終わりだ!!
”ウィリアム・スコット教授はどこにいる?”
彼女は自らの懐から出した本を突出し友彦さんに言い放った。
また、彼も”なぜその本を持っている”と答えている。
この本とウィリアム教授の関係は一体なんだというのだろうか?
彼らの話に謎は深まるばかりだ。
松明がともされ、地下のダゴン様の社で彼らは対峙している。
「三森さん……その本は?」
「この本は、ウィリアム教授が彼の個人セミナーに参加した者が貰える、彼の文化と民俗学を理論的に構築した論文なのよ。この論文は一般的な書店には絶対に出回らない」
「それが友彦さんと何が関係あるんですか?」
「教授の開くセミナーには、彼が民俗学の論文で優秀な人物でしか参加することができないの、けれど――」
彼女は再びTシャツのしたからもう一冊の同じ紅のカバーがかかった本を取り出し友彦さんたちに晒す。
「これは望月君と別れた後、もう一度ここに戻ってきたときに出てきたのよ。 彼の部屋からね」
ここで俺は一つの疑問が浮かんだ。
「それなら三森さんが前に言っていた”教授が失踪する”前にセミナーを受けてもらったんじゃないんですか?」
俺の質問に三森さんは取り出した友彦さんの論文のとあるページを開いて俺に見せる。
それは本の一番最後の方ページ、見返しの部分に何やら文字が書いてある。
書かれているのは日付と速記で読めないがウィリアム教授のサインだろう。
彼女が見せた見返しの注目すべきところはサインでは無く日付。
日付は去年の下旬が記されている。
「あ……」
「そう彼が失踪したのが2年前。 失踪している間、公で彼のセミナー開講のしている告知はどこにもなかったわ」
三森さんは再び友彦さんに向かって枯らす声で叫ぶ。
「この本を何処で……教授はどこ居るの!!!」
三森さんの声は洞窟の反響効果でエコーが効いているようにそこ等中に響く。
彼女の問いかけに友彦さんは嘲笑で答える。
「くくく……。 あははははは!!」
彼の態度に三森さんは激怒する。
「何がおかしい!!」
「人間ごときが”あの方”の名を軽々しく口にするなど片腹痛い」
「一体何を言って――」
友彦さんは腰に手を当てて上から目線の口調で話を続けた。
「私はあの方に出会って変わったんだ。 ダゴン様の復活方法も、バラバラだった祖先たちをまとめ、私にこの力を与えてくださったのだ。 彼は神に等しい存在だよ」
「神……だと……?」
「そうだ!! そして我々の悲願であるダゴン様は今日ここで復活される!!」
友彦さんは勝ち誇ったように、手に持った巻物を高々に上げる。
「我々にはすでに”ダゴン信教”を手にしている。 貴様らのような雑兵などが手におえる状況ではないのだよ」
そして、友彦さんが”ダゴン信教”の紐を解いて中身を広げた時だ。
「なんだこれは!?」
彼が驚愕し2人のフィーアが友彦さんの方へ視線が動く。
「三森さん!! 今です!!」
「っ!!」
俺の合図で三森さんは、友彦さんへ向かって疾風のごとくダッシュし、俺は銃の狙いを魔剣士を抑えているフィーアに向けて弾丸を一発撃った。
二人のフィーアは俺の撃った弾丸に気づいたのか、魔剣士からすぐに離れ回避される。
魔剣士は体を押さえつけていた者が居なくなったおかげて、刀を床に突き刺してもたれ掛かるようにヨロヨロと立ち上がった。
三森さんは友彦さんとの距離を縮め懐に入ると、右足を思いっきり地面に踏みつけ上体を低くし背中全体で彼の胴体にぶち当て、彼女らの周りに衝撃によってチリや埃が舞って煙幕の様になり姿が見えなくなる。
彼女が放った技は、鉄山靠だ。
一部の格闘ゲームで有名になった八極拳の技の1つ。
実際にやっている人は初めて見た。
ゆっくりと埃の煙幕が収まり、2人の姿が見えてくる。
三森さんの攻撃は完全に友彦さんの胸部に入っている………が、それも、昼間に魔剣士の刀を受け止めた硬い鱗が彼の胸を覆い守っていた。
「だから、無駄だと――」
彼の余裕に三森さんはにやける。
「それはどうかな」
「!? ごぼぉ!!」
先ほどまで余裕の表情を浮かべていた友彦さんが口から血を吐き膝が崩れる。
跪く彼を三森さんは見下ろして話しかける。
