純白と紅蓮の攻防戦
村人と怪物の入り混じる中、2人は微動だにせず、お互いに睨み合っていた。
魔剣士は、その小柄な体系に似合わない長刀の白刃を構え、赤いローブで狐の面を着けた奴は、魔術師なのか?
両腕から紅の炎がユラユラと陽炎のように揺れてはいるが、その赤い色は、俺の目にはっきりと見えてる。
2人の周りを見ると、すでに一戦交えているのだろうか?
地面や巻き添えになったと思われる怪物に突き刺さっている氷柱や燃えている木々などが見える。
周りでは、魚の顔をした怪物と、武装した村人たちが戦っている。
あるものは、鋭い爪で体を引き裂かれ、また、あるものは、斧で頭をかち割られる。
殺しては殺され、殺されれば殺しの繰り返しの光景が広がっている。
村人の相手が怪物でなければ、中世や戦国時代の戦いを彷彿する。
だが、周りの争いが暴風雨ならば、魔剣士と赤いローブは、まるで台風の眼のように睨み合ってはいるが、清音している。
「なんだよこれ……」
正直、まるで、ファンタジー物のゲームか、映画を見ている気分だ。
ただ、ゲームや映画と違うところは、プレイヤーや観客が怪我をしているところだろう。
対峙している2人に、戦いのせいで感情が高ぶり過ぎたのだろうか、魚の怪物が一体が、魔剣士に、一人の村人が赤いローブに、襲い掛かった。
「あ……」
見ているだけの俺は、こんな間抜けな声しか出すことができなかった。
魔剣士に、襲い掛かった怪物は、自らの鋭い爪で飛び掛かっていったが、奴のローブに触れるか触れないかのところで、体に一本の縦線が入る。
そして、魔剣士を避けるように、二つに分かれ勢いそのままに、奴の向こう側へと素っ飛んで行く。
二つに分かれた怪物だった物は、ベチャリと地面に落ち、真っ赤な鮮血が広がっていった。
なんという速さ、なんという切れ味。
俺の目には奴が動くところが全く見えなかった。
魔剣士は、襲い掛かる怪物に一太刀浴びせ、先ほどと同じく刀を構えたというのか?
片や、赤いローブに、向かっていった村人は、手に持つピッチホークで突撃していく。
ここからでは後ろ姿しか見ないが、彼の攻撃が当たる瞬間、
赤いローブは、瞬間移動したごとく、体を半身ずらす。
村人は、当てる筈だった目標が見失い攻撃が外れてしまった。
しかし、よほど勢いよく突撃したのだろ彼の動きは止まらず、赤いローブを掠るように、後ろを通り過ぎていく。
そして、村人の体が半分ほど、通り過ぎたところで、赤いローブは流れるような動きで体を回し、右足を彼の後頭部に叩き込む。
蹴りを叩き込まれた村人は、サッカーボールの様に村人と怪物が戦闘している集団へ吹っ飛んで行く。
何人か怪物と村人を巻き込み、ボーリングピンが当たったようにぶち当たって体は宙を舞った。
瞬間、魔剣士が動く。
姿勢を低くし、一気に赤いローブの懐まで距離を詰める。
奴の持つ純白の大太刀が、回し蹴りで背を向けている赤いローブの脇腹付近に鋭い刃が襲い掛かる。
直後、キン!っという、この騒音だらけの白兵戦の中に高い金属音が響き渡る。
その音は、2人から距離が少しあるとはいえ、他の音を掻き消し俺に届く。
なんと、赤いローブは刃が体に触れる直前、炎が宿っている右腕で、蹴りのポーズをしたままで、魔剣士の純白の刀を止め、自分の脇腹を守った。
魔剣士の大太刀の切れ味は、先ほどの怪物が証明している。
常人ならば腕ごと体は上下に切断され絶命している。
恐ろしいほどの反射神経と判断力だ。
ユラユラ揺らめいていた赤いローブの炎が、魔剣士の魔道具の氷の刀の影響だろうか。
ゆっくりと炎が消えていく。
炎が消え去り、赤いローブの右腕から奴を守ったものの正体が現れる。
赤?
いや、それは、奴の着ているローブや繰り出してい炎よりも深くて濃い。
真紅……。
真紅の籠手が、襲い掛かる魔剣士の刃から奴の体を守った。
籠手は、手から肘までをすっぽり包む大きさで、手の甲の中心部分には、ルビーのような赤石が填められている。
赤いローブは、蹴りを繰り出していた右足を勢いそのままに地面に着け、右足をを軸に、今度は左足で後ろ回し蹴りを魔剣士に叩き込もうとするが、魔剣士もそれを察知していたのか、3、4メートルほど後方に飛び、赤いローブから距離を取る。
魔剣士の大太刀が、籠手から離れたことにより、再び、赤いローブの右腕に炎が宿る。
ここまで、一体どのくらいの時間が経過したのだろうか?
