帰るんだ……俺の日常に……
「ハァハァハァハァ……」
怪物から受けた傷が体の内部から沸騰しているように熱い……。
幸い、すでに痛みを感じてはいないが、ただ、体が熱い。
しかし、もう戦闘は無理だ。
それは自分の頭で分かっていた。
ポタポタと右手から指を伝って血が流れ落ち、自分の歩いた道に赤い点となって、土道に刻んでいく。
左手は力なくライトで土道を照らし、動かない左足をズルズルと引きづりながら、俺は来た道を戻って、三森さんと休憩をした小屋を目指していた。
そのつもりでいた。
「あ……やべ……」
右手の出血か、それとも、体に受けた打撲なのか、急激に視界がライトを落とされたように全体的に薄暗くなり、視界がぼやけ始める。
「頼む……もうちょっと……」
自分の意思では、そう考えていた。
だが、現実にはいつまで歩いても小屋へたどり着けることができない。
小屋までは一本道だったが、ぼやけている視界のためか、どこかで道を外れ、気がつけば回りは木が生茂る森の中に入り込んでいた。
立ち止まるわけにはいかない。
立ち止まって、悩んでも問題は解決はしない。
ただ、前に、そう前に進むしか俺が生き残るすではない。
どのくらい歩いただろうか?
10分、1時間、2時間?
自分の歩いた時間さえも分からなくなっていた。
それでも歩き続けるしかない。
しかし、それがいけなかった。
前ばかり見ていたせいだろう、横たわる古木に気づかずに足を引っ掛けて、派手に前のめりに転んでしまった。
(もう……動けない……)
すでに、体力的にも精神的にも限界に来ている。
そんな状況にも関わらず、俺は、先輩のあることを思い出していた。
『ふむ、望月君は魔術の習得も大切だけども、やはり、一番のネックは体力だな』
『体力ですか……』
泥人形事件の数日後、骨董屋アークライトでの、魔術練習を終えた時に、先輩に話しかけられた一言だ。
『魔術の基本は、精神力、読解力、そして魔力を維持、継続させるための体力だよ』
『それは、分かってますよ』
『この間の時もそうだが、君は―――』
俺は、自分が使った練習道具を片付けながら、縁側に腰かけている先輩はいつものように説教を始めている。
はいはいと、慣れた感じで相槌を打ちながら、それを受け流す。
『ただ、泥人形使いを追いかけたぐらいで息を切らしてしまうのは、普段、ゲームばっかりしているからじゃないのか?』
『あの、お言葉ですけど、最近のゲームは、子供の体力向上を目指して、体を動かすゲームも多いんですよ! どこかのステレオ型のおばさんみたいなこと言わないでくださいよ!』
『なら、君はその体力向上できるゲームをしているのかい?』
俺は、ゲッっと相手に悟られるような表情をしているのが自分でもわかる。
偉そうに、ゲームについて語ったが、先輩は相変わらず俺の痛いところを突いてきやがる。
ちまみに俺が普段やっているソフトは以下の通りだ。
『アクションに格ゲー、ロールプレイングゲームばかりです』
先輩は、俺の回答に少し笑うと、近くに置いてあった、自前のコーヒーを啜っている。
その姿に俺は、いつものようにやれやれという態度で答える。
これが、今の俺の日常。
「こんなことなら、先輩の言うとおり、多少でも、体力をつけておけばよかったな……ハハハ……」
力なく空笑いが出るがすぐに止まり、1つの言葉が、俺の脳みそに書き込まれる。
帰りたい。
帰りたい、あの場所へ。
先輩や淳子さんのいるあの場所に……。
「だから……」
筋肉が軋み、骨がギシギシ音を立てる。
それでも、上体を起こそうと、左手を地面に着き、無理無理に起こしていく。
「んぐぅぅぅあああ」
今にも崩れそうな体制だけど、あまり動かない左足にない力を籠め、踏ん張り立ち上がる。
「ハァハァハァハァ………」
体を起こすだけでもかなり体力を使う。
肩で息をしながら、俺はぽつりとつぶやいた。
「帰るんだ……俺の日常に……俺の居場所に……だから……」
「こんなところで立ち止まれないんだ……」
自分を奮い立出せるように出た言葉。
普段の俺からは想像できない言葉だ。
いつも一人で、誰とも接せず、ただゲームと、それを親に怒られない程度の勉強をしていればよかった生活。
けど、これまでの出来事が、俺の生活を壊して、違う日常を与えてくれた。
満身創痍で精神的に参っていたのか、俺は、今の日常を失いたくない、それだけが頭の中を埋め尽くしている。
起き上がり前に進もうとした時だった。
「なんだ……?」
少し、遠く。
距離で言えば50mほどだろうか。
森の木に反響して、怒号と奇声、唸り声、破壊音などが入り混じって木霊してくる。
「何だこの声と音は……」
俺は、満身創痍の体を動かし、声のする方へと向かった。
5分ほど移動すると、森は途切れ、広い野原が広がっていた。
俺の目に飛び込んできたのは、魚の顔した怪物と、ネックレスを点けた村人が入り混じって戦っている。
「どういうことだ? あいつら仲間じゃないのか?」
魔剣士がネックレスの村人といる時点で、俺は怪物たちの仲間だと思い込んでいた。
思い込まざる得ない状況だった。
それも、そうだろう。
あいつは、俺と先輩に刃を向けて襲い掛かってきたのだから。
しかし、その怪物と人とが入り混じる中で俺は見た。
赤いローブを見にまとい、狐の面を着け、両腕から揺ら揺らと、紅蓮の炎を出している人物、同じく、凍りつきそうな純白の刀を構え、灰色のローブを身にまとったあの魔剣士が対峙している姿だった。