つまりは、あなた方にお願いしたのは”神殺し”です
(くそ……動けない……)
武藤さんを人質にしている狐面と対立する。
狐面はジッと仮面越しにこちらを見ている。
さて、どうしたものか。
咄嗟のことに拳銃を構えられなかったのが俺の大きな失敗だ。
「あぅ………」
狐麺の腕はがっちり武藤さんの首を抑えている。
おそらくだが、少しでも変な動きをすれば狐面は抑えている武藤さんの首をへし折るだろう。
そうなれば、万事休すだ。
(魔剣士は!?)
ちらりと、魔剣士の方を流し目で見る。
向こうも向こうで、突如として現れた深きものどもの(ディープワンス)の軍勢を威嚇するように刀を向けているが、ちらちらとこちらに顔を向けるのを見ると、少しは気にはしてくれているようだった。
一瞬の膠着状態。
誰もが動揺や奇声を上げる中、友彦さんの声が空を切る。
「さぁ!! 勝ち目はありません!! 父さん、ダゴン信教を渡してください!!」
「くっ……」
武藤さんを人質に取られている今の状況では、摩周さんはダゴン信教を相手に渡さざるを得ない。
しかし、彼らに信教が渡ってしまえば、彼らは”ダゴン様を復活させて日本を相手取り戦争をするに違いない。
摩周さんは村長の方をちらりと見る。
村長は摩周さんの意図が伝わったのか”コクリ”と頷く。
「………」
摩周さんは何かを呟き左手から先ほどの巻物”ダゴン信教”を復元させる。
(摩周さんも魔術師!?)
その事実に俺も少し驚いたが、今の状況はそれどころではない。
摩周さんは”ダゴン信教”を自分の息子であり、今回の騒動の原因である友彦さんの前に差し出す。
「わかってくれましたか……」
差し出されたダゴン信教を受け取りにゆっくりと友彦さんが摩周さんに歩み寄っていく。
そしてダゴン信教に手を伸ばした瞬間だった。
彼らの様子を狐面が見ていないはずはない。
わずかだが、奴の顔が摩周さんのいる方角へ動き意識がそちらの方へ向く。
(今だ!!!!!)
俺は今がチャンスとばかりに狐面へ突進する。
間髪入れずに俺の行動に気づいた狐面はタックルをかわすと奴の身に着けている赤いローブがヒラヒラと揺れる。
俺はそのまま防空壕の入口の壁にぶつかってしまう。
「あぷぅ!!」
狐面はすぐに体制を直し、武藤さんの首を軽く締める。
「くぅ……あ……」
「わかった!! 抵抗はせん!!」
村長が狐面に
「「!?」」
この騒動に気づき友彦さんと摩周さんがこちらに意識を向ける。
そして、魔剣士が動く。
素早い踏込で友彦さんの懐まで一気に距離を縮め、刀を横に返し彼の腹部に切りかかる。
刀は真っ直ぐに彼の腹目掛けて刃が襲い掛かる。
「 くっ!!」
………が。
ガキンと高い金属音が鳴り響き、純白の刀が彼の服の上で止まっている。
一体何が起きているんだ?
確かに魔剣士の刀は彼の腹部に切り込んだ。
そう確実に切り込んだはずだった。
しかし、本来服を切り裂き肉を裂くはずの刀は肉体までは届いていない。
「ふぅ……まったく油断も隙もない」
攻撃失敗した魔剣士は反撃を恐れて摩周さんを抱え軽く飛び距離を取った。
魔剣士のあの小柄な体にどれくらいの筋肉をしているんだ?
