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魔術師のいる部室  作者: 白い聖龍
秘密のある村
37/80

”彼”の名を叫ぶ。


 神社のある洞窟内は松明が大量に火がつけられて明るくなった為か、まるでサウナのような暑さだ。



「ははははははっー!!」



俺は神社の前で高笑いする友彦さんを睨み付けていた。


武藤さんや伊藤さんを誘拐し、村を混乱に巻き込み、自分の父親を泣かしてしまったこの人を俺は睨み付けている。


復讐とか憎いなどいう感情とは違う。


ただただ、まるで勝ち誇っているかのような彼の態度が気に入らなくてムカついてるだけなんだ。


「じゃあ、彼女たちの無事も確認したことだろう。 ”ダゴン信教”をこちらに渡せ」


昼間の礼儀正しそうな雰囲気を持っていた友彦さんだったが今は俺に対してはまるで子供を相手するような強気な態度を取る。


たしかに向こうから見れば、深きものども(ディープワンス)の村長や魔術師である摩周さん、武装した村人がいるわけではない。


今、彼らに取って脅威なのは銃で武装している俺ではなく魔剣士だけと思われているだろう。


 だからこそ、この状況を利用できる。


 「だめだ! 先に2人をこちらに歩かせろ!」


 「ほぉう? なんでだい?」


 俺の答えに友彦さんは小馬鹿にしたような態度で質問を返す。


 「普通に考えれば、そちらにダゴン信教を渡したら貴方たちは目的の物を手に入れたなる。 そうなれば、彼女たちの存在価値は失われてしまい身の安全は保障できないからだ」


 友彦さんはこう回答すると”くくくっ”と少し笑う。


 「確かに君の言うとおりだ。 ただの子供の割には知恵は回るじゃないか。 よろしい」


 彼が指をパチンと鳴らす。


 「きゃあ!!」


 「ちょっとさわんないでよ!!」


 合図を待っていたのかのように2体の深きものども(ディープワンス)が腕を縄で拘束した姿で彼女らを立たせて、友彦さんと狐面の前に連れてくる。


 「こちらも、そちらにお二方を渡してしまっては、そのまま逃げられる可能性がある。 そこで一つ提案があるのだがいいかな?」


 「提案?」


 「私たちは2人をそちらに歩かせる、そちらはこちらにダゴン信教を投げてほしい。 それで交換は終了だ」


 彼の提案を聞き、そのことを魔剣士に確認を取る。


 「魔剣士もそれでいいか?」


 魔剣士はコクリと頷く。


 「わかった! 12の3で投げよう」


 「了解した」



 カウントダウン前、少しの沈黙がお互いの緊張が高まっていくのが分かる。





 


 「1!」


 俺は大声で数字を叫ぶ。










 「2!」


 友彦さんも答えるように次の数字を叫んだ。



 







 「「3!!」」



 ”3”の合図で俺はダゴン信教を投げ、大学生2人はこちらに向かって走り出した。


 お互いの距離はおおよそ10mほどだ。


 何事もなければ武藤さんと伊藤さんは5秒足らずでこちらに着ける筈だ。


 彼女たちが走っている時、彼らを見ると俺の投げたダゴン信教に全員が熟視している。


 彼女たちが中間ほどの距離に来た時だ。


 「っ!」


 魔剣士が地面を強く蹴って彼女たちに向かって走り出した。


 「なっ!!」


 魔剣士の行動に一瞬遅れて友彦さん達も気づく。


 魔剣士は疾風のごとく速足で距離を詰めるがもちろん彼女たちを通り過ぎる。


 「えっ!?」


 「へっ!?」


 驚いた表情をして大学生2人は通り過ぎる魔剣士を見送る。


 「ふん!! この状況を利用して奇襲とは考えましたね」


 友彦さん、狐面、深きものども(ディープワンス)は魔剣士を向かい打つため身構えるが、魔剣士は彼らを飛び越えて神社の境内へと走っていく。


 「な……んだ……と!?」


 魔剣士の狙いは彼らでもない。


 真直ぐに”ダゴン様”が眠る封印石に向かって走り続ける。


 そう、魔剣士の狙いは最初から封印石だった。


 彼らの切り札で最大の目的である”ダゴン様”を潰してしまえば最悪の事態は免れる。


 魔剣士はマントの中ら透明な緑色をした玉を取り出す。


 これが俺達の最大の切り札である異形殺しの宝玉”竜玉”だ。


 「ちぃっ! 何をするかは知らんが”フィーア”!!」


 ”フィーア”……それが狐面の名前か。


 フィーアは友彦さんにコクンと頷く。


 その間に武藤さんと伊藤さんは俺の元へたどり着く。


 魔剣士は封印石まで残り数メートルのところまで行っていた。


 「ふぇぇぇん! 望月く~~ん」

 

