くそ……本当に最悪の1日だ……
ゲームセンターに着くと、これまた運がいいゲームの新台は4台が設置されていて、なんと4台とも空いている。
早速、財布から小銭を取り出しゲーム機に投入する。
CPU戦はそこまで難易度は高くなくステージ3までは楽にクリアーし、ステージ4をプレイしていると、画面に唐突に”Challenger”の文字が出る。
「乱入?」
格闘ゲームにはプレイ中の人間に対して挑戦できる乱入対戦モードが用意されているの定石だ。
さて、相手のキャラクターが決まりステージが決定され対人戦が開始される。
だが、相手は必殺技やコンボなどが覚束無いどうやら俺の対戦相手は初心者のようだ。
「初心者か……相手には悪いけど、負けてあげるつもりもないだよね」
何度か必殺技を受け流しながら、一気に勝負を決めるため連続コンボからの超必殺コマンドを入力する。
もちろん、この俺の攻撃が相手に避けられるわけもなく、あっさりと撃沈する。
残りの2ラウンド目も相手はこちらに攻撃をヒットすることができず、まさかのパーフェクト勝利で乱入対戦の幕は下りた。
画面が戻り先ほどプレイしていたステージ4が表示される。
その時、ドンっとと言う衝撃がゲーム機に伝わり、間髪いれずに対戦していた台の方から金髪でピアス、髭の男が胸倉を掴みこちらを睨み付け大声で怒鳴り散らす。
「あぁ! てめぇ! 何パーフェクトで勝ってんだよ! ゴラァ!!」
「はぁ?」
旗から見ても負けた腹いせにか見えない状況だったが、胸倉を掴まれたまま俺は男の方へ向き椅子から立つ。
「そんなこといっても、たまたま俺は勝っただけだし」
「るせぇ!! 調子乗ってんじゃねーぞ!!!」
その瞬間、男の膝蹴りが俺の腹部を直撃する。
「ぐふぅ!」
完全な不意打ちだ。
俺は腹部を押さえながら床へと崩れ落ちる。
くそ、今日なんでか不意打ちばかり食らっている気がする。
「くそ! おら! ごら! おら!」
男はストレス発散とばかりに俺を蹴りつづけるがそれも長くは続かなかった。
「店員さん!あそこで喧嘩してるよ!」
これほどの騒ぎが他の客が気づかないわけがなく、すぐに店の店員を呼ぶ。
「チィ!!くそが!!!」
男も店員を呼ばれたのに気づいたのか、蹴るのを止め一目散にその場を立ち去った。
店員が騒ぎに気づいてすぐに警察に通報してはくれたが、到着した時には男はすでに逃げた後だった。
その後、店員から簡単な手当てを受け警察へ事情を説明した俺は予定の時間を大幅に超えてからゲームセンターから出ることができた。
店先で携帯で時間を確認するとすでに、夜の10時を回っている。
「はぁ……今日は最悪の1日だ…………」
散々蹴られた為かあちこち痛む体を無理無理動かして駅へと歩き出した。
「くっそ! いちちち………」
ゲームセンターから少し歩いたところで、痛む体を動かしながら俺は1日を振り返った。
本当に散々だ。
部室では驚かされ、電車は遅れ、ゲームセンターではボコボコにされる。
ここまでの厄日は今までの人生であっただろうか?
「はぁ・・・ツイてない」
なんてことをブツブツ呟きながら商店街を歩き、駅前にあるアーケードまでたどり着いた。
ここは昔からある商店が並んでいるため閉店する時間が早く、この時間だとアーケードを訪れる人も少ない。
だが上のアーチの部分はまだ照明が灯っていて通路は見えている。
「さて、駅まであと少しだ」
ここまで来れば、駅まではほんの50メートルくらいだ。
後は、電車に乗ってバスに乗り換えて、家に帰るだけ
っといってもまだ先は長い。
「くっそ、あの野郎、容赦なく蹴りやがって………」
腕も痛い。
脚も痛い。
腹部が痛い。
体中が痛い………。
いくら対戦に負けたからと言ってあそこまで蹴ることもないのに……。
とってもそれに成すでもなくやられてしまった自分も悪いのだが。
そんなことを考えていると、ゴトっと何かが倒れる音がする。
音のした方を向くと、商店と商店の間に人が1人通れるくらいの路地がある。
路地はアーチの照明があるとはいえ薄暗かったか目を凝らしてみる。
どうやら、どちらかの商店が置いた青いゴミ箱が倒れたみたいだ。
「猫とかがやったのかな?」
そんなことを呟き、ゴミ箱より目線を上に向ける。
なんとゴミ箱より少し奥に誰かが座り込んでいる。
「あんなところで、どうしたんだろう?」
薄暗がりを目を凝らしてみてみると、後ろ姿しか見えないが、どうやら女性のようだった。
(このまま、駅へ向かうか?だが・・・)
俺が少し悩んでいると。
「うぅぅぅうぅぅ………」
座り込んでいる女性から苦しそうに唸る声を出している。
「だ、大丈夫ですか?」
俺は思わず駆け寄り声をかける。
「どこか具合があるいんですか? 今、救急車を―――」
ポケットから携帯を取り出し、119番へとボタンをプッシュする。
呼び出し音が受話口から、すぐに119のオペレーターであろう人物がでた
「はい、救急ですか? 消防ですか?」
「救急です」
「はい、どうされましたか?」
「今、西金駅のアーケードにいるのですが、そこで―――」
携帯を耳に当てながら路地裏の方を見る。
「え………」
いない。
確かに先ほど路地で座り込んでいた女性の姿がない。
「まさか!そんなちょっと待ってください」
オペレーターにそう伝え路地へと入るが、8メートルほど進んだところで行き止まりになっている。
急いで後ろを振り返る。
両側は商店の店舗の壁になっていてとても人間が登れる感じではない。
「え………そんな馬鹿な………」
俺が女性から目を離したのはほんの30秒くらいだ。
その間に女性が消えた?
