もう一人は…………彼らの指揮をとっているのは…………
「ふぇぇぇ~~ん、よかった、よかったよ~~~!! 望月君傷だらけで運ばれてきたから、ダメなんじゃないかと思ったよ~~~!!」
「えっと……」
相変わらず俺の腹部に顔面を埋めて泣きじゃくる武藤さん。
今日知り合ったとはいえ、自分より年下だった俺をここまで心配してくれる人も珍しい。
とりあえず、泣きじゃくる武藤さんを落ち着かせる。
「お、落ち着いてください、ここは、一体どこなんですか? それに、他のみんなは無事なんですか!?」
「……実は――」
彼女が言いかけた時、再び木製の扉が開き、またしても思わぬ人物が顔出した。
「それは、私が説明しましょう」
扉から現れたのは、”民宿 東風荘”のオーナーの”摩周 幸造”さんだった。
摩周さんは、民宿に訪れた時と同じく、メガネを掛け、Yシャツに紫のベスト、アイボリーのチノパン姿で、ニコニコと笑顔で部屋に入ってきた。
「摩周さん……」
「どうです? 望月君具合は?」
「ええ、お陰様で……さっきの質問なのですけど、ここは一体? そしてなんで、俺はここに?」
摩周さんは、この部屋に備え付けられていたテーブル近くの椅子に座りこちらを見て、俺の質問に答えてくれた。
「ここは、漁港の反対側の入り江にある、大東亜戦争時に作られた旧日本軍の防空壕の跡地です。 そして、傷だらけで気絶していた君を彼が運んでくれました」
扉が少し開き、ぬっと顔だけを出したのは、村で最初に出会った、魚っぽい顔の大柄な村人だった。
部屋にいた全員が扉の方を見るが、すぐに顔を引込め、扉は占められてしまう。
摩周さんはやれやれという態度とり、こちらに向きなおした。
「いやいや、申し訳ない。 彼は少し恥ずかしがり屋でして、慣れない人には、いつも、ああいう態度になってしまうんですよ」
「まったく、困ったちゃんですね~~~」
「はぁ……」
なんだろう、俺が気絶する前と違った、このほのぼのとした空間は……。
2人の空気に飲まれそうになりながらも、俺は質問を続ける。
「武藤さん、よく無事でしたね。 民宿で、叫び声と部屋の荒れようから連れて行かれた思いましたよ」
「うん、最初は怖い魚の化け物が入ってきて、私も香苗ちゃんも、民宿から外に連れ出されたんだよ~~」
「そして、連れ出されそうになった彼女たちを私達が救出しました これに見覚えはありますか?」
摩周さんは、胸から金色のネックレスを取り出し、俺に見せる。
そのネックレスには、見覚えどころか、民宿を出た二股道に来た村人や、怪物と戦っていた人ら、そして、あの大柄な男性が身に着けていた物だ。
「はい、あります」
「これは、我々、ダゴン教団の信者の証なのです」
「え!!」
俺は、”ダゴン”という単語に驚き、包帯だらけの体でベットから飛出し、部屋の壁に背を向け、摩周さんを睨み付ける。
「なら、あなたも、あの怪物のように俺達を襲うために助けたということですか!?」
俺のこの発言に、摩周さんは少し驚いた表情をするが、すぐに、笑い飛ばされてしまう。
「ははは、確かに私たちは、”ダゴン様”を崇拝はしていますが、あくまで信仰の対象でしかありませんし、あなた方に危害を加えるつもりもありません」
「なら、どうして助けたんです!?」
「それは、彼ら”深き者ども(ディープワンス)”から、あなた方を救うためです」
「”深き者ども(ディープワンス)”?」
どうやら、俺達を散々襲ってきた魚面の化物の名称だろうか?