 「望月君 君は一体?」


 伊藤さんの質問を受けた時、友彦さん手に俺が投げた魔術書”ダゴン信教”が届く。


 俺は急いで2人の手を拘束している縄を解く。


 「説明は後で、2人はそこの階段を使って上へ逃げてください!」


 「けれど!!」


 詰め寄ってくる伊藤さんを腕を掴んで武藤さんが止める。


 「沙希っ!」


 彼女の行動に伊藤さんは武藤さんの名前を呼ぶ。


 けれど武藤さんは首を横に振りって答える。


 「…………」


 「すみません……伊藤さん」


 そして彼女を収めてくれた武藤さんにお礼を言う。


 「ありがとうございます。 武藤さん」


 武藤さんは俺の言葉ににっこり笑って答えてくれた。


 「ううん。 けど無事に帰ってきてね。 望月君」


 「は――」



 ”はい”と言いかけた時、封印石の方から鈍い何を殴ったような音が響く。


 音に気づき封印石の方に目をやると、魔剣士の体が宙を舞って神社の室内から叩き出されてしまった。


 「ゲホゲホっ!!」


 魔剣士に何が起きたのだろうか、地面に倒れ、苦しそうに右の脇腹を抑えて、血を口から地面に吐いている。


 状況が不利になったと感じた俺は彼女たちをすぐに階段の方へ行くように促す。


 「急いで!早く!!」


 俺の剣幕に驚いたのだろう。


 2人は後ろ髪を引かれる思いで階段を上って行った。


 俺は彼女たちが階段を上っていくのを確認すると、村長から渡された94式拳銃のスライドを引いて弾を装填する。


 銃に弾を装填するとスライド横のバーが上がり弾が送られたのを俺に教える。


 「ずいぶん、小癪な真似をしてくれますね」


 「そいつはどーも……」


 友彦さんは俺のいる位置からでもわかるくらいに青筋を立てている。


 別に今回の魔剣士の行動は俺が指示したわけではない。


 阿吽の呼吸というのだろうか、魔剣士が提案しなくてもおそらく俺も同じこと作戦を取ったと思ったからだ。


 ただ結果として作戦は彼女たちの救出には成功はしたが、ダゴン様を倒すことには失敗しおまけに彼らを怒らせてしまったようだ。


 「ですが。 その悪あがきもできません」


 彼がそういうと、神社の室内からなんと狐面のフィーアがもう一人現れる。


 「なっ!!」


 数的には5対1で圧倒的に不利だ。


 (どうする……)


 俺は階段の方をチラッと見る。


 ここから逃げ出すなら今しかないが、あの狐面のフィーアと呼ばれる格闘家グラップラーから逃げられるか?


 答えは”NO”だ。


 昼間のフィーアの身体能力を考えるととても逃げ切れるとは思えないしありえない。


 それなら、5対1の戦力差で無謀だと、無知だと、無力だと思われても彼らと戦うべきか?


 この答えも”No”だ。


 これは考えなくてもわかる。


 いくら銃で武装しているといえど、深きもの(ディープワンス)1体に苦戦している俺では相手にならない。


 実際にここまで来るのにホテルに居た深きものども(ディープワンス)は俺が銃でけん制し、魔剣士が止めを刺すやり方でこの社までたどり着いたのだ。


 それなら、魔剣士は?


 俺は顔を魔剣士の方に向ける。


 奴は先ほどの攻撃がクリーンヒットしてしまったのか横になった状態で倒れたまま動く気配はない。


 その代わりに床や封印石に付いた魔剣士の多量の血は攻撃の強さを物語っている。


 さらに2体目のフィーアが魔剣士の体を足で押さえつけている。


 とてもじゃないが、復活して助太刀してくれるようにはとても思えない。


 なら残っている選択肢は……。


 俺はゆっくりと友彦さん側に向かって片腕で構える。


 「おや? 私たちとやり合うつもりですか? そんなチンケな銃で?」


 彼は俺の姿が滑稽に見えたのだろう、大きな声で高笑いを始める。


 「あははははっ!! 何もかも諦めたのですか!! こいつはお笑いだ!!」


 俺は可能性に賭けて引き金を引く。


 しかし、発射された弾は空しくも友彦さんを庇いに入ったフィーアの真紅の籠手ナックルガードが彼を守る。


 「あははははっ!! 恐怖で頭でもおかしくなりましたか!?」


 (くそっ!! なんで使えない!!)