いくら狐面や先輩と遣り合う実力があるとは言え、中年肥満体型の男性を抱えて飛ぶなんてありえないだろ。
魔剣士の刀が離れ、友彦さんが着ている服が少し切れて開かれる。
彼の服の下が様子が外へと晒される。
刀を受けた部分には深緑色した鱗がびっしりとまるで鎖帷子のように体を守っている。
「友彦……その体………」
「父さん。 これが我々の力だよ!」
「馬鹿な!! お前は私と同じで先祖の血が薄れているはずだ!! なのに、その鱗はまるで……」
「深きものども(ディープワンス)そのものかい? 父さん?」
摩周さんは驚愕と恐怖を混ぜた表情で友彦さんを見つめる。
「ひどいな……そんな化け物を見るような顔で見ないでください…………元々は我々の祖先の力ですよ?」
「ああ……ああ……」
「あなたの様に深きものども(ディープワンス)でもなく、人間でもない中途半端な存在とは違うんですよ」
「ああ……あああ……」
「ふん!」
友彦さんは摩周さんの姿に呆れたように鼻を鳴らす。
何を思ったのか友彦さんは摩周さんに背を向け、深きものども(ディープワンス)のいる方向へと歩き出す。
彼の行動の意図を察したのか。
狐面は武藤さんを連れたまま瞬間移動したように彼の横に現れる。
「ぬ!? 抜かったわ!!」
「武藤さーーーーん!!!!」
「も、望月くーーん、摩周さーーーん、村長さーーん」
友彦さんと狐面は深きものども(ディープワンス)と合流すると再びこちらを向き直し、そして叫んだ。
「まだ抵抗するのなら、あなた方に少し時間を差し上げましょう。 そこまでしてダゴン信教を渡さないということならこちらにも考えがあります」
友彦さんは腕の裾をまくり腕時計で時間を確認する。
「今夜12時までにダゴン信教を持って、ダゴン様のご神体がある”やぐら”まで来てください。 それまで、彼女達の身柄はこちらまで預からせていただきます」
「させるか!!」
俺が不要に銃を友彦さんに向ける。
「や、やめてくれ!!!」
突如、摩周さんは、俺が構えている銃を押さえつけ俺はそれに抵抗する。
「何をするんですか!!」
射撃の邪魔をする摩周さんを見ると彼は小刻みに震えて呟いていた。
「やめてくれ……やめてくれ……やめてくれ……やめてくれ……やめてくれ……やめてくれ―――」
彼は何度も何度もつぶやくやめてくれと。
俺もその姿に気の毒な気持ちになり抵抗を辞める。
友彦さんは俺達の姿をみて少し黙っていたが続けて叫ぶ。
「なお、時間までにダゴン信教が届けられない場合、我々は”もう一つの方法”でダゴン様を復活させる」
「もう一つの方法?」
彼がその言葉を口にした時、村長の表情が少し歪む。
「皆さん!! 今日、私が発言したことよく考えてください。 それでは!!」
突然、友彦さんや狐麺、深きものども(ディープワンス)のいる位置がユラユラとゲームでワープ画面の様に揺れ始め、彼らの姿がゆっくりと半透明になっていく。
「望月くーん!! 村長さーん!! 摩周さーん!! 私は大丈夫だから!! だから、ダゴン信教は――」
武藤さんの最後の言葉も彼らの消失と共に掻き消される。
「き、消えた……」
俺がそう呟くと、摩周さんは膝から崩れ落ちる。
「ああ……あああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
そして、大声を上げて泣き叫んだ。
魔剣士は構えていた刀を元の木札に戻し森の方を見つめている。
村長は腕を組んでなにやら考え事をしているように見えた。
「はぁ……こりゃ大変なことになったぞ……」
…………数時間後、防空壕内にて。
俺の寝ていた部屋に、村長と魔剣士が集まり今後の相談をしている最中だ。
相談と言っても、村長は腕を組み相変わらず考え事をしていて、魔剣士は被っているフードが深くて表情は読み取れないが、ジッとテーブルに置かれた紅茶を見つめているように見える。
摩周さんはあれから自分の部屋に閉じこもり一向に出てくる気配はない。
確かに自分の息子がまるで先祖のような能力を備わって現れたんだショックに違いない。
俺と言えば、この沈黙が居た堪れなくなりベットで横になり頭から布団を被って狸寝入りをしている。
それもそうさ、一体、どう対処すればいいんだ?
大勢の深きものども(ディープワンス)、炎を操る赤いローブの狐麺、そして、祖先の力を身に着けた友彦さん。
対してこちらには、魔術師とは言え今は戦闘不能な摩周さん、魔剣士、村長、魔術師見習いの俺と村人が20人ほどだ。
狐面や友彦さんを抜いたとしても、とても太刀打ちできる相手ではない。
このままダゴン信教を渡してしまった方がいいんじゃないか?
そんな考えが頭を過る。
(ダメだ! ダメだ!! 弱気になるな!!)