摩周さんは、ポケットから使い込まれているパイプを取り出し、俺に吸ってもよいかのような合図をする。
俺はそれに頷き、彼は、葉っぱを詰め、マッチに火をともし、パイプに火をつける。
「ええ、今から400年ほど前、我々、陰巣枡の住人は、遥か海の底からやってきました、初めてここに村を作った時、我々の先祖はみんな、あのような鱗で覆われ、魚のような顔し、手や足にヒレがついていましたが、我々はこの陰巣枡で静かに暮らすことを掟としてきました」
「つまり、ここに住み始めた頃は、人を襲うことなく暮らしていたってことですか?」
摩周さんは深く頷き話を続ける。
「我々の祖先、深き者ども(ディープワンス)は、人間の様に寿命や病気で死ぬことはありません」
「寿命で死ぬことがない? それって不死ということですか?」
俺の問いかけに摩周さんは首を横に振りこう答えた。
「たしかに、人間からすれば我々は不死に近い存在かもしれません。 ですが、我々も外的要因、つまりは心臓や脳などの損壊や失血死などで死にます」
「……なるほど」
今まで、三森さんや俺が倒した深き者ども(ディープワンス)は、実は死んだふりをしているだけで、後で復活するんじゃないと思ったけど、どうやら、こいつらは死ぬときは死ぬみたいだ。
「おっと、話が逸れてしまいましたね」
「すみません」
「いえ、気にしないでください」
摩周さんは軽く咳払いをすると続きを話し始めた。
「近くの村々から離れていたせいもあってか、当初は誰にも邪魔されず、静かにここでの生活を営んでいたそうですが、いつから、祖先たちの姿は、人間たちからすれば、化け物以外何物でもなく、村も何度も襲撃をされました。
1人また1人と仲間が人間達の手により殺されていきました。 村では、ここでの暮らしを諦め海へ帰ろうと言うもの、何とか人間社会に適合し暮らして行こうと言うもの、そして、人間たちを抹殺し自分たちの世界を作ろうと言うものの、3つの派閥に分かれ意見は平行線を保っていました。
幾年の月日が経ち、人間たちの襲撃が激しさを増した時と、事件が起きました」
「事件?」
「はい、それは、人間たちを抹殺を目論む連中が、村からダゴン信教を持ち出し、ダゴン様を召喚する儀を行い、ダゴン様を呼び出してしまった、ダゴン様は、我々が人間から受けた仕打ちを知り、近隣の村々に、お怒りを落とされ、たくさんの人が死にました。
他の2つの派閥は、元々、ダゴン様を信仰していたこともあり、逆らうことができず、村々が焼け、人間が死んでいくのを見ているしかありませんでした」
「じゃあ~、周りの村は全滅しちゃったんですか~?」
武藤さんはいつもの間延びするしゃべり方で、摩周さんに質問する。
「いえ、そんな時、祖先の村に、一人の男が訪ねて来ました。その人物は、ダゴン様に襲われた村人が、ダゴン様を退治してくれるように頼んだ陰陽師でした。 彼は、村長に協力してダゴン様と人間の抹殺を目論む派閥を退治しようと、提案したのです。 村長はこの提案を受け入れ、陰陽師と共に彼らと対峙することを決めました。 そして、多くの人間と我々の祖先に犠牲を出しながらも、ダゴン様を退治までは行きませんでしたが、ダゴン信教を取戻し、ダゴン様を要石に封印することに成功しました。 ダゴン様を失った派閥は、逃げるように海へと去っていきました。 ですが、ダゴン様との戦いで、我々の祖先は数えるほどの人数しか残ってはいませんでした。 そこで、生き残った者たちは、みんなで海に帰ろうと考えましたが、一緒に戦った陰陽師が彼らに共に生きていく提案をしたのです。 それは―――」
摩周さんの会話を妨げるように間延びした声が横から出てくる。
「あの~~~」
声の方を見ると、武藤さんが申し訳なさそうな感じで、右手を挙げている。
「はい、どうぞ、武藤さん」
会話を妨げられた摩周さんはそれを気にすることもなく、ニコニコとした表情で会話を譲る。
「えっと~~、それって、交配による進化ですか~~?」
「武藤さん、なんですそれ?」
交配による進化とはなんだろうか?
