覚悟はできた? さあ、おいで!
そこには意外な人物がこちらに歩いてきた。
「おや? 望月君無事だったみたいだね」
廊下の暗闇の奥から現れたのは、ジーパンにカーキ色のTシャツ、髪を後ろで三つ編みでまとめた姿をした三森葵さんだった。
「は、はぁ……」
魚共ではなく、自分の知り合いが現れたことで、緊張がの糸が切れ、その場に力なく座り込んでしまい、
その姿を見た、彼女は心配そうに俺に声をかける。
「私のところにも魚の化物が襲ってきたのよ、それで心配で急いで様子を見に来たのだけど、望月君、大丈夫? どうやら、相当怖い目にあったみたいだね」
涙目になっている俺に優しい言葉を掛けてくれた。
「ところで、うちの学生2人は無事? どこにいるの?」
「ええっと、実は――」
俺は今時間までの経緯を、三森さんに説明をする。
襲ってきた魚の化け物のこと悲鳴のこと、そして、同じく居なくなった藤波のこと。
俺の説明を聞き終えた彼女は、大学生2人が宿泊していた、306号室へと入っていく、俺も、力が抜けている自分の足に活を入れて後に続く。
部屋に入ると、三森さんは乱雑している荷物から、何かを探し始めたが……。
「やっぱりないか……」
どうやら見つからないようだった、何を探しているというのだろう。
「一体何を探してるんですか?」
俺が質問をすると、軽くため息をついて答えてくれた。
「武藤さんが無断で持ち出したノートよ、ほかの資料や研究ノートは残っているのだけど、それだけが無くなっている」
「ノート……昔の陰巣枡を記録した物ですよね」
「もしかしたら、ここについて何か細かい記述されているかもとおもったんだけど、こんなことならもう少しじっくり読んでおけばよかったわ」
彼女は頭をガシガシかきながら話続ける。
「どうやら連中、うちの学生達だけじゃなくて、それも持って行ったみたいね」
三森さんは腰に手を当て5分ほど考え事をしたのちに口を開いた。
「この部屋にいても仕方がないし、望月君、君だけでも陰巣枡から逃げなさい」
「え……けど、武藤さんや伊藤さんが誘拐されて、それに藤波だって居なくなってしまって、俺だけ逃げろって言うんですか!」
「敵は何人いるかわからないし、それに、君みたいな未成年をこんな化物の巣窟に留めて置くのは危ないだろ」
「……」
三森さんの言葉に俺は何も言い返せなかった。
確かに彼女の言うとおり、魔術も使えない上に、武器すらなく、俺はただの一学生に過ぎない、それについては、この現状で頭では分かっていたが、改めて認識をすると、悔しくて言葉にできない感情があふれ出てくる。
彼女は、そんな俺の心情をしり目に話を続ける。
「たしか、ここから国道に行くにはバス停から続く道から行くしかないが、それには村の中を通過しなければならないが、あの化け物に襲われる可能性が高い、少し遠回りだが、漁港を抜けて、村を迂回する方が安全だ」
「は、はい……」
「大丈夫だよ、望月君、君は必ず私が家に帰してあげるから、それにほかの3人も私に任しておきなさい」
意気消沈している俺様子を見てか、三森さんは元気づけるように声をかけてくれた、しかし、今の俺に藤波や他の2人を助けに行く力がない現状は変わらない。
「では、移動しよう、私や君の所に襲ってきた化け物が、いつまたここに連中がやってくるか、分かったものではないからね」
俺達は306号室から室内に備え付けてある懐中電灯や、大学生が残したリュックやバックなどの必要なものを取り、部屋を出て非道階段の扉へと向かうが、扉を開けようとするが、鍵がかかっているらしく開くことができない。
こじ開けるにも、道具も無い上、扉は鉄製でちっとやそっとじゃ開く様子もない。
「ダメですね」
「仕方がない、中の階段を使って下に降りよう」
扉を開けることをあきらめた俺達は、暗闇が広がる旅館室内階段の方へ懐中電灯を照らしながら向かった。
階段へ向かう途中、俺はふとした疑問が浮かんだ。
「あの、三森さん、あなたはどうやって化物から逃げてきたんですか?」
「ああ、それなら――」
彼女が言いかけた途中、暗い階段の方から黒い物体が飛出し、彼女に襲い掛かり、俺は咄嗟に叫ぶ。
「あ!危ない!!」
三森さんに声をかけたコンマ数秒間だった。
「ふん!」
彼女はその物体を流れるような動作でハイキックを繰り出し叩き落としてしまった。
叩き落とされのた打ち回っている物に、ライトの光を当てるとその正体を現した。
俺達を襲ってきた魚の化け物だったが、その姿は、傷だらけで所々出血し、左腕は折れているのか明後日の方向を向いてピクリとも動かない。
化け物は少し距離を取って体制を立て直し、満身創痍の姿でこちらに唸り声をあげて威嚇している
「ほほう、あれだけ痛めつけてもなお動けるとはね、やはり止めを刺しておくべきだったかな」
彼女がそう言い放つと同時に、何かの拳法だろうか、相手に向かって構えた。
「覚悟はできた? さあ、おいで!」
三森さんは右手で、挑発に見える手招きをする。
化物は、その行為で激怒したのか、真直ぐ彼女へと突進をするが、紙一重で回避され、さらに上から下へ強烈な踵落としを人間で言えば頸椎あたりに叩き込む。
その重い一撃を食らった化物は再び床へと叩きつけられるが、タフさ故か、すぐに起き上がり、飛び跳ねて3メートルほど距離を置いた。
「今のを食らってまだ動けるとはね、人間だったら、気絶か運が悪くて死んでいるよ、まったく、その頑丈さには敬意を表するよ」
三森さんは、化け物を恐れるどころか、戦いを楽しんでいるかのように、笑みを浮かべている。
俺は、彼女が化け物と対等している、いや、優勢な光景をただただ見守ることしかできなかった。
「すまないが、彼を脱出させなければならないの、だから手っ取り早く終わらせるよ」
彼女は、瞬間移動したかのような速さで、3メートルほどのある化物との距離を一気に縮め、勢い任せに鳩尾に肘鉄を食らわせ、ダメージで顔が降りてきたところに掌底、そして、手を相手の腹部に当てる
「ハッ!!」
三森さんが気合を入れるような咆哮を上げると、巨体な体を持つ化物は、まるで蹴られたボールのように軽々と吹っ飛び、旅館の壁にめり込むように叩きつけられ、ピクピクと少し痙攣したのち動かなくなった。




