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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
秘密のある村
40/80

あの”魔術師のいる部室”へ




 俺達は倒壊した神社の後ろに現れたそいつを見上げ凝視した。


 洞窟の天井に頭が付きそうなぐらい大きな体。


 体中を覆うビッリシと生えた茶色の鱗。


 顔には、ギョロっとした大きな目玉に尖った口、時々動く唇から黄ばんだ鋭い牙がのこぎりの様に並んでいるのが見える。


 これが過去に厄災を齎し、友彦さんたちの目的である”ダゴン”だ。


 ダゴンは自分の今いるところを確認するように首を右や左に振って辺りを確認している。

 

 「これが……ミーアが見たもの……」


 「え……」



 三森さんが目の前の怪物を見てポツリと呟いた。


 前に俺に彼女が話してくれたことを推測すると、ミーアというのはウィリアム教授の娘さんの名前だろう。

 

 そして、自分がいるところを理解したダゴンは咆哮する。



 『キィィィィィィィシャャャャャャャャャ!!!』


 「うわぁ!!」


 その鳴き声は大音量でガラスや黒板を引っ掻いたような不協和音を洞窟内に響かせる。


 俺と三森さんはダゴンの声にたまらず両手で耳を遮る。


 「ああああああああ……」


 ダゴンの高い声が空気を震わしている効果だろう、周りの空気が歪んでいくのが見え、洞窟内に亀裂が入っていく。


 この効果は壁だけじゃなく人間の俺達にも襲い掛かってくる。


 体の内臓が上下左右にシェイクされ、脳に不協和音が捩じり込んでくる。


 『ャャャャャャ………』



 鳴き声が止み、俺達を襲っていた衝撃も収まる。


 そして、耳からキーンっと大音量で音楽を聴いたときのような音が聞こえる。


 周りは先ほどの騒音が嘘のように静まり返る。



 『グルルルゥゥゥゥ』


 ダゴンは崩れた神社の前にいる俺達に視線を落とす。


 「まずい……目があった!!」


 「あ……」


 最初に動いたのは三森さんと魔剣士だった。


 ダゴンは左腕を振りかぶり、三森さんは俺の手を引いて出口である階段の方へ引っ張っていく。


 次の瞬間、ダゴンの左腕が振り下ろされて俺達のいた地面を叩いた。


 ”ドガン”という爆弾でも爆発したような音と衝撃波が俺達を襲い掛かってくる。


 「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 「きゃぁぁぁぁ!!」


 「…………」


 俺と三森さん、魔剣士は衝撃波に吹っ飛ばされて出口の階段からかなり左の方へ吹っ飛ばされる。


 「っっ……」


 「うぅ……」


 俺達がヨロヨロと立ち上がって出口の方を見たが、先ほどの衝撃波が原因だろう、洞窟の岩が崩れて完全に入口が塞がってしまった。


 「くそ! これじゃ!」


 出口が亡くなったことによって憤慨する三森さん。


 俺は再びダゴンの方を見た。


 『ハアアアァァァ………」


 洞窟内に設置された松明がいくつか消えていて、少し薄暗くなっている。


 ダゴンはジッと俺達3人を見つめ、口から大きく息を吸っては吐いてを繰り返している。


 その効果も相まってか、ダゴンの姿に不気味さと恐怖感を増大させる。


 「これまでか……」


 俺がダゴンの姿に慄いて、右足を一歩下げた時に何かが俺の右踵に当たる。


 「なんだ?」


 俺が振り向いて拾い上げると、それは友彦さんと戦っている時に手から離れてしまった94式銃だ。


 「……っ!!」


 その時魔剣士が動いた。


 自分の持っている純白の刀を横一線に振りって、5本の氷柱を召喚してダゴンへと飛ばした。


 魔剣から放たれた氷柱は真直ぐにダゴンの顔目掛けて向かっていく。


 『グルルゥゥゥ』


 しかし、ダゴンは両手を顔の前にクロスさせて防御態勢を取った。


 氷柱は、硬いダゴンの鱗に阻まれて”キンっ!”っと高い金のような音を鳴らして下へ落ちていく。


 何体も深きものども(ディープワンス)を串刺しにしてきた魔剣の氷柱だったが、ダゴンには通用しなかった。


 けれど、魔剣士はあきらめず何度も何度も氷柱攻撃を仕掛ける。


 「望月君? それは?」


 銃を拾い上げて、魔剣士の様子を見ていた俺に三森さんが話しかてくる。