「鉄山靠は、相手を打撃によって傷つける技じゃない。 逆にその衝撃によって内側にダメージを与える技なんだ。 いくら硬い鱗で守ろうが衝撃は抑えられない」
「……小癪な真似を……」
友彦さんは持っていた巻物を三森さんに投げつけるが、残念ながらヒョイッと避けられてしまう。
そして間髪入れずに友彦さんの傍にいたフィーアが三森さんに殴り掛かるが、バックステップで簡単に避けられ魔剣士の近くへと立ち位置を移動する。
「あんた、大丈夫?」
何とか立ち上がった魔剣士を心配して彼女は声をかけた。
魔剣士は、コクリと頷いて答える。
じりじりと両腕に炎の纏った2人のフィーアが彼女たちに詰め寄ってくる。
こっちは、ボロボロとの魔剣士と三森さん、そして残りの弾数が1発の俺の三人。
向こうは、ダメージを受けたと言えまだ動ける友彦さんと2人のフィーア。
戦力差は縮まったと思ったが、まだこっちが劣勢だ。
「フィーア!! そこの2人を抑えておけ!! 私は――」
友彦さんはフィーアに向かって指示を飛ばすと、口からまだ血を垂らした顔で俺の方を真直ぐ睨み付ける。
「貴様!! よくもこんな”ふざけた真似”を!!」
彼が俺に対して激高している理由。
それは俺が彼に投げ渡した巻物だ。
「誰も”本物”とは言っていない」
彼に渡したダゴン信教は”デコイ”、つまりは偽物だ。
ここまで来るのに摩周さんから”竜玉”は受け取ったが、”ダゴン信教”は受け取ってはいないし、彼らの依頼はダゴン様の復活を阻止することだ。
なのに、相手の条件にわざわざ本物を持っていく馬鹿はいない。
地下に入るまでにホテルの事務所にあった適当な巻物系の紙に”へのへのもへじ”の顔を適当に描いたものを作っておいたんだ。
松明が焚いてあるといえ、洞窟内はそれなりに薄暗かった。
まぁ俺の心境しては、大学生2人が解放されるまで偽物とバレないか冷や冷やものだったけど、自分でもうまくいった。
しかし、2人を助けることはできたが、今度は自分がピンチになるとは思ってもいなかったけど。
「殺してやる!! 八つ裂きにしてやる!! 我らの悲願をこのような子供じみたいたずらで侮辱するなどと!!」
「悲願? それはあんた達の勝手な一方的な押し付けだろ! 少なくとも摩周さんや村の人達はそんなこと望んじゃいない!!」
友彦さんは鬼形相で吠えるように叫んだ。
「黙れ!! 貴様のような子供に何が分かるというのだ!! 何も理解できんだろ!! 何も!!」
「確かに俺はガキだよ!! けれど、ダゴン様っていう大きな力を使って対等な立場を作ろうとするのは間違っている!! ちゃんと言葉があるのだからみんなと話し合って方向を決めればよかったんだ!!」
「私がどれだけその”言葉”で村人や父さん、村長を説得してきたと思う!? 彼らは今の生活を大事にするあまりこれから先を全く考えようとしていないのだよ!! 何も考えずにただ保守的な考えに染まった彼らを目覚めさせるには、誰かが”業”を背負わなければならない!!」
「”業”だって?」
「そうだ!! 私はダゴン様を復活させることによって日本に住む人間の数十%は殺すだろう! だが、それも我々の独立国家のための尊い犠牲なのだ!!」
彼は俺を指差してこう言い放った。
「我々には大義がある!! だが、貴様にはそれがあるのか!?」
友彦さんの言葉に俺は即答を控えた。
俺が彼らの成そうしていることを阻止する理由。
自分としては別に摩周さんや村長に依頼されたからじゃない。
動機はたった一つ。
”いつもの日常に戻る”。
俺が望んでいることは、ただそれだけだ。
「ああ、あるよ!! あんた達のくだらない企みより何万倍も最高な理由がっ!」
俺の言葉にトサカに来たのだろう、友彦さんは右腕を深きものども(ディープワンス)の物に変化させて振りかぶり俺に向かって突進してくる。
「くだらないだと……。 ただのくそ子供がぁぁぁぁ!!」
けれど、三森さんの鉄山靠のダメージが抜け切れていないのか、動きは五体満足の深きものども(ディープワンス)に比べると緩慢だ。
「っ!!」
突進してくる友彦さんを右側にステップでかわし、彼の攻撃は空しくも空を切る。
(この距離なら!!)
彼と俺の距離はほぼゼロだ。
俺の背中に狙いを付ける。
「終わりだ!!」