「馬鹿な……幽霊でも見たのか俺は……」
突然のことに、頭の整理がつかず呆けていると。
「キョ……キョウハ……オ、オトコ……カ……」
突如として何処からか声が聞こえる。
俺は急いで路地の中を見渡すが誰もいない。
次の瞬間、上から何かが俺を地面へと押し付けたと同時に携帯が手を離れ何処かへ飛んでいってしまう。
「かはぁ!」
顔と左腕を押さえつけられ、うつ伏せに倒される。
「ハァ……ハァァ………」
吐息。
まるで獲物を仕留めた獣のような生臭い吐息が耳に響く。
「く…そ……」
何者かの拘束を逃れようと俺は体を動かすが、ピクリとも動かない。
「ウ、ウゴク……ナ……」
「くそ! 放せよ! 放せ! この!」
それでも諦めずに抵抗するが、今度は顔から首を掴まれ俺の体は中に浮く。
「く……がぁ……」
苦しい、首に掴まれた手を解こうと右手で掴み、目を開くと正体は先ほどの女性、しかも男子高校生の俺を片手で掴んでいる。
女性の姿は、ちょっと茶色のショートヘアーで、服装はセーターにスカート履いている。
だが、女性の目は赤く光っている。
「く…あ……が……」
掴んだ手が首の頚動脈に入ったのか、急激に意識が朦朧としてくる。
「オイシ……ソ……ウ…………」
(美味しそう? 何を言ってるんだ? まさか!!!)
女性の顔が大きく裂けワニのように開いた口がどんどん俺の肩に近づいていく。
(この人、俺を食う気か!?)
「ちょ……やめ……」
女性が今まさに肩に噛み付こうとする瞬間だった。
突如として彼女は何かに気づいたのか、口を閉じクンクンと俺の体を犬のように嗅ぎ始めた。
「オマ……エ……他……ニンゲン……ト…チガウ……カ、カワッタ……ニオイ……スル」
(くそ! なにか! なにか逃げる手立てはないのか!?)
(死にたくない! 食べらたくない!! 死にたくない!!!!)
そう思った瞬間、女性の腕を掴んでいる右手がバチっとまるで電気がショートしたような音と一瞬だけ眩い閃光がする。
「グガァ!!」
女性は痛みに叫び、俺の首を掴んでいた手が緩む。
俺はそのまま地面に落ち、女性は1メートルほど離れた。
「げぼぉ! ゲホゲホ!! はぁはぁはぁ・・・」
「ナ、ナンダ……イマ……ノ、マサカ……オマエ……”魔術師”……ナノカ……」
「ま、魔術師? 何を言ってるんだ?」
「オマエラ……マジュツシ……イルト……カリノ……ジャマ……」
「はぁはぁ 狩り?」
魔術師、狩り意味不明な言葉を口にする女性。
「ケド……オマエラ……マ、マリョク…ホウふ……ニンゲン……ヒト…リ…ヒトリ……タベルヨリ……マリョク……ホウウアル……ダカラ……」
「ぐぁ!」
まるで瞬間移動したかのスピードで、今度はすごい力で俺の首を掴みギリギリと締め上げていく。
「イマ……ココ……ジャ……タ、タベナイ……イエニ……カエッテ……ユックリ……ユックリ………ヒヒヒ……」
(くそ! くそ……)
(くそ……本当に最悪の1日だ……)
そして俺の意識は暗闇の奥へと消えていった。