 「これ、ここに来るときに村長さんから借りたものなんですけど、弾も一発しか無い上にどこか壊れてしまって撃てないんです」


 「なるほど、けど仮に撃てたとしても”アレ”に効くかな」


 魔剣士の放つ氷柱を防いでいるダゴンを見るが、体には傷一つなくとてもこの銃が効くとは思えない。


 「あのローブの子は望月君の友達?」


 三森さんは魔剣士を見て俺にそう質問した。


 「いえ。 けど、今は”敵”ではないです」


 「それってどういう――」



 彼女が言いかけた時、あの不協和音が洞窟全体に木魂する。


 『キィィィシャァァァァァ!!』


 先ほどまで防御していたダゴンが、守るのをやめて俺達に向かって”ドシン、ドシン”と地響きをならしながらこちらに向かって突っ込んでくる。


 「ああ、まずい!!」


 三森さんが、今の状況を見て叫んだ。


 俺達は各々危険を感じてダゴンを避けるように飛ぶ。


 ”どーん”という大きな音を立てダゴンは俺達が立っていた場所の壁に勢いよく衝突し、衝撃で瓦礫が崩れてダゴンに被さり砂埃が舞う。


 俺と三森さんは間一髪避けられたが衝撃で飛ばされてしまい、少し離れた場所いた魔剣士の姿が見えない。


 「いちち……ダゴンは自滅……?」


 けど、もちろんそんなことは無く、ダゴンは瓦礫を押しのけて立ち上がった。


 ダゴンは待った砂埃が目に入ったのか、頻りに自分の顔を手で拭っている。


 この様子だけ見ると、出来の悪い怪獣映画だ。


 ただ、映画と違うのは登場人物が主人公やヒロインでも実際に死んでしまうところだ。


 「いたた……」


 三森さんも飛ばされたとき腰をぶつけたのか、労わるように手でさすりながら立ち上がる。


 俺は、ダゴンを倒すこと作戦を考えていた。


 そして、今まで忘れていたが、一つのことを思い出した。


 「三森さん、アイツに竜玉をぶつけてやれば――」


 「いやダメだよ」


 俺の提案は彼女によってあっさり却下された。


 「何でです? あの玉は”異形殺し”の宝玉ですよね? ならダゴンもあれで倒せるんじゃないんですか?」


 「いいや、確かに竜玉は”異形の者”を殺す力を持っている。 けど、それは通常の人間サイズの奴であって、アイツを倒すには小さすぎるんだ」


 もしも彼女の言う通りなら、俺達は手図まりだ。


 「じゃあ、死ぬまでアイツと鬼ごっこをしろってことですか!」


 「けど、何とかしないと本当にそうなる羽目になる」


 俺と三森さんが話していると、誰かダゴンの背中に飛び乗るのが見える。


 「あ……魔剣士」


 怪物の背中に勇敢にも飛び乗ったのは、砂埃でどこに行ったか分からなくなっていた魔剣士だった。


 魔剣士は手に持っている刀をダゴンの背中目掛けて突き刺した。


 「さっきの氷柱は弾かれたのに――」


 「そうか、鱗の隙間を狙って刺したのよ」


 三森さんは魔剣士の行動を分析して俺に伝えたが、攻撃を受けたダゴンは剣士の攻撃があまり効いている様子はなく、背中に付いた虫でも払うように手を回したり、背中を左右に振ったりして魔剣士を落とそうとしている。


 「このままじゃ、じり貧ですね……」


 俺が呟いたとき、魔剣士がダゴンの力に負けて振り払われてしまい、こちらへ飛んでくる。


 「おっと! 大丈夫?」


 飛ばされた魔剣士を三森さんがダイレクトキャッチして地面へ下ろした。


 魔剣士は三森さんの自分を心配して声をかけてくれたことに”コクン”と頷いて答える。


 『グルルルゥゥ』


 ダゴンは獲物を狙うようにこちらを睨み付けて唸っている。


 まさに絶体絶命。


 今は俺達にこいつの気が向いているが、俺達がやられることがあればアイツはここから外の世界へ飛び出して好き勝手に暴れまくる。


 俺が考えていると、魔剣士は諦めずに再び刀を構える。


 その時、魔剣士は何を思ったのか、自分のローブの中から”竜玉”を俺に手渡す。


 「俺に持ってろってことか?」


 俺が質問すると、魔剣士は”コクリ”頷いてダゴンへ向かって疾風のごとく突っ走って向かっていった。


 「じゃあ、私も足掻いてみるか!」


 魔剣士に触発されて三森さんも崩れた神社の柱を軽々と持ち上げて棍棒の様に武装し、ダゴンへと走っていく。


 魔剣士といい、三森さんといい、なんだ? 俺の周りの人物はびっくり人間だらけの変人なのか?

