その口から出た言葉意外なものだった
操舵室から突然、現れた物は、上に覆いかぶさる形になり、俺はそれの下敷きになってしまった。
それは、暗くて陰でよく見えないが、重く、ザラザラしていて、そして、漁港に漂う生臭さとは違い、何か焼けているような匂いだった。
「お、重い……」
「望月君、大丈夫!」
三森さんに手を借り、俺の上に載っているものを退かす。
「はぁ……びっくした、一体何が……」
俺がポケットからライトを取り出し、自分の上に載っていたそれに光を当てる。
「うわぁぁ!!」
「これは……」
その正体は、真っ黒になってはいるが、魚のような顔、鋭い背びれ、大きく全身をびっしりと鱗で覆われている体。
まごう事無き、さっきまで俺達を探してた、魚の怪物のその1人だ。
しかし、どうも様子がおかしい、漁港にいた連中はまるで獣のように動いていたが、倒れてきたこいつはピクリとも動こうともしない。
俺が、怪物の姿に呆気に取られていると、三森さんはライトの光を頼りに、怪物の体を調べ始めた。
「これはひどい、ガソリンを被らされて燃やされても、こんな風には成りはしない」
怪物の状態は、昔、ネットでゲーム攻略サイトを探していて、誤って開いてしまった、戦争や虐殺の被害者が燃やされてしまった画像を見たことがあるが、こいつはそれよりも真っ黒に焦がされている。
その光景を目の当たりにし、俺の胃から熱いものが込み上げてくる。
「うう、おぇぇ」
俺はそれを堪えることができず、船から身を乗り出し、口から出たものを吐き出した。
胃の中の物が一通り出し終えると、分析が終わったのか、彼女が声をかける。
「大丈夫? 望月君には刺激が強かったかな」
「はぁはぁはぁ……、も、もう大丈夫です、すみません、そいつは死んでるんですか?」
俺の問いに、三森さんはコクリと頷く。
「ああ、死んでるよ、ただ、とても人がやったとは思えないけどね」
「え? じゃあ、一体どうして、こんなことに?」
「それは…………」
彼女は、唇に指を当てて、何かしか考えているようだったが、何か心辺りがあったのか、すぐにハッとした表情を浮かべる。
「いや、まさか、けどこんなこと、あれからだいぶ経ってるし……」
「三森さん、何か心辺りが?」
「…………」
彼女は少しの沈黙の後、口を開いた。
「いや、いいんだ、私の勘違いかもしれないしね」
そう答えると、三森さんは、俺に背を向けて一気に向こう岸まで渡っていた。
また会話をそらされた、彼女が探している物、知っていることはなんだ?
いろんな疑問が頭を過る。
「おーい! 望月君早くこっちへ!」
疑惑を余所に、三森さんが俺を呼ぶ。
「ええい、くそ!」
結局、考えがまとまらず、彼女に急かされるのもあってか、俺は頭を振って考えを吹き飛ばし、船と船の間を飛び越えて、三森さんの待つ向こう岸へと向かった。
漁港を抜け、国道へと続く林道を進む中、三森さんは終始無言だった。
俺は、彼女の話しかけるなというばかりな雰囲気に、黙って後ろからついて行く。
ただ、あの漁船で死んでいた怪物はなんだったんだろうか。
ここには、あの魔剣士がいるが、奴の攻撃は氷柱を飛ばしたり、地面を走らせる方法」だし、おそらく、ゲームとかの属性で言えば、氷や水系のはずだ。
だから、先ほどの見つけた死体のように、真黒に焦げているはずはない。
せいぜい、体中に氷柱が突き刺さって死んでいるのなら話は分かる。
三森さんは、”ガソリンで燃やしてもあのようにはならない”と言っていた。
なら考えられるのは、魔剣士と同じような奴がいるか、もしくは、先輩のような魔術師がいるということになる。
それに、魚の怪物を攻撃しているとなると、少なくとも敵ではないかもしれない。
俺は、彼女の後ろをついて行きながら終始さまざまな憶測を立てていた。
「望月君」
いままで、無言で前方を歩いていた三森さんが、振り返り俺に話しかけた。
「え! あ、は……ブゥ!!」
俺は考えながら歩いていたせいもあり、突如、振り向いた彼女の豊胸に顔が挟まる。
(や……やわらかい……)
「おやおや、大丈夫?」
胸にぶつかった俺を見て笑った。
「ああああ!! す、すみません!!」
俺は急いで彼女の胸から顔を引き抜くとペコペコ頭を下げて謝罪をする。
そんな姿を見て、三森さんは笑っていた。
「ふふふ、いやいや、大丈夫だよ、あそこに小屋があるのが見えるね、ここまで歩き通しだし、少し休憩しよう」
彼女の照らしたライトの先に、小さな木製の小屋があった。
確かに、ここまでだいたい、5.6キロ近く歩いている、徒歩と電車で通学している俺でも足が棒になりそうだ。
「わかりました」
俺達は小屋へ向かって歩いて行った。
小屋前に着くと、扉は引き戸、壁はトタンを打ち付けてあり、屋根は木製だが端の方は長い年月が経っているせいかボロボロに腐食している。
とても、お世辞にも、きれいな小屋とは言えないが、怪物のうろつく民宿からすると、俺にはゴージャスなドバイのホテルに見える。
お互いにぐるっと小屋の周りを見渡したが、怪物の姿はなさそうだ。
「どうやら、周りに奴らの姿はないみたいだね」
「そうですね」
「じゃあ、中へ入るよ」
三森さんは引き戸の取っ手に手をかけて、ゆっくりと開けていった。
小屋の中は、案の定、電灯が無く、周りにライトを当てると、真っ赤に錆びたスコップや、縄にプラスチック製の青いボロボロのバケツなどが置かれてる。
三森さんは、椅子に成りそうな木の箱を二つ見つけて、俺の前に置き、もう一つに腰かける。
「ん~~~」
彼女も疲れていたのだろう、グーッと手を組み背を伸ばす。
「ん? 望月君も座ったらどう? 快適とは言えないけど、少し体が休まるよ」
「ええ、じゃあ」
俺も、彼女が用意してくれた木の箱に腰かける。
自分の足を触ると、今まで歩いてきたツケか、腿の辺りがパンパンになっている。
「これは、明日は筋肉痛だな」
「ふふふ、なら、これを期にウォーキングでも始めるのをお勧めするよ」
「ははは、そうですね」
他愛もないどうでもいい会話だったが、この緊迫している状況下では、不思議と心が楽になる気がする。
そこで、俺は疑問に思っていることを三森さんにぶつけてみた。
「ところで、三森さん、ホテルでもそうでしたけど、あなたは一体、何を探しているんですか? それに、あの死体の症状にも心当たりがあるみたいですし……」
彼女は、この質問の後、少し沈黙し口を開いた。
その口から出た言葉意外なものだった。
「望月君、君は魔法やそれ類の物を信じる?」