武藤さんは大きく深呼吸をし、俺に説明してくれた。
「んとね、交配による進化っていうのはね、たとえば、絶滅しそうな動物がいるとするでしょ~~、けど、その動物にはメスが全滅しちゃって、子孫が残せないとするじゃない~~~、その場合、この動物に近い生き物に代わりに子供を産んでもらって子孫を残す方法だよ~~~」
「つまりは、雑種を作るってことですか?」
「そうことになるね~~、マガモとアヒルを掛け合わせてできた合鴨や、ヒョウやライオンを交配させてできたレオポンとかが有名かな~~」
武藤さんは、腰に手を当て、鼻から鼻息をフンスとだし、私凄いでしょ?っと言わんばかりのポーズを取ってる。
俺は、武藤さんのポーズには呆れ、摩周さんは笑っていた。
「ははは、そうです、 陰陽師は、生き残った者と彼らの子供を産んでくれる女性を募り、何世代に渡って交配をし続け、今の私のような姿になっています」
「なら、摩周さんもその血があるのなら、やっぱり、寿命で死んだり、病気になることはないんですか?」
「いえ、何世代もの交配により、深き者ども(ディープワンス)の血は、かなり薄れてしまいました。
現在では寿命は人より少し長いですが、ほとんどは人間と変わらないですよ。
ただ、彼の様に時たま祖先の血が濃いものが何人かは出てきますけどね」
俺が、ドアの方に顔向けると、こちらの様子を伺っていたのか、大男はドアの隙間からいつの間にか顔を出してこちらの様子を伺っていたが、俺と目が合うとすぐに顔を引込めた。
「ふふふ、どうやら、こちらの話を聞いていたみたいですね。 ですから、血の濃い者は、なるべつ外の人間と接触しないように掟を設けたのです」
なるほど、だから、ドアの向こうの彼も、バスの運転手や事務所のおじさんも、俺達に冷たい態度を取っていたんだな。
摩周さんが彼の行動をにこやかに見ていたが、すぐに彼には似つかわしくない真剣な表情でこちらを向く。
「そこで、本題です」
あまりの真剣な摩周さんの表情に、俺も武藤さんも息を飲む。
「今、あなた方を襲ってきた奴らは、数こそだいぶ少なくなっていますが、400年前に人間を抹殺しようとした派閥の残党なのです」
「……ってことは、彼らは400年前からずっと生きてきたってことですか?」
「そうです、彼らは、再びダゴン様を復活させ、人間社会を破壊しようと目論んでいます ですが、今回が初めてではありませんが……」
その言葉に、彼らの人間に対する恨みの深さが伺える。
でなければ、400年も人間を恨み続けることはできないはずだ。
「最近では、20年前、そして、今回です」
摩周さんは顔の前で手を組み、一呼吸おいて話し始める。
「20年前は、私と私の父、そして、村の住民たちで、彼らの野望をなんと
か阻止できましたが、ダゴン様復活には、ダゴン信教と生贄が必要なのです。
幸いにも、当時、生贄のために拉致された研究員の最後の一人を救出することで、貢物の数が足りず、阻止し奴らを海へと追い返すことができたのです。
ダゴン様の復活の生贄は20年前の儀式がそのまま引き継がれる形になっているので、一人生贄がいれば十分なのです」
「じゃあ、早く助けに行かないと!!」
生贄ってことは、伊藤さんは彼らに殺されるってことじゃないか!!
俺は、怪我をしてるのも忘れベットから起きようとするが、その行動が傷に触ってしまう。
「いちちちち……」
「望月君~~~無理はダメだよ~~~」
武藤さんが、俺の体を支えてくれ、ゆっくりとベットに横に寝かされる。
「はぁはぁはぁ……じゃあ、なんで奴らは、伊藤さんを殺さないんですか?」
「それは、これです」
摩周さんは、背後から、一本の巻物を俺達に見せる。
「これが、ダゴン信教です。 復活には必ずこれが必要になります。 そして、これがここにある限り彼らは彼女に手出しできません」
それを聞き俺は少し安心した、儀式に必要なダゴン信教がなければ、彼らの目的は達成されない。
つまりは、その分だけ伊藤さんの安全は保障される。
「良かった、なら、後はゆっくりと作戦を練って伊藤さんを助け出すだけですね」
「それがそうとも言ってられないのですよ」
「え? どういうことです?」
俺の答えに摩周さんは難しい顔をして答える。
「彼らは20年前と違い、強力な助っ人が向こう側についています」
俺は、気絶する前に見た、村人と魚人たちが入り混じる戦場中でみた炎を操り、赤いローブを羽織り、狐の面を着けた格闘家を思い出す。
「それって、炎を操っていた奴ですよね」
摩周さんは俺の回答に頷く。
「そうです、そして、もう一人」
「もう一人?」
摩周さんの表情が一気に暗くなる。
「もう一人は…………彼らの指揮をとっているのは…………」
少しの沈黙が、部屋全体を包み、摩周さんは、重たい口を開く。
「指揮を執っているのは、私の息子 ”摩周 友彦”です」