 

 いや、魔剣士は人間かどうかは分からないから除外して置こう。


 「たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ダゴンへ走って向かった三森さんは、柱を振り被って飛び、ダゴンの足の脛辺りを狙って振り下ろす。


 ”バキッ!”と音がして、三森さんの手に持っている柱が真っ二つにへし折れる。


 普通の深きものども(ディープワンス)でさえ、あの時殴った俺の手に突き刺さるほどの鱗の硬さだ。


 ならばダゴンの鱗はどれくらいの硬度を持っているんだ?


 三森さんは折れたもう片方の柱をダゴン目掛けて投擲するが、空しくも腹部の鱗に弾かれて地面へと落ちた。


 そして、再び神社跡から瓦礫を持ってきては突撃するを繰り返す。


 一方、魔剣士は人間離れした脚力でダゴンの周りをピョンピョン跳ね回っては切り付け、跳ねまわっては切りつけて攻撃している。


 ……が、2人の攻撃はダゴンにはあまり効果はないように見える。


 攻撃対象であるダゴンは、そうまるで、自分に集ってくるハエを払うように手や足をばたばた振っている。


 俺は2人の行動をただ見ていた。


 人間である俺は見ているしかなかった。


 何度かの攻防ののちついにその時がやってきた。


 「キャッ!!」


 最初にやられたのは三森さんだった。


 彼女が柱で裏腿を攻撃しようと持っていた柱を振りかぶった時、ダゴンに先を読まれて右足を大きく後ろに蹴り上げる。


 まるで、漫画とかで馬の後ろにいた人が蹴られるような感じだ。


 三森さんはその攻撃を彼女の身体能力によって直撃は免れたが、すべて避けることができずに足の一部に当たってしまい神社跡へと吹っ飛んで瓦礫に突っ込んだ。


 魔剣士は、その光景を見ていたのが命取りとなり両手は出せた状態でダゴンの右手に胴体が捕まってしまった。


 ギリギリと握っている魔剣士に力を入れていくのが離れてる俺かでもわかった。


 そして、”ボキッ”という聞きたくない鈍い音が鳴り響き、魔剣士は口から吐血している。


 あの様子だと、脇腹の骨が折れたのだろうと俺は感じた。


 魔剣士は、このままでは不味いと直感し、持っている刀をダゴンの親指と人差し指の間に突き刺す。


 突き刺した場所は、今まで攻撃していた胴体より鱗や皮膚が薄いらしくダゴンは針でも刺された様に痛みの声を上げる。


 『シャァァァア!!』


 次の瞬間、ダゴンは右手に掴んでいる魔剣士をオーバースローで投げた。


 魔剣士は、三森さんの突っ込んだ神社の瓦礫から右奥へに吹っ飛んで壁にぶち当たる。


 ”ドン”と”ガラガラ”という壁に当たる音とその衝撃で壁が崩れる音が聞こえ、魔剣士の姿は巻き上げられた埃や砂によって確認することはできなかった。


 ダゴンは、魔剣士に受けた手の傷を舌でペロペロ舐めて後、その大きなギョロっとした瞳で俺を見た。


 次のターゲットを見定めて怪物は咆哮する。


 『キィィィィシャァァァァアア!!』


 ビリビリと不協和音と共に空気が振動し、俺の体に伝わる。


 「ああ……」


 目の前の巨大なダゴンが放つ、威圧感や殺気がプレッシャーの様に俺に襲い掛かって体の自由を奪う。


 差し詰め、蛇に睨まれた蛙と言ったところだろうか。


 ダゴンは”ズシン、ズシン!”と自分の体重の重さを表現するように、こちらへと突進してくる。


 アイツの突進をモロに受ければ、俺はダンプカーに轢かれるように体は宙を舞ってベチャッっと地面へ叩きつけれるか、もしくはそのまま踏みつぶされるか。


 どの道、俺の死は確実だ。


 『キィィシャァァァ!!』


 不協和音と共に俺を殺すものが向かってくる。


 (死にたくない……)


 俺はそう思った。


 そして、動かない体を動かそうと脳が信号を送るが腕や足は命令を拒否したように動かない。


 (ダメだ!! 俺はこんなところで死ねない……)



 ”ドクン”


 自分の心臓が大きく聞こえる。



 その鼓動はダゴンが近づくにつれて、脈打つ速さを加速せる。



 ”ドクン! ドクン!! ドクン!!”