1分? 30秒? いやもっと短い。
その短い時間の間に生きるか死ぬかの、攻防戦が繰り広げられた。
どうやら、あの籠手がこの炎を出し、まるで腕から炎を宿しているように見えていたようだ。
あれが、赤いローブを身にまとい、狐の面を着けた奴の魔道具なのか?
俺の憶測を余所に、一時の間を置いて、2人がお互いに向かって飛ぶ。
魔剣士は、見えない速さで刀を幾度も振り、赤いローブはそれを籠手で守る。
頭部、腕、胴、足、腰、肩、お互いの体のあらゆる場所に攻撃を仕掛け、防御する。
何度目かの攻撃ののち、また2人は距離を取り、赤いローブが、拳を空高く上げ、地面を思いっきり殴りつける。
すると、3メートルほどの炎の大津波となって魔剣士に襲い掛かる。
魔剣士は地面に刀を突き立て、氷柱を呼び寄せ、大津波に一直線に走っていく。
氷柱は炎を消し、炎は氷柱を溶かし水蒸気となって消える。
「す……すごい……」
純白と紅蓮の攻防戦。
そんな一言が漏れてしまうくらい、俺は2人の戦いを没頭して見ていた。
ただ、それがいけなかった。
突如、脇腹に衝撃を受ける。
「グボぉ!!」
俺の体は吹っ飛び、近くの木に叩きつけられる。
「カ……ハァ……」
衝撃を受けた方向を見ると、魚の怪物がそこにはいた。
どうやら、戦いから漏れた奴が、森の切れ間から、赤いローブと魔剣士の戦いを見ていた俺を見つけ、脇腹に蹴りをお見舞いしたようだった。
俺は、急いで立とうとするが、立てない。
さらに、悪いことに当たり所が悪かったのか、口で息を吸おうとするが呼吸ができない。
「……ハ……ぁ……か……」
苦しい。
苦しい! 苦しい!! 苦しい!!!
脳に酸素が行き渡らなくなり、視界がブラックアウトしていく。
怪物は、止めを刺さんとばかりに鋭い爪でこちらに飛び掛かってくる。
「……っ!」
俺は、橋の時の様に力を欲し、銃を召喚士しようとする。
だが、俺の左手にはあの時の銃は現れなかった。
(な、なんで!)
その間にも、怪物の鋭く尖った爪が、ゆっくりとスローモーションのようにこちらへ振り下ろされる。
(ダメか……)
目をつむり覚悟を決めた瞬間だった。
いつまでたっても、怪物の爪が体に刺さったり、切り裂かれる感じがしない。
怪物との距離1mもなかったから、コンマ数秒後には、俺の体は細切れにされ、血みどろになってるはずなのだけど。
俺は、恐る恐る目を開けると、そこには、村で最初に出会ったあの大男の村人が俺を守っていた。
(え……)
彼の力は怪物と同等なのか?
振り上げた怪物の腕を左手で抑えていた。
「うおぉぉぉぉぉ!!!」
そのまま、怪物を横倒しにして、マウントを取る形で抑え込む。
彼の右手に持っていた包丁で怪物の顔を何度も何度も突き刺した。
包丁を抜き差しするたびに、怪物の血が彼に降りかかる。
怪物は動かなくなった。
大男の村人は魚の怪物の上から降り、俺の方に近づき、前に片膝をついて、手を差し伸べてくるが、俺の意識がもう限界だった。
ゆっくりと閉じていく視界に、彼にも他の村人同様に、首から下がるネックレスが金色に光っていた。
「………」
「……………」
「……………………」
「………ハッ!」
気が付くと、また、俺を知らない天井が迎えてくれた。
ただ、今回は天井というよりも、まるで洞窟のような感じの天井だ。
「あ……れ……」
周りをみると、岩をツルハシか何かで掘削して作った部屋の藁を敷き詰めたベットの上に寝かされていたようだ。
部屋の中には天井に電球むき出しの電灯、木のテーブル、ドアは木製だ。
自分の体を見ると、上着は脱がされ、怪我したところには包帯や晒などで治療されてる。
「たしか……怪物が襲ってきて……けど、あの時の大男がなぜ俺を……」
俺が、記憶を辿ろうとしている時に、木製の扉が開いた。
入ってきたは、俺の予想していなかった人物だった。
「も、望月く~~~ん!!! もう起きないかと思ったよ~~~!!!!」
「えっえ!! 武藤さん!?」
ドアから俺の体に飛びついて、泣き叫んで喜んでいるのは怪物どもに攫われたはずの、民族研究のためにこの陰巣枡にやってきた2人の女大生の1人。
武藤さんだった。