先輩、俺はどうするばいいですか……
こうしている間にも、部屋のドアはミシミシと亀裂が入る音を立てて変形をし始めている、破られるのも時間の問題だ。
くそ、武器もないし、かと言って魔術用のカードを持っているが、魔術の使えない今の俺じゃ相手にとってはいいカモだ。
「考えろ考えるんだ秀一……出口は部屋に1つだけ後は……」
俺は、ドアと反対側の窓側へと近づき障子をひらき、鍵を外しガラス戸を開けて、各部屋に付けられているベランダへと出る。
外へ1歩踏み出すと、冷やりとした感覚が何も履いていない素足に感じ、もう6月だというのに妙に肌寒い海風が体を包む。
俺は、ベランダの右側に移動し1つの考えを導き出す。
「助かるには……こうするしかない」
俺はベランダの塀をよじ登り、壁を手で支えながらも手すりの上に立つ。
前を向くとベランダは両サイドを1メートルくらいだろうか感覚で部屋ごとに隙間が空いている。
息を呑みふと下を見る、今、俺がいるのは旅館の3階、高さで言えば大体10メートルくらいだろう。
下に見える旅館入口に置いてある植物などがとても小さく見えその高さを物語っている。
俺がここから脱出するには隣の部屋つまりは、藤浪のいる304号室のベランダへ飛び移るしかない、飛び移るしかないのだけれど。
「飛べるか……けど、もし、もしも落ちたら……」
そう、向こう側のベランダの距離を見誤り、飛び移るのに失敗すれば、俺の体は地面に叩きつけられ、アスファルトで骨は砕かれ、肉は飛び散り絶命する。
失敗した時の妄想のビジョンが俺の頭をよぎり、飛び移る決意を鈍らせる。
「……俺はあの距離を飛べるのか」
俺の学校での体力測定の時にした立ち幅跳びの記録は大体2メートルほどで、大体中の中と言ったところだし、きちんと飛べば届くかも知れない。
俺が飛ぶことに躊躇していると、部屋の奥から大きな破壊音が聞こえる。
自室のドアが破られたことに俺が気づき後ろを振り向くと黒い影がガラス戸を突き破り、アイツがベランダに姿を現しゆっくりと立ち上がる。
「ハァァァァァ ハァァァァァ」
ゆっくりと静かに白い吐息を吐き、夜の満月月の明かりに照らされ、大きな尖ったノコギリのように並んだ牙、魚のような角ばった面構え、獣のような鋭い爪が生え、ヒレのような分厚い膜が指の間に貼っている手足、鱗の1枚1枚が深緑色をした肌、身長は2メートル近くある魚人が、生き物が死んでいるような真っ黒な瞳孔にギョロッとした大きな目でこちらに標準を合わせて、今にも飛びかかってきそうだ。
「このままアイツにやられるなら!!」
俺は前を向き直る。
「ええい!! どうにでもなれ!!」
そして、俺は手すりを思いっきり蹴って隣のベランダへとジャンプする。
ふわふわした感覚が体を包む、そして、まるでスローモーションのようにゆっくりと、そうゆっくりと、対岸のベランダが近づいてくる。
(あ、あと少し)
そう思った瞬間、視点が急降下する。
「ッ!!」
咄嗟に体が反応し、右腕を思いっきり前に伸ばす。
(届け!!!)