 


 俺は一つだけ強く願った。


 「死んで…………たぁぁまぁぁるぅぅかぁぁぁ!!!」


 俺が死にたくない一心で叫んだ瞬間。


 右手に持ってる壊れている94式銃が光り始める。


 「なんだ!! これってあの時と同じ……」


 突然光出した銃を見て、俺は橋の時の深きものどもの戦闘を思い出した。


 『グルルルゥゥ……』


 ダゴンも銃から放たれた光に怯えているのか、突進するの辞めて目を庇うように両手で自分の顔を防ぎながら”ズシン、ズシン”と足音を立てて後退していく。


 銃に魔術式のような帯が銃本体を囲むように広がると、パーンと弾けたようにバラバラになって再構築していく。


 銃身バレル、シリンダー、トリガー、スライド、グリップなどありとあらゆる部品が、今まで手に持っていた94式銃の原型を壊していき、別の部品へ換装されていく。


 そして出来上がった94式銃だった物は、銃身バレルはリボルバーの様に剥き出しに、スライドは無くなり、撃鉄ハンマーは大きく変化し、グリップはリボルバーの様に握りやすい形に変わっていた。


 色はガンメタルからシルバーへ変色し、所々に魔術式が刻印されている。


 形的にはオートマチック銃というよりも、俺が普段使っているリボルバーに近い形だ。 


「……あの時と同じなら!」


 俺の体を縛り付けているものは何もなかった。


 俺はダゴンに狙いを定めて、撃鉄を起こして引き金を引くが、”カチン”と金属音が鳴るだけで弾が発射されない。


 「え……!?」


 俺は急いで出来上がった銃のあちこちを調べてマガジンキャッチを探してシリンダーを開ける。


 マガジンキャッチを引くと、銃の半分がお辞儀をするように中折れ手開く。


 シリンダーを調べると、驚いたことにこいつに装弾できる穴は一つだけで、マガジンには弾が入っていない。


 「馬鹿な、弾は一発残っていたはずなのに…………まさか!!」


 これはおそらく俺の推測だが、銃が再構築された時に一緒にマガジンに入っていた弾も銃本体の部品として構築されてしまったのではないか。


 ダゴンは俺が慌てふためく姿を見てか再び咆哮を上げて突進してくる。


 「くそ! 弾! 弾はないのか!!」


 俺は自分の体を弄りて銃の弾を探す。


 自分の着ているパーカーのポケットからある物を取り出した。


 それは、魔剣士から手渡された”竜玉”だ。


 「確かに”玉”だけど、俺が探している”弾”じゃ――」


 竜玉と銃のマガジンを見て、俺はあることに気づいた。


 「まさかと思うけど……」


 竜玉をマガジンに入れてみると、驚いたことに大きさがジャストフィットだ。


 「ウソだろ」


 突如、銃は自分の意思でもあるかのようにマガジンが閉まって撃鉄が起きる。


 「なんだ!! どうなんてんだ!!」


 そして自分の意志とは関係なく右腕がダゴンへと標準を定めた。


 「これ、撃てってことか?」


 目の前には轟音を響かせながら突進してくるダゴンが迫っている。


 正直、選択を迷ってる暇はない。


 「……だったら!! いっけぇぇぇーー!!」


 俺は引き金に掛かっている指を思いっきり引いた。


 トリガーを引かれ、刻印されている魔術式が青色に光って、ハンマーが打たれて火花が散る。


 押されたピストンによってシリンダーから眩い緑の閃光を放ちながらバレルを通って外へと発射された。


 閃光は放ちながら高速回転していく竜玉は、巨大な光の槍となってダゴンへと向かって行き、怪物の胸に大穴を開けて、洞窟の壁を突き破って外へ飛び出していった。


 風穴を開けられた洞窟の壁だったところからは、夜空が見える。


 「こいつは……威力があり過ぎる……」


 俺は、銃を構えたままでそう思った。



 『ギャァァァァァァ!!!』


 断末魔。


 ダゴン様と神と崇められた怪物は最後の悲鳴を上げて前のめりに倒れ込んだ。


 倒れた直後、体中から”シュー”という異音と煙を発しながら、鱗や筋肉など、怪物を覆っていた物がドロドロのヘドロの様に溶けていく。


 最後には筋肉や神経、目玉や内臓などはすべてピンク色のヘドロとなり、恐竜の化石のような骨だけが残った。


 「うっ!」

 