そうだ、俺はあの時決めたはずだ。
橋の前で深きものども(ディープワンス)に襲われ、傷つきながらも偶然にも作り出した魔術で化け物を倒し、体を引きづりながら決めたはずだ。
先輩や淳子さん達のいるあの日常に帰るって決めたはずだ。
突然、扉が開かれる音が聞こえる。
俺は布団から顔を出しドアの方向を見る。
そこには、部屋に閉じこもっていた摩周さんが立っていた。
摩周さんは部屋に入ってからもおそらく泣いていたのだろう、目が真っ赤に充血している。
村長は懐から煙管を出し葉っぱを詰めて火をつけて、深呼吸するように大きく吸い込み、勢いよく煙を吐き出す。
そして摩周さんに一言訪ねる。
「………摩周よ……決めたのか?」
摩周さんはコクリと頷く。
「………はい……村長……」
村長は”そうか”と答え、煙管の灰を床に落とす。
俺はベットから起きて彼らと同じテーブルに着く。
すると、村長が俺と魔剣士に話しかける。
「魔術師殿、魔剣士殿、どうやら、ワシの目論見が甘かったようじゃ。 ワシはまだ奴らは話をすれば和解できると考えていた………が、連中はこれまでに無く本気じゃ。 本気でダゴン様を復活させて日本に対して宣戦布告するつもりじゃ。 このままでは日本が滅ぶ」
村長の言葉にこの場にいる全員に重たい空気が流れる。
「そこで、魔術師殿には依頼の変更をお願いしたい」
「依頼の変更?」
村長は一呼吸おいて答える。
「友彦を……摩周友彦の暗殺をお願いする」
暗殺……つまりは俺は人を殺すということだ。
当然、人など今まで殺したことなどないししたくもない。
「どうですかな? 魔術師殿?」
村長の言葉にハッと我に返る。
「本当に暗殺するしか方法はないのですか?」
俺が質問すると村長はこう答えた。
「じゃが、それはあくまでも最後の手段じゃ、本当の依頼はこれじゃ」
村長が摩周さんの方を向き彼は後ろからとあるものをテーブルの上に置いた。
それは、俺がここに来た理由。
摩周さんに届ける様に頼まれた代物。
骨董店”アークライト”の店主”白井 淳子”さんから頼まれて持ってきた”高さ15センチ、横が5センチくらいの風呂敷に包まれた箱”だ。
テーブルに置かれたそれを摩周さんが風呂敷を解く、風呂敷の中からは黒く漆塗りされ縁に金をあしらった高級そうな箱が出てくる。
「これは……?」
俺が質問すると、村長と摩周さんはお互いに頷き、慎重に蓋を開ける。
中からは、綿を緩衝剤に敷き詰められた上にビー玉ぐらいの大きさのクリアーグリーン色のガラス玉が入っていた。
摩周さんが手に取り俺の前に出しそれを見せる。
「これは”竜玉”と言われる宝石です」
「”竜玉”?」
「ええ。 竜が手に持っていた玉という言い伝えがあり、その名がつけられたと聞いています」
摩周さんは、俺と魔剣士に”竜玉”を見せると村長がテーブルに手を出し彼はその手の上に”竜玉”を置いた。
「ぐぬぬぅ!!」
村長の手に置いた瞬間、竜玉が熱を帯びたように光を発し手から煙が上がっていく。
「村長!!」
俺が声を上げると摩周さんはすぐに竜玉を彼の手から拾い上げる。
「はぁはぁはぁ……どうやら本物のようじゃ」
「そのようですね……」
2人は何かを分かり合っているようだが俺にはさっぱり分からない。
魔剣士に助けを求めようにも相変わらず紅茶と睨めっこをしている。
「一体なんなんですか? この”竜玉”っていうのは?」
手に消毒液を塗り手当を終えた村長が答えてくれた。
「これは異形殺しの力を持つ宝玉じゃ。 本来なら我々でダゴン様を完全に封印するために使うものじゃったがな……」
「完全に封印? 封印なら20年前に阻止したんじゃなかったんですか?」
この質問に摩周さんが答える。
「最初に説明した時に”義は継続している”いいましたね。 あの時、半分以上復活の義を終えた後だったので、ダゴン様の封印が解かれる寸前でした。私と父が急いで封印の義を行ったのですが、義の最中に隠れていた深きものども(ディープワンス)に襲われてしまい、父は私を庇って………。 すべてがギリギリの選択でした。 残された私は何とかダゴン様を封印石に閉じ込めたのですが、本来は2人で行うものを1人で行ってしまったためか、不完全な形で封印してしまったのです」
「なら、その封印の義というの村長か他の誰かに頼めばすむんじゃ?」
「それが、簡単にいかないのです。 封印の義は、代々私達”摩周家”がその役割を仰せつかってきました。 しかし、父が亡くなった今封印の義を行えるのは私と息子の友彦だけなのです」
「え? でも、村長は摩周さん達の祖先ですよね? なんで義を使うことができないんですか?」
この質問に村長が答える。
「ワシは見ての通り異形の者……それにダゴン様はワシらの父である故にその血が色濃く流れるワシには使うことはできん。 400年前から交配を繰り返し深きものども(ディープワンス)の血より人間の血が濃くなっている者にしか使えん」
「では、俺のみたいなのならどうです?」
「確かにお主は”魔術師”ではあるが血統ではないからの、無理に使おうとすれば体に負担がかかり過ぎてしまう。 そこでこの”竜玉”の出番じゃ」
摩周さんが手に持っていた竜玉をテーブル上に置く。
「これをどう使うんですか?」
村長は煙管に再び葉っぱを詰め火をつけて一口吸ったのち答える。
「今ダゴン様は摩周の言うとおり”やぐら”奥にある封印石に閉じ込めてある状態じゃ………それにこの竜玉をぶつければ――」
「ダゴン様は完全に封印できる」
この俺の答えに村長は首を横に振り、答えの続きを摩周さんが答えてくれた。
「いいえ、これは”異形殺し”の力が宿った宝玉です、つまりは………」
彼は一呼吸おいてこう答える。
「つまりは、あなた方にお願いしたのは”神殺し”です」