右手は、運良くベランダの手すりを掴むのに成功するが、振り子の原理で体はコンリートでできた塀に叩きつけられる。
「ぐぼぉ!!」
脇腹に激痛が走るだが、消して右手は離さない、離せば下へと真っ逆さま落ちてゲームオーバーだ。
脇腹の痛みを必死にこらえるが、腕に全体重が掛かり腕がちぎれそうなになる。
「ぬぁあああ!!!」
右手の筋肉を固まらせ、左腕を伸ばし、左手も手すりを掴むことに成功する。
普段にアークライトでは射撃と魔術の訓練だけで、筋トレ的なことは一切していなかったのに、火事場の馬鹿力という奴だろうか、なんとか俺は、305号室のベランダから304号室のベランダへ飛び移ることに成功した。
そして、向こうの305号室の方を見ると、ノコギリのように並んだ牙を見せ、人の頭ぐらいのサイズの大きな口をパクパク動かして魚人がこちらを捕まえようと手部身振り動かしている。
「ここまでなら追ってこれないだろう」
窮地から脱した安堵から俺はそんなことを漏らしたが、魚人の起こした意外な行動に俺は目を疑った。
アイツも俺と同じように、ベランダの手すりによじ登りジッと大きな眼をこちらに向けている。
「まさか、アイツ!!」
俺の嫌な予感は的中した。
魚人もベランダの手すりを大きくけってこちらへと飛んでくる。
奴の巨大な体がどんどんこちらへと近づいてくる。
「うわぁぁぁっァ!」
巨体の魚人のヒレのついた深緑色をした腕でこちらのベランダの手すりを掴もうとする瞬間、俺は両手で魚人の体を思いっきり突き飛ばす。
「クギャ――!!」
俺につき飛ばれ魚人は、聞いたことのない悲鳴をあげ下へと落ちてゆき、ガンガンと下の階の壁やら手すりやらにぶつかりる音を立てながら、ドスンと言う鈍い大きな音があたりに響き渡る。
「は、はぁぁぁ……」
俺はその場にヘナヘナと座り込み、自分の手を見る。
魚人を突き飛ばした両手には、アイツの体に触れた時にザラっとした感覚が残っている。
「この高さから落ちたんだタダで済まないはずだ」
あの魚人がもう追ってこないことを自分に言い聞かせて、まるで勇気を振り絞るように両手をギュッと握り立ち上がり、304号室の方を見る。
窓に付けられている障子が空いており、月明かりのお陰もあって中の様子がうかがわれる。
304号室は、既にあの魚人が来ていたのだろう、藤波の姿はなく滅茶苦茶に荒らされている。
中に入ろうとガラス戸に軽く手を当てると、鍵を掛けていないのか簡単に開き、俺は部屋の中へと入る。
「藤波……」
室内は、この中で台風でも起きたのだろうか、壊れた襖や、テーブル、布団や、座布団、浴衣などがグチャグチャに乱雑している。
物が乱雑する304号室を通り抜け、廊下から左右を見回し警戒をする。
しんと静まり返った通路に、306号室の向こうにある非常階段の存在を示す非常灯がグリーンの蛍光灯の光で薄暗くあたりを照らしている。
「いない……か……」
どうやら、他にアイツらはいないようだ、俺は廊下に出て1度、自分の宿泊している305号室へ戻る。
305号室の前で、壊された扉を見た、木製とはいえ頑丈なドアが上下に割れている、人間の力だけではこうはならないことをしてしている。
もしも、あの時に、判断が鈍り逃げ遅れて、巨体な魚人に腕に拘束されたら俺の力では逃れることはできず、化物に何かされるかと思うと自分の心に恐怖心が芽生え始めるが、それを振り切るように頭を左右に振り、壊れた扉を跨ぎ自分の部屋へと入る。
室内は、さっき魚人がガラス戸を突き破ったため、ベランダにはガラス片が散乱し、外の海塩の香りと風が室内に入り、304号室同様、色々なものが散乱してはいるが、304号室と違ってあそこまでは荒れてはいなかった。
乱雑した室内から服と荷物を取り出し、浴衣から私服へと着替え、伊藤さんと武藤さんが泊まっている306号室覗いていみるが、2人の姿はなく、物が散乱している状況は同じだった。
「くそ……どうすりゃいいんだよ……」
306号室の状況を確認し俺は廊下へと出た時それは起きた。
誰もいなくなってしまった状況に隠していた恐怖心が一気に心を蝕んでいき、怖いという単語が頭の思考を支配し始める
武器もない、いつも助けてくれる須藤先輩もいない現状に体が反応したのか、ガタガタと身を震わせ始め、床に膝を着く。
「先輩、俺はどうするばいいですか……」
俺は助けを求めるようにズボンのポケットに入っている携帯を開き、電話帳から須藤先輩の番号を引き出し電話を掛けるが、スピーカーからは、今、自分が通話圏外にいることを知らせるアナウンスが流れてくる。
三森さんが、この陰巣枡には携帯電話の電波塔が立っていないことを思い出す。
「くそ!!」
上手くいかない焦燥感からか俺は携帯を放り投げる、投げられた携帯はカラカラ音を立てながら、暗い廊下の向こう側へ滑っていき、今度は誰も助けてくれないという現実と、1人になってしまったとう孤独感の両方が俺に襲いかかる。
「くそぉ……誰か……助けてよ……」
祈るように悲願の言葉を俺は口にする小さく力なく。
そんな時、誰もない階段側の廊下からペタペタという音がする。
「今度は……なんだよ……」
俺は非常灯の光が届いてない暗闇の廊下を方に顔を向ける。
ペタ、ペタ、ペタ………
音はゆっくりと、一定のリズムを刻みながらこちらへと向かってくる。
「まさか……また、あいつらじゃ……」
俺は、非常階段のある、上に非常灯が点いているドアの前へと移動し、暗闇をじっと凝視する。
そして、漆黒の闇の奥から非常灯のグリーンの光に照らされて音の正体が姿を現した。