 この時、洞窟内を時間が立って腐った肉や生臭い魚の鼻の曲がりそうな異臭が広がる。


 「くさ! なんだこの匂い!」


 鼻腔の奥を抉って残る臭さに鼻をつまんでしまう。


 辺りを見渡して原因を探すと、どうやら、今溶けているダゴンの肉や鱗の匂いのようだ。


 「もしかして、これが竜玉の異形殺し?」


 三森さんに”竜玉”で小さすぎると言われたが、あの銃の効果だろうか、竜玉の性能は格段に上がっていたのかもしれない。

 俺は直感的に思った。


 もしこれが、復活したダゴンではなく封印石だったもっときれいに片づけられたのかっと思ってしまう。


 「いててて……ひどい目にあったわ」


 ガラガラと瓦礫を押しのけながら、ダゴンによって神社跡地に飛ばされた三森さんが起き上がってきた。


 「三森さん!! 無事だった――」


 三森さんの姿を見て声を掛けようとしたとき、体中の力が抜けて意識がテレビを電源を落としたようにプツリと切れた。


 「望月君!?」


 最後に聞こえたのは、どんな鍛え方をすればあそこに突っ込んで無事で済んでいるか分からない三森さんの声だった。


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 翌日。


 ダゴン討伐後、三森さんによって洞窟から助け出された意識を失った俺は、洞窟の上にある摩周さんの民宿”東風荘”の布団の上で目が覚めた。


 先に脱出されせた大学生二人は無事に村人に保護されていたようで、起きた俺に武藤さんは抱きつき、伊藤さんは頭を撫でて意識が戻ったことを喜んでくれた。


 ダゴンを倒した後に摩周さんは自分の息子である友彦さんの遺体を引き揚げて対面し泣き崩れた。


 そして、まだ村ではドタバタが続いたが、今日から平日で学校があるため、陰巣枡インスマスを後にすることにした。


 民宿を出るとき、大学生二人組と三森さん、村長が見送ってくれた。


 「じゃあ、お世話になりました」


 「いやいや、それはこっちのセリフじゃよ」


 介抱してくれた村長にお礼をいったが、逆にお礼を言われてしまった。


 「三森さん達はどうするんですか?」


 「私たちはもう少しここに残って研究と片付けの手伝いをしてから帰るよ」


 「望月君~~帰りも気を付けてね~~、家に帰るまでが遠足だよ~~」

 

 武藤さんは相変わらず間延びした声とニコニコした表情をする。


 「ちょっと沙希!! 望月君は”遠足”じゃなくて”お使い”でしょ!!」


 伊藤さんは武藤さんに元気よく突っ込む。


 「あははは~~。 そうだっけ~~~?」


 武藤さんはそれをニコニコしながら恍けたように答えた。


 「あははは……。 そういえば摩周さんは?」


 見送りに来てくれたのは村長や三森さん、大学生2人だけど、肝心の民宿のオーナーの摩周さんがいない。


 「ああ……摩周の奴はまだ息子の死から立ち直っておらんようでな、ワシが部屋まで行ったのじゃが出てこんのじゃ」


 「そうですか……」


 たしかに、今回の事件の犯人とは言え自分の息子を亡くしてしまったのだ。


 それを1日2日で立ち直れる方が無理な話だ。


 「ただ……部屋の前から立ち去るとき、”ありがとう”っとそう言っておったよ」


 「…………分かりました、それじゃまた」


 俺が民宿から立ち去ろうとするときに、三森さんから声を掛けられる。


 「望月君、そういえば君はどこのお使いでここ陰巣枡インスマスに?」


 「ああ、アークライトっていう骨董店の店主に頼まれたというか、お仕置きというか」


 俺の”アークライト”っていう単語を聞いた三森さんは何かピンと来た感じな表情を見せた。


 「なるほどね。 じゃあ帰ったら、”金に汚い守銭奴”と”本の虫”と”探検マニア”よろしく言っておいてくれ」


 「わ、わかりました」


 おそらく”守銭奴”は白井さんのことで、”本の虫”は須藤先輩のことだろう。


 (ん? じゃあ”探検マニア”って誰だ?)


