これだわ、これを見てくれる
「うわぁぁ――!!」
鏡に映った化け物を見た俺は慌ててトイレから逃げ出した。
トイレの出口を右に曲がった瞬間、何かにぶつかる。
「おっと」
(や、やわらかい……)
それは弾力がありとても柔らかい物だった。
俺は、ぶつかった反動で尻餅を着く。
「いっつ~……」
「あらあら、大丈夫って先ほどの君じゃない」
顔を上げぶつかった相手を見ると、浴衣で胸の部分を大きく開けている姿の先ほどのお姉さんだった。
彼女が俺を起こそうと手を差し伸べているのを見て、俺はその手を掴む。
「すみません……って、それど頃じゃないんです!! オーナーはどこですか!!」
「何をそんなに慌てているのよ?」
「いいい、今、化け物が!!」
俺は、慌てて男子トイレを指差す。
「”化け物”? ふむ」
「あ、ちょっと」
お姉さんは、ツカツカと男子トイレに入っていき、俺もそれに続く。
「なんだ、何もいないよ」
中に入ると、俺が見た化け物は姿形もなかった。
「そんな、確かに俺は見たんですよ!! 鏡に映った俺の背後にいた化け物を!!」
「おや? どうかされたんですか?」
俺が騒いでる声が聞こえたのか、ここのオーナーである摩周さんが顔を出してきた。
「いえね、この子がトイレで化け物をみたっているからちょっと確認しただけですよ」
「化け物ですか」
「ほ、本当にみたんですよ!! 魚の顔をした化け物がそこの鏡に映ってたんですよ!!」
俺の魚というキーワードにお姉さんが反応したのか、少し考えてるような様子だった。
「まぁ、何か怪我でもされたのかと思いましたが、どうやら大丈夫そうですね」
摩周さんはそう言うと、ニコニコしながら、ロビーの方へと戻っていった。
「ハァ……本当に見たのに……」
俺の落胆を見てか、お姉さんはポンと肩を叩く。
「ここにこうしていてもなんだし、とりあえず部屋まで送るわ」
「す、すみません……」
部屋に送られる途中で何回かお姉さんに励まされ、俺は部屋の扉の前まで着いた時だった。
「あれ~~、教授じゃないですか~~」
「あ、ホントだ、奇遇ですね!」
同じ階の非常階段に1番近い306号室から、伊藤さんと武藤さんが、こちらにやってきた。
「あら? あなた達も陰巣枡の研究を?」
「はい~そうなんですよ~」
「今回の課題は、陰巣枡における風習と生活が私たちの課題ですから」
俺をそっちのけで、3人で話をしていたが、武藤さんがドアの前で中に会話に入れない俺に気づく。
「あれ? 望月君、もう帰ったんじゃなかったの?」
「ええっと、これにはわけがありまして……」
「ここではなんですから~、私たちの部屋でお話しません~」
武藤さんの提案で、俺は再び彼女達の部屋にお邪魔することになった。
部屋に招かれ、これまでの事情を3人に説明する。
「っというわけで、バスに乗れなくて、摩周さんのご好意で俺と友達を泊めてもらったんです」
「へ~そうだったんだ~~」
「それは大変だったね」
「ところでさ、望月君、その友達って男?」
「いえ、女の子で、藤波リタって言います、今は自分の部屋で寝てますけど」
「へ~それって、望月君の彼女?」
にた~っとした笑いをして、伊藤さんが不躾な質問を投げかけてくるが、俺の答えは決まっている。
それは”NO"だ、確かに金髪碧眼でロリ顔で、かわいい子だと思うが、何かとトラブルに巻き込まれてるし、なぜか知らんが俺にまで被害が来るし、そんなのと付き合えるほど俺は器用ではない、まぁ、須藤先輩のおかげで理不尽なことにはだいぶ慣れてはきたが。
「違います、本当にた・だの友達です」
「なんだーつまんないの」
なんだろうかこの人は、そんなに恋愛話が面白いのか?
「ところで教授も~陰巣枡の風習をお調べに~?」
俺がからかわれてムッとした態度を感じ取ったのか武藤さんが会話を切り替えように、”教授”と呼ばれているさっきのお姉さんに話を振った。
「ああ、そうだよ、君達はもう集落とは調べには行ったの?」
「いえ、私たちまず資料を確認してから現地調査しようと思って」
「明日から~ゆっくり調べる予定なんです~」
3人がまた話し始めるが俺は、この教授と呼ばれている女の人を知らないので会話に入って質問をする。
「あのさっきから知り合いのようですけど、この人は……」
「あ、そっか」
「この人はね~私たちの通っている大学の先生で”三森 葵”(みもりあおい)教授なんだよ~、主に民俗学とかを研究してて私たちのお師匠のような人だよ~」
「やめてよ、師匠だなんて私はそこまでじゃないよ」
武藤さんに師匠扱いされ照れたのか、三森さんは自分の頬を指でポリポリ掻いている。
「とこで、望月君っと言ったかな? さっき見た化け物についてちょっと聞きたいんだけど?」
三森さんはさっきとは打って変わり、真剣な顔つきで俺に話しかける。
「はい、えっとですね」
俺は、さっき見た魚の化け物について話をすると、三森さんは少し考えて、伊藤さんに1つ指示を出した。
「伊藤さん、さっきここに資料を持ってきてるっていったよね?」
「はい、これです」
伊藤さんは、部屋の隅のほうにまとめておいてある、レポートや本などを三森さんの前に置く。
「えっと、どこだったかなー」
パラパラと、三森さんは資料を漁りそして1冊の古いノートを取り出す。
「あった、あったこれだ」
「教授なんですか、これ?」
「ああ~これ、大学図書館の準備室にあったやつだ~」
武藤さんのその発言に伊藤さんが驚愕する。
「ええ!! ちょっと沙希!! これって持ち出し不可のやつじゃないの!?」
「だって~ここに来るときに~あったほうがいいかな~って~」
武藤さんはまるで悪びれた様子も無く、頭の後ろに手をやり、舌を少し出す。
「大丈夫だよ~後で戻しておけば~」
「ハァ……あんたのその行動には頭が下がるわ……」
「なんにせよ、この資料がここにあってよかったわよ わざわざ大学に電話する手間が省ける」
三森さんはノートページをペラペラ捲るっていき目的のページを見つける。
「これだわ、これを見てくれる?」
三森さんが、差し出したページには、スケッチだろうか、先ほどの魚の化け物の絵が描かれている。
「こっこれです! 俺が見たのは!!」
ギョロっとした目、大きな口、禿げ上がった頭、白黒の鉛筆で書かれているがほぼ間違いないこいつだ。
「それじゃここを見てくれる?」
三森さんはスケッチの描かれたページの隅っこを指差した。
そこには、この絵を書かれた日付のようだ、しかし、それは今から20年も前に書かれたものだった。
「結構前に書かれたんですね~これ~」
「この日付が何かあるんですか? 教授?」
伊藤さんの質問に、三森さんはこう答えた。
「この日付が書かれたときは陰巣枡なんて村はなかったんだよ」
「ええ!! それはどういう……」
伊藤さんがその答えを聞こうとした時、部屋のドアからノック音が聞こえ、武藤さんが扉を開けると、摩周さんが夕食の準備が出来たことを知らせにきたようだった。
「とりあえず、この話はまた後でしよう」
「分かりました」
「ご飯だー!」
「考え事するにもまずは栄養を取らないとね~~」
あのスケッチと日付はどういう意味を指すのか、それはまだ分からぬまま、俺達は4人は夕食を取るため部屋を出た。




