを鳴らし、彼女は走ってアークライト後にした。
「ふう……んーー……」
真帆の大河ドラマの話から解放された私は軽く背伸びをした後、ずっと手に持っていた本をカウンターの上の銀の鍵が入っている箱の隣に置いた。
「やれやれ、彼女の話好きにも困ったものだ」
真帆は、新聞副部長としては優秀なのだけど、好きなドラマの話になると全部そっちのけになってしまうのが玉にきずだ。
それでも、年中部室で読書とコーヒーを嗜んで活動をあまりしていない写真部に比べるとだいぶマシだ。
「それじゃあ、お客も来ないし閉めてしまっても問題ないだろ」
私は、店の入口のドアに掛かっている”OPEN”と書かれている札をひっくり返して
”CLOSED”の文字に変える。
「どうせ、今日も売り上げなどないし淳子姉も文句は言うまい」
さっさとカウンターの奥にある給湯室からコーヒー豆とフィルターなどを用意して、私がいつも飲んでいるコーヒーを作り、カウンターに置いてある椅子に座る。
「ん~いい匂いだ」
店中に私が淹れたコーヒーの匂いが漂い、リラックスした気分にさせる。
「さてと……」
私はカウンターの上に置いた先ほどの赤茶色の本を手に取り、本の周りをよく観察した。
「やっぱり、何も書かれていないな」
何度見ても、表紙や裏表紙には何も書かれていないので、とりあえず私は中身を見ることにした。
「ん? なんだこれは?」
ペラペラと中のページを捲っていくが、前半は先輩が書いたであろう愛だの恋だのが書かれたポエムがあったが、後半は白紙で文字など一文字も書かれていない。
「これじゃ、本じゃなくて痛いポエムノートだな」
そして最後のページには、封筒が一枚入っていた。
封筒は綺麗に折りたためれて、裏には”高橋 淳二”と先輩の名前が入っていた。
「ふむ」
私が封筒を開けて中の4,5枚の便箋が入っており、それを取り出して内容を読む。
『 拝啓、須藤恵美殿。 梅雨には入り体調を崩しやすい今日この頃をお過ごしかと思います。 このところ望月君が私に対して冷たい態度を取ってくることを悲しく感じております。 (中略) つきましては、お互いの関係を修くすべくデートに誘いたく筆を執った次第です。 追伸、なお、あなたがダメならば望月君でも私は喜んでデートをしたく存じております。』
「……ふぅ……あほらし……」
私は読み終えた便箋をクシャクシャに丸めると、店側のカウンターの下に置いてあるゴミ箱に放る。
「こんなお誘い、私や望月君が行くわけないだろう。 それに彼はおそらくあなたのことを怖がっていると思いますよ先輩」
結局、この本も高橋先輩が手紙を渡すための言い訳の為に何処からか手に入れてきたのだろう。
「まったく、あの人もこれさえなければ”優秀な人”なんだけどな」
実際、高橋先輩は学校一の変人であるが、その反面学業は優秀で全国模試などでは100位以内に入るほどの実力だ。
だが、自称愛の戦士などと言い振るってるのと、普段の奇行などが原因で内進などはよくない。
「んー! どうも、あの人のやってることは意味不明だ」
私が軽く背伸びをして、先ほど入れたコーヒーを啜りながら左ポケットに入れて置いた文庫小説を取り出して読み始める。
それから、しばらくしてだろうか。
「あ……れ……」
先ほどまで快調だった私に、体全体が力が抜けていくように強烈な眠気が襲ってきた。
昨日の晩は何処かの馬鹿が魔術に失敗して出てきた召喚獣を討伐しに行っていて、次の日も休日だったの良いことにほとんど寝ていなかったのを思い出す。
「こんなことなら……もう少し……寝て……おけば――」
私の意識は深い暗闇へと落ちて行った。