 「じゃーね~望月く~~ん」


 「今度は私たちの大学に遊びに来てね」


 民宿の門へ向かっていく俺に大学生二人は手を振って見送ってくれた。

 

 民宿からバスの停留所に向かう途中、最初に出会った村人見かけた。


 彼は俺に深々かとお辞儀をすると、足早に自分の家と入っていく。


 どうやら、彼なりのお礼のようだ。


 停留場に着き、止まっているバスへと乗り込んで、運転席にいる運転手に挨拶をする。


 「よろしく願いします」


 「………ちぃ」


 運転手は最初乗り込んだ時と同じく愛想が悪かったが、俺は気にすることなく一番後ろの席へ座った。


 10分後、バスの発車時間になって、運転手がバスのドアを閉めようとした時だ。


 「ちょ!! ちょっと待ってなー!!」


 ドアの隙間を抜けて小さい何かがバスへ飛び込んできた。


 「おっちゃん!! まだ客がいるのにドア締めんななや!!」


 金髪のツインテールに碧眼で童顔、小さな身長に特徴のある関西弁。


 「ふ、藤波!!」


 そうだ、あの時民宿で行方不明になっていた藤波がバスへと飛び乗ってきたのだ。


 「お前! いったいどこ――」


 「じゃあかしい!!」


 俺が声をかけるよりも先に、藤波の怒号が遮った。


 「ウチは疲れとるんや!! まったく!!」

 

 そう大声で俺に向かって叫ぶとドカッと一番後ろに腰を下ろしていた俺の隣に座りそのまま横になってしまった。


 横になっている藤波の様子を見ると、いったいどこで何をしていたのか所々擦り傷だけになっている。


 「望月ぃ! 夜刀浦に着いたら起こしてや!!」


 相変わらずなぶっきら棒な態度で俺に命令する。


 「後……」


 「なんだ?」


 「ウチのことは”リタ”でいいよ」


 そういうと、リタはその容姿からは想像できない親父様なイビキをかいて爆睡する。


 「わかったよ」


 俺はリタのそうポツリと呟いた。


 バスは停留所から出てきた事務員にクラクションで挨拶すると、陰巣枡いんすますから夜刀浦やとのうらへ向かって走り出した。


 しばらく経ち、国道を走るバスからガードレール沿いに海が見える。


 (ああ……今度はお使いじゃなくて遊びで着たいな……)


 そんなことが頭を過って、ぼーっと眺めていると、水平線の方に何やら大きなものが見える。


 「なんだあれ?」


 目を凝らしてよく見てみると、なんと、そこには魚人ぽい影が見える。


 「え!!」


 俺はビックリして、隣で爆睡しているリタを揺さぶって起こそうとする。


 「リタ!! リタ起きて!! 外に!! 外に!!」


 「なんやねん……」


 リタは目を擦りながらムクっと起き上がってくる。


 「窓!! 窓の外をみて!!」


 「外ぉ?」


 彼女が寝ぼけた眼で俺の指差した方向を見るが、何も見つけられ無かったようで呆れたよ表情を見せる。


 「なんや? 何もないやんけ?」


 「そんな!!」


 俺も再びさっきのポイントを見るがそこには水平線が広がるだけで何もなかった。



 「ふん! アホらし陽炎でもみたんやろ……」


 そう言うとリタは再び横になって眠り始めた。


 「ん~~~なんだったんだあれ?」


 今までの疲れが見せた幻覚か、それとも魔術を使った副作用なのか、正直、今の俺には分からなかった。


 バスが夜刀浦ヤトノウラに近づいて来た。


 その時、バックの中にしまっていた携帯の着信音が鳴る。


 どうやら、携帯の電波が届くところまでバスが進んだということだろう。


 俺は携帯をチェックすると、そこには一件のメールが届いていた。


 差出人は須藤先輩だ。


 内容としては、今日も部室に来るようにとお達しだ。


 「ん? 添付ファイル?」


 一緒に届いた添付ファイルを開くと、ここにもボロボロな姿の猫耳メイド服を着てにっこり笑ってピースマークをしている先輩の自画取り写真があった。


 「何やってんだろ……あの人も……」


 俺は、パタンと呆れた表情で携帯を閉じる。


 『終点は夜刀浦~、夜刀浦~お忘れ物ないよう――』


 バスがもうすぐ夜刀浦ヤトノウラに到着するアナウンスを流す。


 妙なトラブルから陰巣枡インスマスに来ることになってしまった俺のお使いもこれで終わりを告げた。


 そして、ここから学校へ向かうのは長旅でへとへとに疲れてはいるが、あそこへ行こうと思う。


 あの”魔術師のいる部室”へ。



 

 

今回で第三章陰巣枡編は完結となります。


次の章は視点が変わります。

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