 俺が賭けている可能性。


 それは俺自身だ。


 谷の時に使った魔術、深きものども(ディープワンス)を倒したあの魔術を使うために俺は足掻いている。


 「くくくっ……もうお止めなさい、どう足掻いてもあなた方の”負け”です」


 「くっ!」


 94式拳銃の装弾数は6発をすべて撃ちつくし、空のマガジンを捨てて新しいマガジンを装着する。


 (これで最後か……)


 俺はスライドストップを解除し弾を装填して再び彼らに狙いをつける。


 「ふん! あきらめの悪い!」


 友彦さんが再び指をパチンと鳴らすと深きものども(ディープワンス)2体が俺の方へ向かってくる。


 「くそ!!!」


 俺は向かってくる深きものども(ディープワンス)に狙いを修正し、連続して引き金を引く。


 発射された弾は2発が1体目の深きものども(ディープワンス)の胸と太ももに当たりその場で転ぶが、もう1体は肩に命中はするが突進はやめない。


 「だめか!?」


 俺の1m手前で勢いをつけて深きものども(ディープワンス)が飛んで振りかぶるように鋭い爪が生えている鰭の付いている手を振り被る。


 「やられて……たまるかぁぁぁぁぁ!!!」


 俺は諦めずに深きものども(ディープワンス)に銃の狙いを定める。


 この時、俺の視界がスローモーションのように流れる。


 深きものども(ディープワンス)の爪が、ゆっくりとゆっくりと俺へと近づいてくる。


 その時、後ろから何かが飛出し目の前の深きものども(ディープワンス)を友彦さんの方へブッ飛ばす。


 ブッ飛ばされた深きものども(ディープワンス)は友彦さんを守っているフィーアの蹴りによって防がれ、洞窟内の岩の壁へとさらに飛んでいく。


 ”ドン”と鈍い音がなり、深きものども(ディープワンス)の方を見ると壁にめり込みピクピクと痙攣している。


 「よかった……無事だったんだね……」


 俺の背後から現れ、深きものども(ディープワンス)の攻撃を防いでくれた人物。


 それは……。




 青いのジーパン。



 カーキ色のTシャツ。



 そして、黒髪の三つ編みした背中。



 「三森さん!!」


 三森さんは友彦さん側に体を向けたまま顔だけすこし後ろを向いてにっこり笑う。



 「とにかく、間一髪だったね」


 一言だけ俺に言うとすぐに三森さんは友彦さんたちに叫ぶ。



 「よくも私の生徒や望月君達を怖い目に逢わしてくれたね……あんたら覚悟はできてるんだろうね!!」


 威勢よく叫ぶ三森さんを友彦さんは笑い飛ばす。



 「ははははっ!! なんだと思えば”人間”じゃないか!!」


 笑い続ける友彦さんに三森さんは少し笑うとこう答える。


 「おや、あんたもその”人間”じゃないのかい?」


 友彦さんは三森さんの放った言葉がかんに障ってしまったのか笑うのを止めて無表情で残っていた深きものども(ディープワンス)に命令をする。


 「……殺せ」


 命令を受けた深きものども(ディープワンス)は、俺の受けた傷を耐えるようにして腕を振りかぶり三森さんに向かって飛び掛かる。


 「あぶない!! 三森さん!!」


 彼女の危険を感じて俺は三森さんに叫ぶが、彼女はうす笑った表情で答える。


 「おや? 忘れたの?」


 そうだ、俺は忘れていた。


 「すぅぅぅぅ……」


 三森さんは向かってくる深きものども(ディープワンス)に構えて深く息を吸う。


 次の瞬間、深きものども(ディープワンス)は振りかぶった爪で彼女を切り裂こうとするが、三森さんは半身で避けて攻撃は空を切る。


 攻撃を避けた三森さんは怪物の顔面に裏拳を叩き込む。


 その衝撃が凄まじかったのだろう、深きものども(ディープワンス)の鋭い歯がポロポロ何本か地面に落ちるのが見えた。


 裏拳によって脳震盪を起こした怪物を三森さんは容赦なく腹部に回し蹴りをかます。


 深きものども(ディープワンス)は、友彦さんや魔剣士の頭上を飛び越え神社の屋根に突き刺さった。


 「はぁぁぁぁぁ……」


 彼女は攻撃を終えて吸い込んだ息をゆっくりと吐き出す。


 そうだった、彼女は三森さんは……。



 格闘家グラップラーだ。



 俺が橋で深きものども(ディープワンス)を殴りつけた時は、硬い鱗が手に刺さって攻撃が通らなかったのに、彼女の手や足を見ると怪我をしている様子が全くない。


 一体どんな鍛え方をすればそんな体ができるのだろうか?


 俺の変な考えをしり目に三森さんは友彦さんに話しかける。


 「こんな、魚の化け物じゃ相手にならないよ! それに私はあんたに聞きたいことがある」


 「…………」


 三森さんの戦闘力が友彦さんの予想を超えていたんだろう、彼は少しボーっとしていたが三森さんがTシャツの中から取り出したものを見て我に戻る。


 「そ、それは…………なぜ。 なぜ! 貴様が持っている!!」


 三森さんが取り出したのは一冊の本だった。


 本は小説ぐらいの大きさと厚みがあり、紅のカバーがされている。


 さすがにここからだとタイトルは見えなかった。


 そして三森さんは”彼”の名を叫ぶ。



 「教授は!! ”ウィリアム・スコット”教授はどこにいる!!!」




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